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すれ違いだらけの僕の運命  作者: 甘衣 一語
友情
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噛み跡

 この世界には男女の他に第二の性がある。発情期があり、男女共に妊娠が可能なω(オメガ)。身体能力や知能が優れたエリート階級のα(アルファ)。人口の9割を占めるβ(べーた)。

オメガの発情期は数ヶ月に一度、数日続き、アルファを惑わすフェロモンを体にまとう。発情期中にアルファがオメガの項を噛むと運命の番となり、番以外へのフェロモンの効果は無くなる。さらに、オメガは番以外に対して拒絶反応を示すようになる。番契約は一度しかできず、解約はできないため事故で番になることがないように、オメガの中には項を保護するチョーカーを着けている者もいる。

 そんな、生まれながらの運命が定められている。

 共同のルール

 1 食費は平宮さん、その他の費用は僕が払う。お菓子類など個人のものは各自で。

 2 洗濯は別々で、夕飯は平宮さん、朝食は僕が作る。昼食は各自。食器洗いはその時その時。

 3 バイト以外で帰るのが遅くなるときは伝える。

 4 それぞれの私物は勝手に触らない。平宮さんの部屋に僕は勝手に入ってはいけない。

 5 園崎さんや白崎さんでも誰かを家に招くときは互いに連絡する。


 バイトを始めて4ヶ月、2人暮らしも始まってから時間が経ち新しい生活にも慣れ始めている。

 平宮さんはバイトで日中不在、夕方からはバイトもありすれ違うことの方が多い。

 夕食は平宮さんが作ってくれた料理を温めて1人で食べる。

 朝の苦手な平宮さんだが、大学の時間ギリギリには起きるので急いで朝食を食べて終わりだ。元々朝食を食べる習慣はないらしいが、僕が机に並べると黙って食べてくれる。

 最近は寒くなり、時々暖房やコタツをつける。

 暖房をつけると決まって平宮さんは半袖になる。その度に見える僕が作った噛み跡が痛々しい。もう1ヶ月が経ったので薄くなっているが、それでもまだ跡が見えてしまいその度に罪悪感が芽生える。平宮さん自身は気にしてないように振る舞っているが、心の中でどう思っているかを考えると不安になる。

 そんなある日、ラインに連絡があった。文化祭の時のメンバーでまた飲み会をするらしい。

 文化祭が終わってまだ1ヶ月しか経っていないが、これで飲み会の誘いは5回目だ。これまでは断ってきたが、その時は少し浮かれていたので了承してしまった。その後後悔するのもお約束だ。


 バイトが休みな平宮さんに9時頃に帰ることを使え、1人電車を乗り継いで目的の店に向かう。居酒屋っぽい雰囲気の焼き肉店だ。まだ6時前にも関わらず、店の中からは賑やかな声がしていた。

 案の定その声は僕を見て一層騒がしくなり、彩鳥さんが助けてくれる。

 彩鳥さんと、もう1人三十木さんがまだ二十歳になっていない僕たちを守る役目をしてくれる。お酒が弱い人も含め、僕らは仕切りを隔てて別の場所で食事をする。隣はお酒も入り賑やかだが、こちらは少し大人しい。会話は2、3人ずつで弾んでおり、僕は隣の席の彩鳥さんとお喋りに興じる。

 面倒見がよいので、僕や他の人たちのお皿に焼けたお肉を入れながら時々隣の部屋にも顔を出している。

 解散時間は決まっていない。いつもは9時くらいに各自2次会に行くなり、帰るなりするらしい。

 僕は8時には帰りたい。そうすれば家に着く頃、寝る時間だ。あまり遅くなると平宮さんにも心配を掛けてしまう。

 そうは思っても、なかなか抜け出せない。帰ると伝えるタイミングが掴めないまま、なぜか周りがカードゲームを始めさらに抜け出せなくなってしまった。

 机の上を整理して、こちらにいる十数人でトランプをする。ババ抜き、という隣の人のカードを取り合い同じ数字なら捨てるゲームをするのだが、ルールを知らない状態で始めた僕は全く勝てない。

