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第四話 精霊の色を持つ人

 「治安の良い街のようだな」


 エミディオは街を見渡し、ファブリツィオに話しかける。


 「北の砦が近いということもあって、普段から騎士達がうろついていることが、治安の維持に繋がっている。立地的にも、観光客以外で流れてくる者もいないからな」


 「縫製工場の品を扱う店はファルネイ伯爵家の伝手のようだな。店先に伯爵家の紋が描かれている。アグリアディ家の農産物もほとんどはファルネイ伯爵家が流通させているということだったな」


 エミディオは気付いた点を次々とファブリツィオに確認していく。少し後ろでは、レーナとシルヴァーナが話している。シルヴァーナもレーナの人となりを把握したようで、楽しそうにしている。


 「それにしても、ニコーラもレーナとの結婚を受け入れてくれてくれるなんて。ちょっと抜けてる妹だけれど良かったのかい?」


 エミディオはニコーラに声を掛ける。


 「もちろん。私の方こそ、レーナ様も了承されたとのことで嬉しい限りです」


 今朝、エミディオにニコーラがレーナとの婚約と結婚を受け入れたと報告し、レーナも了承した。エミディオは、婚約の期間は置かず、結婚の前提で話を進めるという。ニコーラもレーナもその場で了承したのだが、ファブリツィオは付いて行けなかった。貴族の結婚は親に決められることも多々あるが、その場でパッと決まるものなのかと。いや、もしかしたら、この数日の間で、お互い好意はあったのかもしれない。




 「こちらが縫製工場です。先触れは出しているのでさっそく中へ」


 ニコーラの案内で工場見学が始まった。エミディオやレーナ、護衛達は祖国の技術を懐かしんでいるようだ。シルヴァーナは初めて見ると言って、エミディオが機械の説明をしている。


 「こちらが、刺繍職人のエリアです」


 一行が刺繍職人の作業場へ入ると、職人達が立ち上がった。


 「レーナ王女殿下に、エ、エミディオ王子殿下!?」


 「楽にしてくれ。ああ、皆よくここまで来てくれた。ファブリツィオ殿からもよく仕えていると聞いている。今日はレーナに会うためにお忍びで来ている。これからも公爵家の繁栄を支えて欲しい」


