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第二話 精霊の魔法

たくさんの方に読んでいただき嬉しいです。

誤字報告等も大変助かっております。

 ファブリツィオはレーナの護衛二名と侍女一名を応接室へ案内する。公爵家で面談を行う事になったためだ。



 「それでは、エーリオは騎士、ロレットは王家の影から王女の護衛になったと……」


 ヴァルテルは、まずは護衛二名の経歴を確認する。


 「はい。表立って従者としては私が、目の届かない所をロレットが担当しております」


 領土に国境を持つアグリアディ家。ファブリツィオも国境警備の経験や戦闘の心得はある。騎士団を有する貴族の中でも強い方ではあると自覚している。護衛の二人はそのファブリツィオの目から見ても、歩き方から背筋の伸び、視線等あらゆる所に隙がない。


 「失礼なことかもしれんが、爵位は?王女の護衛ともなれば身元の明らかな者をと、侯爵家や伯爵家の次男等が多いと聞く」


 公爵家所属の騎士の中にも子爵家や男爵家の次男や三男はちらほら見かける。そこに生まれの身分が高い者が入ってくるとなると、配置のバランスを考えなくてはならない。


 「私もロレットも平民出身です。私達はレーナ様から直接お声掛けいただき、護衛となりました」


 「それは、何か武功を立てたとかか?」


 どうして王女の護衛が平民なんだ。元々ハーシュトレイ王国はエヴァーニ王国と比べて小さな国だ。貴族の数もそれほど多くはないと聞いているが。


 「私は、騎士団で勤務中に声を掛けられました。お前はそれなりに強いがとても賢いな。私の護衛になれと」


 精霊祭の時のレーナがフラッシュバックする。少し楽しそうに言う姿が想像できる。


 「俺は、影として動いている時に。よくわからないが見込みがあるから付いて来いと」


 ロレットは少し話すのが苦手そうだ。しかし、よくわからない見込みとは何だ。何に対してだ。


 とりあえず、護衛の二人はレーナ王女が直接スカウトしたということは分かった。王女はここ10年ずっとボロボロだったと話していた。国が崩れ、他国へ連れて行くことを前提とした人選なのだろう。


 「そして、侍女のあなたは?」


 グラツィエラは侍女を頭の先から足の先までじっくりと見る。

 一応三名とも、王家から紹介状は来ているが、簡単な経歴と生年月日、家族の有無くらいしか情報は無かった。年齢はエーリオが30歳、ロレットは28歳とあるが影の名前や年齢なんて本当かどうか怪しいところではある。


 「エリサ・キナッシャと申します。ハーシュトレイ王国の子爵家の生まれです」


 「子爵令嬢なのね。失礼ですが、護衛の二人と同様に、侍女になられた経緯を」


 グラツィエラから見るとエリサの所作は確かに子爵令嬢程度のものだ。護衛二人がイレギュラーな勧誘をされていると聞かされた手前、聞かざるを得ない。


 「わたくしはレーナ様と同じく20歳ですが、学生時代に声を掛けられました」


 王女は自分の側近は自分で選んだということか。エリサは婚約者もいなかったため、卒業後に侍女として勤められる確約に飛びついたという。



 「貴方達への面接は以上だ。三人とも、公爵家の所属とさせてもらいたいが良いか?」


 ヴァルテルが少し圧のある声で問うと、三人とも頷いた。


 「そしてここからはレーナ王女についての聞き取りをする」


 三人への面談は、簡単なコミュニケーションだ。本日の本題はこれ。本人に会う前に、と言っても、ファブリツィオはすでに会ってはいるが。王女の情報を得たい。


 「そもそもだが、レーナ王女はなぜ騎士に?」


 「レーナ王女が物心付いた頃には、すでに王宮の内部は崩れかけていました。国王陛下は三人の殿下方へ、王宮から出てからの生き方を考えるよう伝えておられました」


 それで、婚約者を据えることもせず、王子達は他国へ積極的に留学していたのか。


 「王子達の留学時、王女も国外の方が安全ではという話も出ましたが、王族が揃って国を空ける訳にもいかず。王女は自分の身くらいは自分で守りたいと騎士になりました。王宮内部にも間者が多く、いつ命を狙われるか分からなかった為です」


