表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想剣客史譚  作者: りょん
12/23

第四巻 剣乱編 二章 キドという男

     二章 キドという男


 今後、帝国の東国、アンガス侵攻が始まり、一方の大陸西方においても凄まじい戦乱の嵐が吹くことになるのだが、それに関わる主要人物をもう一人、紹介しておかなければならない。

 ユウが召喚されたころのレオーラ大陸には四人の英雄がいるといわれている。

 一人が天ノ岐ユウ本人である。アントワーヌの守護神と謳われ、王国の側に立ち、大陸西部では圧倒的な人気を誇っていながら、晴れの舞台を厭うこの人物の素顔を知る者は数少ない。

 二人目は帝国皇帝エドワード・ボルナルフ。レオーラの覇王と呼ばれるこの人物は帝国の諸侯貴族に分与されていた権力を簒奪し、帝都に集約させ、中央集権体制を確立させた新帝国の創設者とされている。いま、その軍勢は彼の通り名を現実のものにしようとしている。

 三人目は無双の剣豪、黒騎士ヴォルグリッドである。帝国の客将である彼は、大陸に並ぶ者なしといわれる剣術と鋼鉄を容易く斬り落とす漆黒の剣を持ち、戦場に立てば強敵を望み、危難を愛し、敢えて死地に挑むその姿を知る帝国兵から絶大な信仰を勝ち得ている。帝国の覇道は彼の剣失くして成しえないともいわれているほどの人物である。

 そして、四人目がこの章で語られることになる、キドと呼ばれる男、である。彼は大陸東方、ウッドランドと呼ばれる地にあり、軍事に長け、反帝国を掲げるこの国家で頭角を現し、戦闘階級者の支柱として立っている。

 彼がなぜ生まれたのか、なぜ戦わなければならないのか。その半生を語る。


     ○


 ウッドランドという国はレオーラには珍しい民主主義国家である。

 王を持たず、貴族も持たず、民衆は派閥を成して党を組み、無数にある党の中から選挙によって第一党与党が選ばれて、その党首が首相として行政を担う。立法は与党を中心とした二つの議会からなり、他に司法が独立してあり、あたかも日本のそれに近い状態で施政が執り行われている。

 王侯貴族を中心とする封建制が跋扈するレオーラにおいて、なぜこのような国家が生まれたのか。それははるか東の大陸に巻き起こった災禍に端を発する。

 王国が面する海洋はレオーラ、アナビア、コスヨテリと三つの大陸が囲う内海、正式な名称でいうと、ユーステア海と呼ばれる穏やかな海洋である。この海の南端に、東方から潮の流れ込むクリフトフ海峡がある。王国の南端にあって、この国を緑に覆う水源となる暖流の流れる海峡である。このクリフトフ海峡はレオーラ大陸東部に広がる外海、オルドネラ海から来ている。惑星アステリアをレオーラ東部で南北に貫くこの大海洋、オルドネラ海をさらに東へ渡るとオルドネラ大陸がある。オルドネラ、とは古代レオーラ語で『原始』の意があり、海も大陸も原始の大型生物が跳梁しており、人の足の踏み入れる地ではないといわれている。かつての探検家の記録では、海には船を一飲みにする海蛇がおり、陸には城より巨大な竜がおり、定住している人間もいるが、彼らは衣服をまとわず、石の弓で侵入者を払い、その矢じりには未知の毒が塗られ、触れただけでも命を落とす、などといい、レオーラの人々の空想を膨らませて、また足を遠のかせている。が、生物学と文化検証はいまは関係ないからおいておく。

 この大陸は南北に長い、火山大陸だったことがレオーラの歴史に関係する。

 アステリアも地球と同じように何枚かのプレートに覆われている。重い海洋プレートがあり、軽い大陸プレートがあり、水に浮かべた氷のように、海洋プレートの上に大陸プレートが乗っかっている。海洋プレートは大陸プレートの下に潜り込んでプレート同士の摩擦熱、水の流入などの原因によって溶解し、マグマとなって浮上して地上に噴き出し、山岳を作る。日本の活火山と呼ばれる山はそうだし、この世界でも帝国北部のクロッサス山脈がそうだった。が、オルドネラ大陸のそれはさらに激しく、巨大なマグマ塊を大陸下部に蓄えていた。

 これが突如爆発した。

 大地が凄まじく震動し、数十という山が同時に吹き飛び、吹き飛ばされた山は砕けて驟雨の如く降り注ぎ、大地の至る所に穴が開いてはマグマが溢れ、周辺を紅蓮に輝く灼熱の海で満たしたという。また噴煙は厚い雲となって空を覆い、日差しをまったく遮り、辺りは昼間でも暗黒に染まり、噴煙は擦れ合うとまとっていた電気を放って稲光を生む。真っ暗闇の中にあるのはマグマと紫電の輝きだけ、という景色が広がるわけだ。さらに時が経つと、噴煙は高空で冷えて高空の水分と一緒になり、濁った雨となって降り注ぐ。さらに時が経つと、マグマは放出され切って、吹き飛んだ山は大きな盆地になっている。これが陥没カルデラ、というものだ。阿蘇山はこれに当たり、北海道にも支笏湖があるし、アメリカのイエローストンも地下にマグマ溜まりがあって、いつかカルデラを造るといわれている。ちなみにカルデラには他にも数種類があって、出来方で呼び名が異なる。

 阿蘇山の噴煙は最大のもので、北海道まで堆積しているという。世界最大のカルデラはインドネシアにあって、その火山灰は世界を何度も周回したといい、その噴出物は日差しを遮り、地球全体の気温を数度下げたともいう。アステリアでも、オルドネラカルデラの噴出物が世界を駆けた。低緯度地域、赤道近辺では、大気循環の都合、東からの風が吹く。一部南に流れるが、北にも流れる。色濃い火山噴出物はオルドネラ海を渡って、北西方向にあるレオーラ大陸東岸を覆った。

 レオーラの人々に、この凶事を察する手段はない。

 彼らが初めて異常に気付いたのは大陸最東岸、ヘリオス教会領に次々と海洋生物の死骸が打ち上げられたことだった。海に流れ込んだマグマと火山性ガスのさせたことであるが、レオーラ人は首を傾げるだけであった。次いで、作物の収量が落ちた。麦も、米も、穂をつけず、野菜の類も実ることなく枯れ、五割も落ち込めば凶作といわれるこの時代で、収率が七割も落ち込んだ。

 しかし、ヘリオス教会領はまだ幸福であった。大陸中の人々の信仰の中心であるこの地は、信者からの献金のみで生活を支えることができる。王国は空が霞むことがあっても、人が食べて暮らすに困るほどではなく、帝国の食糧庫といわれたディクルベルクも、このころはまだ温かく、西部では盛んに耕作が行われて民を潤し、この二国は存分にヘリオス教会領へ物資の運搬を行った。

 悲惨だったのは、ウッドランドである。ヘリオス教会領とはラピオラナ山脈という連峰を挟んで隣り合うこの国は、日差しを失い、山から流れ落ちてくる寒気の影響だけを存分に受け、作物の収穫率は前年の一割ほどしかなく、数年を通して冬のように過ごした。これほどまでに作物が得られないのが、飢饉、という。

 種々の樹木が多いことで有名なこの地域はこの年、木も実らず、葉も茂らず、大地には雑草も生えず、食料とするものはなにもなかった。民は飢え、病み、肉体からは力が失せ、人の瞳は光を失っていった。犬猫はもちろん、ネズミの一匹までも食らいつくし、隣人が死ねば彼の骨と皮だけになった遺体に歯を立てた、ともいう。

 鬼畜の所業ともいえる日々は何年と続き、人々の精神は蝕まれていった。

 ウッドランド北東部の寒村も右のような状態であった。そこに在する医師、トラッゴは数百という人の飢え死にを目にし、すべからく人は死ぬ、ということに思い至った。

 当たり前のことであるが、当たり前のことの明確な確立が人の思想を一変させることがある。

 人は死ぬ。すべからく死ぬ。王も、貴族も、民もすべからく死に、骨になり、土に還る。王と貴族と民衆と、いったいなにが違うというのか。人はすべからく平等である。人は平等でなければならない。被支配者でありながら、支配者になる資格も有しているはずだ。誰だって支配者層になれる可能性を有し、また彼らを弾劾する資格も有す。国家とはそういう形でなければならない。彼の論説は王政の発祥と貴族主義の非を手厳しいまでに打ちのめし、徹底したまでの人民主義、市民平等論を説いて、掘り下げると一冊の本になってしまうため、右のように要点をまとめた。要点だけ上げてみれば実に単純な話であるが、哲学などそういうものである。勉強しろ、人にやさしくしろ、人生に意味なんてないから深刻になるな、そういうことを迂遠に説いているのが哲学書だ。

 勇憤したトラッゴは農民を連れ、地方貴族の穀倉を打ち壊し、民に食料を施して、当時まだ王国であったウッドランドの兵に鎮圧され断頭台の露と消えるまで、その主張を唱え続けた。飢えた民は彼の言葉に奮い立ち、各地で蜂起し、王国軍と一進一退の攻防を繰り広げて、ついには貴族を叩き潰し、王城を包囲して粉砕し、大陸初の民主国家を打ち立てた。往々にして、政権というのは気候変動によって滅ぶことがある。

 ともかく、この戦争は民族覚醒戦争と呼ばれ、ウッドランド共和国を樹立させた。

 しかし、初期の民政など、決して真っ当なものではない。

 政権を奪取した民衆軍はまったく学がなかった。政治とはなにかを知らず、国家とはなにか、民主とはなにかも理解しないまま国政を担うこととなった。法の施行も、立法も知らず、結局のところ、貴族を真似る以外のことしかできず、高価な輸入品の衣服装飾を身にまとい、民からは徴税する一方で施しを与えず、日夜宴を開くことが政治であるとしている者までおり、意見の対立があれば武力をもって解決をすることが日常になった。

 戦争終結から二十年、民は変わらず飢え続け、仕事もなく、働いたところで搾取されるのみで馬鹿らしく、野盗に身をやつす者たちが増え、徒党を成し、地方を跋扈するようになっていた。


     ○


 とある辺鄙な村の片隅の、小さな家に一人の男児が生を受けた。

 この男の記憶は、人の脇腹に短刀を突き立てているところから始まった。ほのかに月の明かりの差す部屋の中で、くたびれた布地を貫いて、一人の男の脇腹に短刀を突き立てて抉っていた。

 ごぷっと重い液体が弾け、真っ白な少年の小さな手を赤黒く濡らし、また温めた。

「うおおおっ!」

 男は血を吐いた口で絶叫し、自らあとずさって尻もちをついた。月光を跳ね返した短刀が喉元を掻いて、悲鳴の続きを断ち切った。

 部屋の隅にはこの記憶の持ち主の親らしい男女が折り重なって、事切れていた。兄らしい男もそのそばで動かない。一人生き残ったこの少年はまだこのころ六歳ほどであったが、正確な年齢はわからない。その瞬間以前、彼の記憶はなく、また名前を呼ばれた覚えもなく、従って親から与えられた名前もわからない。

「なにしてやがんだ、てめえ」

 足音荒く部屋の入口に立った賊の仲間が一人、男児に向かって抜刀した。が、その白刃は獲物を失い、宙をさまよう。月明かりの下にいた男児が部屋の闇の中に溶けたのだ。ふいに、突き出された短刀の刃が、賊の脇腹に食い込み、賊が自らの目を疑って腹部を顧みたときには少年の手は引き下ろされていた。

「ぎゃあああっ!」

 みぞおちから股にかけてを裂かれた男はその場に座り込み、片目を抉られて絶命した。

 ほどなく、建屋の一隅から火の手が上がり、それを外から眺めた少年は、闇夜の森の中へ駆け込んでいった。


 それから五年後、彼は町の中にいた。

 このころのウッドランドの一般的な町並みというのは、雑多な木々を切り倒して出来上がった空き地の真ん中に木塀の家を並べて立てて、その家々を繋ぐように雑草を切り払い、枕木を打って街道にし、枕木の間に砂利を敷き詰め、片隅の水路は流れが滞って水が腐り、汚物が異臭を放ち、ネズミとハエがたむろして餌を探し、人々はそれらを蹴散らしながら、または紛れながら、かろうじて生にしがみつくという景色をしていた。

 あのときの少年はこのころ十二、三歳に見えるまでに成長していて、やや癖のある髪は黄金、肌は白、瞳は青く、輪郭は細く小さく、美男と称して差し支えない容貌をしていた。しかし、身嗜みは整っておらず、全身が煤け、ボロをまとったような姿になり、髪はハサミも入れずに腰まであり、青い瞳の輝きの奥に力はなく、歪な炎だけが揺らめていた。

 このころの彼の仕事は用心棒である。町のゴロツキの頭、シンプソンという男に雇われていた。有事とあれば現場に赴いて目標を生死の境に叩き込む。小柄な彼の倍も身長があろうかという大人の膝を折り、顔面を殴りつけ、倒れて命乞いする敵をまた殴り、蹴るのである。これがこのころの彼の仕事であった。

「ジョー、それくらいにしとけ」

 と雇い主は満足すると、彼にいう。彼は名前のないまま町に現れ、仲間たちからはジョーと呼ばれ、国家以上に頼られ、恐れられた。

「飯、行くか?」

 と、シンプソンは血を浴びた用心棒の肩を叩き、酒場に向かうのである。ジョーの報酬といえば、飯、という単純なこれ一点であった。食べられるものを得るためだけに、生きるために、彼はとにかく働いていた。

 彼ら、ゴロツキたちの役割というのは、町の治安維持とその報酬としての金銭の徴収である。共和国も建国当時から国家警察というものは一応ある。王国同様、警史と称し、このころほとんど機能しておらず、没落貴族の生き残りが管理している町だけが幸いにして警史が職務を記憶していて遂行し、町の治安を維持していた。ジョーらの町は幸いの方に属さない。このゴロツキたちが危険な野生動物を駆除し、町への侵入者を排除し、町の有力者から富を得てその敵も始末していた。

