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第七話 精霊と騎士

※欠損表現があります。ご注意ください。

 「それでは、行ってくる」


 「ご活躍と無事をお祈り致します」


 リータ国の魔獣の大量発生に対する防衛は、アグリアディ公爵領からレーナとロレット、加えて騎士を五名派遣することになった。

 正式な書類上でもマリアンジェラはファブリツィオの婚約者となったため、現在はファブリツィオと共に行動している。マリアンジェラは、刺繍を入れたハンカチをレーナに渡す。


 「マリア、ありがとう。前もリータへ訪問する時に刺してくれたのを覚えている」


 マリアンジェラとレーナはハーシュトレイにいた時にも仲が良かったそうだ。エミディオ達と工場へ行った際には、マリアンジェラがレーナと話すことで他の職人から目を付けられたらかわいそうと思って声を掛けなかったらしい。


 「ええ、その時と同じ刺繍をしております。あの時と同じく無事に帰りますようにと」


 「ありがとう。無事に帰ると約束する」


 レーナはマリアンジェラと抱擁し、ファブリツィオと握手をする。


 「レーナ嬢、あくまでもアグリアディ公爵家からの派遣であるから、危険を感じた場合は速やかに撤退するようにと、アレックス次期辺境伯からも伝言を受けている。ロレットも、そのことを忘れないように」


 レーナは分かっていると言って頷く。ロレットも、ファブリツィオと目を合わせて頷き合う。


 「レーナ様、どうか無事で」


 ニコーラがレーナを抱きしめる。


 「ああ、必ず戻る」


 レーナは最後にニコーラの頬にキスをして馬に跨った。他の騎士達も家族との別れの挨拶を済ませ、馬に乗る。


 ファブリツィオ達は、見えなくなるまで見送った。


 「お手紙、書いてくれるのでしょうか」


 見送った後、公爵邸の執務室でマリアンジェラが呟く。


 「エリサ嬢の護衛も考えてエーリオを置いてきたが、ロレットはそういった報告はするタイプだろうか」


 ファブリツィオはロレットの人となりはいまいち掴めていない。影として過ごしてきたこともあり、ロレットはあまり表立って行動しないというのもある。


 「影でも報告書を出すことはありますから、きっと何かしらは送ってくるのではと」


 ニコーラが言うが、まず三日後にさっそく手紙が届いた。


 ニコーラが開けて中身を確認すると、肩をぷるぷる震わせる。


 「ニコ、どうした。何かトラブルか」


 ファブリツィオは焦るが、ニコーラは手紙の中身をテーブルに出す。


 まずコロンと出てきたのはどんぐり。

 手紙は三枚入っていた。

 一枚目には『予定通りの行程。問題無し。ロレット』と走り書きで以下は白紙。

 二枚目には『この街は自然も豊か。きれいな川を見つけた。レーナ』と強い筆圧で紙いっぱいに書かれている。

 三枚目には、他の騎士達が家族に宛てたメッセージを書いていた。


 「このどんぐりは何だ。暗号か?」


 ファブリツィオは眉間にしわを寄せる。


 「お土産ではないでしょうか?公爵領には無い種類のどんぐりですから」


 「そんなまさか。報告だぞ。それにこの三枚目も何か読み解けないか」


 遠征時は寄った街から、それまでの道や人々の様子を細かに手紙に出す。不穏な雰囲気は無いか、怪しい噂を聞いていないか、必要があれば、王宮へ報告をする。


 「ファブリツィオ様、一行には街から手紙を出すようにとしか言っておりませんので、そのままの意味で手紙を書いたのでは」


 ニコーラの言葉にファブリツィオはハッとする。


 ファブリツィオは慌てて、彼等の向かう宿に向けて手紙を出す。彼等の進行を考えて、手紙が先回り出来る街は大分先だ。それまでは数日おきに、同じような内容の手紙が届く。木の実や葉など、どうやら初めて見る植物を付けてくれているようだ。