 エーリオの言葉にアグリアディ一家はそれぞれ思案する。


 「あの、レーナ王女はご結婚されないのですか?そもそも、結婚願望のようなものは?」


 沈黙を破ったのはデルフィーナ。


 「わたくしがレーナ様と接している中で感じていることなのですが」


 エリサが渋々といった様子で答える。


 「レーナ様はこれまで国民のことと、自らの命を守ることだけを考えて参りました。国王陛下や王妃様、王子殿下達と、どの国とどのようなタイミングで交渉をしていくか、血を流さない方法をと。王子殿下達は留学という国を離れる機会がありましたが、レーナ様は王宮におりました。自由な時間は全て自らを鍛えることに充てられておりましたので、正直申しますと、そういったことからは遠のいていたと言いますか……正直恋心などあっても自覚出来ないタイプとでも言うのでしょうか、あまり……」


 「ファブリツィオ様はお気付きだと思う。レーナ様は脳筋だ。この国に来て王宮でかなり揉めた。まさか王女が騎士として雇ってくれなんて言われると思っていなかっただろうから」


 エリサの言葉をロレットが遮った。


 「ロレット!お前!ちょっと言葉選びを」


 「どうせ本人が来ればすぐ分かることだ」


 エーリオとロレットが言い合う中、エリサは肩をプルプルと震わせている。笑いを堪えているようだ。バレてるぞ。


 「お兄様、ノウキンとは?」


 「簡単に言えば考え方が単純ということだ。もしレーナ王女が恋を自覚すれば、当たって砕けろの勢いで告白するタイプということで、これまでそんなことは全く無かったということだろうな」


 デルフィーナの周りにはいないタイプだろう。エーリオもエーリオだ。言葉選びをということは肯定しているということだ。



 アグリアディ家はファブリツィオを除いてまだ見ぬ王女に対して多少知れたような、そうでないような気持ちで面談を終えた。




 『すてきな人が来てたのね!?』


 自室では精霊が好き勝手に過ごしている。


 「ハーシュトレイ王国から来たんだ。すてきな人というのは?」


 『いい匂いがしたわ!よくわからないけどね!』


 精霊は自然のある場所を好む。この精霊は菓子目当てでこの部屋にいることが多いが、窓の外にある木や公爵邸の庭園でも他の精霊と戯れているのを見掛ける。


 「ニコ、北の砦の配置を見直したい」


 「そう言われると思いまして、こちらに配置表と騎士達のプロフィールをお持ちしております」


 ファブリツィオはすぐに資料に目を通す。


 「父上から北の砦の配置は任せると言われてしまっている。まずは部屋から考えたい」


 ファブリツィオは公爵子息として三年間、北の砦で騎士達と共に警備をしていた。次期当主の習わしで、若いうちに騎士達と信頼関係を築くことが目的だ。歴代の公爵子息の中には、北の砦での生活を気に入りそのまま弟に家督を譲って騎士として過ごした者もいるという。


 「掃除や料理を担当する使用人達の居住エリアには大きめの部屋があったろう。使っていないようならば、そこを改装して王女の私室とするのはどうだ」


 「そうですね。昨年の見回りでも空き部屋となっているのを確認しているようです。侍女は隣の部屋で?」


 「そうしたい。だが部屋はすでに他の使用人が使っているようだ。現地で調整するしかないな。向かうより先に、手紙を出しておこう。候補の部屋近くの者は私室移動の可能性ありと」


 ファブリツィオは考える。脳筋?とにかく、破天荒そうな王女だ。本人の希望を聞かなければこの思案が水の泡となる気がしてきた。


 「ファブリツィオ様、おそらくですが、私も今同じような事を考えております。レーナ殿下が公爵邸へ来られるタイミングで、こちらの資料と共にご本人様の希望も伺った上で考えては」