 再び、ジョーと呼ばれる男も運命が変転したのは、彼がこの町へ流れついてから二年後のことだ。

「お頭、お頭」とシンプソンの手下どもが彼の部屋に慌てた様子で踊り込んできた。

「何だよ、騒がしい」とシンプソンは煙草を灰皿ですり潰しながらいった。

「け、警史の奴らが踏み込んできやがる」

「なにを怯えてやがる」と闊達と笑っていた。「あの腑抜けどもに押し込まれたからってなんだってんだ」

「それが、下の奴らが連れていかれちまって……」

「なに?」とシンプソンは血相を変え、立ち上った。「てめえ、黙って見てたのか?」

 どんどん、と扉を激しく叩かれ、次の瞬間には蹴破られていた。

「大人しくしろ、貴様らを連行する」

 軽鎧と額宛だけをして、警棒を構えた三人が部屋に乱入する。

「どこの手のやつらだ?」とシンプソンが訊いたのは間抜けに聞こえるが、彼は町中の有力者を味方にしているから、捕まるなど想像もしていない。その有力者たちの敵勢力が仕掛けてきたものと思った。警史たちは答えず、彼らを包囲しようと部屋の壁伝いに人を配してゆく。

 シンプソンは舌打ちしつつ、窓際に下がった。

「やれ、ジョー、やっちまえ」

 椅子に腰かけていたジョーはすらりと立ち上がり、警史の三人と向かい合った。そのころにはシンプソンと手下たちは窓から逃げ出していたが、ジョーは習慣から主の指示を守った。

 振り下ろされる警棒の小手を取り、捻じ曲げて膝を折った男の腰元から引き抜いた短刀を持ち主の首に突き刺した。仲間の死を前に激昂した警史の二人はジョーの間合いに飛び込んで、一人は脇の下を、一人は顎下を上へ刺し貫かれ卒倒した。他、二、三人が怯えて遠巻きにしているのを見たジョーはシンプソンたちを追って、窓から飛び出し、足跡を追っていった。先で縄にからめとられて包囲された主らの姿を見た。

「お、おい、ジョー、助けろ」

 周囲には十に及ぶ警史が充満し、背後には窓から追ってきたらしい警史たちがいる。

 ジョーは血に濡れた短刀を振りかざし、雇い主の命じるまま救出に向かった。さらに二人の警史を刺し殺している。しかし、多勢に無勢で、警棒に叩かれたジョーは膝を屈し、滅多打ちにされて、意識を失っていった。


     ○


 目が覚めたとき、牢の中にいた。四角い石を積んだ壁に覆われ、鉄扉がひとつ、小さな丸い空気穴が天上付近の壁に設えられて、唯一の明かりとしてぼんやり白んでいる。あとは、部屋の隅に便器がひとつ、異臭を放ってハエがたかっていた。

 ジョーはただ部屋の隅で膝を立てて縮こまり、時が過ぎゆくのをひたすら待った。死が訪れるのをひたすら待っていた。恐怖や絶望、諦観、どの感情も彼の中になかった。自身が、考えること、感じるということを彼は忘却していた。ただ、空腹だけが漫然とある。

 一日が過ぎ、二日が過ぎ、それくらいのことは通気口の明かりで知ることができたが、彼は知ることもやめていた。

 腹が減り、ハエの羽音がうるさい。ただそれだけ。

 食糧の供出は一切なく、水すら口にできず、日々は過ぎて、三日目のことである。

 朦朧とした視界の先で鉄扉が開いたのだ。数人の警史たちがジョーに警棒を向けつつ、取り囲んだが、彼に抵抗する余力などない。意識を失っていた日数に加え、二日も口になにも入れていないのだ。頬はそげ、目はくぼみ、目玉ばかりがぎらぎらと陰鬱な光を放っていた。そんな状態であるから、頭から革袋を被せられたときにすら抵抗せず、声も上げなかった。ああ、死ぬのか、と心の隅を過っただけであり、これが彼の思考と感情の芽生えでもあった。

 その後、手足を拘束されて牢から引き出されたジョーは乱暴な腕の嵐にされるがまま、数人の人間を経由して狭い箱の中に押し込まれ、からからと車輪の回る音を聞いた。馬の蹄の音も聞いた。どうやら馬車の中らしい、と思い至り、外の空気に鼻孔をくすぐられ涙した。ドブ臭い、町の香りが、これほどに鮮烈で華やかであったとは、牢の汚物にまみれた部屋の中から引き出され、初めて知った。生きている、という感情を知り、身を丸めて慟哭していた。干からびた自分の肉体から、まだこれほど熱い水分が出るのかと不思議で哄笑もした。突如訪れた感情の波の激しさに、当惑して均衡を逸したのだろう。

 どれほど時が経ったか、しばらくすると馬車から引き出され、どこかの屋内を歩かされた。裸足の裏が冷たい木床の感触を踏んでいる。いつの間にか、引っ立てる腕の力に暴力がなくなっていることにも気がついた。この者たちが何者なのか、ジョーの中に感情が芽生えても、まだ思考というものはなかった。

 次に押し込まれたのは、厚いクッションの上であった。柔らかなそれの感触に初めはなにかわからずに、目隠しを外されて初めて自分が二人掛けの座椅子の上にいるのだと知った。小型晶機のほのかな黄色い明かりが、ジョーの手元だけを照らす暗い部屋だった。が、部屋の奥に、何者かがいることはわかっていた。貧民街で培った索敵の術は骨身に染みている。

 闇の中の誰かが深いため息を出し、「名前はないそうだな」と壮年の男の、低い声がいった。

「君の仲間たちから聞いたよ。彼らは、君は仲間ではないといっていたがね。仲間であることを認めると警史殺しの罪もかぶることになると思ったのだろう」

 哀れな連中だ、とまたため息をついたようだ。

 ジョーは男の様子を丁寧に探っていた。足の音、衣擦れ、呼吸音。この男が妙な真似をしたときは殺す、と感情の芽生えた体に殺意が漲っていた。死を忌避し始めたのだ。

 男はそれを悟ったように軽く笑い、手元の鈴を鳴らした。部屋の隅の扉が開き、若い男の一人が忍び込んできて、ジョーの前にひとつの盆と土鍋を置いて出て行った。

「一週間も飲まず食わずだったのだろう? 医者のいうところでは粥がいいそうだ。食べるといい」

 戸惑うジョーが鍋の蓋を取り上げると白湯気が立ち込め、芳醇な米の香りが顔を覆った。

 物心ついて以降、初めてこれほど豊かな米の香りを嗅いだのだ。

 ジョーは我を忘れた。

 そばのレンゲをつかみ、狂ったようにかき込んだ。口の中を火傷しない程度に冷めていて、温もりを感じるほどに暖かい。ただ、体の奥が蠢いて、嘔吐した。いま口に押し込んだものだけでなく、すえた臭いの胃液もしたたかに吐き出す。

「慌てるからだ。ゆっくり噛んで食べなさい」

 男は再び下男を呼び、吐しゃ物の処理をさせ、ジョーはすえた臭いの立ち込める中で構わず粥を胃袋に詰め込んだ。今度は胃の腑に収まっている。下男が退出し、ジョーが食事を終え、一息つくのを待って、再び男は話を始めた。

「君はなぜこのようなところに呼び出されたのか、疑問に思っていることだろう。それを説明したい」

 ジョーが頷くのを待って、男は続けた。

「私の名はディケンズという。この町の警史総督をしている。君は警史の五人を殺したそうだね? まず六人に囲われ、三人。次に十七人に囲われ、二人。そうだろう?」

 ジョーは頷きもせず、ただ耳を傾けていた。男は一人頷き、続ける。

「その腕を見込んで、君に私の護衛をしてもらいたい」

 ディケンズと名乗った男は、さらに続けた。

「君も知っていると思うが、この国の執政は、一言でいえば、邪悪だ。邪な悪党が暗躍して憚ることがないのがこの国の政治だ。わたしはある人物からいわれ、シリエス王国へ赴き、政治とはなにかを学んできた。これからの国政を担う身にある。他にも帝国やアンガスからの帰還組もいて、まあ、彼らはいくらか話になるかもしれないが、固陋で頑迷な者も少なくない。わたしはそれらを排除して真の民政を敷くつもりである。そのために、私を良く思わない連中もあるだろう。彼らはなにをしてくるともわからない。そういう世だ。君には、そういった危難からわたしを守ってほしい。または政敵を力づくで排除しなければならないときもあるだろう。そういう場合にも力を貸してほしい。暮らしの保証の他に報酬も用意しよう。やってもらえるかな?」

 以降、ジョーは名前を変え、ジャックと名乗っている。

 貧民街時代に伸ばしっぱなしだった髪を切り整え、服も支給された詰襟の将校服を着、腰には細剣をさして、かつてのジョーをよく知る人物と顔を合わせて小一時間眺めたところで、彼とは気づかなかっただろう。彼に同僚を殺された警史たちはジョーの存在を切り裂きたいほどに憎んでいただろうが、彼との関係は夜闇の中で殴打した程度のものであり、ジャックの正体に気づかず、すれ違っても警史らの側が敬礼して道を譲った。警史らはジャックとは何者か、出自を疑いはしたが、警史総督の補佐であったし、ジャックの方が上官になっていたから、詮索は控えられた。このころのウッドランドは、官僚の引きさえあれば誰でも官職に就くことができ、またそれを指摘する者もいなかったのだ。ディケンズ自身、そういう腐敗制度を利用しながら、そういう腐敗制度を利用する腐敗官僚を始末しようとしていた。また、こののち、ジョーとされる人物は処刑されている。ディケンズが替え玉を用意し、処断したのだ。そういった意味でも、警史らはジャックの正体を詮索する必要がなかった。

 この町、コンサドレド警史総督付一等護衛士官ジャックの、その瞳の中の暗い光だけが、かつての彼の面影を色濃く残していた。


     ○


 ウッドランドというのは、木々の多い国である。おそらく、この国の建国当時、ユウと同じ世界の英語圏の人物が訪れ、そのように呼び、そのまま国名となったものと思われる。

 東のヘリオス教会領とは急峻な山々の連なるラピオラナ山脈で隔てられ、北はラピオラナ山脈から湧出するローラントという大河が流れて帝国国境を成し、またローラント川は南下してウッドランド西の小国勢との国境も形成し、やがてクリフトフ海峡に流れ込む。その過程で無数の支流を生んで樹木の国家といわれるこの地の隅々までを潤している。

 はるか彼方の東方大陸で噴出した天変地異の影響も、このころにはなりをひそめるようになっており、気候の安定が見られつつあった。

 平時であればオルドネラ海の暖流や温かなクリフトフ海峡の影響、亜熱帯高気圧から吹き寄せる南風などによって温暖湿潤な環境を維持して、南方は広葉樹中心の、水田栽培に適した植生を見せる。北方も湿潤ではあるが、冬季に帝国で発達した高気圧と寒気の影響を受けて、その植生のほとんどが針葉樹になる。水が凍結するほどの低温だと広葉樹が繁殖しにくくなるせいだが、針葉樹の密林が国土内に多くあったのはウッドランドには幸いだった。この国家は、この巨木の輸出で財を成したのである。針葉樹の巨木というのは一本の木から同等品質の木材が大量に取れて商品としての信頼性が高く、また、大きいということは様々なブロックに加工しやすいということでもある。広葉樹や照葉樹とは比較にならない商品価値があるのだ。レオーラ大陸の針葉樹林帯は帝国に多く、反帝国を掲げる国家は同一品質の木材を得るのにウッドランドを頼るのが主であった。南にはクリフトフ海峡が西流しているため、大陸西部への輸出も容易である。

 そういった都合、ウッドランドの主要都市は富の多い北方に集中しており、街道も網の目のように張り巡らされている。そのハブの一点がコンサドレドの町であった。鬱蒼とした森の中にあり、木々を切り倒して出来上がった空き地の真ん中に民家と官公庁が密集して、一個の町を成している。

 その木々が、ざわざわと鳴いていた。

 空を流れる雲は速く、月の白光をこまかに明滅させて、地上をまだらに染めている。

 こ、こ、と枕木を鳴らして、六人の男たちが歩いていた。

 五人の男たちが手にそれぞれ晶機の明かりを携え、一人の男を囲っていた。その中心にいる一人の男のみがウッドランドの民族衣装で礼装し、周囲の者たちは詰襟の将校服で脇に細剣を引っ下げて、足は夜道を急いでいた。

 その一団の行く手を遮るように、一人の男が立ち塞がった。

 黒い頭巾で顔を隠し、同じ色の外套で首から下を覆っている。

「何者だ?」と将校服の先頭が尋ねても黒ずくめは応じず、腰元から引き抜いた白銀の刃に月光を浴びせて構えた。五人は、背後に二人の黒ずくめの姿が加わるのに及んで、抜剣し、それぞれ近場の敵に向けて構えてみせた。

 流れた風に、草が揺れて擦れ合い、高空では雲が流れ、敵味方を影に月下に交互に隠す。

 正面の刺客は頭上を覆った闇に乗じ、身を傾けた。

 護衛の二人が敵を挟むようにして間合いを詰めたものの、次の瞬間には二人とも胴を抜かれて臓物を散らしていた。

 月明かりの下、ひゅ、と風を切って血を払う、その刺客の背後で、ようやく護衛の二人が自らの負傷に気づき、思い出したように倒れ伏すほどの凄まじい剣であった。

 背面の刺客は一人が頭を割られて絶命し、一人は手を負傷しながら一人を突き殺し、なんとか遺体から刃を抜いてもう一人と向き合い、剣戟を交えて一進一退の攻防を繰り広げている。

 護衛の残った一人は後方を任せ、同僚の二人を屠った剣と向かい合う。将校服に包んだ胸の動悸は正常で、また中段に据えた剣の先も引き結んだように制止して敵を狙っている。刺客は影のように身を揺るがせ、剣を足先に垂らし、にじるように間合いを測っていた。