 突然現れた祖国の王子と王女に職人達は驚きを隠せない様子だ。レーナが北の砦にいることは知っているが、まさか職場に、しかも兄を連れて来るとは思いもしなかっただろう。


 「先日、ファブリツィオ様の衣装をお願いしたのですが、刺繍を担当したのは誰か分かるだろうか」


 ニコーラが尋ねると、一人の令嬢が近付き、淑女の礼をとる。


 「私でございます。公爵家の紋をオフホワイトの糸で刺しました。何か不備がございましたでしょうか」


 ファブリツィオは思わずその令嬢を見つめてしまう。なぜか、胸がざわざわするのだ。しかし、返事をしなくてはと思い、慌てて一歩令嬢に近寄る。


 「君か!お礼を言いたかったんだ。すてきな刺繍をありかとう。母上も出来の良さに感動していて、何点か刺繍を頼まれてくれないか」


 ファブリツィオが令嬢の手を取って礼を述べる。


 「わ、私で良ければ…」


 いきなり手を取られた令嬢は顔を赤くし、物凄い勢いで頷いている。


 「ああ!驚かせてしまってすまない」


 勢いに任せて行動したファブリツィオも、令嬢との物理的な近さに我に返ったのか、今更照れている。


 「ファブリツィオ様、お名前を聞いておきませんと、刺繍の依頼が出来ませんよ」


 引こうとするファブリツィオにニコーラが助言する。


 「そうだ、そうだな、貴女の名前を聞いてもいいだろうか」


 「マリアンジェラ・フロリアンと申します」


 マリアンジェラは再び淑女の礼をとる。


 「フロリアン侯爵令嬢か。侯爵夫妻はオルガ国に来ていたが」


 「私は刺繍が得意でしたので。婚約者もいない身です。せっかくの機会ですから、自分で働いて生きていこうと思ったのです」


 エミディオの問いに、マリアンジェラは背筋を伸ばして答える。簡素なドレスだが、その立ち振る舞いは高位貴族のものだ。


 ニコーラが何人かの職人達へ声を掛け、ファブリツィオ達の側に戻り、耳打ちする。


 「どうやら、マリアンジェラ嬢が職人達を上手くまとめているようですよ。元の爵位も関係無く助け合い、互いに技術を高めて行こうとお話されたそうです」


 「そうなのか。マリアンジェラ嬢、ここをよくまとめてくれてありがとう。困ったことがあればいつでも伝えてくれ。」


 「そのような、礼を言われることはしておりません。ここに受け入れてくださった公爵家へ仕えようという考えは皆同じですから」


 マリアンジェラは遠慮がちに答えるが、職人のほとんどは刺繍を得意としていた元貴族の令嬢や婦人達だ。その中で最も地位が高かったのが侯爵令嬢だったマリアンジェラ。全員がここでは平民になったと言っても、元々の上下関係というものは決して消えるものではない。彼女の一言、彼女の働きぶりが、全員に影響することは明らかだ。


 それにしても、祖国の王子は国外で現在も貴族としていることに、職人達は何一つ嫌な顔をしない。むしろ、エミディオに敬意を示しており、感謝の眼差しすら感じる。

 計画的に国を終わらせたとの話は聞いたが、ここまでとはと、ファブリツィオはハーシュトレイの王族の手腕に感心する。






 「今日は宿屋で夕食を共にしましょう」


 ニコーラの提案にエミディオもファブリツィオも頷く。


 「エミディオ兄様。私はニコーラとお話がしたい」


 「そうか。それもそうだな。後は若い二人で?なんて言うのか?ファブリツィオ、君の側近を借りても良いか?」


 夕食までの時間をニコーラとレーナは共に過ごすことにさせた。いきなり結婚だなんて、二人はあっさり受け入れたが、やはり多少の交流は必要だろう。



 「それで、ファブリツィオはマリアンジェラ嬢に一目惚れか?」


 部屋に残されたのはエミディオとシルヴァーナとファブリツィオ。護衛は部屋の外にいる。

 シルヴァーナはエミディオの切り出した話にクスクスと笑っている。


 「え!?は!?いや、多分そんなのじゃ…」


 ファブリツィオは顔を真っ赤にして言葉を続けようとするが、マリアンジェラを思い出すと、なんだか頭がぼうっとして思考が止まってしまう。


 「他人が恋に落ちる瞬間を見るのは初めてだな」


 と言って、エミディオはシルヴァーナと微笑み合っている。


 「いや、そんなっ!そうなんだろうか…」


 「マリアンジェラ嬢の両親は、国が終わる時にマリアンジェラ嬢を他国の高位貴族に嫁に出して、自分達も娘の嫁ぎ先が持っている爵位をもらえたら、なんて考えがあったみたいでね。事実、そのようにした貴族もいくつかはあったんだが、未来を担う若者の希望を最優先にしたら、働いて生きていこうという意志を示したものだからね。ただ、両親共に頭も良いからただの平民にするのは勿体なくて、オルガ国の子爵家の執事と家庭教師の職を斡旋させてもらったよ」


 「私の遠縁にあたる子爵家なのですが、経営状態が良くありませんでしたの。マリアンジェラさまのご両親の手腕によって、この一年で良くなって来ましたわ」


 エミディオとシルヴァーナはにこやかに語る。


 「そうそう。マリアンジェラ嬢といえば、新緑の瞳に明るい茶髪。精霊と同じ色だね」


 そうか、とファブリツィオは納得した。きっと己の初恋、精霊と同じ色を持つから惹かれたのだと。初恋と似た見た目なので好きになりましただなんて、嫌な男だろう。


 「シルヴァーナ、きっとファブリツィオは精霊と同じ色だからドキッとしただけだなんて思っている」


 「嫌だわ。それなら私も一緒の色ですのに。私に興味の欠片も持たなかった男が何を言っているのかしら。どう見ても、あの子の声や立ち振る舞い、少しのやりとりでも分かるような誠実さに惹かれたくせに」


 シルヴァーナをよく見ると、確かに深緑の瞳に金に近い茶髪。色味は違うが、緑目に明るい茶髪はおなじだ。二人の言葉にザクザクと背中を刺された感覚がする。

 しかし、彼女の立ち振る舞いや、声色、視線など、気になって仕方がない。


 ファブリツィオがしばらく俯いて考えていると、エミディオがはっとした顔をする。


 「ファブリツィオ、彼女は平民だから簡単には結婚できないのでは」


 ファブリツィオは恋心を噛みしめていた途中で、絶望に叩き落された。






 「レーナ、ニコーラは良い人かい?」


 「エミディオ兄様、ニコーラは優しいし賢い。多分裏切らない」


 「そこは多分と言われたくない所なのですが、これから信頼関係を築いていきたいと思います」


 レーナとニコーラは良い感じのようで何よりだ。自分は絶望に叩き落されたというのに。と、ファブリツィオはレーナとニコーラを中心に盛り上がるテーブルで少し、居心地が悪い。