 「そうしよう。その日に北の砦の責任者、ウルバノ・メコーニにも来てもらう。北の砦へ手紙を出そう」




「ウルバノ・メコーニ、北の砦から馳せ参じました!!」


 元気が良い。北の砦からそのまま公爵邸へ来たらしく、黒の騎士服のままだ。父、ヴァルテルとは学園時代からの仲で、ヴァルテルが次期公爵として北の砦へ向かうときに、剣術の腕を見込んで一緒に行ったそうだ。子爵家の三男だから喜んで来たという。数年ぶりに会っても旧知の仲。ガッハッハと笑っている。ファブリツィオが北の砦にいた際にはしごかれた記憶しかないが。


 「ハーシュトレイ王国の王女殿下を北の砦へとのことで!!幽閉かと思いましたが!!まさか騎士としてとは!!お転婆は大歓迎ですぞ!!」


 もうすぐ来るんだぞ。大丈夫かその声量。


 ヴァルテルとウルバノが話していると、執事がヴァルテルへ耳打ちをした。どうやら王女が来たようだ。



 「レーナ・ハーシュトレイだ。これから世話になる」


 「殿下!!早速ですが手合わせ願いたい!!」


 「分かった。模擬刀か何かあるのだろうか?」


 「太刀筋を見たい!公爵邸には練習場と模擬刀、防具がある!!はずだ!!な!!ヴァルテル!!」


 出会って数秒で手合わせが決まってしまったが、王女とウルバノは上手く付き合っていけそうでもある。一安心だ。


 公爵邸の練習場、と言っても木で囲まれた、ただの裏庭だ。模擬刀と防具を身に着け、向かい合う。てっきりファブリツィオが手合わせの相手をするのかと思ったが、ウルバノ自らがするらしい。怪我なんてさせてくれるなよと願う。


 グラツィエラとデルフィーナは引いている。意味がわからないといった顔のまま見に来たようだ。


 「尻もちをつくか降参を言った方が負けだ!!」


 「理解りやすくて助かる。始めようか」


 王女とウルバノの剣がカンカンと音を立てて交わる。ウルバノが圧しているように見えたが、気付けばウルバノが尻もちをついていた。


 「レーナ殿下、そのような剣術をどこで…?」


 「基本的なことは元騎士の家庭教師から習った。後は王宮騎士団に所属していた中で学んだ。あなたも強い。ただ、次の一手が視線ですぐに分かったから詰めるのは簡単だった」


 普段、魔獣を相手にしているからだろう、と王女は続けたが、王女の強さはその場にいた誰もが理解できた。


 「圧倒的な強さには美しさが出るとはこのことか」


 芸術の域かと思う。周りの木々から覗く精霊も興味深く王女を見たり、剣の打ち合いにも怖がらずに近寄っている。





 「ウルバノ殿がいるから監視など必要ないのでは?」


 「いえ、監視というか、体面と言った方がいいかもしれませんが」


 「ああ、公爵子息が自ら送り届けて生活に問題がないことを確認した事実を作るということか」


 「ご理解いただき感謝申し上げます」


 ファブリツィオは王女一行と共に北の砦へ向かうこととなった。王女の言うように、公爵家としては単体で送り込める訳がない。そして、一ヶ月は滞在させてもらうこととする。公爵領も昨年は移民受入れがあったりとバタバタしているのは事実。この時期に国境の砦に滞在することは騎士達へ公爵家は気に掛けているぞという意思表示にもなる。



 「ところで、その堅苦しい話し方はやめてほしい。私は国王陛下より騎士爵を貰った。この国では騎士爵は子爵と同等程度の身分で一代限りと聞いている。ただのレーナ・ハーシュトレイ騎士爵にその態度はどうかと思う」