 枕木と砂利の繰り返す歩道、隙間には雑草が生え、二人の足をくすぐって、揺れる。

 一際強い風が吹き荒び、護衛の剣の柄が引き上がった。切っ先を低く、姿勢をさらに低くし、全身で伸び上がるような刺突を繰り出す。

 激しく火花が散ったのは、刺客のしのぎを削り上げたからだ。

 次の瞬間、刺客の肘が鼻先に抉り込み、噴き出した鼻血が宙を舞って、護衛の男は後ろにたたらを踏む間もなく、喉を割かれて仰向けに倒れた。

「ひ」と呻いたのは礼服の男であったが、彼が次の呼吸をするころには心臓に白刃が突き立っていた。

 刺客の男は剣を引き抜き、足元に転がった礼服の手を取って頷くと、生き残ったもう一人に目配せをして闇の中に消えていった。護衛にも生き残った者が一人、すぐさま倒れた主の様子を窺ったが、すでにこと切れたあとであった。


     ○


 この事件の被害者はコンサドレド金融庁の官僚であることが明らかになり、主犯は反政府活動組織であり、数日ののちにアジトのひとつが壊滅して、鎮圧の過程で犯人側の五人が死亡、逮捕された十四人のうち、四人までが即日斬首された、と新聞に書かれていたが、文字の読めないジャックにはなんのことであるのかわからなかった。同僚が話している声が耳に届いて、紙面の内容を知り、ああ、あれのことかというふうに回想しただけである。

 目の前で疾駆してくる切っ先を弾き、防具の胸元に木刀の切っ先を叩きこむのに意識を戻した。

 吹き飛んだ模擬戦の相手が胸元を押さえて咳き込んでいる。

「ひでえ」

 観衆が呟くように話している。

「あの事件で五人のうちの三人までを殺したっていうから、すげえよなあ」

「あんまりいうとおまえが殺されかねねえぜ」

「おれはこれでも尊敬してるほうだよ、ジャックの強さは」

 別に他人の評価は気にしない。むしろ、目の前で立ち上がった戦士の方が気になった。

「も、もう一度お願いします」

 と、構えられた剣先はとても戦場で通用するようなものではなかった。それでも警史将校であるらしい。

 この程度の腕でもこの国の戦士になれるのか、という驚きは少なからずジャックの胸に芽生えている。何度か反政府活動組織の根城を包囲し、踏み込んでいるが、現場で目にした剣士に自分より上と思える者も、拮抗していると思った者すら一人もいなかった。敵は市民であり、弱者であったのは理解できる。しかし、戦闘を生業とする警史将校までがこのざまとは。

 生まれながらにして剣を振るっていた身には、世間とはこれほど弱いものか、という驚きがあった。もしかしたら、この大陸におれより強い剣士はいないのかもしれないとも思った。

 ジャックは左右に身を振って、相手の剣をかわし、一歩踏み込んで、踏み込むと同時に突き出した模擬刀で相手の頬を叩いた。弾かれた兜がくるくるっと回って、宙を飛んでゆく。

「ぐう」と呻いて、相手は背中から倒れた。

 ジャックが道場を去ろうとした背に、まだ、と声をかけてくる。

「まだ、お願いします」と彼は駆け足で兜を拾い、かぶると模擬刀を構えた。

「ダメだ」とジャックは首を振る。「このあと呼ばれている」

 ああ、と肩を落とす彼を尻目にジャックは道場を出ると、手早く身嗜みを整え、ディケンズの執務室へ向かった。

「次の獲物は彼だ」

 ディケンズは四十絡みの鋭利な顔をした男だった。暗闇の中の声のみを頼りに人物像を描いていたが、数か月前に初めて顔を合わせたときの印象は脳内のそれとあまり変わらなかった。豊かな茶髪をうしろへ撫でつけ、口元は厳しくへの字に歪み、眉間には二度と消えないだろう深いしわを刻み、目は小さくないが、鋭くこわばっているのが常であった。

 彼は低く落ち着いた声音で、一人の男の名前と特徴を読み上げ、いつのどこに現れ、どれくらいの人を連れていると思われるのかを、ジャックにいって聞かせた。

「君の腕なら問題はないな」と仕事の確認をするときと、仕事の報告をするときだけ、眉間のしわが浅くなり、やや柔和な顔をする。

「いつもの通りにすればいいのだろう」

「いつもの通り、現場には人を派遣しておく。彼に確認を取れ」

「わかった」

 短く答え、退出しようとしたジャックの背に、

「ああ、そうだ」とディケンズは投げかけた。「わたしはじきにデキシントンへ呼ばれることになった。君のおかげだよ」

 デキシントンは国都、国政の中心地である。中央政府に呼ばれたということであり、ディケンズは治安維持を守る組織であるから、日本でいう警察庁に呼ばれたに等しい。間違いなく、その高官の地位に就く。

 さすがに国都の名は知っているジャックはディケンズを睨み、珍しく笑う彼を見た。

「なに、心配することはない。すぐに君を呼ぶさ。向こうでの仕事はここより忙しくなる。君の力はもっと必要になる」

「そうか」

 別に興味などない。誰がどこに行こうと、どこでなにをしようと、どこで死のうと。おれの知ったことじゃない。彼はすでに孤独に生きていく術を心得てしまっていたから、かつて以上に人を必要としていなかった。

 そんなジャックは部屋を出た途端、一人とぶつかりそうになり、ひらりとかわして、目の前で狼狽える誰かを睨んだ。先ほどまで剣を交わしていた相手である。

「も、申し訳ありません」

 無視して廊下を行こうとするジャックを、あの、といって追いかけてくる。

「先ほどはありがとうございました」

 礼をいわれるようなことなど思い当たらず、立ち止まったジャックは背中越しに視線を返し、きらきらときらめく瞳を見た。

「あの、先ほどのご指導、身に染みました」

 こいつは叩かれて礼をいうような人間なのかと、呆れて、ため息が出た。

「骨身に染みたって、ああいうことですね。背骨が痺れて、脊椎が痛いです、ホント」

 とまだ早口に喋っている。

 今度こそ無視して歩き出そうとしたとき、

「変なやつだとお思いですよね」と自嘲気味にいわれ、また立ち止まった。果たして、こいつはどこを変だと自覚しているのか、よく回る舌の方か、叩かれて礼をいう頭の方か。

「女のわたしに、ああして全力で向かってきてくださる方がいらっしゃらないもので」

 といわれて、また驚いた。

 警史将校は剣とそれを失ったときの剣の実力が試されるため、筋肉量の多い男性の方が圧倒的に多い。女性もいるにはいるが、目の前の人間がそうとは、ジャックは思わなかった。

 短い茶髪で丸い顔は喋っていると溢れるほどの愛嬌に満たされて性別も定かでなくなるが、黙った瞬間のほんの一瞬、この世界にある言葉ではないが、サブリミナル的に放たれる愛らしさや柔らかさは確かに女性的。ジャックの頭の中では、雑魚は国家官僚の子息と思い定めて、雑魚とひとくくりにし、男女の別など考えたことも、このときまで認識したこともなかった。

「父にいわれ、勉強のために警史になったのですが、どうも、ジャックさんにはまったく歯が立ちません。剣にはちょっとは自信があったんですけれど、世の中は広いですね、やっぱり」

 ははは、と頭を掻いて笑う彼女は屈託がない。ジャックはいつの間にか体ごと向き直り、女の様子を観察していた。

「父?」

「あ、わたし、ケイティといいまして、ディケンズ警史長官の家の長女なのです」

 ああ、道理で、と合点がいった。警史将校になれたわけだ。が、あの気難しい顔から生まれてくる娘とは思えない愛想の良さだった。

「もしよろしければ、今後ともご教授お願いします」

 と意気込まれて、ジャックは首を傾げた。あの程度の剣のどこに自信があったのか、望みがあるのか、わからない。

「ま、仕事のうちだからな」

 きびすを返して歩き出したジャックの背中を、よろしくお願いしますね、という声に激しく叩かれた。


     ○


 それから一月もしないうちにディケンズは国都デキシントンに異動し、さらに一月後、ジャックにも異動の辞令が下された。場所は国都デキシントン。

 デキシントンの町はジャックの育ったコンサドレドの町より華やかだった。石造りの大型建築、主要道路には石畳を敷き、夜にもかかわらず昼のように明るい晶機の光が町を潤し、北から来るローラント川にかかる橋は木製ながらも馬車がすれ違えるほど太く頑強で、欄干には晶機灯が並び、装飾まで施され、一つの芸術として穏やかな川面に反射している。またその川には数十にも及ぶ遊覧船が浮かんで、そのどれもが光を発し、さしずめ川面に散った白花弁のような美しさを湛えていた。

 人の出も地方都市と比べるに及ばず、服装も華やかで、色に溢れ、接ぎのある布など使うものなど一人もおらず、この世の夢かとも思われるほどの都市であった。

 ジャックはこの景色を見、どういうわけか全身に虫唾が走り、止めどもない嫌悪の情に促されるまま路端に唾を吐き捨てた。

 翌日、登庁すると「ジャックさーん」と廊下の向こうから駆けてくる姿があった。見知った顔である。名前はなんといったか。

「ケイティです、忘れたんですか?」と眉をひそめられる。「あんなに剣を交えた仲なのに」

「何度も交えた覚えはないが……」

「覚えられないくらいの回数交えたってことですね」と指を振る。「ここではわたしの方が先輩ですね」

 先輩です、先輩です、と繰り返しながらついてくる。どうやら、数日前に彼女にも同様の辞令が下されていたらしい。

「ご案内して差し上げましょうか? 庁舎の中とか、町のあちこち」

「必要ない」

「そんなつれないこといわないでくださいよ、先輩のわたしが善意でいってるのに」

「うるさい」

「先輩です先輩です先輩です」

「喧しい」

「先輩です先輩です先輩です」

 壊れたように繰り返す彼女の声と集まる衆目に腹を据えかね、

「おれの方が上司だから」とほとんど怒声を上げて遮った。

 周囲の人間は驚いていたが、誰より驚いたのはジャック自身であった。いまだかつて、これほど感情を露わにしたことがなかったし、これほど大きな声がおれの中から出るのか、と驚いた。

 ケイティはギャーとのけ反って、

「それをいっちゃあ、おしまいですよ」

 おしまいですよ、おしまいですよ、と呻きながらついてくる。

 面倒なやつに気に入られたものだと、いままでの人生で一度も呪ったことのない己の星を、ジャックは初めて呪った。


     ○


「うちの娘とつるんでいるそうじゃないか」

 ディケンズは執務机の椅子を回していう。

「おれが好きでつるんでるわけじゃない。あっちが寄ってくるんだ」

「人の娘を虫みたいに、と非難したいところだが、あの娘にはそういう奇特なところがある」

「育て方を間違えている」

「あの子が幼いとき、わたしは王国に出張していた。それを非難されても困る」

 仕事を理由に子供の面倒を見ない父親の無責任さは、感情の少ないジャックの中で芽生えて大罪のように思われた。国民は平等ではなかったのか、と。母親と父親には平等の責任があるはずだ。

「ところで」とディケンズは仕事の話に移る。「君には、とある民権団体に潜入してもらいたい」

「潜入? おれが?」

 ジャックは眉をひそめた。

「人選を間違えている」

 市民の権利を激しく訴えるような団体にいるガラではないことくらい、自覚している。

「大丈夫だ。娘と見学に行くことにすればいい。娘に無理矢理引き出されたという体だ。あの子にはそういうところがある。あの子にはその団体を見学しに行くように、それと君を連れていくように、それとなくいい含めておく」

「あいつと行くのか?」ジャックは片眉を下げ、「絶対断る」

「そうでなければ、君が彼らに接近する機会がない」

「殺すべき目標がはっきりしているのなら、いままで通り夜道で斬り殺せばいいだろ」

「殺すかどうか、それもまだ決まっていない。別の者に偵察させているが、危険とあれば即時実行できるように君の目で相手を判断してもらいたい。果たして、君が闇討ちをして斬れる相手であるのかどうか。無理というなら別の手段を講じる」

「おれには斬れないっていうのか?」ち、と脳に熱が昇る。「聞き捨てならない」

「次の目標は、ウッドランド一の剣士であり、軍師であるといわれる男だ。一筋縄ではいくまい」

 ウッドランド一の剣士と聞き、ジャックの食指が動かなかったはずがない。

 この世に自分より強い人間がいるのか、とかねて疑問に思っていた。いるとするならばどういう人間なのか、興味がある。死合いたい。

 椅子から身を起こして前にのめったジャックは訊いた。

「名はなんという? そいつの名は?」

「彼の名は、キンケイドという」


     ○


 ところで、ウッドランドとは、緑の国、大樹の国、暖流の湿った風がラピオラナ山脈から吹き下ろしてくる寒風に冷やされできる霧の国、として有名であるが、野鳥の国としても有名である。

 暖流のおかげで温暖湿潤に包まれたこの地方は、基本的に緑が多く、木の実が多く、虫が多く、それらを食料にする野鳥の数も多く、北方で夏を過ごした渡り鳥たちの飛来地にもなっていて、覚醒戦争前後の飢餓をそれを食料にすることによって救われたという者たちが少なくない。

 ヘリオス教会のジョゼ信仰以前から、鳥類に対する一種の信仰がこの地方にはあり、英霊を運ぶ動物であるといわれ、このたびの災害で命を救われた者たちは心底からそれを信じ、また感謝した。もしかしたら、かつても類似の災害に見舞われ、被災者たちは野鳥の助けを得て謝したのかもしれない。

 そういうわけで、鳥を神聖視するこの国では、大望を成そうとするものに鳥に関する文字を用いることが多い。民翼党、というのが、その団体の名であった。

「なかなか盛況ですねえ」

 ケイティが頬をほころばせていう。このころからこの女は上司であるジャックにずいぶんと砕けた態度を取るようになっていた。この日の外出はほとんど一方的に約束され、当日になるとジャックの独身寮に押しかけてきて部屋の扉までこじ開けようとしていた。

「そんなことしなくても約束は守る」

「違うんですよ」とケイティは指を振り、「早くジャックさんに会いたくて」

 などと笑っていう。どうかしてるんじゃないのか、とジャックは思う。

 町の中心部の大きな館、高生堂というのは覚醒戦争時のある幹部が建てた屋敷で、ウッドランドの昔ながらの建築様式、張り出した破風屋根に垂木、漆黒の焼き瓦を敷き詰めた豪奢な建物であった。