 騎士達が家族に宛てたメッセージは、一応、写しは取っているが、一人ずつ切り取って家族へ渡すことにした。





 『飛竜あり。消耗戦。怪我人多数。騎士二名が怪我により離脱。物資と共にエヴァーニ王国へ帰還させる。レーナ』


 『辺境伯怪我により離脱。指揮はアレックスに。ロレット』


 辺境に到着後の手紙は戦況の内容となった。辺境からの手紙はまとめて王宮へ預けられ、その後王宮から直接アグリアディ家へ送られることになる。怪我により帰還した騎士には療養休暇と負傷手当を与える。ニコーラも処理を淡々とこなしているが、気が気でないだろう。



 『アレックス次期辺境伯、瀕死の重傷。アレックスの指示により指揮権はレーナへ。レーナの指示により全ての魔石を使用する兵器の破壊及び放棄を行う。ロレット』


 怪我により帰還した騎士が回復したと聞き、ファブリツィオとニコーラは実家で療養している騎士へ話を聞きに行く。


 「こんな狭いところで申し訳ありません」


 やっと起き上がることが出来るようになった騎士を、ファブリツィオは励ます。


 「よく戦ってくれた。治療や生活面でも困ったことがあれば何でも言ってくれ」


 ファブリツィオは、それで聞きたいことがあると前置きをして騎士に問う。


 「辺境からの知らせで、兵器の破壊及び放棄をしたとの内容があった。何か知らないだろうか」


 騎士は、ああと言って、少しだけ表情を緩める。


 「そうなのですね、やっと。私ももう一人の帰還した騎士も、兵器の防衛に配置されたのです。しかし、魔獣が兵器の方へ集まってしまいまして。始めは、兵器の殺傷能力の高さから、攻撃してくる所へ魔獣が向かってくるのだと思ったのですが」 


 そして騎士は、言葉を詰まらせる。どう言っていいのか分からないようだ。


 「話がまとまらなくても良いですよ。思ったことでも良いです。話をまとめるのはこちらの仕事なので」


 ニコーラがそう言うと、騎士は話し始めた。


 「魔獣が、怒ったようにというか、異常な様子でたくさん突進してきて、いくつか兵器が壊れました。 アレックス次期辺境伯が、魔石に魔獣が反応しているのかもと言って、いくつかの兵器の使用を止めたのです。すると、その兵器の所には魔獣が群がることはありませんでした。でも、その報告をリータ国の、あそこは王国ではないから何ですかね、まぁ、国へ報告したら、群がる魔獣の数以上の殺傷能力があるから兵器を使用停止は許さないと。そして、結局兵器を防衛しつつ兵器を使用してとなったのですが、使えば使うほど魔獣の棲む場所から魔獣が押し寄せてきて、飛竜も出てきて、私は飛竜が翼で薙ぎ払った兵器の下敷きになったところで気を失いました」


 現場を思い出したのか、騎士は震えている。ファブリツィオは、彼の手を取って、話してくれてありがとうと繰り返し言った。



 騎士から聞いた話をまとめ、使用人を王宮に向かわせた。使用人は宰相補佐官からの返事を手に帰ってきた。


 「他の領からの帰還した騎士からも同様の報告を受けているとのことですね。エヴァーニ王国から最も騎士を出した侯爵家から、レーナ・ハーシュトレイ騎士爵の無事を祈ると、伝言があったそうです」


 ニコーラはため息が増えた。ファブリツィオの執務室の窓はちょうど辺境の方角だ。彼は空いた時間はいつも窓の外か、指に付けた真新しい指輪を見つめていた。



 しばらくすると、辺境からの手紙が途絶えた。レーナとロレットも前線に出ているため、手紙が出せないとの報せが王宮から来た。


 そして一週間ぶりに来た手紙には、ロレットの文字で『棚の一番下、エーリオが見れば分かる』と、レーナの文字で『ニコーラへ、北の砦の私室の棚』という内容と、二人の名前の頭文字が刻印された鍵が入っていた。


 ファブリツィオとマリアンジェラ、ニコーラは北の砦へ急いだ。


 エーリオに聞くと、隠し戸棚になっているという。棚の底に鍵穴があり、決められた手順で解錠する。

 エーリオは、遺書ですね、と言った。


 レーナの私室の棚も同じようにして開ける。ファブリツィオは見てはいけない気がしたが、ニコーラはロレットのもレーナのも同じように見ましょうと言ったため、二人の棚のものを砦の執務室で開くことにした。


