第9話 誘う村(1)
俺と千尋は群馬県から遥か南西、高知県の山奥に滞在を決めた。電車を降りてから小さなバスで数十分、それから徒歩で山を越えた先にある秘境には極楽の温泉宿があるという……。
「へぇ〜、すんごい綺麗な宿」
「ここは有名な政治家の先生や文豪と呼ばれる先生なんかもくる隠れ里なんですけぇ。さて、飛び入りでお部屋は2つ空いていますが…」
資金に余裕はある。
「3日ほど、えっと2部屋」
女将さんは「あらま」と不思議そうに俺と千尋を交互に見た。
「てっきりご一緒かと……」
「一緒で大丈夫です!」
「は?」
千尋は女将さんに向かってにっこり笑うと俺の耳元でこっそりと囁いた。
「こういう旅館では別々に泊まられると困るのよ。掃除も大変だし、配膳もそれぞれ運ばなきゃいけないでしょう? それに、急にお客さんが増えたら泊められないってこともあるの」
宿の運営事情なんて知ったこっちゃないというのが俺の意見だが……、ま、まぁ同じ部屋って千尋の方が言うならそれはそれでいいか。
「僕もそれで構いません」
「お気遣いありがとうごぜえます。ではお部屋へご案内〜」
高級旅館の新しいイグサの匂いに囲まれて長い廊下を歩き、俺たちは階段を上がる。まるで城だな……。
「お部屋は3階でございます」
3階の廊下には襖が2つ向かい合っている。つまり、2部屋ということだ。松の間と金の間。俺たちが案内されたのは金の間だった。松の方がよかったな、名前的に。
部屋の中は超高級旅館のスイートルームだけあって極上という名前にぴったりな空間だった。部屋の中に部屋がいくつかあり、内風呂や露天風呂、簡易的なキッチンにフローリングの部屋、寝室は布団の部屋とベッドの部屋がそれぞれあり、リビングにはウェルカム和菓子が用意されていた。
「それでは、ごゆっくり。お食事は毎日3食分お声がけしますが、里に降りていただく場合は3時間前までにお声がけくださいね。ほら、清香さん」
女将が廊下の奥の方を見て声をかけるとパタパタと控えめな足音が聞こえて、美しい着物姿の女性が姿を現した。
年齢は俺たちより少し上くらい、だろうか。さっぱりとした丸いラインのショートカット、長いまつ毛と黒目がちな瞳が小動物のようだ。淡いピンク色の着物がよく似合う長身美人。
「長谷川清香と言います。お客さまの担当を心を込めていたしますのでよろしくお願いします」
清香さんが深々とお辞儀をしたので俺も頭を下げる。高知訛りのイントネーションだが俺たちにわかりやすい様に標準語で話してくれていた。
「さっそくでございますが、お夕食は午後6時からにお運びしますがよろしいですか?」
清香さんが俺たちに渡してきたのはメニューと書かれた冊子だった。なんでもルームサービスまであるらしい……。さすがは高級旅館!
「お願いします」
女将さんと清香さんが出ていくと、リビングに置いてある畳置きローソファーに千尋がボフッと音をたてて飛び込んだ。
「何よ〜、デレデレしちゃってさ」
「別にデレデレなんか」
「さっきの美人さんみて鼻の下伸ばしてたくせに」
「してねぇって」
と俺に文句を言いつつも、羊羹の包み紙を破いて皿の上に出すとおしゃれで高級そうな楊枝に刺してパクッと食べた。
「うんまぁ……、お茶淹れるから夏樹くんも一緒にたべよ。わぁ、いちご大福もあるぅ」
千尋はコロコロと表情を変えながら急須にお茶っぱを入れてポットからお湯を注いだ。ふわっと広がる緑茶の香りは尋常じゃなく高そうな香りだ。いや、この部屋めっちゃ高いんですけどね……。
「そうそう、あれから私のチャンネルもSNSも結構フォロワー数増えてね。いろんなダンジョンに行ってほしいとか来てほしいとか、相談に乗ってほしいとかDMがひっきりなしに来てるよ」
「だろうね……。結局、聖女クリスタルと複数人の村の女性たちが一斉逮捕されて結構な騒動になったし、その証拠になったのが俺たちが配信した動画なんだから。相談が来るのはまぁ必然と言えば必然……」
「でもさ、私のリスナーってことはアマミヤや夏樹くんのリスナーってことだし、迂闊には相談に乗れないよねぇ」
俺は羊羹を口に入れ、そのとろける甘さに舌鼓を打ちつつも、千尋の言う通りだと思った。千尋のチャンネルを育てていくとは言え、俺の正体が《まだ》バレてはならないからだ。
「アマミヤに関する暴露や相談があれば、引受けよう。それまでは、地道にゆっくり地方巡りでもしつつダンジョン配信で盛り上げていけばいいさ。そう言えば、この辺ってダンジョンあるんだっけか」
「wi-fi ……っと」
千尋がPCを広げるとリビングの食器箪笥の上に設置してるルームサービス用のタブレットを触る。
「あった、ゲスト用のWi-Fiに繋いでっと……」
国交省が管轄する全国ダンジョンマップに接続し、位置情報をリンクするとこの付近には1つダンジョンがあると表示された。
「うーん、でも詳細がないなぁ。田舎あるあるだねぇ……」
人気のダンジョンや利便性の良い場所にあるダンジョンであれば口コミの様な形でこの国交省のページに詳細ページが追加されていく。本来なら国交省が中身を調査して詳細を記入すべきなんだろうが、冒険者というフリーランスのために公務員の命をかけることはしないそうだ。
ま、冒険者はそんなことしてくれなくても「未知の冒険」が大好きなのでむしろありがたいくらいに思うやつがほとんどだが。
「明日、朝イチでロケハンして、予告動画の撮影したら夜に配信しようか」
「おっけ〜。SNSは更新してたけど、配信は久々だからリスナーも喜びそう! じゃあ今日はお風呂入って〜ゆっくりできる〜」
「うま」
苺大福は粉たっぷりでとろける白餡に大きくて甘酸っぱいいちごがうっすらとつつまれ、ジューシーさと甘さが非常にマッチしている。苺大福のいちごは甘すぎちゃだめなんだよなぁ。
「あ、夏樹くん。ベッドのお部屋とお布団の部屋どっちがいい?」
「俺はどっちでも良いや」
「はぁ〜、有名配信者様はリッチねぇ。じゃあお言葉に甘えて……私はお布団の部屋にしようかな」
布団の方の寝室は大きな窓があって非常にロケーションがいい。おそらく、窓をあけて身を乗り出せば満点の星空を満喫することができるだろう。
まぁ、でも……あれ以来あまり楽しそうにしなかった千尋が少し楽しそうなだけで救われた気持ちになり、ほっとする。まだ少し痩せてしまっているが……
「何よ〜、ジロジロみて。えっち」
「はっ、見てね〜し」
コンコンと入り口の襖からノックの音が聞こえた。時刻はまだ5時。夕食には早い様な?
「はい……?」
返事をするとスッと襖が開いて、人が入ってくる。入口の襖から玄関的な場所を抜けてリビングへの襖を開け入ってきたのは清香さんだった。
「えっと、何か?」
千尋が不審げに清香さんを見つめる。清香さんはなんだか焦った様な表情で三つ指をついて俺たちに頭を下げると、ぱっと顔をあげ
「お二人は冒険者さんなんですか、あの……この村の近くで神隠しが起きているんです!」
俺と千尋は顔を見合わせて、不謹慎だけどちょっと目を輝かせた。
「お話、ぜひ聞かせてもらえませんか?」