 彼らは知らないことであるが、これはほぼ日本家屋である。ジョゼはあらゆる物事を終え、ウッドランドで平穏を得、故郷に似た家を建て、晩年を過ごした。終末になって西に移動しヘリオス教会領聖堂カンピオラにて昇天して姿を消したのだ。ジョゼの住居はそのまま残った。ウッドランドの人々がジョゼを慕って真似たこういう建築が流行り、これが合理的にレオーラ南東の気候に沿っていたから廃れず、以降一千年間、公民館や富者の家宅として各地に点々と残っている。玄関には土間があり、樹脂を塗った木床の廊下、部屋は障子ふすま、鴨居などで隔てられ、濡れ縁やくれ縁を備えて、床は畳敷きである。

 広い庭には針葉樹と広葉樹、色の鮮やかな花を咲かせる灌木や草花、それらを池と玉砂利で囲い、点々と飛び石を配し、その向こうの苔の密生した広場には民衆がごった返して甚だしい。ふすまと障子が退けられて露わになった濡れ縁の奥、邸内の様子も似たようなものだ。各地を行き交い、言葉を交わし、意見を交え、議論を深める、というのがこの集会の意義であるらしい。週末に、この高生堂で開かれ、市民を自由に入れて広く意見を集めるのだという。

 主に語られるのは政治とはなにか、民主とはなにか、国家とはどういう形であるべきかという、ジャックにはまったく興味のない腐った話だった。ジャックの興味はただ一点、キンケイドという男の剣の腕である。

 自分より強い剣士、匹敵する剣士を斬り殺すことにのみ、彼の情念は燃えている。

「ようこそ、おいでくださいました」と二人と迎えたのはふくよかな中年男と従者が一人。彼は若い客人と握手を交わし、にこやかに喋る。「ディケンズ殿のご息女にご来館いただけるとは、思ってもおりませんでした」

「国都一の議論の場と聞いて伺いました。父からはよく学ぶよういわれております」などと、殊勝にいう。「本日はよろしくお願いします」と頭を下げるのも礼儀正しい。

「そちらは、ジャックさんですな」と男はたるんだ喉元を撫で、「お噂はかねがね。剣の腕はコンサドレドでは並ぶ者がなかったと聞いております。国都の治安も一段と良くなることでありましょうなあ」

 ジャックはただ聞いていただけだったが、男は気にしたふうもなく朗らかに笑い、

「キンケイドさんと、どちらが腕が立つか、興味がありますのう」

 ひくりと眉根を動かしたジャックは、男を見据えて、

「キンケイドさんをご存知ですか?」

「ええ、先ほどまでどこかにいらっしゃいましたが、はて」と太い首を傾げ、「まだどこかにいらっしゃるかと存じますが……」

「ご案内差し上げましょうか」と従者がいうのを、ケイティは笑って返し、

「こういうのは散策を兼ねて自分で歩くのが楽しいのですわ」

「然りですな」と男の方も笑う。「では、ごゆるりと」

 彼が頭を下げたのを潮に、二人は人混みに紛れていった。

 あちらこちら、と歩き回るが、やはり国家のことを論じる者たちの多いこと。ケイティの耳には弁論のほとんどが入っていないらしい。

「なかなかいいところですねえ」と庭を周ってゆく。

 ケイティは苔の芝を踏み締め、池を泳ぐ魚を見つめ、花の香りに鼻を近づけ、ハチに追われてジャックにすがりつく。

「別になにもしてこない」

「わかんないじゃないですか、言葉も通じないんだから」

「言葉の通じる人間の方が、なにをしてくるかわかったものじゃないけどな」

「そんなことありませんよ、話せばわかります」

 そんなわけがない。しかし、いったところで主義の違いである以上、交わることはないと悟っているジャックは鼻で笑っただけにして先を行こうとした。その手を激しく引く手がある。

「あっちに行ってみましょう」

 と、すでにケイティは歩き出している。

「行くなら一人で行けばいいだろう」

「そんな寂しいこといわないで」

 一緒に行きましょう、とつないだ手を振り出したから困る。

「わかったから、手は振るな」

 へへへ、と頬を緩めて笑った彼女はジャックを一瞥して前を向き、一歩一歩歩いてゆく。

 この女は、と辟易する情はジャックの中にある。しかし、それとは別に、彼の中に新たな発見があった。いや、彼自身は無自覚だったかもしれない。

 人と手を繋ぐ、ということが初めてだった。

 他人の手の柔らかさ、温かさ。人の温もりに触れる、ということ。

 その発見に無自覚だったかもしれないが、彼の中に少なからず新しいなにかが芽生え始めているのは事実だろう。

「中はどうかしら」と土間に昇った。居間に行くと、数十畳という広間がいくつもあり、向かい合ったり、車座に座ったり、あちこちで密集した人の声が雑踏のように重なっている。

 こいつらはなにをそんなに語ることがあるのか、と不思議に思い、思っただけで話の内容を理解しようとはせず、唐突にジャックに声をかけてきた男の、その迫力に顔面を殴ろうとすらした。が、拳を握っただけでなんとか堪えた。

「君、君」と飢えた狼のように寄ってきて、たちまち十人ばかりに囲まれている。なにか、国家の話をしているようだが、ジャックの耳を左から右に抜けてゆく。

「君の意見を聞きたい」といわれ、「知らん」と答え、片手の温もりがなくなっていることに気がついた。いつの間にかケイティがいなくなっている。

「あのバカ」と罵って唖然とする男たちをかき分けて捜索の足を踏み出したときである。

 別に探す必要もない。

 むしろ、いなくなって清々すると気づき、振り向いて男たちの怒りを見た。

「し、知らんとはなんだね、君」

「君は国家のことをなんだと思ってるんだ」

「そんなことであるから国が良くならないんだ」

「君のような若者が、嘆かわしい」

 ジャックは鞘に手をかけ、鯉口を切った。

 斬り捨ててしまおうか?

 殺さないまでも腕の一、二本、と決したとき、

「まあまあ、勘弁してあげてください」と割って入る声があった。「彼は今日ここに来たのが初めてなのです。それも人の紹介でして」

 黒髪の、顎の細い男であった。背丈はジャックとそう変わらず、肉付きは細身のジャックよりはっきりとしていて、緑の詰襟、軍の制服を着ている。なにより、挙措に戦士のふうが感じられた。弱小しかいない、このウッドランド共和国で。

 新参の男は、笑みを造ったままそれが常時となったような顔で男たちをなだめ、

「まあ、キンケイドさんがおっしゃるなら」

 と、論者たちは去ってゆく。

 ジャックには衝撃であった。

 この男が、キンケイド。

 ジャックの鞘に添えた親指が柄を押し上げた瞬間、キンケイドの手が腰に回った。そこに下げられた細剣を目にし、

 斬られる。

 直観したジャックは鞘から手を離し、直立に戻っていた。キンケイドもそれに応じ、手を差し出してくる。

「初めまして。僕はキンケイドと申します」

「おれはジャック。困っていたところ、助かった」

「お噂はかねがね。お顔を拝見したことがあったんで、すぐにわかりましたよ」

 そののちもキンケイドは話を継いでいたが、ジャックの耳には入っていなかった。

 はっきりと自覚した発見であった。

 この世には自分よりも強い人間がいる。

 だからこそ、とも思う。

 この男を斬りたい。

 ジャックは汗にまみれた手を握った。


     ○


 二人は庭園の中を歩きながら、喋るのはキンケイドだけだ。

「いまのウッドランドは平等をはき違えている」とキンケイドはいう。「この間は農地を国営化し、銀行を国営化し、いずれ商工業も国営化して、あらゆる富を国家に集中させるつもりらしい」

 そうなれば、当然、中央に力が集中し、民は国家に隷属する。

「食料の売買は禁止されて配給になることまで議論されている。この様子では住居と衣服も政府の支給になるだろうし、いずれ預金の封鎖も起きて、いまの富商は財産も没収されるかもしれない。そうなれば国の富はすべて政府が占有することになる。政府はその富を再分配するといっているが……」

 事実、中央政府は国営化した事業を次々と縮小し、余剰になった資金を市民に分配している。現金にして一戸いくらと配給しているのだ。

「完全なる資産の均一化。それがいまの中央政府の目指す平等なんだろう」

「それが悪いことなのか?」

 はは、とキンケイドは力なく笑っていた。

「それも一つの正義だとは思う。最低限の生活は保障してくれるのだものね」

 でも僕らはそれが正しい国家のあり方とは思っていない、とキンケイドは首を振る。

「すべての権力が国家に集まれば民は国家の奴隷になったも等しい。例えば、食べ物は配給であるから好きなものを食べることもできず、好きな服を着ることもできず、好きなときに好きなところへ行くこともできず、何時から何時までは仕事をし、何時には就寝して何時に起きる、ということまで決定する力を国家に持たせることになる」

「おれは、別に苦に思わない」

「君は生粋の戦士なんだね」とこれにはキンケイドも快活に笑った。「でもすべての人がそういうふうにはできていない。同じ仕事でも同じふうにできない人がいるし、同じ食料を同じ量配給されて、余る人からまったく足りないという人までいるだろう。余剰に余った資産は衣服や住居に使いたいという人もいるだろう」

「おれは、別に使いたいとは思わない」

「ほら、ここでも意志の齟齬が起きている。人は同じではない。同じでないなら、こういう平等の形は考え直さないといけないと、少なくとも、考え直す余地がある、とぼくは思う」

「おれにはわからない」

「ぼくにもわからない」

「おまえもわからないんじゃないか」

「だから考えてる」とキンケイドはいう。「でも、きっとぼく一人で考えてもわからない。一人で考えてわからなければ二人で考えればいい。二人でわからなければ十人でも、百人でも、一緒になって考えればいい。あの人のいいところと、あの人のいいところを合わせて、あの人がひとつの答えにしてくれて、また別の人がなにか名案を出してくれるかもしれない。あやふやな答えだって、みんなでまとめていけば形になる。きっとよくなる。ここはそう信じる人が集まる場所だよ」

「おれには」とジャックは腕を組み、「おれにはわからない」

「いっただろう、ぼくにもわからない。だから考えてる。その考えを人に話す。当然否定されることがあるだろう。けれど、それがぼくの知識になる。ああ、そう考える人もいるのか、と。そうしてぼくはまた考え直す。そしてまた誰かに話す。また訂正されて、次はどこかを同意してもらえるかもしれない。それがぼくと、話を聞いてくれた誰かの知識になる。君のように、完全平等を望む人が意外に多くいるのかもしれない、と思えたのは、君と話してぼくが学んだことだよ。もしかしたら、完全平等制もいいのかもしれない、と思える」

「おれの言葉が?」

「そう。君の言葉がぼくに学ばせてくれた。だから、ありがとう、って礼をいう」

「そういうものか」

「この場所はね、そういう場所だよ」

 すれ違う誰かに、笑顔のままで手を振って、キンケイドは言葉を継いだ。

「ぼくらはぼくらの生まれたこの国に誇りを持ってる。夜明けの前後に町を包む深い霧、露に濡れる緑の色に、飛び立つ水鳥の群れの美しさ。ここに生まれたこと、ここに生きること、ここで生きていくこと、そのすべてに誇りを持っている。だからぼくは、ぼくらはこの国をよくしていきたい。そのためには一人ではダメだから、なんなら、同じ考えの人たちだけでは無理だから、色々な人に巡り合いたい、話を聞きたい、知らないことをもっと知りたい。この国のために」

 できれば、とキンケイドはジャックのくすんだ瞳を見つめていった。

「君の力も貸してほしい。国と民の、未来のために」

 ぱちぱち、とまばたきを繰り返したジャックは口元だけで笑みを作って、

「考えておこう」と苔の上に投げつけた。

 笑って応じるキンケイドが前に向き直り、おや、と目を大きくする。

「やけに大きな人だかりがあるなあ」

 二十にも及ぶ人の壁が腕を組んで、誰かの声に耳を傾けている。

「で、ありますから」と人垣の向こうから聞こえる声高な音には聞き覚えがある。

「国家の職務というのは国民の精神の安定にあり、人の精神の安定というのは糖分の摂取にあり、糖分の効率的な摂取方法は甘味を食べることであり、つまり、国家の職務とは美味しい甘味の安定供給にあり、またはさらに美味しい甘味の生産にあるのです」

 と、ケイティがわけのわからないことを群衆の真ん中で、顔を赤くするほど熱弁している。

 人垣はざわつき、こういう論点は初めてである、といい始め、万雷の拍手が鳴って、ケイティは鷹揚に手を振ってそれに応えていた。

「ほら、ああいうことでもいいんだよ」とキンケイドは笑う。

「おれはよくないと思う」

 キンケイドはいって、地面に唾を吐きかけようとしたのを、かろうじて自制した。


     ○


 覚醒党とは、覚醒戦争で旧政権を打倒した軍人たちが中心に立ち上げた党であり、共和国建国以来、ウッドランドの政権を握り続けて省庁幹部にも派閥が多い。ジャックの上司であり、ケイティの父であるディケンズも覚醒党に属している。他にも無数の党派があり、世論の波間で足掻いていたが、覚醒党の暗闘によって激しく蹴落とされていた。

 ジャックは民翼党の集会から帰ってきてから数日後、ようやくこの国家の形というものを、わずかながらに理解した。

「国家とはなんだと思う?」

 執務机の向こうでディケンズは見開いた目をジャックに向けた。ジャックはというと、接待用のソファーの上に寝そべって、シャンデリアの下がる天井を眺めていた。

「どうしたんだ、急に?」

「どう、ということはないが……」

「まあ、いいだろう」とディケンズはいう。「国家とは、民が安寧に過ごすための素地を整える組織のことだ。民草が平和に暮らし、相争うこともなく、心の平穏を無事に過ごせるよう、権力を持って調整してやる組織のことをいう」