 エーリオとエリサ、そしてマリアンジェラが言うには、ハーシュトレイ王国の騎士は日頃から遺書を更新し、本人が亡くなった場合や、瀕死の重傷を負ったときなどに、上司や配偶者、家族によって開封するのだという。また、遠征が長引いた場合も、本人の意志を確認しておくために、先に開封する。今回は、それに当てはまるとエーリオが説明する。


 まずはロレットからだ。

 手紙には、『自分の決定権は主であるレーナ様へ任せる。生かすのも帰すのもすべてはレーナ様が決めること。レーナ様の意志が確認出来ない場合は、レーナ様の兄上のどちらかに判断してほしい。レーナ様には感謝している』とある。きっと、影である彼の出自を知っているのがレーナとアレックス、エミディオなのだろう。


 そして、レーナだ。

 紙が何枚か、それも正式な書類のようなものもある。

 『エーリオ、ロレット、エリサに何かあれば、彼等は里に返す。彼等の里はアレックスとエミディオが知っている。彼等のことは私の責任である。私の個人資産の書類がある。満足いく額になるかは分からないが、彼等の家族へ渡してほしい。譲渡の委任状もある。私が不在の場合はニコーラが処理できるようにしているからよろしく頼む。

 私に何かあって、もしもニコーラに迷惑が掛かることがあれば、婚約、婚姻の解消書類を使って欲しい。同盟国内で使える正式な書類の委任状も何枚かずつ用意している。全て私の代わりにニコーラが処理できるように準備しているから、後は頼む』

 そして、一枚のメッセージカードには『ニコーラ、あなたの金に輝く瞳が好きだ。私の空に太陽がまた来ますように』

 ニコーラはそのカードをずっと見つめていた。


 「ニコ、そのカードの存在を私達は知らなかったことにしよう」

 ファブリツィオがそう言うと、ありがとうございますと言ってニコーラはカードを仕舞った。


 二人の遺書はアグリアディ公爵邸へ持ち帰った。




 そしてそれから二週間後。


 『魔獣の殲滅完了。死傷者及び行方不明者多数。派遣した各領地より安否確認急ぎ必要』


 王宮からの報せに、ニコーラはファブリツィオを見る。ファブリツィオは両親と相談することにした。


 「ファブリツィオ、ニコ。二人とも行ってきなさい。公爵領は私達がいるから大丈夫だ」


 ヴァルテルはすぐに旅の用意をさせ、辺境に送り出した。


 辺境まで、ファブリツィオとニコーラの間には会話がなかった。馬車の音が嫌に大きく聞こえる日々だ。




 辺境の砦はあちこちで煙が立っていた。砦の大部分は瓦礫と化している。リータ国内からの支援によってか、あちこちにすでにテントが立てられ治療や炊き出しが行われている。

 ファブリツィオは、リータ国の騎士に声を掛ける。レーナやエヴァーニ王国の騎士はどこにいるのかと。

 騎士は、一つのテントを指差す。二人はそのテントへ急ぐ。


 「アグリアディ公爵家だ。わが家の者はいるか」

 テントに入り、すぐに尋ねる。

 「ファブリツィオ様!」

 奥から声を掛けられた。北の砦の騎士だ。

 「無事か、よかった!」

 ファブリツィオは騎士に駆け寄る。騎士達三名、怪我はあるが無事のようだ。


 「レーナとロレットは!?」

 ニコーラが聞くと、騎士は下を向く。

 「ロレットは。ロレットは、瀕死の重傷で、助かるかどうかと言われています。彼は中央の治癒魔術の間にいます。レーナさんは、前線に出過ぎていて、私共では分かりません」


 ファブリツィオは、三人に励ましの声を掛ける。


 砦の残った部分で治癒魔術が展開されていた。魔術師達が、交代で絶え間なく治癒魔術を施している。

 治療が間に合わずに息絶えた者が、途中で運び出されている。ファブリツィオは冷や汗が止まらない。魔術師の交代を管理している者に、ロレットとレーナがいるか、恐る恐る尋ねる。