 騎士爵とは、本来は戦等で武功を立てた者への報償として与えていた爵位だ。他国との衝突が無かったここ50年程は与える機会すら無かった。一代限りとされているため、現在騎士爵を持っている者はいない。一昨年亡くなった、騎士爵の方が最後だった。

 騎士として生きていくという王女の選択を尊重するに、丁度良い爵位があって良かったとも思うが、いきなりそんなこと言われても困るのである。


 「レーナ様、こういう時にはシナリオが必要なのです。自らの身を守るため、国民を守りたい一心で騎士として過ごしてきた王女。騎士として出来ることは無いかと進言し、魔獣から民を守るという道を選んだと。そして領民達を守りながら余生を過ごしたと」


 「エーリオは賢いな!そんなかんじでよろしく頼む。いや、私は騎士爵、ここは公爵家だから。ファブリツィオ公爵子息様、よろしくお願いします」


 「騎士爵でも元王女からそんな話し方されたら鳥肌が立つからやめてほしい」


 「ファブリツィオ様、レーナ様は堅苦しい話し方をやめて欲しいだけなのです。レーナ様もこれまでの経緯ゆえに、言葉遣いが貴族らしからぬところがございます。ちょっと馴れ馴れしい部下だと思ったら良いのです」


 確かに、いつまでも王女扱いはできない。ファブリツィオは渋々エーリオの提案に乗った。そして、レーナのことはレーナ嬢と呼ぶことにした。




 「馬車!?乗馬したとて逃げたりはしない!」


 「レーナ様、体面です。エリサ、さっさと馬車に押し込んでください」


 「レーナ様の怪力を押し込むなんて無理です。さあ!レーナ様、早く乗ってください!時間が押してしまいますよ!」


 「レーナ様、俺に蹴られて馬車に詰め込まれるか、自分で入るかの二択だ。ほら早く」


 どうやらレーナに対して護衛と侍女は気安い関係のようだ。暴走するレーナ、常識的なエーリオ、無茶振りされるエリサに口の悪いロレット。国が崩れるこの数年、苦楽を共にした仲なのだろう。この雰囲気であれば、砦でも溶け込んでいけそうだなと思う。


 最終的にはロレットが片足を上げたのを見てレーナは馬車に乗り込んだ。






 「これが雪か!!冷たい!!地面も滑る!!これが北の砦か!!」


 「すごいだろう!!!ここが我が北の砦!!!」


 「我がって、公爵家の物ではあるんだが、もう我が家なんだろうな。何も言うまい」


 雪にはしゃぐレーナ、砦を自慢するウルバノ、一歩下がって見守るファブリツィオ。

 レーナとウルバノは砦に着くまでの間でかなり打ち解けたようだ。休憩の度に剣の握り方から振り方、姿絵にするならこの角度が良いなどと言ってかなり盛り上がっていた。


 「ファブリツィオ!久しぶりの砦はどうだ!?」


 ウルバノに急に話を振られた。


 「懐かしいですが、ウルバノ殿にしごかれた日々も蘇ってきて背筋が伸びる。皆の顔が見たい。レーナ嬢の紹介も必要だろうし、この時間なら集合をかけても構わないだろうか」


 ウルバノは大きく頷くと、近くにいた者へ声を掛けた。しばらくすると、集合を知らせる鐘が鳴り響き、続々と騎士が集まる。


 「皆、久しぶりだな。レーナ・ハーシュトレイ王女殿下がハーシュトレイ王国の解消に伴い、このエヴァーニ王国のレーナ・ハーシュトレイ騎士爵としてアグリアディ公爵領の北の砦へ所属することとなった。公爵領にはハーシュトレイ王国から来た移民が多く、レーナ嬢自らここを志願されて来ている。他国の剣術等、取り入れられるものは大いに取り入れ、公爵領の防衛の力になってもらう所存である」