「そういうものか」

「どうした? 政治家にでもなるつもりか?」

「おれは政治家にはならん」とジャックは身を起こす。「キンケイドのことはいつ斬る?」

「まだ決まっていないといった。斬るかどうかということもな。おまえは奴の身辺にいて調査を続けろ」

 それより次の獲物のことだ、とディケンズは知らない男の話をジャックにいって聞かせる。あと数日のうちに、人生の幕を下ろす男の話を。

 国家とはなにか、国民とはなにか、実際、ジャックにとってはどうでもいいことであった。彼が目指しているのはたった一事である。

 訓練場の土の上に立って、木刀を中段に据え、静止した切っ先の向こうに黒い髪をなびかせる男の姿がある。その顔が微笑んでいるのが気に食わない。敵の木刀は、す、と、ぶれることなく、下段に下りる。

 警史と軍の合同訓練は月に一、二度ほどの割で行われ、民翼党集会以来、知らぬ顔でなくなったジャックとキンケイドはたった二、三度の立ち会いで注目を集め、四度目には黒山の観衆を惹きつけるほどになっていた。

 観衆は息を呑み、唾を呑み下すことも控えてそのときを待つ。

 砂塵を巻いて穏やかに過ぎ行く初夏の薫風。それを蹴散らしてジャックが一歩を踏み出した。木刀を腰元に引き、姿勢を低く、二本の指で切っ先を支え、立ち尽くすキンケイドの胸元目掛け、一息に解き放った。

 凄まじい刺突はキンケイドの持ち上げた木刀のしのぎを削って、木屑を散らした。わずかに軌道の逸れた剣に擦られた肩をそのまま、上段に変じたキンケイドの打ち下ろし。ジャックは旋風を巻くように身を翻す。

 鈍い打音の直後、くるくる、と一本の木刀が宙を舞った。

「負けたよ」

 キンケイドが両手を上げてみせると、観衆はわっと沸き立った。ジャックは渋い顔をしている。握手に応えようとするキンケイドに舌打ちをして、その傍らを過ぎていった。すぐに追いかけてくる足音がある。

「おいおい、なに怒ってるんだよ?」

「ふざけるな。あの戦いはおまえの勝ちだった」

「いや、どう見たって……」

「おまえの打ち下ろしの早さはあんなものじゃないし、間合いの詰め方も甘かった。あの二撃目はおまえの剣ではない」

「真剣の立ち合いなら、初撃の時点でぼくは肩を斬られてたんだ。それほどの剣速は出なかったし、剣速が出ないなら間合いを取って、相手にも引かせようと思ったんだ。それを君が強引に攻撃してきて、結局ぼくは斬られるしかなかった。そういうことだよ」

 キンケイドは笑っている。

「下らん言い訳を……」

「いやあ、お二人さんはすごいですねえ」へらへらと寄ってくるケイティの声に、二人は揃って彼女の方を向いた。「昔、剣には少しばかり自信がありますって宣ってた自分が恥ずかしいですよ」

「いや、ケイティさんだって……」

 すでにジャックは歩き出していて、キンケイドはその背中に追いつき、ケイティはその背中に体当たり然と抱きついた。

「バカ、なにしやがる」

「帰るんですよね。なにか美味しいもの食べに行きましょうよ」と頬擦りしてくる。日に日に馴れ馴れしさの増すこの女の扱いにはジャックも困り果てていた。

「仲がいいねえ」とキンケイドが笑っている。

「いいわけじゃない」

「ジャックくんも、下らんイイワケをするのですかあ?」

「このバカ女が……」殴るわけにもいかず頬をつねって、にゅうう、と伸ばす。

「いたたたた、婦女暴行ですよ」

「その前に、おまえの体当たりが公務執行妨害だ」

「それで今日はどこに行こうか?」

「新しいお店ができたっていうから、そこに行ってみましょうよ」

「勝手に話を進めるな。おれは行かん」

 そういいながら、ジャックは結局逃げることができず、二人と行を共にして甘味を頬張るケイティを眺め、キンケイドとは剣の話を交わし、民権論に耳を澄ませ、彼女の愚痴を聞き流す。週末になれば民翼党の集会に赴き、集会のない日はケイティの買い物に付き合わされ、キンケイドとともに荷物を持たされ、また喫茶店でお茶を喫する。

 おれはなにをしているのか、とも思う。幸福、という言葉の意味を考え始めた。国家とは、国民の幸福を祈り、そのために努力する組織であるとキンケイドはいい、ではおれの幸福とはなにか、と思案したときがあった。

 おれの幸福とは、生きる意味とは、おれは何者であるのか。

 暗闇のような思索の先に、一人の男が立ち竦んでいる。青ざめた顔で震える歯を鳴らし、焦点の合わぬ目でジャックを見据えている。

 おれは何者なのか。

 一刀の下に、男を斬り捨てていた。背後から来る真剣の打ち下ろしを翻ってかわし、交錯すると同時に袈裟斬りを見舞って背後の一人も地に転がした。

 とろとろと滲む血の川を踏みしだきながら、ジャックは外套を頭から深くかぶり直し、夜闇の中へ走っていった。


     ○


 町では暗殺が横行している。

 毎日ひとつ、ふたつの遺体が町に転がっているのは当たり前で、日によっては二桁に上った。ジャックを始めとした覚醒党の暗躍だけでなく、他、四、五個の派閥の刺客も錯綜しているらしく、ディケンズは警史を駆使してそのいくつかを壊滅させている。当然、その職務にはジャックやケイティも駆り出されていて、時には軍部の力を借りることもあり、キンケイドが現場にいることもあった。

 アジトに踏み込み、敵の剣戟をかわして、一人を斬り、二人を斬り、間合いを取ってキンケイドと背中を合わせ、

「まさか、ジャックに背中を任せる日が来るとは」と笑われ、「行くよ」

「いわれるまでもない」

 手向かう者たちを斬り倒してゆく。

 この二人がいれば倒せぬ敵はないともいわれ、仲間内からは国都デキシントンの双剣、ウッドランドの守り刀とも称され、敬われ、キンケイドに関しては英雄視すらされていた。それは彼の人格のさせることで、ジャックにその才覚はなく、そもそも彼はそういう立場を求めていない。

 現場を収束させたのち、警史隊が無抵抗だった者たちに縄をかけて牽引してゆく。

「お疲れ様、ジャック」

 と握手を求めてくる。その手をジャックが握って返すと大衆は温かい拍手で迎える。

 その大衆たちは二人の剣の腕を五分と見ていた。純粋な腕であればキンケイドの方がわずかに勝っている。しかし、実戦においては初撃に優れたジャックを買うところが大きく、後手に回って初撃の隙を制する、いわゆる後の先を得意とするキンケイドの剣をやや不利と見る大衆が多数を占めた。実戦では初撃を制すれば相手が怪我を負うかもしれず、手数も増え、先制者は圧倒的な優位を得るとされている。

 だが、ジャックは感じている。自分の剣ではキンケイドを斬ることはできない、と。純粋な腕でキンケイドがわずかに上回っている。そのわずかな差は実戦において隔絶となり、十中十、負けることを確信していた。なにより、民翼党の集会で初めて立ち会ったときの、あの気迫である。

 おれはこの男を斬れない。

 握手を解いて、去り行くキンケイドの背中を睨むようにして立ち尽くしていた。今日のように、どこぞの組織の小者を斬ると痛感する。

 他者などクズしかいない。弱者ばかりである。おれには、この男しかいない。おれの剣を唸らせるのはこの男しか……。

 そんなある日のことである。

 キンケイドが一枚の新聞を茶店の小卓の上に乗せた。

「忙しそうじゃないか、警史総府は」

 見出しは巷の暗殺騒動とディケンズ警史総督の黒い繋がりが書き立てられていて、彼らが黒幕であるといい募り、激しいまでに糾弾している。隣には風刺画があって、覚醒党員らしきいかつい男が剣を持ってウッドランドの国土を撫で斬りにしていた。

 ちなみに、この国の新聞というのは国内にある無数の党が独自の論説を民へ広めるために発行しているもので、独自の論調を展開するには政府を批判するところから始めることが簡単で、自然、政府を罵倒しているものが多い。そして自らの存在が正しいということを激しく主張する。基本、こういう構造になっている。

「おまえはそんな下らん記事を鵜呑みにするのか?」とジャックは舌打ちをした。「そいつらは覚醒党の権力を妬んでいるだけだろう、つまらん」

「証拠もないのに言い立てるのは無責任よ。状況証拠だけじゃ裁判には勝てません」

 椅子を蹴って立ち上がったケイティが珍しくまともなことをいい、どか、と腰を下ろした。

「でも、ま、お父さんならやりかねないけどねえ」と空気が抜けていくように覇気を失ってゆく。その顔がほとんど他人のことを語るような表情をしていた。

「おいおい、ケイティ、血縁ってそんなもんか」もっと信じ合うものじゃないのか、と問い質したい。

「そうはいってもわたしは事実っていうか、わたしの思うところをいっただけのことだから」

「ともかく、おれは関係ない」

「君の上司もそういってる、と記事にある」

「ならおれと問答する意味はないな」

「信じていいんだね?」

 じ、とキンケイドの、冷めた瞳に見据えられ、ジャックは正面から視線を絡め、

「ああ」

 と頷いた。

「それならよかった」

 キンケイドは常の笑みに戻って、頬杖をついていた。

 ジャックはその端正な横顔を見つめている。


     ○


 このころ、ウッドランド北部で国境を接している帝国の王が没した。次いで帝位に就いたのがエドワードである。彼は国内の反乱分子とそれに与する貴族と諸侯を次々と廃してゆき、その魔手は帝国南東部、つまりウッドランド近郊にまで及ぶことになった。周辺の貴族たちはウッドランドに亡命する者もおり、故郷に留まって決戦を覚悟する者もおり、さらにいえばエドワードは帝国東方のアンガス王国国境も侵しており、ウッドランドにも火の粉のかかることは簡単に予想ができた。この深緑の国は北部国境、以前わずかに触れたが、広大なローラント川が二国の国境線となっており、その南岸の防備を厚くせざるを得なくなった。

「そういうわけで、ぼくは北に派遣されることになったんだ」

 と、いつもの喫茶店でキンケイドは何気ないふうに二人へ告げた。

「あらあら」とケイティはカップを卓に置くと髪を軽く掻き上げて、耳にかけた。彼女はジャックとキンケイドと巡り合って以来、剣を手放したらしく、髪を伸ばし始めて、訓練を止めた体からは女らしい色気が漂い始めている。が、性質は変わらずけたたましい、いや、けたたましさを増して、馴れ馴れしさまで増して、とてもでなはいが淑女とはいいがたいし、遠い未来もそうはならないだろうことは想像に難くない。

「キドちゃんは軍属だものね。そりゃ出兵するときもあるわね」

「そうなんだよ、軍の所属だから、こういうときは駆り出されるんだ」

 ははは、と笑い合っている二人を前にして、ジャックは苛立っている。キンケイドがここを離れる、ということは、おれの仕事はどうなるのか。

「なにをイライラしてるのん、ジャックちゃん」とケイティが図星をついてきたものだから苛立ちが増してゆく。もう敬語すら使わなくなっていた。だが、それくらいのこと、ジャックも気にしない。気になるのは一点だけ。

「その呼び方はやめろ」

「ええ? キドちゃんはいいっていうのに」

「おれはこいつとは違う」

「ジャック、狭量はよくないよ」

「そういう問題じゃない。おれの方が上司だぞ」

「それをいっちゃおしまいですよ」

「権力を振りかざすのはよくないな、友人じゃないか」

 こうして二人が束になるとなにをいっても無駄で、憮然としたままジャックは背もたれに全身を預ける。

 ははは、と一頻り笑ったケイティはその笑声をため息にして、

「しかしねえ」と豊かな頬を撫でた。「何事もなければいいけれど」

 少し、帝国国境の話をしたい。

 河川には上流部、中流部、下流部があって、といっても明確に分かれているわけではないが、上流から、V字谷、扇状地、氾濫原、河口域というふうに地形を作っていく。

 上流部は山岳に覆われているため、水流は狭い隙間を通るしかなくて、その幅を狭め、傾斜があるので急流を作りやすい。下流に行くにつれて傾斜が穏やかになり、流れは緩く、幅も広くなる。下流域は大地が水平に近くなるため、川筋がはっきりとせずに幅が広がるのだが、ローラント川の場合、その幅が一キロメートルにも及ぶようになる。こうなると、渡河は容易ではない。上流部も急峻なラピオラナ山脈にあり、これを登って疲弊した兵を飛沫の散る激流に入れるというのは現実的ではない。結局、中流域に軍が集中することになる。川幅二、三百メートルほどで、中洲もある、穏やかな流域がローラント川中部にあって、帝国、ウッドランド両国の砦はここの南北に集中していた。キンケイド率いるウッドランド軍の一部はこの流域にあるコントライシュ砦というところに入り、防備をかためることになる。

 この砦は俗に、民翼党砦とも呼ばれるようになる。なぜそういう呼び名になったか。ここに入った軍の者たちに民翼党派の人材が多かったことと、それと八キオほど、西へ行ったところにあるルージアス砦と対比されていることによる。ルージアス砦は俗に、覚醒党砦と呼ばれるのだ。その理由が、覚醒党派の人物が多いことによるが、なぜ彼らが大挙して押し寄せねばならなかったのか。

「我々警史総督府は一隊を北に派遣することになった」

 とディケンズは苦虫をかみつぶしたように、ジャックにいった。

「北? 帝国国境か?」

「そうだ。ローラント川南岸のルージアス砦に入る」

「軍も進駐すると聞いた」

「今後、覚醒党と民翼党は手を組むことになった。ウッドランド全体の危機とあれば、派閥争いなど些末な問題に過ぎないということだ」

「軍内の覚醒党派が行くのではないのか?」

 警史の職務は治安の維持にあって、国境警備ではない。

「我々が派遣された方が世間の受けがいいのさ。なにせ、奴らは巷の暗殺のすべてがわたしの手で行われていると思っている。民翼党がコントライシュ砦に入るから、代わりにわたしとその一派を差し出せといいたかったのだろう。わたしを覚醒党の代表のようにいってくれるのはありがたいが、まるで人質だよ」