 「ロレット、ああ、アグリアディ公爵家からの。彼はあそこです。呼吸状態が良くなったので、このまま治癒魔術である程度は回復するでしょう」


 ファブリツィオが、ほっとしたのも束の間だった。


 「彼は片腕を失いました。発見した者の聞き取りで、おそらく利き腕だろうと。今後もどうか手厚く迎えてあげてください」


 命があるだけ良かった。しかし、影として、護衛として過ごしてきた彼の心は回復するだろうかと心配になる。


 「彼を助けてくれてありがとう。回復次第、ロレットはこちらで引き取る。そして、指揮を取っていたレーナ騎士爵は」


 「レーナ騎士爵は、騎士達の話によると、最後に残った飛竜を仕留めるところで、飛竜ごと空に飛び立ったと。その飛竜の死骸は見つかったと聞きましたが、レーナ騎士爵の安否は不明です」



 その後もあちこちで捜索したが、レーナはまだ見つかっていないという。


 「精霊さん、レーナ嬢を知らないかな。青い瞳に黒髪の少し小柄な女性なんだが」


 ファブリツィオは、僅かに残った木の近くで精霊を見つけた。


 『あら!あの美味しい魔力の子かしら!?』


 魔術や攻撃によって自然が無くなり、自然も無くなった。そんな中でも精霊がいるのは、魔力を与えてくれる人がいたからだ。そう考えて、ファブリツィオは精霊に聞いて回る。


 『あの子は空に飛んでっちゃったのよ。その後は分からないわ』


 ほとんどの精霊がそう言う。そういえばと思い、もう一つ質問をする。


 「精霊さん、その子以外にも魔力をくれる人はいたのだろうか」


 『美味しいのはその子と同じ目と金髪のお兄さんがいたわ!でも竜にやられちゃったの。でもね、その後はどうしてか魔力くれる人が集まってきたから、私達もたくさん頑張ったのよ?あの嫌な石も無くなったから、たくさん魔力をもらえたしね!』


 「嫌な石?魔石のことだろうか」


 『知らないわ!たくさんあった機械?に入れてた石よ。でもね、それがたくさんあると、人は魔力が渡せなくなっちゃうみたいなの。あとね、魔獣の欠片なんでしょう?あいつらもそれを返せって言って大暴れするじゃない。大変だったわ』


 「そうだったのか。教えてくれてありがとう」


 ファブリツィオは、精霊の話をニコーラにした。


 「それで、レーナはすぐに兵器を破壊したのか」


 レーナの行動の意図が分かった。そしてアレックスが怪我を負ったのも、魔力が渡せず、身体強化が出来なかったのだろう。



 レーナの行方は分からないままだが、翌日にはロレットが目を覚ました。


 「レーナ様をお守りできませんでした。申し訳ありません」


 ロレットがファブリツィオとニコーラを目の前にして最初に言ったのはそんな言葉だった。

 ファブリツィオは、仕方ないことだ、よく生き残ってくれたと励ました。エヴァーニ王国から派遣した侯爵家の騎士には死者も出たという話を聞いた。


 「腕なんかどうでもいいんです。ニコーラ様、本当に申し訳ありません」


 ロレットは涙を流しながら繰り返し謝る。ニコーラは、ロレットに優しく声を掛ける。


 「レーナが選んだことですから。ロレット、レーナの消息が未だ掴めません。何か分かることはありませんか」


 「最後の飛竜はしぶとかった。レーナ様と急所と思われる場所を何回も刺した。回復も早くて、俺の腕は爪でやられた。レーナ様は俺の首根っこを掴んで後方の騎士の方にぶっ飛ばした。それで、レーナ様自身は飛竜の背中に飛び乗って、ザクザク切りつけてる間に飛竜がレーナ様を乗せたまま空に飛んで行ってしまった」




