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第八話 茶会は精霊とともに

 「ファブリツィオ様!レーナ様が目を覚ましました!」


 朝の支度をしていたところに、使用人が慌てた様子で駆け込んできた。


 「すぐに向かう」


 最低限の支度を済ませ、レーナが療養しているピンツィ家へ向かう。マリアンジェラも支度が済んでいたため、同行してもらう。ピンツィ家からの報せを持ってきた馬車をそのまま使えばいいと言われ、すぐに着いた。



 「ファブリツィオ様、こちらです。医師の診察にニコーラが同席しております」


 ピンツィ家当主に案内され、部屋に入る。



 ベッドの上にはレーナが起き上がっていた。背中にたくさんの枕を置いているから、自力では起き上がれないのだろう。ニコーラは、レーナの頬に手を当て、二人は見つめ合っているように見える。ファブリツィオ達に気付いたニコーラが口を開く。何を言うのか、ファブリツィオの額を冷や汗が流れる。


 「レーナ、ファブリツィオ様とマリアンジェラ様も来てくれた」


 レーナは上半身をニコーラに支えられながら、ゆっくりとこちらを向く。


 「ファブリツィオ様、マリア。心配を掛けた。そんなに無事では無かったかもしれないが、ちゃんと戻ってきたぞ」


 レーナの瞳は片方は本来の青さを持っていたが、もう片方は灰色になっていた。


 「左目が見えなくなってしまった。訓練では片目での戦闘もしていたから問題無いはずだが、このまま復帰しても良いだろうか」


 変わらないレーナの口調に、ファブリツィオは安心した。マリアはレーナに駆け寄り、抱きついた。


 「泣くなマリア。ちゃんと生きているから大丈夫だ」


 わんわんと泣くマリアをファブリツィオも宥めた。ファブリツィオは近くに控えていた医師に視線を向ける。


 「心臓の音も問題ありません。今のところ両腕も動かせます。命に別条はないでしょう。しかし、足や体幹については、回復し筋肉を付ける段階で不自由な箇所が見つかるかもしれません」


 「ニコーラ、歩けなくなったらどうしよう」


 レーナは不安気な顔でニコーラを見つめる。


 「大丈夫。どこへでも抱っこして連れて行ってあげる」


 「本当に?」


 「馬車には乗るかも」


 二人は笑い合っている。ファブリツィオはマリアンジェラと共にそっとその部屋を出た。



 「ファブリツィオ様、レーナ様は」


 部屋の外で、エーリオとロレットが待っていた。エリサはレーナの世話の為に部屋にいたが、二人の雰囲気を察して隣の部屋へ控えていた。


 「命に別条はない。左目の失明と、体幹や足については今後だそうだ」


 とにかく命に別条はないと聞いて二人はほっと息をつく。







 「レーナ嬢の様子はどうだ」


 レーナの目覚めから一週間が経った。ファブリツィオの執務室には、ニコーラと公爵領の勉強中であるマリアンジェラ、そしてニコーラの弟であるチリーノもいる。


 「食事は問題なく食べられるようになりました。少し肉をつければ、体を動かし始めても良いと医師には言われております」


 「レーナ様は日中は眠っているのかしら。お暇ではない?」


 「日中はまだ魔力が回復しないためうとうとすると言っています。暇な時間もあるので刺繍もしていると」


 「テオ、刺繍糸でもお見舞いに渡そうかしら」


 マリアンジェラの提案に、ファブリツィオはそうしてあげようと言うが、ファブリツィオにはどうも、レーナに刺繍のイメージが無い。


 「ファブリツィオ様、レーナ様も王女ですからね。騎士団に入る前までは普通の王女として淑女の教育も受けていたのですから。あまり失礼な顔をするとニコーラがキレます」


 ニコーラの弟、チリーノはすでに怒られたことがあるらしい。ニコーラは否定しなかった。


 「テオ、ニコのようにリーノも側近になるのかしら」


 マリアンジェラは、疑問に思ったことを聞く。


 「そうだな。正直なところ、ニコ一人でも問題無かったからリーノには秘書的な書類の処理を任せるか、希望すれば北の砦で役職をとも思っていたが、ニコがレーナ嬢と結婚することになったから、もう一人必要になったんだ」