「従うのだろうな」

「もちろんだ。それと、これも当然のことだが、おまえも連れていくぞ」

 こうして帝国国境沿い、ローラント川南岸に双角を成すように、民翼党砦と覚醒党砦の二つが出来上がった。二つの砦がそのように呼ばれるのは、この章も末期の時期であり、彼らが派遣されたころにこの名称は浸透していなかった。が、砦の正式名を用いて文章にするとややこしくなるため、二つの砦を民翼党砦、覚醒党砦として話す。


     ○


 ローラント川には深い霧が立ち込めやすい。

 厚い曇天のこの日、ジャックが覚醒党砦の城壁上に立ったときも、乳色の濃霧が地上を満たし、さながら雲海の如くであった。

 濃霧の上を水鳥たちがパタパタと飛んでゆく。

 その奥に霞んで眺める城塞はローラント川北岸の帝国城塞である。城壁の上を豆粒より小さな黒い点が忙しなく動いていた。

 戦争、か。

 はあ、と吐き出す息が時折白く凝る。

 じきに冬である。帝国が攻めてくるのなら近日の内であるというのがもっぱらの観測だった。冬季になれば帝都との連絡は容易でなくなり、物資の補給も滞るため、無闇な戦いは避けるであろうといわれている。戦端を切るのであれば、帝国領内に降雪のある前、ここ数日の間、というわけだ。

 戦乱の足音が近い。

 ジャックは単眼鏡を懐に戻し、東方、雲海に突き出した城壁を望んだ。

 コンライシュ砦。民翼党派、キンケイドの守備するウッドランド国境の要の城塞だ。厚い雲の先で昇り始めた脆弱な日の光を受けて白っぽく輝く城壁の姿は孤高に輝くウッドランドの象徴にも思えた。

 それに引き換え、己はどうか、とジャックは自嘲することがある。

 おれはなんのために戦っているのか、なにと戦うことになるのか。

 ディケンズの前線進駐に深謀のないはずがない。やつの一投手一投足にすら意味があるのだ。そのすべてが奸計によってできているとすら、このごろは思える。

 同志を殺したジャックを雇い利用して、同志を殺し、権力をもって活動家を抹消してゆく。

 あの男はここでなにかを成そうとしている。

 その予感は数日後の夜、ディケンズの執務室に呼ばれたとき、現実のものとなる。

「キンケイドを殺せ」

 と令が下った。

「じきに帝国兵が攻めてくる気配があると斥候から連絡が入った、というのは、もちろん、事実ではない。しかし、そういう情報が入れば戦闘配備を整えなければならない。君はその情報をもって民翼党砦に向かい、隙をついてキンケイドを殺せ。やつと友人である君なら直接会うこともできるだろう」

 夜を映して黒く塗られた窓に向いていたディケンズは回転椅子をわずかに回しただけで視線を寄越し、

「できるか?」

 と問うた。ジャックは笑わずにはいられなかった。

「できないはずがない」

 ジャックはスフィアの小さな明かりを抱え、すぐさま馬上の人となって駆け出そうとし、砦から出てくる人影に気づいて馬首を戻した。

「行くの?」とケイティが訝しげに小首を傾げる。

「おまえには関係ない」

「ジャックくんも死ぬよ」と平然としていう。「お父さんは二人ともまとめて殺そうとしてる」

 深い霧が音もなく流れゆく中で、二人の呼吸の色だけが熱を持ち、すぐに凝って濃霧に呑まれて闇の中に消えてゆく。

「それでも行くの?」と続けて問うケイティに、

「おれたちのことは死んだと思え」

 ジャックは背を向け、暗中を疾駆した。


 自分は生まれてからの人斬りである、とジャックは規定していた。

 人斬りとして生きる他ない。人を斬り、斬られて死にゆく。より強い者を求め、より強い者に斬られ死ぬ。それだけの人生である、と。思想や国家、他人の思惟など関係ない。

 いま、彼の生の中で最良の獲物に出会い、ついに斬り結ぼうという。

 獲物が死ぬのか、己が死ぬのか。おれが生き残るならば、また次の獲物を探さなければならないな、と思うところはあったが、その心配をジャックはほとんどしていなかった。真剣でキンケイドと向き合って、十中八九は負ける。ただ、暗中のわずかな光点をつかむような勝機に命を乗せて戦うのだ。それでいえば、生きるか死ぬかすら問題でなかった。

 斬るべき敵がいるか。

 それが彼のすべてであった。

 暗闇の針葉樹林を小さなヘリオスフィアの明かりだけを頼りに騎馬で駆けるのは自殺行為に近い。ただ、二砦間をつなぐ剥き出しの土道と、馬の感性だけを頼りに駆けている。

 ここを抜けるのもまた運だろう。

 それもいい。

 おれの生は生まれたときからこうだった。

 運命の日、男を初めて刺し殺した夜、駆け抜けた密林もこうだったのかもしれないと想起される。

 はあはあ、と呼吸を切らしながら走った。

 おれの走る道は常にこれだった。この先もこうだろう。

 闇夜の針葉樹に遮られた街道を疾駆する。

 いや、先などない。今日終わる。今日、終える。

 馬蹄の音も高らかに、夜道を急ぐ。

 馬の口から洩れる息が白い。熱い。

 命の鼓動を感じる。

 ならば、同じように息を吐く、このおれの中にも命の鼓動があるというのか。

 ジャックは昂る衝動に歯を噛み、また促され、手綱を振るい、馬腹を蹴った。

 命の鼓動は加速してゆく。


     ○


 民翼党砦には容易に入れた。

 果たして、ジャックを刺客と疑う者がこの砦の中にどれくらいいたか。報道のことを覚えている者は多いだろうし、警史の中でも将校階級に当たるジャックが単騎で伝令に立つのも通常の処置からは外れて違和感がある。追い返されてもおかしくない、と考えたのはジャックの疑心だったかもしれない。人の心を慮るほど、彼の心が成長している証でもあった。しかし、人の目など気にしない胆力があるのも彼である。

 砦内に入ったジャックは司令官に面会して帝国軍の接近を知らせ、狼狽する彼は部下であり、頭脳であり、実際の戦闘指揮者であるキンケイドを頼った。

「まずは斥候を放ち、敵情を窺わなければなりません」

 とキンケイドはいう。そもそも民翼党側も斥候は常に放っているし、川岸には潤沢に人を配備させている。しかし、夜間の、それも濃霧であるから、敵の動きがつかみにくい。だから増派しようということだ。

 それでいい。

 砦から人がいなくなればそれだけキンケイドの周りの人数も減り、暗殺の機会が増える。ジャックの持ち込んだ情報が虚偽である、とわかるにはこの夜闇と霧が晴れなければならないだろう。朝までには充分に時間がある。

 朝までに斬る。斬るなら正面から斬る。この指揮室の中に、あと四人、無関係な人間がいる。二人までなら瞬時に斬り倒す自信もあるが……。

「伝令」と飛び込んできた人間がいる。「帝国兵が東方、河岸に上陸しようとしています」

 キンケイドは冷静に聞いている。驚いたのはジャックの方だった。

 帝国兵の侵攻は虚偽ではなかったのか、と考えて、ケイティの言葉を思い出した。

 ディケンズはジャックもろとも民翼党を砦を潰そうとしている。それも帝国を使って。国民を敵国に売った、ということだ。まさか、こうまでするとは……。

 ディケンズめ。

「兵を収容して、砦にこもり、夜明けを待ちましょう」とキンケイドはいう。

 当然、出兵して渡河を防ぐべきであるという意見がある。

「しかし、暗闇の中で状況が見えません。もし出兵して西側からも上陸されていれば手の打ちようもなく砦は落ちるでしょう。我々が攻められていることは覚醒党砦の方でも了解しているはずですし、他の砦にも連絡兵を放ちます。朝になれば増援が来、敵軍を挟み撃ちにすることもできます。いまは兵の消耗を抑えるつつ、時間を稼ぐことが肝要です」

 夜間の濃霧は敵味方に有利であり、不利でもある。敵の渡河はウッドランド軍の出現はもちろん、河川の障害物、波の様子に怯えながらのものであり、ずいぶんと苦しいものになっているはずだ。さらにいえば、もし夜明けにウッドランド側が打って出て、船舶を焼かれでもすれば退路を断たれる。死か捕虜か、二通りしか道はない。その面でいえば、彼らの今度の渡河は決死行といっていい。ウッドランドの不利な要素はやはり後手、ということだろう。

「敵は焦っているか、必勝の策があるのか、どちらかでしょう」

 それを見極めるためにも一晩は堪える必要がある。そもそも民翼党砦には一千の人数があり、整備も充分で、これを落とすには千、二千の人数では普通足りない。兵法では攻城戦の場合、三倍の人数がいるとされている。この濃霧では二、三千以上の人数と、兵糧などの備品を陸揚げするのに一晩かかるかもしれない。となると、民翼党砦は籠城というほどもなく一晩は堪えられる。東の上陸兵を牽制するほどの人数は出しておくが基本的に籠城の姿勢を崩すことはない、夜明けとともに敵状を偵察してから打って出る、というのがキンケイドの方針であり、民翼党砦はこのように守備を整えた。

 ジャックにいわせれば、愚策だった。

 この侵攻が予定調和なら、覚醒党砦からの援軍は望めない。他の砦にも根回しがされているかもしれない。増援の見込みはないと見ていいだろう。その間に帝国軍は火のように攻める。おそらく、覚醒党とそういう取引が出来上がっている。

 ディケンズはジャックにキンケイドは斬れないと断じ、帝国兵に殺させることにしたということだ。まあ、不要になった己を処分しようとしたこともあるのだろうが、前者のことを思えばジャックも笑いが込み上げてきた。

 舐められたものだ。

 キンケイドは必ず殺す。刺し違えてでも殺す。


     ○


 キンケイドの憶測の通り、帝国兵は民翼党砦西方からも上陸、ウッドランド守備兵と交戦してこれを破り、明け方には砦の攻囲を始めていた。西側上陸軍の方が敵の本命であったらしい。東部に比して数は多く、運用は潤滑で、その装備も充実していた。民翼党砦は周辺の兵を収容し、全軍をもって籠城を開始した。

「敵軍に晶術部隊の気配はなく、帝国の持つ集合晶術の行使はないものと思われます」

「そうか」とキンケイドは胸を撫で下ろしていた。

 ウッドランドは帝国とじかに国境を接している都合、その情報が多くもたらされ、集合晶術の存在と危険性は軍部であれば理解していた。キンケイド含め、集合晶術を目視した者はいないが、その威力は一撃をもって砦を粉砕するという情報もあり、そればかりをキンケイドは恐れていた。が、今朝になって右の情報があり、全軍が人心地ついていた。

 この後に及んで、たった八キオしか離れていない覚醒党砦の行いが問題になった。なぜ増援を発しないのかということである。日中になって霧が晴れ、城郭の上から眺めた覚醒党砦の周囲に敵兵がまったくなく、また出兵の様子もないことに民翼党砦側は激怒した。

「裏切り行為ではないのか」

「我々を帝国に売り渡してでも政権を欲しているのか」

「そこまで腐ったか」

 と烈火のごとく憤怒し、その炎はジャックを焼いた。

「おれは連絡兵として事実を伝えた」とジャックはいい、彼自身、城の防備についている。時折、城内に踏み込む敵があって、これを斬りに斬ったのもジャックである。返り血を浴びながら、敵の十人までを斬り殺し、包囲された仲間を助け、味方の再配備を助けもした。その点、民翼党砦の者たちは半分ジャックを信じ、その腕を頼りにしている。しかし、怒りのやり場が彼にしかないのも事実であった。

 ジャックにしてみれば、事実などどうでもいい。問題はキンケイドを斬る隙があるのか、ということだった。いままでの観察からいえば、ない。しかし、砦がさらに追い詰められれば人手は必要になり、彼の周囲は薄くなる。そのときを淡々と待つ。

 さらに日が暮れて問題になったのが、まさか、覚醒党砦の連中は民翼党砦の連絡兵を斬ったのではないか、という疑いだった。民翼党砦の周囲には当然多くの砦があり、例え覚醒党砦が裏切っても、一昼夜あれば他の味方が駆けつける見込みだった。その気配がまったくない。さらに二日が過ぎて民翼党の怒りは頂点に達した。

「確実に覚醒党が連絡兵を斬っている」

「周囲の砦はなにかしらの根回しをされているのかもしれない」

「打って出て、包囲を破り、覚醒党砦を焼くしかない」

 時が経つにつれ、敵は増え、仲間は倒れ、なぜ仲間が倒れなければならないのかという理由を帝国兵以上に、覚醒党に向けた。帝国兵は純粋な兵士である。だが、覚醒党は裏切り者である。どす黒い作為を弄する裏切り者。そこに怒りを覚えたのだ。

 この民翼党砦が軍の体を成して籠城に耐えているのは、キンケイドの人望と才覚によるところが大きい。でなければ怒りに我を忘れ、自壊していたであろう。

 昼夜を問わない攻城に晒されること一月が経ち、いよいよ籠城軍は限界を迎えようとしていた。

 これこそがジャックの待った好機である。


     ○


 帝国軍の人数は目算で五千にのぼるようになっていた。その攻囲が民翼党砦、一点に集中している。対する籠城側は数を減らし、五百人ばかりになっていた。辛うじて城門は破られておらず、籠城側は弓を射かけ、しかし、その本数も減ってきていたことから、晶術の小さな火球や召喚した熱湯を城壁を登る敵に浴びせたり、崩れた城壁の欠片を投げつけるという有り様だった。

「わたしに護衛など必要ない」とキンケイドはいい、

「ですが、どこに敵が潜んでいるかわかりません」と護衛はいう。「どこかに内応者がいるかもしれません」

 内応者というのが、ジャック個人のことを指しているのは明らかだった。しかし、キンケイドは、

「仲間を信じずこの窮地を脱することはできない」

 といい、周囲の人も守備に当て、自らも城壁に立ち、迫り来る敵を斬った。この間、無策であったわけではない。昼間は狼煙を上げ、夜間はヘリオスフィアの光を上天に放ち、友軍に知らせようとする努力をした。彼らのストレスになったのはその合図が友軍に伝わっているのか、伝わっているとしていつ援軍が来るのか、という未確定の不安であった。