 ファブリツィオはアレックスの意識が戻ったと報せを受け、彼のもとを訪ねた。レーナの身元引受人であるニコーラ、派遣元のファブリツィオがいることで、意志を取り戻したばかりではあるが、すんなりと彼の元へ案内された。


 「ファブリツィオ、そしてニコ。本当にすまない。兄なのに、妹に背負わせてしまった」


 ベッドから起き上がったアレックスは涙ながらに話す。


 「どうしてレーナに指揮を取らせた」


 ニコーラがアレックスに厳しい目を向ける。ファブリツィオが抑えようとしたが、アレックスは構わないと言った。


 「レーナに指揮を取らせたのは俺じゃない。リータ国王だ。俺は副官に指揮を取るよう命じていたが、リータ国王がそれをレーナにと。レーナが指揮を取った後、国中から義勇兵が集まったと聞く。彼等はハーシュトレイの元騎士団員だ。最後の騎士団長だったレーナが指揮を取ると聞いて集まったのだろう。そして、それがリータ国王の狙いだった。集まった義勇兵は怪我も少なかったから、報奨を渡す名目ですでに集められてしまった。ほとぼりが冷めるのを待って、他国へ侵攻を図るつもりだろう」


 「アレックス、お前はそれを予測出来なかったのか。」


 ニコーラは怒りを遠慮なくアレックスにぶつける。


 「ニコ、本当にすまない。魔石によって魔法が途切れるなんて考え付かなかった。すぐに使用を止めようとしたが、国王の息のかかった騎士が多すぎた。」


 「お前の後悔はもういい。レーナは飛竜と共に飛んで行って帰ってきていない。飛竜は死骸が見つかっている。何か分からないか」


 アレックスは懐から一枚のハンカチを取り出す。


 「レーナの刺繍だ。レーナには俺が編んだ紐を身に着けさせている。この刺繍と対の存在にさせる魔術をかけていて、レーナに何かあれば持ち主の俺は察知する事が出来る」


 「レーナはどうなっている」


 「魔力はほとんど感じられないが、存在が消えた訳では無い。まだ息はある」


 「どうやって探し出せる」


 「この刺繍を精霊に見せて、対の存在を探してもらうんだ」


 ニコーラはハンカチを握る。ファブリツィオと共に、アレックスの部屋を出た。


 「ファブリツィオ様、精霊達にお願い出来ますか」


 ああ、と言って、ファブリツィオは僅かに残った木の根や雑草を探して、精霊を見つける。


 「精霊さん。このハンカチと対の存在がどこにあるか分かるかな」


 精霊は、ハンカチを触る。


 『うんうん。何だか弱々しいわ。だいたいだけど、あっちの山の方に感じるわ』


 精霊は魔獣の棲む場所の方を指差す。


 『魔獣は全部やっつけちゃったみたいだから、怖い森だけど大丈夫よ』


 無言のファブリツィオ達が怖がっていると思ったのか、精霊に励まされる。ファブリツィオはありがとうと言って、精霊に魔力を渡し、ニコーラと共に魔獣の棲んでいた森を目指す。