 「ファブリツィオ様、体調が優れませんか?北の砦とこの街では標高差で距離の割に気温が大分違いますからね。早目に休まれますか?」


 ファブリツィオの変化に気付く、頼りになる側近だが、お前達が眩しすぎてとは言えない。


 「いや、体調がどうとかではなくて」


 「ニコーラ、ファブリツィオ様は恋煩いだ」


 レーナの言葉にそれぞれが飲み物を吹き出したり咳き込んだりと忙しい。エミディオは大爆笑している。


 「昼間の様子から、鈍いと言われる私でも分かった。マリアンジェラ、マリアに恋したんだろう。だけどマリアは今平民だから、両親や領民、他の貴族から認められるだろうかと。勝手に恋して失恋したようだ」


 レーナの言葉が矢のように刺さる。ファブリツィオの無言は肯定を示していた。


 「何となく察してはいましたが、どうしてそんな結末に。マリアンジェラ嬢にお付き合いの了承だけでも得てみてはどうです。話はそれからでしょう」


 ニコーラが事も無げに言ってくるが、了承を得てもその先が無いのだと言うと、ニコーラは少し考えて話し始める。


 「方法が無くは無いではありませんか。ちょうど、エミディオ様方もいらっしゃるので例に出させていただきますね。マリアンジェラ嬢の刺繍は本当に素晴らしい、それを見たシルヴァーナ様が、オルガ国からどうにか注文が出来ないかと相談されたとします。国外から直接やりとりするのは大変な手間を要しますね。しかしどうでしょう、オルガ国に籍を持っていれば、手紙なども直接送ることが出来るのです。シルヴァーナ様のお願いを叶えるために、エミディオ様が交渉され、オルガ国のどこかの伯爵家にでもマリアンジェラ嬢を養子縁組させる。マリアンジェラ嬢は元々侯爵令嬢ですから、マリアンジェラ嬢を養子にすることで、ハーシュトレイ王国でマリアンジェラ嬢の親戚関係に当たる家との伝手も確保出来るでしょう。養子先の家にとっても、悪い話ではないと思いますが。そうすれば、マリアンジェラ嬢は貴族令嬢となり、婚約も可能となります」


 ほら、方法が無いことは無いでしょう、とファブリツィオに笑いかける。ファブリツィオの表情が柔らかくなったことを確認して、ニコーラは続ける。


 「まあ、そのようなことをしなくてもですよ、我がピンツィ伯爵家が養子を取っても良いでしょうし。我が家は男兄弟しかおりませんので、刺繍の素晴らしい技術を持っている彼女を庇護下に入れたいと両親に申し上げれば、娘の欲しかった私の両親はすぐに動いてくれるでしょう」


ニコーラの提案に、今度はエミディオが口を出す。

 

 「元々、この国では身分の釣り合いを見る程度で平民との結婚ができない訳でもないんだったな。それでも貴族達が気にはすると。むしろ、技術を外に出したくないことを理由に、先に養子にしてから愛を育んでも良いのでは?」


 「兄様、それは外堀を埋めるのと同じでは?」


 「外堀を埋めるだなんて大袈裟な。レーナだって、何者かの企みでここにいるかもしれないよ?世の中、色んな事がパズルのピースみたいに繋がっているんだ。パズルは勘で出来ることもあれば、よく見て考えてはめていくこともあるだろう?どんな手段や順序をとっても、最後は同じ物が完成するものだよ」


 エミディオの言葉に、レーナは口をとがらせる。


 「私がここにいるのは、私が騎士として過ごすことを提案したからだ」


 レーナは、ふんと鼻を鳴らし、食事を再開する。魔法の使用を言い訳にしていたが、使用の有無に関わらず、よく食べている。


 「そういうことだ。ファブリツィオも未来を悲観せず、想いを伝えてみると良い」


 ファブリツィオは、少し未来が明るくなった気がした。しかし、そもそも彼女に想い人がいるとか、そんな可能性だってあるのだ。それを何もせずに失恋した気になるなんて。ここは腹をくくって、伝えてみるしかない。