 このころの砦内は二交代で守備についており、労働として過酷を極めていた。日の出とともに守備についた者は昼過ぎに交代し、日の入りとともに再び戦線に立ち、夜半に再び休息を取る。そのいずれもが死と隣合わせの現場であり、実際、隣で倒れてゆく友の数は数えきれなかった。

 そのような状況下において、キンケイドは休息の間も執務室にいて各方面に指示を出し、帝国の攻囲の凄まじいところには逐一増員させて敵の決定的な侵入を許さないでいる。

 その執務室に、ジャックが一人で現れたとき、キンケイドは立ち上がって笑ったという。

「やはり、来ると思っていたよ」

 なにもいわず、ジャックは細剣を引き抜き、室内へ飛び込んだ。

 キンケイドに蹴り飛ばされて倒れた机を踏み越えて接近し、上段から一撃を振り落とす。

 凄まじい剣戟が交わされ、勢いのまま押し潰そうとしたジャックを、キンケイドは滑るようにいなして壁際を脱し、相手の背後へ回ってゆく。ぐるぐると右手に回るキンケイドの足運びにジャックの視線が追いつかず、見失い、ほとんど死角から撃ち込まれた。が、死角にいるのを知っているジャックも斬撃の予感は察せられる。転がるように飛び退いてキンケイドから距離を取り、彼の一刀に外套の裾を裂かれながら身を翻って、立ち上がった。

 両者の間には三歩ぶんの距離がある。

 キンケイドは中段に構え、ジャックは右側面に切先を垂らしている。

 ジャックは転がった机を蹴り飛ばして部屋の隅に追いやり、中央には自らで立った。

 初撃は外した。次の一瞬で仕留める。

 顔のそばまで剣の柄を引き上げ、横倒しにしたしのぎの先に獲物を捕らえた。と、同時に走り出している。全身をバネにした踏み込みとそれを利用して為される渾身の刺突。キンケイドのやや斜めに構えた細剣の奥、胸の中央を目掛け一心に解き放った。

 狭い部屋、さらにほとんどゼロ距離において繰り出された神速の突きを躱せるものではない。殺してやった、とジャックも半ば確信して顔を愉悦に歪ませた。が、次の瞬間、その顔は戦慄に震えていた。

 キンケイドは半身になり、ほとんどモーションのない刺突を繰り出してきたのだ。

 二刀が宙で絡み合い、キンケイドの剣が円を描き、ジャックの切っ先はわずかに逸れて獲物の頬を切り裂いた。

 ジャックの体までが止まるものではなく、驚嘆に制止することも忘れ、キンケイドに体当たりするふうにして一緒になって転がり、気がついたときには天井を見上げていた。

 ちら、と白銀が光り、喉元に剣先が向けられている。

「殺せ」

 ジャックは憮然として呟いてまぶたを閉じた。

 満足だ。

 決定的に負けた。技量、胆力、発想、すべてにおいて決定的に負けてしまった。

 己より強い人間がいて、それと死合い、敗北して死ねるのなら満足だった。命の炎を燃やし尽くしたといっていい。人斬りの生とはこういうものか、という感慨だけがある。

 だが、その瞳は、剣を鞘に収める音を聞き、開かれることになる。

「キンケイド」

 上体を起こしたジャックはキンケイドの微笑みを睨んだ。

「ぼくは仲間を信じてる。そうでなければこの状況を脱することができないからだ」

「おまえの信じたおれはおまえを斬りに来たんだぞ」

「いいや」とキンケイドは首を振る。「ぼくは君が斬りに来ると信じてた」

「なんだと?」

「どれくらいの付き合いになると思ってるの? それくらいのことはわかるよ」

 と笑うキンケイドの顔を直視できず、ジャックは胡坐をかいたままそっぽを向いた。

「おまえは狙われていることに気づいていたということか」

「というよりも、君は強者がいれば斬らずにはいられない人間だと信じてた」

 ち、とジャックは舌打ちをする。

 キンケイドのいう通り、ディケンズにいわれたから人を斬っていたわけではない。強者と戦うこと、死線に身を置くことがジャックの生そのものであったからだ。あの濃霧の夜、樹幹の下を一人疾走していたときにそう悟った。キンケイドは傍で見ていて、先に気づいていたという。その余裕が腹立たしい。

「いっておくけれど、ぼくより強い剣豪はたくさんいる」

「なんだと?」

 信じられない言葉だった。これほど鮮やかな剣を使う男より、さらに強い者がいる。

「新皇帝エドワードも大剣を振るう剣豪と聞く。彼の客将であるヴォルグリッドは単騎、千の敵に囲われながら剣の一本で脱したともいう。ヘリオス教会領のヨシムラという剣士に会ったことがあるけれど、立ち会っただけでぼくより強いことは明らかだった。すごいんだよ、立ち姿の圧が。剣聖というに相応しい、ぼくなんて足元にも及ばない剣客だった。いまはどこかに旅立ってしまったらしいけれど」

「そんな奴らが……」

 エドワードとヴォルグリッドの噂はジャックも耳にしていたが、さほどのこととも気に止めていなかった。だが、しかし、自分を圧倒的に撃ち倒した男をして圧倒的な剣士といわせるヨシムラという男。

 会ってみたい。彼らに会って、剣を交わしたい。

 沸々とジャックの中に熱が沸き立ってきた。

 おれはこういう生き物か、という思いがある。剣をして、剣のために生きる生き物か、と。

「世界は広いよ」とキンケイドはいう。「レオーラだけでそうなのだから、果たして世界はどうなのか。ぼくには想像もできない。ぼくはその中に漂うウッドランドを救いたい。ウッドランドの民を救いたい。彼らの力になりたい。彼らとともに歩いてゆきたい。君は?」

 すでにジャックは立ち上がっていた。外套の埃を叩いて落し、

「いいだろう」と頷いた。

「生き残ってやる。おれは伝説になってやる。おまえよりも、その男どもよりもな」

「それは楽しみだ」

 とキンケイドは笑っていた。ジャックも込み上げてくるものを抑えきれず、声を出して笑っていた。

 二人の笑声の響く部屋に、荒い足音が近づいてきて部屋を覗くなり驚いていた。この砦の司令長官である。

「どうした? なにがあった?」

「どうということもありませんよ。それよりもなにか?」

「キンケイド、もう限界だ。城門が破られる」

「そうですか」とキンケイドの俯く背中をジャックが叩いた。

「おれたちは生き残るんだろう。単騎で千の敵を抜けた者がいるのなら、おれは単騎でも五千の敵を突破してやる」

 ぎょっと目を見張ったキンケイドは、やはり笑って、

「単騎より五百の方が誰かが生き残ってこの窮状を外に届けられるね」

「ああ、おれたちの伝説を作ってやる」


     ○


 すでに日が暮れかけている。

 西に落ちゆく橙色の輝きを浴びた民翼党砦の門は衝車の一撃で、ついに掛け金を外し、弾けて飛んだ。

「開いたぞ、進め」

 一気呵成に雪崩れ込もうとする帝国兵の黒い波、それを引き裂くように十あまりの騎馬が飛び出した。

 帝国兵は彼らの行動に、またその身にまとう覇気に圧され、なにが起きているのかもわからぬうちに馬体に退けられ、何人かは斬り落とされた。

「帝国兵に目にもの見せてやれ!」

 馬上、一軍の先鋒にいたジャックの喝が響く。

 うおおおお、と城門の内から鬨の声と共に、新緑色の鎧をまとった一団が湧き出して敵の群れを踏み砕いていった。

 槍穂が旋回し、少ない弓が援護して、振り回された大剣が黒い鎧もろとも人肉を打ちしだく。血の飛沫が西日に照らされてキラキラと仄暗く輝き、金属の擦れる音が高空まで轟く。民翼党の戦いは言語に絶し、帝国兵の壁はみるみる間に抉られていった。

 すでに勝ちを確信していた帝国兵は命を惜しみ戸惑ったこともその弱さの由来であった。勝つはずだった戦いで拾ったはずの命を落とすことを惜しみ、前に出ることをせず、槍を持つ手は震えている。

「はあああ」

 気合とともに振られたジャックの大剣に槍は砕かれ、得物を失った帝国兵は背中を見せて退いてゆく。これも、隊列を成し、穂先を正確に敵へ向けていれば起こらない事象であった。

「一気に押し潰せ!」

 ジャックは馬腹を蹴り、数人を押し潰して、ウッドランド歩兵の足場を均してゆく。

 その戦い様は生き残った者たちがいうには、自らを盾にし、剣にし、ともに戦うことを誇りに思わせた。敗軍を覚悟し、死を厭うことのなくなった身に、彼ほど心を惹きつける姿はなかったといわせた。彼の死を決した突囲は、同志らに彼のようであろうと決めさせ、死地に誘い、また生かしたのだというのだ。彼らは口を揃えていう、ジャックは間違いなく戦場の英雄である、と。

 白茶けた大地に屹立した純白の砦。

 ぐるりを囲う黒い鎧の円。

 新緑色の塊が円を断つように、鋭い刺突の如く、駆ける。

 夕暮れの風が、ごお、と音を立てて凄まじく吹いた。

「槍兵は前衛へ、弓兵は援護しろ。細剣隊は侵入してくる敵を討て」

 陣中の真ん中にいて、細剣を振るい、敵の一人を突き殺したキンケイドが血を振り払ってほとんど吠えるようにいう。

「この一戦、ウッドランド民翼党の意地を見せるぞ」

 さらに一人を切り倒し、切っ先を日差しに向けた。

「目指すは覚醒党、ルージアス砦だ」

 うおおおお、と何度目かになる鬨の声が戦場を圧し、帝国兵の総身を粟立たせた。


     ○


 夜半、帝国の突囲を破った民翼党は百人程度にまで数を減らしていた。

 血にまみれた彼らの悪鬼じみた姿に、覚醒党砦は一言も発さずに門を開いた。覚醒党員はなにもいわず、格闘してきた者たちの鎧を脱がせ、傷を手当し、また彼らの有り様に涙しする者もあり、その涙で換えたばかりの包帯が濡れ、再び換えなければならなかったりした。

 その中でもジャックは悠然と立ち、自ら兜を脱いで、

「ディケンズはいるな?」

 と問うた。

「はい、執務室に」

 よし、と頷いたジャックが上階へ向かおうとした刹那、表が騒がしくなった。民翼党員の一人が駆けてきて、ジャックの手を取る。

「キ、キンケイドさまが……」

 彼の蒼白な顔に何事かを察したジャックは兜を投げ捨て、駆け出していた。

 表に設営された治療所は森閑としていて、死地を潜り抜けてほとんど勝ちに等しい戦をしてきた者たちの陣とは思えなかった。

 人垣の中心に、一脚の寝台があり、人々は振り返ってジャックを認めると、兜を脱いで道を譲った。

「キンケイド」

 寝台に横たわる彼の顔色は白く、すでに余命長くないことを知らしめる。鎧を脱いだ体には包帯が巻かれ、脇腹にじんわりと赤い染みがいまも広がっている。

「キンケイド」とジャックは呟いて彼の手を取った。

「ジャック……」

「時の運、というのは、こういうものか」

「そうかもしれないね」

 とキンケイドは軽く微笑み、苦痛に顔を歪めた。

「キンケイド」と再び名を呼ぶと、彼は落ち着きを取り戻し、

「ジャック、君に」

「なんだ?」

「この国を、君を、この国に縛ることは、本当に、申し訳ないことだけれど……」

「わかってる。おれに任せておけ」

「そうか」と彼は安らかにまぶたを閉じ、「最後に、彼女に……」

 キンケイドの手から力が抜け、ジャックは膝を折り、強く両手で握った友の手のひらにありったけの祈りを込めた。

 ぽつぽつ、と雨が降り始める。


     ○


 ディケンズの執務室を蹴り飛ばすようにして開けた影がある。

「ジャック、よく生きて帰ってきたな」

「ディケンズ、貴様……」

 その顔は怒りを満々に湛え、獣の如くであった。対して、ディケンズは彼を嘲笑い、

「職務をこなしたようだな。それもあの危地から生還するとは。おまえはわたしの思っていた以上に優秀な男のようだ」

「おまえはなんのために戦っている? 仲間を殺し、国を脅かして、いったいなんのために戦っている?」

「わたしは国家のため、民衆のために戦っている」

 ディケンズは机を叩いて立ち上がった。

「わたしは民衆の望む世界を、ウッドランドの民の望む世界を実現するために戦っている。それがわたしの正義であり、存在意義だ」

 かつかつ、と靴音を鳴らし、机の正面に回り込んで、ジャックと正対する。

「貴様にわかるか? 民がいかに苦しい思いをしてきたか。あの覚醒戦争の前後、いったいどれほどの飢餓があったか。どれほどの民が民を殺してまで生きようとしたか。おまえにわかるか?」

 ディケンズの言葉には鬼気が宿り始めていた。

「わたしはそういう世を繰り返させないために戦っている。富を独占するものを排除し、また富を分配し、すべての者たちが分け隔てなく富を享受できる世界を目指して戦っている」

「そのために民を犠牲にすることは厭わないのか?」

「わたしの理想を理解しない者は排除しなければ。わたしと理想を通じ合えない者は富を求める者だ。貪欲な人間だよ」

「貪欲なのはおまえではないのか?」

「わたしのどこに欲がある? 政務に人生を捧げ、私財も民に与えた」

「欲とは、そういうものだけではないはずだ。おまえの内にある、黒い欲望を自覚できないのか?」

「わたしはおまえたちのような下等な世界で生きていてはいけないのだ。孤高に立ち、すべてを捨てて国政を成す。そのためにはすべてを捨てる。捨ててきたのだ。自由も、友も、家族も、娘も。わたしのすべてを捨ててきた」