 「レーナ様と結婚したらどうして?」


 「側近は式典やパーティーでも側にいることになるだろう。でもニコーラはこれから、アグリアディ家の側近として出るのではなく、レーナ嬢と夫婦として出ることを優先してもらわなくてはならないからな。だから、俺の側にリーノが必要になったんだ」


 「側近ってそういうことなのね。分かったわ。ちなみにだけど、レーナ様は社交界の黒薔薇姫や、海と空の瞳の姫と呼ばれていたわ」


 マリアンジェラが自慢気に語る。ニコーラは初めて聞く話だと言うが、マリアンジェラは淑女達の中で言われていたことだから、王子達もレーナ本人も知らなくて当然だと言う。


 「あの艶のある黒髪を活かすようなラインのきれいな濃い色のドレス姿を一目見たくて、王族が出席するパーティーではレーナ様の出席確認をしてからドレスを仕立てるのよ。レーナ様が出席されるのであれば、淡い色にするの。淡い色の花畑に、一輪の黒薔薇。もう素敵すぎて。ハーシュトレイの騎士服は黒だから、騎士になった後は黒髪と黒の衣装でしょう?昼間のパーティーでは空色の瞳、夜のパーティーでは海のような深い青色の瞳が際立って見えて、もうたまらなく美しいの」


 マリアンジェラは当時を思い浮かべてうっとりとした表情だ。

 ファブリツィオは、一つ疑問が浮かぶ。王族の出席は割と直前に決まらないかと言うと、マリアンジェラは首を傾げる。


 「そうよ。早くても二週間前ね」


 ファブリツィオはここ一ヶ月のマリアンジェラの行動を思い返し、今後の予定を考えながら、もしかしてと思うことが一つあった。


 「マリア、もしかしてまだ来月の建国パーティーの衣装は決めていないのでは」


 「ドレスの形は伝えたわ。後は、どのような色や質で仕上げるかを相談しようと思っていたの。早くても二週間前くらいに伝えれば間に合うでしょう?」


 ファブリツィオは椅子からガタンと立ち上がる。ニコーラとチリーノは書類を片付け、スペースを空ける。


 「チリーノ、デザイナーを早く。言い値で良いので呼び寄せなさい。侍女にも来客の用意を指示しなさい」


 ニコーラが急ぎ指示を飛ばす。チリーノは急ぎ足で部屋を出た。マリアンジェラは首を傾げたままだ。


 「デザイナー?テオ、どうして急ぐのかしら?視察で離れる予定があったの?」


 ファブリツィオは、マリアンジェラの両肩へ手を乗せる。


 「マリア、俺の落ち度だ。すまない。この国ではドレスを注文して完成までに最短で一ヶ月半は必要だ」


 マリアンジェラの血の気が引く。


 「え!?そんな、まさか」


 「ファブリツィオ様、マリアンジェラ様、大丈夫です。デザイナーと打ち合わせた後、急ぎで生地を作ってもらえばうちの縫製工場で作成出来ます。最優先で出せば一ヶ月後に間に合います」


 「王族の出席を把握してから注文。恐ろしいな」


 マリアンジェラは少し考え、ファブリツィオに聞く。


 「テオ、どうして一ヶ月半も掛かるのかしら」


 「デザインを決めて、そのデザインに合わせて採寸をするだろう?その後、生地を取り寄せてから採寸に合わせて型紙を作成して、生地を裁断する。ここまでに二週間は掛かる。その後に縫製、細部の刺繍や飾り付けで二週間。生地を縫製工場へ輸送したり、飾り付けの内容次第でもう一から二週間掛かるから、最短で一ヶ月半と言われるんだ」