 不敬ではないよな?と、馬車の中で何度もニコーラと確認した文言である。


 「レーナ・ハーシュトレイ騎士爵だ。王国騎士団へ所属していたため、それなりに剣の腕には自信があるが魔獣相手の戦闘はあまり経験がない。遠慮なく指導してほしい」


 レーナはそして、と一息置いて、集まった騎士を見渡す。


 「私達は家族だ。ここの騎士は身分関係なく皆よく働くとファブリツィオ様から聞いている。私も、私の護衛と侍女もその心づもりで来ている。北の砦の家族の一員として、よろしく頼む」


 すごいな、とファブリツィオは呟く。騎士達は王女が来ると聞いてやや緊張したような空気だったが、レーナの言葉を聞いて受け入れる雰囲気になっている。人心掌握もお手の物といったところか、素でそうなのかはまだ分からないが、少なくともここで上手くやっていけそうではあると感じてほっとする。






 「11時方向から十体の魔獣接近あり!!配置へ付け!!」


 夕暮れ時、最も魔獣の出現が多い時間帯だ。北の砦へ到着し、レーナの私室を検討しようとした時のことだった。 


 「よし、さっそく見学させてもらおう」


 レーナは魔獣相手の戦法も道中ウルバノと話していたが、とりあえず見学からと思っているようだ。ファブリツィオがなるべく安全でよく見える場所へ案内する。


 「巨大な猪のようだな」


 「一年の中でも特に寒い季節は、餌を求めて人間領まで来てしまうんだ。暖かい季節はどちらかと言えば迷子になった魔獣が多い」


 北の砦は魔獣の棲む森との境界線だ。さらに説明すると、森があって、山から吹き付ける突風が吹くエリアがあって、公爵領がある。魔獣も突風のエリアからこっちには来たがらないが、餌の事情やうっかり突風の中に入り、こっちまで来てしまった魔獣が現れる。



 「魔獣からしたら、突風のエリアへ戻るも地獄だな。そうか、追い返したとて風の壁に阻まれてこちらへ戻ってくるしか無いのだな。となると、討伐するしかない。なるほどなるほど」


 以前、動物を愛する団体というところから、迷子になっただけの魔獣を問答無用で討伐するのは虐殺であるとか訴えられたことがある。

 しかし、レーナの言うように、魔獣からしてもどうしようもないのである。餌をやって帰ってくれればいいが、突風エリアはもう通りたくないのだろう、魔獣たちは引き返し、またここに来る。砦の前に多くの魔獣が溜まっていき、砦を破壊されれば公爵領へ魔獣が流れ込んで来るだろう。



 「そうか。矢で牽制して向こうへ行かれても困るのだな。むしろ確実に仕留める為に引き寄せると」


 レーナは戦い方を学んでいるようだ。


 「剣で仕留めるか、槍で少しずつ消耗させていくかといったところか」


 「どちらかと言えば、剣の補佐を槍で行う方が近いな。剣だけで戦うのはウルバノと何人か、猛者たちだけだ」


 「ほう?」


 レーナの口角がぐっと上がる。嫌な予感しかしないのだが。


 「よし、行ってくる。あと三体だ。安全だ」


 と言いながらレーナは走り出した。帯剣して来た時点で想定すべきだったが後の祭りだ。


 ファブリツィオはレーナを追うが、レーナの方が足が速い。なんて情けない。


 「ウルバノ殿!それは私の獲物だ!」


 ウルバノが対峙しようとした魔獣の足をレーナがスライディングしながらバッサリと切り落とす。

 バランスを崩した魔獣の首を落とし、次の魔獣に斬りかかる。



 「ウルバノ殿!!こいつは腹に毒がある!!食べられないぞ!!」


 魔獣の腹から出た液体を見てレーナが叫ぶ。結局、三体ともレーナが討伐してしまった。


 「レーナ嬢!!足は!!足は食べられる!!」

 「そうか!食べられるところだけ食べよう!」


 食べられるかどうかで盛り上がる二人。他の騎士達に習いながら魔獣を捌く。


 「レーナさん、こいつ魔石持ちですよ。ボーナス出ます」


 魔獣を捌いていた騎士がレーナに声を掛ける。騎士達はレーナさん、と呼ぶことにしたようだ。

 魔獣は長生きすると心臓に石が出来る。魔獣の血液の結晶のようなものらしいが、貴重なものだ。エネルギーのかたまりのようなもので、魔道具に使われたり、魔術師が魔法を使う時のエネルギー源にもなる。