 それが少し悔しくて勝てるまで、と居座ってしまった。


 時計を見ると既に9時前だ。

 不味いと思い、慌ててその場を立つ。もうタイミングがとか考えている時間ではない。

 他の人も時間を気にしているが、まだ帰る人はいない。僕だけが出口に向かう。

 駅に向かって歩道を歩き始めると、後ろから車の明かりで照らされる。

 そのまぶしさに思わず振り向くと、なぜかその車が僕の隣で止まる。扉が開き、中にいたのは彩鳥さんだった。酔った人たちの運転係でもある彩鳥さんが、送ってくれるらしい。

 電車で30分ほどの距離。車でもそれほど変わらないが、駅までの移動がなくなるだけでもありがたい。

 僕を乗せると車は直ぐに動き出す。心地よい揺れが次第に眠気を誘い、気付いたら僕は眠ってしまっていた。


 車とは違う荒い揺れに目を覚ますと、既に家の前にいた。

 車の去る音が聞こえ、また僕の体が大きく揺れる。

 顔の前で誰かの頭が、見覚えのある、いつも見ている平宮さんの頭が揺れている。

 車で眠ってしまった僕を平宮さんが背負っているらしい。とはいえ僕と平宮さんの身長差は僅かで、実際は足もついている。

 やっとのことで玄関まで移動して僕は降ろされる。さすがに畳の部屋までは運べないようだ。

 そのまま平宮さんは玄関奥の部屋まで行こうとする。

 僕が起きていることには気付かずに、歩き出すその後ろ姿に、その首元に視線が向く。

 いつもそこを隠しているチョーカーが、今日は外されている。

 2人で暮らしてからも頑なに外さなかったのに、寝てるときでも首元を覆う布製のカバーをしているのに、今日はなぜか外している。

 ずっと気になっていたのだ。

 僕がオメガのフリをしてチョーカーを着けていたように、何か理由があるのだろうと気になっていたのだ。

 こんなことしてはいけないと、分かっている。分かっているのに、魔が差してしまった。

 気付いたときには、手を伸ばしていた。

 首元を隠すように伸びた襟足に思わず触れてしまっていた。

 直ぐに平宮さんが振り返って隠されてしまったけれど、それでも確かに見えた。平宮さんの秘密が。


 やってはいけないことをしたと、我に返ると自責の念が溢れ始めた。

 すぐに謝ろうと思ったけれど、遅かった。

 当然と言えば当然で、僕だって自分の領域に勝手に踏み込まれたら嫌だけれど、なんでこんなことをしたのか自分でも分からない。

 目の前の、平宮さんの、不安にゆがむ表情が僕に後悔を募らせる。

 弁解の余地なんてない。謝っても、謝りきれない。悔やんでも悔やみきれない。

 今更後悔しても遅い。

 それでも、どうするべきか分からなくて、謝るしかない。

 それなのに。

 それなのに、ごめん、ごめん、って僕じゃなくて平宮さんの声ばかり部屋に響いている。

 それが一番悲しい。

 平宮さんのその姿に僕が重なってしまう。平宮さんの過去は知らないけれど、僕のように自分を押し込んできたと感じてしまう。

 それが一番苦しくて、こっちまで不安になって、けれどここで僕まで一緒になって不安がっても何も変わらない。

「ひ、平宮さん。」

 震えないように強く名前を呼ぶ。

 しゃがんで小さくなって、ずっと同じことばかり呟いて、謝ってばかりの平宮さんに話しかける。

 僕もしゃがんで、それでもあまり聞こえていないようで手を掴む。

 一瞬体を震わせて、やっとこっちを向いてくれる。

「すいません。平宮さん。」

 こんなに自分の言葉を意識したのは初めてかもしれない。今までなんとなくで周囲に合わせて発言して、深く関わらない関係だからそれでなんとかなっていて。

 こんなに自分で言葉を意識したのは初めてだ。

「不安にさせてごめんなさい。明日になったら出て行ってもいいですし、僕がここから出て行ってもいいです。でも、」

 それはだめ、と平宮さんが応えてくれる。ちゃんと伝わっている。

「でも、これだけは分かってください。僕は平宮さんが嘘をついても、オメガでもアルファでもベータでも、それを理由に嫌ったりしないです。」

 これは、僕自身が言って欲しかった言葉だ。いつか離れに皆が来て、ごめんねって謝って。あなたがアルファでもあなたはあなたね、って言って欲しかった。

 高校に入って、自分の性を隠して、同級生のアルファに対する妬みに同調するフリをして、偽り続けてばれることを恐れて、そんな自分に都合がいいとは分かっていたけどこう言って欲しかった。

「それに、僕も似たようなものです。僕は、平宮さんに助けられたことはあっても迷惑だと思ったりダメだと思ったことはないです。」

 もしかしたら、他の人からの風当たりは強いのかもしれないけれど味方はいる。少なくとも僕は平宮さんを見捨てない。

「平宮さんは僕がアルファだって知っても電話してくれたし、それで救われて、だから僕も。」

「違う、あれは頼まれたからで、僕は、僕は、そんな、慶人に感謝されるような人間じゃ、ない。僕は、僕は。」

 僕は卑怯だ、とそれっきり平宮さんは口を開かない。ごめんとも、言わなくなってしまった。

 それでも、伝えたいことはまだある。

「平宮さんにとってはそうでも、僕にとってはすごく助けになったし、今までも変わらず接してくれたじゃないですか。」

 平宮さんに他意がなかったことは知っている。けれど、あの日に平宮さんの電話があったお陰で落ち着きを取り戻せたのは事実だ。平宮さんにとっては些細なことかもしれないけれど、そのお陰で自分と向き合えた。実際、アルファというだけで態度を変える人は多い。けれど平宮さんはいつも通りでいてくれた。そのいつも通りが、自分と向き合う勇気になった。

まだ自分の性が、自分の意思と関係なく他人を傷つけてしまう本能が少し怖い。それでも僕と一緒にいてくれる人がいると知ったから、少しだけ自分に自信が持てた。

「平宮さんがなんで秘密にしていたのかは分からないですけど、」

 まだ会って半年もしない僕では、知らないことの方が多い。園崎さん達との方が色々言える仲かもしれない。けれど、

「怖がらないでください。僕にとって平宮さんはいなくてはならない人です。周りのだれも肯定しなくても、僕が平宮さんを肯定します。だから、自信を持ってください。」

 僕の言葉がどこまで平宮さんに届いたかは分からない。けれど、しばらくして顔を上げた平宮さんはもう不安そうな表情ではなかった。

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