 ファブリツィオはアグリアディ公爵領の縫製工場立ち上げのため、衣装の工程にはかなり詳しくなっていた。ハーシュトレイの縫製技術は素晴らしく、縫製にかかる時間がこれまでの半分程度となり、エヴァーニ王国内では衣装作成の革命との声も聞こえているのだ。


 マリアンジェラはさらに疑問が増える。


 「結婚式でもないのに、いちいち採寸が必要なのかしら。コルセットで調整出来るし、結局完成品のドレスだって、多少の調整は着ながらするじゃない。生地だって似たようなのばかりだし、主流の生地をたくさん用意しておいて、採寸は簡単に。用意している生地であれば、デザインを決めてすぐ縫製工場に注文すればいいじゃない」


 「細部のデザインなどは決めるのに時間が掛からないか?」


 「デザイン画は無いのかしら?冊子がお店にあるのよ。この柄をこの色で両脇に刺繍して欲しいとか。それをデザイナーが絵にまとめて、全体的なバランスを確認し合って、デザイン画と一緒に工場に出すの」


 「なるほど。確かに、母上のドレスも毎回同じような柄を好んで使っていたりする。パターンがあるのなら、それを用意しておけば良いのか」


 ファブリツィオはマリアンジェラの話を聞き、もしも三週間でドレスが仕上がりますという店があったらどうだろうかと考え始める。


 「ニコ、出来ると思うか?」


 「そうですね。店頭に生地の見本と細部のデザインを載せた冊子。細部のデザインも実際に生地に装飾した見本を置いても良いかもしれません。それらを元に、デザイナーと相談してデザインを決める。工場にはデザイン画と採寸の数字を送れば良いのですね」


 「デザイン画と採寸の数字だけなら、郵便で工場に送れるから裁断した生地を送るよりも早く着くだろう。工場に生地を用意しておいて、裁断から出来るようにしておけば良いのか」


 「生地には店と工場で共通の番号を付けて管理すれば、間違いもないでしょう。掛かる時間は増えますが、希望があれば縫製後、刺繍等を施す前に一度確認してもらうことも可能としても良いかもしれませんね」


 思案していると、チリーノがデザイナーを連れて来たと使用人が知らせに来る。




 「ベースは青色が良いわね。テオの瞳の色でもあるし、先日のレーナ様のご活躍への敬意を示す事が出来るわ」


 マリアンジェラはすらすらと注文を付けていく。そこへ、ファブリツィオの母、グラツィエラが現れる。気にしないで続けてと、言って、マリアンジェラの隣に座る。


 「胸の部分にはこのような柄の刺繍を。刺繍の色は金色で。アグリアディ公爵家の刺繍は自分で入れますから、そのスペースは開けておいて下さい」


 マリアンジェラは、柄をささっと紙に描いてデザイナーへ見せる。


 「ファブリツィオ様のご婚約者様は素晴らしいですね。私達デザイナーが不要になってしまいます」


 アグリアディ公爵家の御用達であるドレスショップのデザイナーだ。グラツィエラもよく知っている。


 「いいえ。刺繍の最終的な配置や裾の広がりなど、私には一つも分かりませんわ。私がしたのは、柄を描いただけですから」


 グラツィエラもマリアンジェラとデザイナーの会話に満足気だ。


 「マリアちゃん、刺繍の金色はデザイン的なものかしら、それとも意味のある色?」


 グラツィエラは完成したデザイン画を見ながらマリアンジェラに聞くと、マリアンジェラは両手を前に組んで答えた。


 「先日のリータ国辺境の被害への哀悼の意を表しています。辺境だけでなく、エヴァーニ王国から派遣した騎士や祖国の者も被害に遭いました。辺境伯家の紋章は金色ですから、この色でお願いしたいと思いました」


 グラツィエラは深く頷くと、デザイナーに自分のドレスの進捗を尋ねる。


 「公爵夫人のドレスは裁断が済み、縫製工場には出しております。現在は装飾前の段階ではと思いますが、手直しされますか」


 話の流れから、デザイナーは控えていたグラツィエラのデザイン画を取り出す。どうやら、家ごとにデザインを保管しているらしい。親のデザインに合わせてといった注文もあるからだろう。