 「マリアンジェラ嬢。少し時間をもらっても良いだろうか」


 翌日、善は急げとファブリツィオは縫製工場へ向かった。朝早く、ちょうどマリアンジェラが出勤してきたところに出会すことができた。


 「はい、もちろんです。刺繍のことでしたら、作業場に図案を描くものがありますので」


 「いや、ここでいい。その、刺繍の話ではなくてだな」


 ファブリツィオは視線を彷徨わせると、マリアンジェラは綺麗な眉を歪ませる。


 「もしや、私の家族から何か報せが?」


 「いや!家族のことではなくて、いやいや、ゆくゆくは家族にも話をしなくてはと思うのだが。家族のことと言われたらそらも返答によっては間違いではないのでは?いや、そうではなくて」


 ニコーラは陰から見守っていたが、普段から落ち着いて思慮深く、しかし気さくな一面や驚いた時は意外と大声で突っ込みを入れる、領民から慕われる主が、こんなにもしどろもどろになるのかと、あっけにとられていた。


 「ファブリツィオ様、はっきりと申して下さい。私はただの領民でございますよ」


 ニコーラが助け舟を出そうかと一歩踏み出そうとした時、マリアンジェラの方がファブリツィオに一歩近付いた。


 「マリアンジェラ嬢、昨日一目惚れしました。どうか私とお付き合いをしていただけないだろうか」


 「え?」


 ファブリツィオの急な告白に、マリアンジェラも固まる。


 「ファブリツィオ様、私は平民なのですが」


 「そこは何とでもできることだ。マリアンジェラ嬢は、とにかく、今想い人がいるとか、そういうことはないだろうか」


 「何とでも?なんだか背筋が寒くなるのですが。特に想い人や、婚約者等はいませんわ」


 「それなら、私とお付き合いしていただくという件についてはどうだろうか」


 「そうですわね。えっと、私もファブリツィオ様の事はとても素敵な方だと思っております。領民思いで気さくに接してくださるところも、ご自身の立場を忘れず振る舞われているところも、好感が持てます。しかし、一対一の関係になった場合はどんな方なのかしらと、想像が付かない所もあるということが、正直なところです」


 「では、まずお付き合いからということで了承していただけたと思っても良いだろうか」


 「はい」


 ファブリツィオは喜んだ。喜んだが、この後はどうしたら良いんだろうか。とりあえず彼女は仕事をしなくてはならない。


 「ありがとう。本当に。えっと」


 「ファブリツィオ様、今後の予定は把握しておられますか?お約束を取り付けておかれる方がこちらも調整がし易いのですが」


 上手くいったところで、ニコーラが現れた。スケジュール管理はニコーラの仕事だ。主が時間を欲しているのなら、時間を作らなくてはならない。


 「ファブリツィオ様は北の砦でレーナ様方の様子を見なくてはなりません。その間に、呼び出しがあれば王都へ。しかし、エミディオ様がお忍びで来られている現在、こちらの様子も気になります」


 ということで、とニコーラはファブリツィオとマリアンジェラを交互に見る。


 「北の砦は私が見ておきましょう。レーナ様と過ごすお時間も頂きたいですし。ファブリツィオ様は街で視察を兼ねてエミディオ様達の様子を。というのはいかがでしょうか?」



 ファブリツィオは昼間は領地の仕事に定期的なエミディオの監視をし、夕刻にはマリアンジェラとの時間を確保する事が出来た。



 「マリアンジェラ嬢はここに来る前はどのように過ごしていたんだ?」


 ある日の夕食。街にあるレストランでファブリツィオとマリアンジェラは向かい合っている。


 「私は学園の卒業後すぐこちらへ来ましたので、ただの学生でしたわ。そうそう、学園には平民の方も奨学生としていらしたので、所作の指導をしておりました」


 「同級生に指導とは、なかなか気を遣うものではないか?」


 「そうですね。それでも、平民の方々も、将来を考えると必要なことでしたので、学園で無料で学べるのであればと喜んでいただいていました」


 マリアンジェラが当時を思い出しながら語る。ファブリツィオは、マリアンジェラの声をもっと聞きたいと思う。そういえば、と言い続ける。


 「同じクラスに公爵家のご令嬢がいらしたのですが、彼女は学園内で上下関係を作ることに反対しておりましたの。そのお考えは素晴らしいのですが、私の指導も上下関係に当たると思われたようで、ちょっとしたトラブルになりましたわ」


 良い思い出ですと言う。しかし、ファブリツィオは過去のこととはいえ、マリアンジェラが心配になった。


 「トラブルの後は指導が出来なくなったのか?」


 過去のことなのに、今日起きた出来事のように心配するファブリツィオ。マリアンジェラも、その様子にくすぐったい思いをする。


 「いいえ。偶然登校されたレーナ王女殿下にそのご令嬢がお伝えしたところ、殿下が同級生の未来を重んじての行動は素晴らしいと言ってくださり、行き過ぎた指導でもないと。そして、そのままでいてくれたらいいと言っていただきました」