 檄したディケンズは応接用の卓を蹴り、

「おまえはどうだ? 私情に惑わされ、わたしを糾弾しているのではないか? それは私欲ではないのか?」

「おれにはわからない」

「なに?」

「あいつも、わからないといっていた。だから人に聞くのだと。おれはそうしようと思う」

「ダメだ。行くな」

「おまえが正しいのなら、民衆はおまえにつく。ならば、おれは諦める」

 身を翻し、退出しようとする。

「ジャック、その扉から出れば、おまえはわたしの敵になるぞ」

「おれには敵はない。敵は戦いを望む者だ」

「ジャック!」

 振り返り、ジャックは細剣を引き抜くと同時に一閃していた。

「かは」

 と、血を吐いて膝を折ったディケンズは前のめりに、どう、と倒れ、ほどなく血だまりを作った。ディケンズの右手にあった短刀が、自らの血に濡れてゆく。

「ジャックくん……」

 振り返った先に佇むケイティの姿があった。その顔には表情がなく、ただ、陰鬱にジャックのことを眺めている。

「キンケイドのところへは行ったのか?」

「行った。きれいな顔だった」

 部屋に踏み入ってきて、父のことを見下ろす彼女をじっと眺め、

「おれが憎いか?」

 と問うた。が、ケイティは首を振るう。

「お父さんも、キドちゃんも、ただ死ぬべきときに死んだだけ。特に、お父さんはね」

「おれは死ねなかった。あいつが生き残るべきだったのに。おれは……」

 知らぬ間にぽたぽたと雫が、顎からこぼれ落ちていた。喉が震え、熱を持ち、声が出せない。

「おれが、あいつを、あいつを殺したのか……」

「ジャックくん」とケイティはジャックの手を取り、「いったでしょ。死ぬべきときに死んだだけだって。ジャックくんはまだそのときじゃなかったんだよ」

「おれはどうすればいい? どれほどの人を殺して、ここまで来て、おれは……」

「それはもう知ってるでしょ?」

 ジャックはひざまずき、ケイティの手を額に当てたまま、声を上げて泣いていた。


     ○


 夜更けて、覚醒党砦に帝国兵が迫っていることがわかった。後日の談話であるが、このときの帝国軍司令官は焦っていたらしい。絶対と思われた攻囲を抜かれ、圧倒的優位に立ちながら甚大な被害を受け、エドワードの叱責を受けると思った。このころのエドワードは絶対権力者であり、特に再構成された中央軍という組織からは神のように崇められ、恐れられていた。実際、無数の貴族らが極刑に処されていることを目にしていたし、この司令官がそういう恐怖に掻き立てられるのも不思議とはいえない。が、実際のところ、彼の任務はウッドランド東部、ローラント川南岸に進出して足場を確保することであり、空になった民翼党を堅守して、補給線を維持すれば充分にエドワードの意志に適っていた。指揮の如何の議論はあっても、決して処罰されるような戦果ではない。

 が、彼は攻めた。

 この夜、雨は勢いを増して豪雨となり、戦場を覆っていたことも彼を決断させた理由のひとつかもしれない。空は深くけぶり、雨音は進軍の音をかき消してくれる。覚醒党砦側には気づかれまいと思っていた。そもそも、覚醒党砦側とは盟約を結んでおり、民翼党砦を攻撃するのは勝手、双方手出しせず、ということになっており、攻め込まれることを想定していないはずだと思っていた。

 しかし、このときすでに息を引き取っていたキンケイドは抜かりなく、斥候を残していた。斥候は帝国軍の動きを機敏に察し、覚醒党砦側に知らせたのだ。この知らせを聞くか聞かぬかといううちに覚醒党の高官ディケンズは死に、次官は砦を脱していた。

 共に民翼党砦を脱してここにも残っていた民翼党砦側の司令官はケイティの話を聞いて、ディケンズの部屋を探り、帝国側との密談を知って、彼を斬ったジャックを不問とし、ジャックを指揮官に任じた。ジャックが残った将校の中で最高位であったこと、彼の戦場における威を買ってのことであろう。

 大粒の雨が降り注ぎ、砦に打ち付けている。

「どうするの? ジャックくん」

 個室にいたジャックは、ケイティに尋ねられて、ただ唸った。

 そのとき、覚醒党砦の外が再び騒がしくなる。

「こんな裏切り者どもと砦にこもれるものか」

「我々は命令をこなしていただけだ。それのなにが悪い?」

「貴様らのせいでキンケイドさまがお亡くなりになられたのだぞ」

「ふん、武運拙かっただけのことであろう」

「貴様」

 砦内の下々まで、帝国側の動きが知れたらしい。

 籠城するにして、民翼党は覚醒党を味方と思っておらず、逆も然りである。すぐに乱闘騒ぎとなり、各党争う者、止める者、入り乱れての殴り合いとなり、外まで派生している。

 豪雨の中である。戦場の興奮と両党とも人を失った悲しみに満ちていた。

 ジャックは、沈鬱なまま部屋を出、階段を登っていった。胸壁の上に立ち、喧騒を足下に傍観し、豪雨に全身を打たれながら手足を大きく開いた。

「聞いてくれ」

 朗々と高空に響き、何事かと驚いた兵の尽くが空を見上げた。ただ、凍りかけた雨粒の激しく落ちる音だけがある。

「おれはディケンズを斬った。キンケイドを死なせた。多くの人を殺してきた。おれは血に濡れている。この雨もおれのまとう血を流してはくれない。償うことのできない罪だ。ただ、罪を背負っていてなお信じてくれたキンケイドの、あいつの祈りをおれは果たさなければならない。この魂と身のすべてに賭けて、あいつの祈りを果たす。民を守り、皆を守り、ウッドランドの平穏を守り、人の自由と尊厳のために命を尽くす。その祈りのために、おれの身はあり、朽ち果てる」

 大きく息を吸い、雨粒とともに吐き出して、どうか、と天空に呼びかける。

「どうか、おれに力を貸してくれ。おれの生はキンケイドとともにあると決めた。おれのこの命を信じ、皆の命をおれに預けてほしい。おれの一人では帝国には勝てない。勝てないから皆の力がいる。力を貸してほしい。どうか、あいつの願いをかなえる力を、おれに……」

 泣き崩れたジャックの背中に止むことなく雨粒が降り注ぐ。次いで、嵐を吹き飛ばすほどの鬨の声が響いた。砦を揺らし、森林を震わせる。

 森の奥で進軍中であった帝国軍にジャックの演説は豪雨のためか、聞こえていない。ただ、この鬨の声だけが、密林の奥に潜む魔獣の遠吠えのように響き、帝国軍を震撼させたという。

 豪雨の中、湧き上がった鬨の声は、ジャックの内奥に火を灯した。その意気は全身に漲り、彼を突き動かして、屋上から駆け下りさせた。すぐさま兵舎に入った彼はそこに集まった兵の数に驚いていた。部屋を満たし、廊下を満たし、民翼党、覚醒党、それぞれの人がいて、出撃の準備をしながらジャックを待っていたのだ。

「お供いたします」

 と、その中の一人が進み出て、爽やかな笑みとともにいい、ジャックは彼の肩に手を置いて俯いた。

「ありがとう」

 震える声で呟いたのち、引き上げられたジャックの顔には、鬼神のそれが張り付いていた。

「帝国兵を駆逐する。一兵残らず叩き潰す」

 兵舎が割れんばかりの歓声で揺れる。

 敵は占領した民翼党砦にわずかばかりの数を置いて出陣し、四千余りの軍勢をなし、対するウッドランド軍の数は八百ほど。五倍の兵力差である。

 これで決戦を挑もうというのは愚劣な指揮官といわなければならないが、ジャックは違った。精神論で帝国軍を破ろうとしたわけではない。策を立てていて、勝算を持ち、出陣の決意をしたのだ。帝国軍は雨中の進路にある。一帯の細やかな地形に詳しいのはこちらの側であり、豪雨は進軍の音をかき消してくれる。

「軍を三つに分けて攻める」

 と、作戦会議の席上、ジャックはいった。民翼党砦と覚醒党砦の間の街道は針葉樹に挟まれた一本道である。要するに、広い軍を展開する空間がなく、自然、帝国軍は一本の縦長な隊列になって進軍しているはずである。それを左右の森林内から挟撃し、さらに正面から押し込んで、すり潰すように壊滅させる。狭い空間で戦えば、大軍の利はほとんどなくなるのだ。

 ウッドランド一同はこれに賛成した。当然のことだが、覚醒党の偵察部隊が周辺の地形を詳しく調査している。それをもとに襲撃場所を数か所認め、帝国兵の進出具合に応じて変更してゆく。

 ジャックはいう。

「この一戦をもって、ウッドランド兵の鎮魂とし、おれたち覚醒、民翼両党の、いや、ウッドランドの民、すべての人々の未来と栄光にしよう」

 おお、と一声上げて、作戦は決した。


     ○


 闇夜、帝国兵のかざすランタン状の晶機の明かりが豪雨の降り注ぐ針葉樹林の中をほんのわずか照らしている。

 先頭のランタンが、黒い革靴の先を照らしたのが始まりだったという。

 数メータ先の地面に、直立不動、黒い外套に身を包んだ、なにかの姿があった。先頭が止まったために、長大な隊列の全体が停止している。

 頭から膝下まで、すっぽりと外套に覆われたソレは、まるで一個の亡霊のようであり、敵である、とは思いにもよらなかった、と帝国軍先鋒の数少ない生き残りはいう。

 帝国軍先鋒が戦慄したのは、ソレが、腰元から細剣を引き抜いたときである。

「敵……」と叫ぼうとした帝国兵は喉を裂かれて即死し、晶機は落ちて襲撃者を闇の中に隠した。針葉樹を染める暗黒の向こうから、激しい足音と絶叫が聞こえ、弓矢と白刃が実体をもって帝国兵を串刺しにしていった。

 ウッドランド襲撃の情報が後方の帝国軍司令部にもたらされたころ、すでに彼らの軍は半壊状態にあった。というより、伝令より早く逃げてくる兵を見て、前衛の異常を察したといっていい。闇の中、怪物のような連中に襲撃され、兵は恐慌をきたし、一人として戦おうとするものはなく、武器を捨て、背を向けて全速力で走るように逃げるのである。

 暗闇の中で走り出してしまうと、わけもわからず止まれなくなるのが人という生き物である。

「なにをしている、おまえたち、逃げるな」

 と指揮官の男は喝を飛ばすが、その程度のことで怪物の潜む闇に向かっていこうとする者はおらず、算を乱して帝国軍は壊滅していった。

 ウッドランドの損害が五人程度であったのに比べて、帝国は二百人もの損害を出し、砦に入ることもせず、そのまま船に乗ってローラント川北岸まで逃げてしまった。民翼党砦の確保に入っていた帝国兵らも本隊の狂態を目にし、置いていかれると思ったのか、すぐさま砦を放棄、ローラント川を渡っていった。この間、千近い人員が溺れ、下流の河岸を帝国兵の遺体で満たしたともいう。

 決死を覚悟して出陣したウッドランド側にしてみれば呆気なく、これもジャックの中に潜む鬼神のすることと噂された。

「おれたちの勝ちだ」

 と民翼党砦の屋上に立って、出陣前と同様、演説をするジャックに浴びせられた歓声は古今未曾有のものであったという。


     ○


 こののち、覚醒党の行った帝国軍の引き入れ工作とそれによるキンケイドの死が広く露見し、覚醒党は急速にその勢力を失っていった。それに手を貸したのが、当時民翼党の新たな象徴となっていたジャックであった。

「わたしの罪業も彼らとともにある。これ以上彼らが糾弾されるのなら、わたしも共に糾弾されよう」

 全国民がこれによって覚醒党と彼の悪事を許したわけではなかったが、ケイティが間を取り持つことで事なきを得た。彼女はディケンズから残された遺産を漏れなく貧困対策に当てていて、その朗らかさから来る輝きに惹かれる者が多かった。深く書けば長くなるので、彼女の底抜けの明るさが、大勢を味方につけた、という程度で収めたい。

 以後、ウッドランドは民翼党を与党とし、かつての民翼党砦司令は一人の英雄として首相の席に収まり、外交においては反帝国姿勢を明確に打ち出し、内政においては民の平等と自由の模索を掲げて日々政策を検討している。

 ジャックは、というと、


「アンガス王国国境を帝国軍が脅かしている。なんとかして救う術はないものか」

 と首相が額の汗を忙しそうに拭いながら話していた。

 二十人に及ぶ人の列する会議室は森閑としている。誰もが汗を拭うだけで沈黙する中、金髪の男が立ち上がった。かつてのキンケイドと同じ詰襟の軍服を着、その襟元を直しながら、

「わたしが手を打ちましょう」

「できるか?」

 議場がざわつき、二、三の人物が発言する。

「援軍を送ること自体は難しくないが、今度の帝国軍の出征はエドワード帝が率いる本格的なものと聞く。我々の援軍がどれほどの効果が与えられるものか」

「そもそも帝国国境の守備にも人を割かなければならない。ローラント河畔、帝国軍の砦の動きが活発化している」

「少数でもって帝国を覆す策があります。お任せください」

「君がそういうのなら、信じよう」

 議場の誰もが顔を見合わせ頷き合い、会は決した。

 議場を後にした彼に声をかける人がいる。

「ジャックくん」

「ケイティか」

 彼女もまた軍服を着ていて、胸には資料を抱えている

「聞いたよ。あの作戦、ホントにするんだ?」

「ああ。アンガスを攻める帝国軍をつく。ウッドランドの守備兵は減らせないから少数精鋭で帝国軍に打撃を与える」

「また無茶苦茶なことを」とケイティは俯いて、「わたしの仕事が増えちゃうなあ」

「これもウッドランドとレオーラの民のためだ。キンケイドの名に賭けて、帝国の圧政は必ず挫く」

「独立遊撃部隊長称号キンケイド。まあ、確かに、救国の部隊らしい仕事をしそうだし、仕事内容はジャックくんにちょうど良さそうだし」

 すすす、とケイティはジャックのやや前に出て腰をかがめて目を細めた。口元を意地悪そうに笑ませながら。

「キドちゃんて呼ぼうかしら?」

「そいつは断る」

 行くぞ、と身を翻し、ジャックは議事堂の廊下を足早に歩いていった。

 これが、ユウが帝国に降り立つ前後の、ウッドランドで生まれた英雄、ジャック・キンケイドのすべてである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