勇者は隠者へ
身内に退職代行を使った人間が三人もいまして。しかも全員仲良かったんです。
だから、仕事を辞めたい、今の場所から逃げ出したいという人を、救う物語を書けたらと思い、
黙々と書きはじめました。どうぞ、スクロールしてお読みください。
――勇者が魔王を倒したあとを貴方は考えたことがあるかい。
あ、ごめん。
脳内に直接話しかけちゃった。
やぁ、皆。
俺のことは、その、
知ってる、よな?
まぁそうか、世界を救った勇者だもんな。
OK。一応改まって自己紹介しとく。
俺は、ブレイヴ。52歳の白髪交じりのおっさんだが、こう見えて、十年前、あの魔王を倒した伝説の勇者様だ。≪聖剣のブレイヴ≫と言えば、わかるだろ?
で、最初の質問に戻るんだけど。
勇者が魔王を倒したあとを貴方は考えたことがあるかい。
うん。銅像が建てられ、世界中の人々から感謝されて、英雄として称えられて。そうね。
そのあとは?
結論から言えば、魔王から救った世界の中で、一生涯、英雄として生き続けなければならない。
かっこいい?うらやましい?
ハハハハハハ、冗談じゃないッ!!!!
そりゃあ最初は良かったよ?金は腐るほどあるし、かわいい女の子から死ぬほどモテて、世界中の人からちやほやされるから承認欲求満たされるし。
けどさぁ、英雄として生き続ける大変さは、それを差し引いても最悪だ。
どこに行っても、勇者さま勇者さまで大歓迎。一人で落ち着いて買い物したり、森でキャンプしたり、芸術や音楽を楽しむこともままならない。誰も俺をほっとかない。そして俺を監視している。
一人一人が持つ憧れの勇者様の偶像をおしつけてきて、勇者らしからぬことをしようものなら、すぐに嫌な噂を流しだす。
――勇者様が人妻に手を出した!
――勇者様が握手を求めた子供を無視した!
――勇者様が大金をギャンブルにつぎ込んだ!
――勇者様が国王の政治について批判の声を上げた!
――勇者様が国を乗っ取ろうとしている!
――勇者様、実は魔王と共謀していた!?まさかの自作自演!?
などなど。
俺の立場上、文句を言いにくいのをいいことにどいつもこいつも好き勝手いいやがってからに。
――人妻なんか興味ないわ!というかもうすぐジジイだ!性欲は枯れた!子供の握手を無視したときは、腹を下してトイレにかけこむ途中だったし!ギャンブルは一回くらいやってみたかっただけ!つうか全部俺の金だし文句言われる筋合いはない!あと国王の政治を批判したことは一度だってない!いや、誘導尋問で言わされそうになった気はするけど、そもそも政治に興味なんかねえわ!あー腹立つ。
ということが積み重なり、ある時、俺は決断した。かつての仲間にも相談せず。
――勇者の人生は、今日をもって、終了にしよう。
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二年後。
勇者の消えた世界は、少しだけあわただしくなった。
魔王の息子が、新たな魔王として名乗りを上げ、少しずつ勢力を拡げ始めた。最初は俺のことを血眼になってさがした王国も、今じゃ新たな勇者を求めはじめ、かつて俺の背中に憧れた子供たちが、それぞれパーティーを組んだり、冒険者ギルドに所属したりして、魔王討伐の旅に出た。
あぁ、これで良かったんだ。
俺がいなければいないで。
世界はまた、俺なしで回り出す。
俺じゃない若い勇者が、きっと若い魔王を倒してくれる。
え?俺?ああ、てっきり死んだと思ったって?
冗談。俺は一度だって死にたいと思ったことはない。ただ、一人の人間として、もう一度この世界を生きてみたいと思ったんだ。
だから俺は、俺たち初代勇者パーティーしか知らない、若返りの泉へ行き、年齢を30年分若返らせた。二十代の身体はまぁよく動く!筋肉痛もないし、酒を飲んでも二日酔いしない!
代償として、俺が持っていた規格外の魔力は半分以上泉に吸い取られてしまった。けどまぁ、若さに勝るもんはないしね。二十代最高!!