 「そうね。私も間に合うのであれば、金色を入れたいわ。間に合わないのであれば、それはそれで装飾品でどうにかするから気にしないでちょうだい」





 ドレスのデザインが決まり、デザイナーが帰ったところで、グラツィエラはファブリツィオの前で仁王立ちをする。


 「ファブリツィオ、アナタね、マリアちゃんと楽しんでるのは良いけれど、母親である私のことを忘れているんじゃないでしょうね」


 ファブリツィオは何の話だと眉間にしわを寄せる。


 「マリアちゃんの刺繍。忘れていないわよね」


 ファブリツィオは、あっ、と言う。完全に忘れていた。


 「マリアンジェラ様との初めての会話でしたのに」


 ニコーラが呟いたそれを、グラツィエラは聞き逃さなかった。


 「ファブリツィオ。私をだしに、結ばれたのね。ねえ、私が求めていることが分かるわよね。ニコーラ、あなた知っているでしょう?最近の私の悩みのタネを」


 「お茶会のお誘いが多数。それも、ファブリツィオ様のご婚約者となった方を伴ってはどうかというお誘い文句で来ておりますね」


 「ええそうよ。ええ、ええ、そうなの。実を言うと、わが家の騎士達の怪我を理由に断っているのよ。それでも亡くなった者はいないからそろそろ限界なの。それに公爵家として、しなければならないことが一つあるわね。ファブリツィオ、あなたは賢い。賢くなるよう育てたわ。次期公爵として、今すべき事は何かしら?」


 ファブリツィオはグラツィエラに詰め寄られて執務室の机に追いやられた、両手を机に預け、体を反らせているが、その鼻っ柱をグラツィエラはツンツンと突く。


 「リータ国辺境への遠征に参加した貴族を招き、労いの茶会を催します。死者の出た侯爵家へはお見舞いと、遺族への対応を話し合い、必要に応じてその場で支援を申し出ます」


 分かっているならよろしいと言って、グラツィエラは部屋を出て行った。


 「ニコーラ、茶会を催す。必要各所へ手配を。細かいことはこれからマリアンジェラと決めていく。チリーノ、騎士や魔術師を派遣した家と、各家の被害状況を至急調べて報告を」


 デザイナーを見送りに出て戻ったばかりのチリーノは、再び部屋から出る。王宮から来ていた報せを読み直し、被害状況を抜き出していく作業だ。


 ニコーラは、茶会の為のテーブルや椅子の状態確認と厨房へ飲み物や季節の茶菓子の打ち合わせをしに部屋から出て行った。




 「マリア、労いの茶会などは初めて聞くだろうか」


 マリアンジェラが頷く。


 「今回のような、死傷者の出る出来事に見舞われた場合、例えば戦闘だけでなく、災害も含まれるが。パーティー等は控える風潮になる。民が苦しんでいるのに貴族は何をしているのかと」


 「そうですわね。民の心に寄り添ってないように感じられます」


 「しかし、色んな事を自粛すると、それはそれで経済が回らず、景気が悪くなることに繋がる。貴族家は憎まれても経済を回す義務もある」


 「それで、小規模でもお茶会を?」


 「そうだ。しかし、単なる茶会では反発を生む。そこで考えたのが、労いの為の茶会だ。大きな被害に遭った家を、被害の少なかった家が招待する。そして、その場でお見舞いを渡したり、被害に遭った家同士で被害者への援助をどのように行っているのかを話し合わせる。そして、必要があれば支援を申し出ることもある」


 「なるほど。お茶会で経済を回しつつ、被害者援助の話し合いの場とすることで民からも批判されない。むしろ支援を申し出るきっかけ作りをしているのですね」


 「その通り。しかも来月は建国パーティーだ。ただのお祝いをする前に、この会を催すことで、世間の流れに一区切り付けさせる目的もある」


 よく出来た仕組みですねと、マリアンジェラは感心する。エヴァーニ王国は農産物が豊かな国だ。豊穣のための祭りなども各地で行われているため、被害に苦しむ気持ちを一区切りさせて、次なる豊穣を願いたいのだ。