 ファブリツィオはレーナにもそんな一面があるのかと驚く。

 そして、そのファブリツィオの様子を見てマリアンジェラはにこやかに話す。


 「レーナ王女殿下は何事にも真っ直ぐですの。あの方の目には善意も悪意も全て等しく写っているようですわ」


 確かにそうだ。エーリオ達は脳筋だと言っていた。それもその通りなのだが、底知れない純粋さに危うさも感じる。王族や高位貴族特有の狡猾さは無いが、己が否と感じたものは全力で退けるのだろう。


 「そういえば、マリアンジェラ嬢を始め、ハーシュトレイ王国の者達は王族達へ不満は無かったのか?」


 ファブリツィオがずっと気になっていたことだ。マリアンジェラはええ、と言う。


 「ハーシュトレイ王国を終わらせた国王陛下、その前の国王時代から貴族や王宮の者達の横領は酷かったと聞いております。もちろん、その際に統制出来なかった王家があることも事実ですが、彼等は国民に一つも負担を掛けなかったのです」


 むしろ、税率を見直し改め、公共事業も進めて王宮とは反対に国は豊かになりましたと言う。


 「今思えば、国を終わらせるために、国庫を出し切るつもりでしたのでしょう。余らせないようにすれば、税収を増やす必要もありませんし、国が豊かであるほど、整備されているほど、他国からは魅力に見えるでしょう?国を豊かにし、国民も私達のように働きたいところで働けるようになり、文句の付けようがありませんわ」


 「そうだったのか。素晴らしい手腕だな」


 ファブリツィオが感心していると、マリアンジェラが話は変わりますが、と言う。


 「ファブリツィオ様、私のことはマリアと呼んでいただいても?」


 ファブリツィオは顔を赤くする。マリアンジェラも少しは自分に心を向けてくれたのかと。


 「ありがとう、それではマリアと」


 「ファブリツィオ様は何とお呼びしましょうか」


 ファブリツィオは考える。


 「実は、親からも愛称などで呼ばれたことが無くて」


 「それでは、一緒に考えましょう?」


 そうか、一緒に。ファブリツィオはこれまで沢山のことを決めていた。困ればニコーラに案を出してもらっていたが。それでも決定するのは自分か公爵。

 一緒に考え、決めるということをファブリツィオは初めて経験する。食後の紅茶を飲みながら、ああでもない、これは呼びにくいなど言葉を交わす。


 人と話すことが心地良いと初めて知った。


 「それじゃあ、テオ?またね?」


 次の約束を取り付けることも忘れずに、彼女を家まで送り届ける。


 「ああ、マリア、夜は冷えるから気を付けて」


 マリアンジェラなど、元貴族の職人はそれぞれ簡素な家を与えられている。そして、使用人を二人連れてきているらしい。だからここでの暮らしも困ってないと言う。


 ファブリツィオはふわふわした気持ちで、エミディオ達が泊まる宿へ戻る。彼等の監視の為、同じ宿に滞在することにしているのである。





 「ファブリツィオ様、王宮からの呼び出しが来ました」


 ニコーラがファブリツィオの元へ王宮からの書状を手に来た。

 ファブリツィオが書状の内容を確認する。


 「必要な人材を揃えて王宮へ報告に上がるようにか。レーナ嬢達とそれから」


 「ファブリツィオ様、私は砦にいたので、その後の進展を聞いていないのですが、マリアンジェラ嬢とはどうなったのでしょうか」


 タイミング良く、エミディオが現れる。


 「ファブリツィオはマリアンジェラ嬢と愛称で呼び合う仲だよ」


 ファブリツィオは顔を赤くし、ニコーラはおお、と言葉を漏らす。


 「マリアンジェラ嬢も連れて行くべきだね。嫌な事を押し付けられない為にもね」


 エミディオの言う通りだ。話がどう転ぶかは未知数だ。


 ファブリツィオはニコーラとレーナ一行、エミディオ一行、マリアンジェラを連れて、王宮へ向かうこととなった。

ありがとうございます。

ファブリツィオの一目惚れは、まさに母親譲りです。

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― 新着の感想 ―
テオ、やるなぁ!こうもまあイチャコラされるとこっちも恥ずかしくて仕方がないです
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