そして俺は、うちのパーティーにいた賢者サーゴに教わっていた古の変身魔法を自分自身にかけたことで、まるっきり別人に生まれ変わったんだ。
髪色は黒から茶髪へ。男くさい顔立ちだったのを、中性的な顔面に変えといた。
別にモテたいわけじゃないから、自分的には中の上くらいのビジュアルにしてみた。
以前異世界から来たという転生者たちの言葉で言うところの、整形ってやつかな?あいつはダンジョンで死んだっけ。なつかしいな。
とまぁそんなわけで、俺は全くの別人として、慣れ親しんだ町でひっそりと暮らしていた。
新しい名前は、ハーミット=レグルス。
ご近所さんには、田舎から出てきた、中流階級出身の22歳ということにしている。他の人たちの前で大金は使わないようにしているが、死ぬほど貯えはある。一生自由気ままに生きれる。
あー、最高だ。
もっと早くやっとけばよかった。
「やぁハーミット」
「え?」
俺に声をかけてきたのは、リオル=ダスマス。近所に住む22歳の好青年。
「やぁレオ、いや、リオル。今日もそこらへんの姉ちゃんがほっとかねえイケメンっぷりじゃねえか」
「なんだよそれ、おっさんくさいぞハーミット?」
このリオル、何を隠そう、俺のパーティーにいた、我が相棒であり幼馴染の、大剣士レオナードの一人息子なのだ。
背格好は昔のレオにそっくりだ。ちょっとひょろいけど、レオによく似たベリーショートのブロンド髪、レオの奥さん、ミーナによく似た、穏やかな目。
――なんかいいなぁ。甥っ子を見るおじさんの気持ちだぜ。昔はこんなちっこかったのに。
「ハーミット、気持ち悪い目で俺を見るな」
「あーわりぃわりぃ。どした?出かけんのか?」
「あぁ、当分会うことはないだろう」
「はぁ?どういうことだよ」
「魔王退治の旅に出る」
「ん?」
「俺がこないだ紅の雷のメンバーになったのは言ったろ?」
「ああ、最近できた冒険者ギルドだろ?」
魔王軍の勢力が拡大していることもあり、ギルドが年々増え出している。仕事は猫の手も借りたいほどあるから、まぁ、需要と供給ってやつだ。
紅の雷は、その中でも薬草集めのような低ランクの依頼ははなから受けず、近隣のモンスター討伐や、対魔王軍の高難易度任務を多く請け負って、最近頭角を現しているギルド。登録している冒険者の数は、300人ほどだったか。
「そうそう。今回Aランク任務で、魔王軍の拠点制圧の手伝いに行くことになったんだよ」
「お前がAランク任務!?待て待て、だってお前、まだまだひょろっひょろのガキじゃねえか」
「ガキってなんだよ、同い年だろ?」
「ん?あ、あああ!!いやまぁそうだけどよ、はじめたてのFランク冒険者が、Aランク任務に行くのはおかしいだろ?」
「手伝いな」
「手伝いだろうがなんだろうが、Aランクは早いって!」
「いまどきはみんな、高難易度の任務を先輩たちのサポートしながらやってくのが普通なんだってさ」
「聞いたことねえよそんなの。レオ、じゃねえ、親父さんはOKしたのか?」
「親父に言ったら反対されるから内緒だよ」
「お前なぁ!!」
「わり、もう行くわ。ハーミット。次会うときは俺も一気にランクアップしてるはずだ。楽しみにしとけよ?」
「おい!」
颯爽と走っていくリオルのことを。
俺は命に代えても止めるべきだった。
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リオルが死んだ。
Aランク任務で命を落としたらしい、というのは、葬式に来ていた親戚らしいおばさんから仕入れた情報だ。
――嘘だろ?
「リオル!!!ああ、リオル!!!!どうして!!!!どうしてお前が!!!!!!!!!」
愛する息子の亡骸にすがりついて泣きわめく、年老いた幼馴染。すっかり髪の毛は薄くなって、大剣士と呼ばれた英雄の姿はそこにはなく、最愛の一人息子を失った哀れな父親だけが、その場に存在していた。
――そうだよな。どうしてお前が死ぬんだよリオル。
葬列に参加しながら俺は、言いようのない怒りに襲われていた。
紅の雷。
仲間の葬式にも関わらず、ギルドの一人たりとも顔を出していないのは何故なんだ。
この違和感は一体。
――何があった。お前の身に、何があったんだよリオル。
ほぼ前日譚のようなものです。
今後退職代行業として活躍してくことになる元・勇者ハーミットが、なぜその仕事をしようと決意したのか。
次回、紅の雷と真っ向勝負です。