 「ファブリツィオ様、レーナ達のことで相談があります」


 アグリアディ公爵家主催のお茶会前日、ニコーラがファブリツィオの執務室で話を切り出した。


 「分かった。マリアとリーノには外してもらおうか」


 「いえ、二人共知ることになるでしょうから」


 「分かった。それで相談というのは」


 「レーナは、回復傾向にありますが、右足だけは動かせないようです。ですので、生活に慣れるまでは式典関係もしばらくは出席できそうにありません。私も出席しませんので、チリーノに任せます」


 ファブリツィオはそうかとだけ言う。


 「そしてレーナの身の回りのことについてはエリサとエーリオ、ロレットをそのままピンツィ家に欲しいのですが、許可いただけますか」


 「レーナ嬢との結婚が決まった時点で、そのつもりでいた。しかし、ロレットは利き腕を失ったが」


 「彼は両利きですから。働くことに関しては問題ないと言い張っていますが、レーナは一度里に返して判断してもらおうと。護衛等の職務は難しくても、彼はよく動きますし、本人が希望するのであれば侍従として雇うことも考えています」


 そしてニコーラは実は、と言って続きを話し始める。


 「オルガ国のエミディオ・バンデーラ公爵に義足の用意を頼んでおります」


 レーナは真っ直ぐだ。ニコーラという支えを得て、余計に伸び伸びとしている気がする。おそらく義足も、生活のためでありゆくゆくは騎士に復帰したいという目標に向けているのだろう。


 「レーナ嬢との結婚と共に、エーリオとロレット、エリサの所属をアグリアディ家からピンツィ家へ。書類を揃えておくように」


 それと、とファブリツィオはもう一つ付け加える。


 「北の砦の私室もそのままにしておくように」


 ニコーラはありがとうございますと言って部屋を後にした。さっそく書類を揃えるのだろう。


 「ということでだ。リーノ、側近として恥ずかしくないようにニコからよく学ぶように。言われるまでもなくお前は優秀だがな」


 マリアンジェラが、ふと考える。


 「レーナ様、失明した方の目は眼帯を付けるのかしら、右足は義足で。これは、これは社交界に出てくるのが楽しみですわ。私は一足先に見られるかもしれないだなんて」


 ファブリツィオは最近知ったのだが、どうやらレーナはハーシュトレイで女性達からの異常な程に憧れの的となっていたらしい。非常に尊い存在、神、神はいるのですと、レーナのことになるとマリアンジェラは狂信者のようになることがファブリツィオの悩みだ。それでも、レーナに嫉妬してしまうと伝えると、マリアンジェラも可愛らしく好意を伝えてくれるので、よしとしている。






 お茶会の日、ファブリツィオとマリアンジェラは少しだけ着飾る。ファブリツィオは胸に、マリアンジェラは髪に楓の葉を挿している。これは、最も被害のあったセガンティーニ侯爵家の紋章に使われているからである。


 天気が良いため、茶会は中庭にて行うことになった。パーティー等は、精霊を楽しませるために、なるべく自然豊かな場所で行うことがエヴァーニ王国での常識である。


 「セガンティーニ侯爵殿、今回の派遣による被害、心よりお見舞い申し上げます」


 今回の主賓ともいえる侯爵にファブリツィオは隣にマリアンジェラと後ろにチリーノを伴って挨拶をする。


 「こちらこそ、アグリアディ公爵家の騎士、そしてレーナ元王女殿下のお怪我にお見舞い申し上げる。騎士達から、レーナ騎士爵の指揮によって殲滅が完了したと聞いております」