 貴重な物ではあるので、討伐した魔獣から魔石が出たら、討伐者にボーナスが出るようになっている。



 魔獣の討伐により、晩餐には追加で魔獣のステーキが出た。

 ファブリツィオは懐かしい味を楽しんでいたが、ふとレーナの方を見る。


 「エリサ、良いと思うか?なあ、大丈夫だよな?」


 「どこで恥じらっているんですか。おかわりですね?料理人に伝えますよ」


 どうやらお代わりを欲しているようだ。


 「レーナ嬢、遠慮なく食べて欲しい。食事は騎士のエネルギー源だから」


 ファブリツィオが小声で伝える。


 「すまない。私は戦闘に魔法を使うから腹が減るんだ」


 「は!?まほ、魔法!?は!?聞いていないが!!」


 ウルバノ並の声が出てしまった。どういうことだ。魔法や魔術を使う魔術師になるには、元々の才能がある者が魔術師学校に入り訓練することで正しく魔法を使うことができるようになる。王宮から渡されたレーナの情報には魔法なんて一言もなかった。


 「今までで一番驚き慌てふためくファブリツィオ様が見られてとても愉快だな」


 こんなファブリツィオ様は初めて見ましたと、他の騎士と笑い合っている。


 「いや、笑い事じゃないんだ。レーナ嬢は魔術師でもあったのか?」


 「ファブリツィオ様、何を言っているんだ。魔術師は魔法の才が無ければなれないのだよ」


 「知ってる!それは知ってる!だから!レーナ嬢が魔法を使えるのはどうして!?どのようにして!?」


 身分も何もかもを捨てたような言動をするファブリツィオ。そんなファブリツィオの姿を見て騎士達は笑う。


 「精霊の加護によって、身体強化をすることを魔法を使うと言うんだ。何も魔術師の様に自然の(ことわり)を知り感じ取り陣に描いたりするとかいう面倒なものではなくてだな。ちょっと速く走らせて欲しい、相手の目に風を当てて欲しい、剣や身体の強度を上げて欲しい、といった要求と引き換えに自分の魔力を持っていかれるだけだ」


 レーナはさも当たり前といった風に答える。


 「ファブリツィオ様も、精霊の加護を受けているような雰囲気を感じるから、ここにいた時には私と同じように戦っていたのだと思っていたのだが」 


 違ったのか?と言って首を傾げる。


 精霊の加護。精霊祭の時にもその言葉には引っかかっていた。ハーシュトレイの文化か何かだと思っていたが。


 「精霊の加護、というものは私はレーナ嬢から初めて聞いた。ハーシュトレイ王国の文化か何かだと思っていたのだが、魔法?」


 情報量の多さに理解が追い付かない。


 「とにかく、明日また詳しい話を聞かせてくれ」


 レーナはそんな大袈裟なと呟いているが、これは大変なことになった。レーナが北の砦にいることはレーナがただの騎士であることが前提にある話だ。すでに所属も護衛達と同じ様に公爵家にある。

 レーナが本人の言う「魔法」が使えるということを王宮は把握していない。魔法が使える者、しかも元王女を公爵家の傘下とした等、謀反を疑われかねない。




 「ニコ、俺は頭が痛い」


 「ファブリツィオ様の取り乱した姿の方が目立っていたことは不幸中の幸いでしょうか」


 「魔法だ精霊の加護だ、聞いたことがない話ばかりでつい。騎士達から呆れられないだろうか」


 「同じ釜の飯を食った仲の彼らはそんなこと思いませんよ。皆、あなたの幼い頃を思い出したり、普段は見られない姿を見てほっこりした程度でしょうし、そういう関係を築いて来られたではありませんか」


