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すれ違いだらけの僕の運命  作者: 甘衣 一語
トラウマ
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オメガ

 この世界には男女の他に第二の性がある。発情期があり、男女共に妊娠が可能なω(オメガ)。身体能力や知能が優れたエリート階級のα(アルファ)。人口の9割を占めるβ(べーた)。

オメガの発情期は数ヶ月に一度、数日続き、アルファを惑わすフェロモンを体にまとう。発情期中にアルファがオメガの項を噛むと運命の番となり、番以外へのフェロモンの効果は無くなる。さらに、オメガは番以外に対して拒絶反応を示すようになる。番契約は一度しかできず、解約はできないため事故で番になることがないように、オメガの中には項を保護するチョーカーを着けている者もいる。

 そんな、生まれながらの運命が定められている。

 10月になってから、平宮さんの予備の靴下やペンがロッカーからなくなっていることが多くなった。工場の更衣室は男女共用、工場の職員は約100人、防犯カメラも設置されていないという悪条件で原因究明は困難なようだ。

 物品の管理には気をつけるようにと通達があり、今までは鍵をしない人もいたがほとんどの人が鍵を掛けるようになった。


 季節は秋へと移ろい、僕の食卓にも秋の食材が並び、服装もつい長袖を選ぶようになった。

 この時期は様々な大学で行事が多く催される。僕の大学でもキャンパスで文化祭があり、通信制の生徒も参加しないといけない。週に1度キャンパスに集り、通学生と共に内容を話し合う。主に備品の製作を担当して次の週で持ち寄る、その繰り返しだ。文化祭は1ヶ月後だが毎週通うキャンパス内は日に日に賑やかになっている。それほど生徒全員が文化祭に全力なのだろう。高校は文化祭より体育祭に力を入れていたので、前日までのこの盛り上がりに少し戸惑いも感じる。

 これまでキャンパスに足を運ぶこともなかった分、新たな気づきも多く楽しい日々を送れている。今までは画面越しだった人たちとの会話が直接でき、より親しくなれたきがする。


 そのせいで、その日少し浮き足立ちながらバイトをしていた。

 まだ家での作業が残っており、急いで作業を終わらせ更衣室に向かった。季節の変わり目で体調を崩したのか少し熱っぽいなと感じながら手袋を外し、更衣室の扉を開ける。

 その途端甘い香りが、憎らしい香りが辺りに広がる。かつて何度も感じてきた香りだ。頭の中で鳴り響く部屋を出ろという警告とは裏腹に、体はその香りの主を探すように動く。一歩一歩と進むにつれて香りがどんどん強くなり、そのたびに理性が薄らぎ、自分が今どこにいるのかが分からなくなる。

 ついに入り口から一番遠い、僕と平宮さんのロッカーがある列まで着くとそこには彼女がいた。憎らしいあの香りを放ちながら弱々しく立ち上がった彼女は、さも当然のように僕の首に腕を回す。

 そこで僕は理性を手放してしまった。


 次に気が付いたとき、一番最初に視界に入ったのは平宮さんの腕だった。頭を動かすと、僅かに痛みが走った。視線を動かすと、古寺さんが床に横たわっている様子と床に散らばる抑制剤が見える。そんな俺の変化に押さえつけていた腕を緩める平宮さん。その表情が薄暗くて認識できない。怖いと思っているのかも、気持ち悪いと思っているのかも、なんとも思っていないのかも、認識できない。

 差し出された腕を反射的に弾いて走り出す。説明の言葉より先に謝罪の言葉が口をついた。ごめんなさいと繰り返しながら、いつもの道をがむしゃらに走る。滲んで判別も着かない段差で何度も転びながら家に入り鍵を閉める。

 息を整えることも忘れてしゃがみ込む。暗い玄関がそのまま僕の心情を表しているようでもあった。


 払われた手を見て始めて顔を上げた平宮さんの、そこにあったのは驚きの表情だった。僅かな恐怖の含まれたそれが、頭から離れない。

 また、僕は過ちを犯した。大切な人を、親しい人を、あんなにも優しい人を傷つけてしまった。

 僕のせいで誰かが傷ついた。僕のせいで、僕が幼稚なせいで、僕が弱いせいで、僕がアルファなせいで。

 いつまでも心にあるそれらが、ずっと忘れようと思っていたそれらが、溢れてきて僕を囲む。

 お前のせい、お前のせい。

 せせら笑う声に、抗う元気もない。


 揺れる携帯が僕をその沼から引きずりあげる。何百回、何千回と揺れたそれがやっと僕の元に届いたのだ。それでもしばらくは受け入れられなかったが、それからも何十回と続く振動音を、ポケットに手を突っ込んで止める。

 聞こえてきたのはいつも聞き慣れた声だった。今一番聞きたくない声でもあった。

 それなのに、直ぐ切るつもりだったのに、僕はその声に聞き入ってしまった。

 起こるでも、悲しむでも、怖がるでもないいつもと変わらないその声が、僕を落着かせて安心させた。

 電話を切ると、いつの間にか息切れも収まっていて、急いで携帯を仕舞い服についたホコリを払う。少しだけ、僕にもできることがある。まだやらないといけないことがあるから。

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