 セガンティーニ侯爵は人の良い顔をしている。年齢は四十代で、跡継ぎである長男はまだ学園にいる年齢のため、今日は連れて来ていないようだ。


 「レーナ騎士爵の容態はいかがだろうか。ここにおられないということは」


 セガンティーニ侯爵は小声で言う。ファブリツィオはチリーノへ目配せをする。


 「アグリアディ公爵家の側近、ピンツィ家のチリーノと申します。レーナ騎士爵はピンツィ家のニコーラと婚約しているため、我が家で療養しております。レーナ騎士爵は歩行困難のため、本日は出席が叶いませんでした。セガンティーニ侯爵家の騎士達はとても勇敢であった、侯爵家に無事に帰すことが出来なかった方々への祈りは欠かせませんとの伝言です」


 レーナからの伝言を聞き、セガンティーニ侯爵は目に涙を溜める。


 「そんな。レーナ騎士爵が指揮を取ってからは死者は出ておりません。レーナ騎士爵とアグリアディ公爵家の騎士、途中から加わった義勇兵達に何度も命を救われたと。死者が出たのはあの兵器が使われていた間の怪我が原因なのです。兵器の防衛に配置された者が命を落としたのです。どうか、どうかレーナ騎士爵には感謝の言葉をお伝え下さい」


 セガンティーニ侯爵はチリーノの手を取って頭を下げる。その様子を他の貴族達も見守っていた。


 その後、茶会は和やかな雰囲気で行われた。セガンティーニ侯爵家には派遣された騎士や遺族へのお見舞いの品が渡された。また、少なくても被害に遭った家にも、それぞれお見舞いを渡し、各家の支援を話していく。


 「精神を病む者がいると聞いたので、精神科医という者を呼び診察を受けさせました。良く話を聞いていただき、本当は眠れなかったのだと、私達には遠慮して言えなかったこともあったようです」


 「そのようなことが。私の家でもその医師を呼びたい。連絡先を教えて欲しい」


 「金銭は渡して終わりになってしまいます。自力で生活出来るようになるまで、我が家の使用人を派遣したところ、一人暮らしで買い物も難しかったのだと喜んでもらえました」


 「騎士には平民でお手伝いを雇うという発想がない場合もありますのね。生活で困っていることが無いかも確認が必要と」


 「後遺症により復帰が難しい者もいる。読み書き計算を教えていたので、そのまま騎士団の事務の方で雇うことになった」


 様々な支援の話が出る。アグリアディ家も盲点であった支援内容があり、チリーノに指示をしてまとめさせていく。



 「ところで、アグリアディ次期公爵の婚約者様は、ハーシュトレイ王国のご出身だとか」


 「はい、マリアンジェラ・フロリアンと申します」


 「失礼ですが、どこかの家に養子に入られるのだろうか」


 「いえ、私はハーシュトレイ王国の侯爵家出身です。私としても、一度養子に入りと思っていたのですが」


 マリアンジェラはファブリツィオを見る。


 「せっかくの彼女のルーツは大切にしたいと思ったのです。彼女が祖国を離れ、我が領に来てくれたことで結ばれた縁ですので」


 ファブリツィオの両親は、マリアンジェラが養子に入ることに反対したのだ。マリアンジェラは貴族家の生まれ育ちであるのだから、それに上書きする必要はないと。彼女を大切にしたいのであれば、彼女自身の歴史も大切にしなくてはならないとの言葉にファブリツィオは賛成し、マリアンジェラは喜んだ。


 「確かに、爵位は失っても、貴族であった誇りは捨てられません。それは、我々も同じでしょうね」


 誰かが言ったその言葉に、誰もが頷く。

 和やかな雰囲気のまま、茶会は無事に終了した。

ありがとうございます。

精霊たちは、大好きな自然の中で自分たちが実りを支えてできた食べ物を、人が美味しそうに食べてくれる様子を見ることができるので、パーティーが大好きです。

ちなみに、ファブリツィオくんがなぜずっと精霊が見えているのかというと、薄々お気付きの方もいらっしゃると思いますが、彼の近くにある食べ物に魔力がある。つまり彼は魔力ダダ漏れ体質で、またその説明を本編中に入れたいと思っています。

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