 砦にある公爵家用の執務室でファブリツィオとニコーラは話し合う。


 「そもそも、精霊の加護や、魔法と言われているものについて、エヴァーニ王国には存在自体が認知されていないことだ。」


 「しかし、ハーシュトレイ王国では当たり前の様にあるものかもしれません」


 レーナの口ぶりからも、特殊な能力という認識は無さそうだった。


 「王家も把握してないんだろうな。とにかく明日朝にはレーナ嬢とエーリオ達からも話を聞き、まとめた内容を公爵家と王家へ同時に送ろう。公爵の判断を待つと、公爵家で秘匿しようとしただとか要らぬ疑いを掛けられそうだ」


 ニコーラはエーリオに聞き取りを行うことを伝えに行った。


 「砦に馴染めそうではあったが、王宮で囲うことになるかもしれないな」


 騎士達と楽しそうに夕食を食べていたレーナを思い出し、申し訳ない気持ちになる。夜風に当たろうと思い、バルコニーに出ると、外から声が聞こえてきた。


 「今日はありがとう。何か困ってはいないか?」


 「すっごく美味しかったの!アナタはしばらくここにいるの?」


 「いられると思う。ただ、事情がある人間というものは、ある時急にいなくなってしまう者でもあるからな。私にも分からないと言った方が正しいのかもしれない」


 「タイヘンなのね。ワタシたちにはよく分からないことよ」


 「そうだな。でもまた助けてくれると嬉しいな」


 「もちろん!ご褒美が美味しいからね!」


 見回りかと思ったが、女性二人の会話のようだ。砦の敷地内とはいえ、夜に外で談笑するのは良くない。暗がりは人の心を揺さぶる。野生の動物達の声や、木々のざわめきが恐怖心を煽り、今居る場所が分からなくなってしまうなんてことも起こり得る。

 ファブリツィオはバルコニーから外へ出る。ここが一階で良かった。


 声の方へと駆けていくと、レーナがいた。なぜ外で?と思いながら声を掛けようとした時。


 レーナの話し相手を見て足が止まる。


 『そうそう!今日アナタと一緒に来たお兄さんも、よくお話するのよ?魔力もそれなりに不味くはないんだけど、あげ方を知らないから、コーヒーと一緒に置いてるお砂糖やお菓子に付いた魔力をもらってるの!』


 「公爵家の誰かのことだろうか。魔力のあげ方も教えてあげないといけないな」


 レーナは精霊と話をしていた。

 ファブリツィオはこれまで精霊を見ることが出来るという人物に出会ったことが無かった。そして精霊の言っている人物はおそらくは自分のことだろう。先程聞こえてきた話も合わせて考えるに、レーナの魔力はすっごく美味しい、ファブリツィオのはそれなりに不味くはない、ということも判明し、少しモヤッとする。


 「おや?ファブリツィオ様。こんな暗いところで何か?もしや!砦の使用人に愛人でもい」


 「いないいないいない。それよりもレーナ嬢、あなたは精霊が見えるのか」


 ファブリツィオの気配に気付いたレーナが、とても失礼なことを言おうとしたがそれを遮る。


 「見えるし人目を忍んでこのように話すこともある」


 「そうなのか。私も精霊を見たり話すことも出来るが、なぜ人目を忍んで?」


 「なぜって、ほとんどの人間は精霊が見えないだろう?精霊が見えると分かっていても、そうでない人から見たら延々と独り言をしているように見えるだろう。なんだか恥ずかしいじゃないか。人前で堂々と見えない精霊と話し続ける勇気は私にはない」


 そうよねー、と精霊も頷いている。


 『アナタ、人前で堂々と話してるの、おかしくっておかしくって』


 精霊はふふふ、と笑っている。

 精霊達からそんな目で見られていたなんて、と、ファブリツィオは今更だが人前では精霊との会話を控えようと思ったのであった。

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