 「精霊さん、このハンカチと対の存在はどこかな」


 森に入ると、木々があるおかげで精霊も多くなった。度々、精霊に聞いて回る。


 『あそこにいるわ。竜の寝床があるの』


 「竜の寝床?そこにいるのか?」


 『ええ、いたわよ。人は人がいないと怪我が治せないでしょ?早く行かないと死んじゃうわよ』


 ファブリツィオは慌ててニコーラに精霊の言葉を伝え、精霊の指した方へ駆けていく。



 山肌の岩が削れたような窪んだ場所に、飛竜がいる。その飛竜は白く、魔獣の雰囲気では無い。


 「レーナ!」


 飛竜が抱きかかえるようにして、レーナが眠っているように見える。ニコーラが飛竜に怯まずに駆け寄る。

 白い飛竜は首を持ち上げるが、足元のレーナに駆け寄るニコーラをじっと見ている。見守っているような雰囲気すらある。


 レーナは固く目を閉じている。身体のあちこちに傷があるが、魔獣の返り血も多く、どれだけ怪我をしているのか分からない。呼吸が浅く、治癒魔術が必要だろう。


 ニコーラは、飛竜を見上げる。


 「お前が助けてくれたのか?」


 魔獣でない飛竜は見たことが無い。この飛竜は攻撃する気は無いようだ。


 「竜、お前は何者だ?」


 ファブリツィオが聞くと、飛竜は目を見開く。


 『お前とは話が出来るようだ』


 「もしかして、精霊なのか?」


 『精霊として幾百年を越えたものが、集まった姿だ』


 「そうか。その女性を助けてくれたのか」


 『こいつは翼を持った魔獣と共に落ちてきた。その魔獣は死んでいたが、これは息があったから落ちる前に取り上げてやった。しかし、魔力が尽きている。魔力を刺すことで、魔獣を倒したのだろうな。目を覚ますのには時間が掛かるだろう。魔力が尽きたことで、身体の機能がいくらか駄目になったかもしれん』


 飛竜は、レーナの頬をぺろりと舐める。


 『もしかしたらそのまま落ちた方が幸せだったかもしれないが、助けてしまった』


 飛竜はニコーラを見つめる。


 『これはお前の大切か』


 飛竜の言葉をファブリツィオはニコーラに伝える。


 「この人は私の大切です」


 『そうか。早く手当てをしてやるといい』


 ニコーラはレーナを抱きかかえる。ファブリツィオは飛竜に礼を言って、二人はレーナと共に砦跡に戻る。








 治癒魔術の場所へレーナを託す。ニコーラは近くにいるというので、ファブリツィオはアレックスを呼びに行った。

 アレックスは歩ける程度には回復しており、騎士達の名簿を整理し、砦の復興のための指示を飛ばしていた。

 辺境伯は意識は戻ったが、足を怪我しているため瓦礫だらけの外を歩くことは難しく、国との調整役に徹しているらしい。


 「レーナ!!よかった、本当に」


 レーナの姿を確認し、アレックスは安心したように膝を付く。アレックスにニコーラが話し掛ける。


 「アレックス、レーナは真っ白な飛竜に助けられた。ファブリツィオ様が精霊と会話する要領で話が出来た。魔力が尽きたことで身体の機能がいくらか駄目になったかもしれないと言っていた」


 それでも、とニコーラは続ける。


 「目が覚めたレーナがどうなっていても、俺は彼女を連れて帰る。歩けなくなっても、彼女の瞳が空色じゃなくなっても」


 アレックスは、そうかと言った。


 アレックスの話によると、白の飛竜はこの土地に伝わる話では、生き物の味方だそうだ。傷付いたのが魔獣でも人間でも助けるのだという。ただ、動物同士の争いについては無関心だそうだ。アレックスに、精霊として幾百年を過ごして集まった存在だと伝えると、伝承に出てくる行動からも、精霊らしい雰囲気は受けていたと言った。白の飛竜、精霊自身が持つ魔力は、生命力の塊のようなものらしく、レーナがこの十日近くも命を繋ぐことができたのは、その魔力に包まれていたからのようだ。




 レーナは外傷は治ったものの、意識が戻らない。


 「アレックスの話だと、レーナは目を覚ましたら戦闘の指揮を取っていた間の詳細を説明せよと、リータ国からの要請があるそうだ」


 ファブリツィオは、事態が良くない方向へ行っていることを予感していた。むしろ、レーナが指揮を取ってから兵器を破壊したこと等が罪とされたらとは思っていたのだ。


 「ニコ、レーナを連れて帰ろう。ロレット以外の騎士も家族の元へ帰った。辺境伯には告げずに出ることにしよう」


 ニコーラは深く頷いた。


 「今のところ、リータ国からの正式な要請はありませんから、問題ありません。アレックスに会わせてやりたい気持ちがありましたが、レーナの今後を守ることが最優先事項です。急ぎましょう」


 ロレットも傷は癒えてきたため、アグリアディ公爵家は辺境から撤収することにした。

ニコーラとレーナ、とても想い合っていますよね。

彼らのお話を、どちらかの視点で完結後に出せたらとは思っています。

ニコーラは髪も目も茶色、レーナは黒髪に青い目をしています。

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