第十二話 精霊も驚く
リータ国が今後どうなるかは、エヴァーニ王国とオルガ国の王族が決めることだ。
ファブリツィオはこれ以上関わらない方がいいと判断している。
他国への侵略、他国の王族を人質にしようとし、さらに国王が主導してとなると、その国はどうなるか。
ファブリツィオは、リータ国の今後の処理に関わるつもりはないとして、各国での制圧も済んだ今、足早に公爵家に戻るつもりでいた。宰相にそう伝えると、出立前に挨拶にと、ちょうどエヴァーニ王国国王とオルガ国王太子が会談をするという部屋に入れられた。
「そうだそうだ。ハーシュトレイに続いてリータまで崩すとなると、同盟国丸ごと他国から侵略されても大変だからさ。頭だけ取っ替えさせて、まあ中枢もダメになってるだろうから、その辺も上手くやってやればいいんじゃないかな」
「そうですね。オルガ国王も、このタイミングで同盟国が二国になることは避けたいと」
まさに、リータ国をどうしようか話しているところに入れられ、ファブリツィオは嫌な気配しか感じない。
しかし、二人とも許可がなければ直答が許されない身分で、黙っておくことしかできない。
オルガ国王太子が、ファブリツィオに視線を向ける。
「ちょうど良いところに。いや、何も次期公爵の君にリータ国を任せるなんてことはしないよ。これもなにかの縁だと思って、ほんの少しだけ協力してもらえたらとね」
一見、穏やかそうな雰囲気の王太子だが、王族らしい圧を感じる。
「そうそう。昔からだけどね、我がエヴァーニ王国は王族の各世代にどうしようもないのが一人はいるんだよね。弟や、第一王子みたいな、何でだろう。まあ、彼らには任せられないよね」
エヴァーニ王国国王はのんきに首を傾げている。オルガ国の王太子は微笑みを崩さずに話し始めた。
「リータ国は国民性なのか、目立つ貴族家もあまりないですよね。貴族という肩書きよりも図書館の館長という方が尊敬されているようですし。だからといって館長殿は国の中枢にいるわけでもありませんから。そう考えていくと、トップは、アレックス・ブラガーリャが良いと思うんですよ。リータ国王の息がかかっていないし一応、ブラガーリャ家の遠縁ですし。第一王子だったから王族としても問題ないのではと」
ファブリツィオはほっと息をつく。能力に合わない身分や役割を与えられることだけは避けたいところだ。
「そうだよねえ。彼の辺境での活躍をリータ国民も知っているし。適任だね。けっこう彼、王族らしい王族していたし。それじゃあ二国からの要請としてアレックスに書状を作ろうか」
エヴァーニ王国国王は、ファブリツィオの方を見る。そして、にこやかに告げた。
「ということでね、アレックスが国王になるから、ブラガーリャ辺境伯領を継ぐ人が必要だから、ファブリツィオくん、よろしく頼むよ」
確かに、アレックスは養子だ。ブラガーリャ辺境伯は独身だったし。あの土地は魔獣退治をすることが前提で、似た土地といえばアグリアディ家の北の砦だ。
「よろしく頼むとは、具体的にはどのような」
ファブリツィオが冷や汗をかきながら返答する。
「宰相から聞いていなかったのかい?」
宰相の方を見ると、彼は穏やかに話し始める。
「国王陛下から直々にお伝えする機会がありますのに、先回りしてお話する訳にはいかないですから。アグリアディ公爵家には、魔獣の討伐をするに相応しい辺境伯の後継者の選定とその後ろ盾になることをお願いしたいですね」
エヴァーニ国王も、オルガ国王太子もうんうんと頷いている。
「我がオルガ国には魔獣の土地と接する場所があまり無いからね。政治や身分の関係から選定するよりは、対魔獣の戦闘が必須というところから選定した方が良いだろう」
「そうだよねえ。北の砦を持つアグリアディ次期公爵なら、ぴったりの人選をしてくれるよ」
ファブリツィオは、二人の王族の提案を受け入れるしかなかった。
マリアンジェラ達が待つ部屋へ戻ると、そこにはチリーノはもちろんだが、ニコーラとレーナ、そしてエミディオも来ていた。
「テオ、ご挨拶は済んだのかしら?」
「それが、挨拶どころか」
ファブリツィオは二人の王族との話をした。
「へぇー、兄上が国王か。こっわ」
エミディオはファブリツィオの後継選定の話よりも、自身の兄であるアレックスがリータ国王になることが気になっているようだ。
「ファブリツィオ様、辺境伯後継の選定はいかがしますか」
ニコーラがエミディオを無視して話を戻す。
「魔獣の殲滅は完了している。数年は魔獣の出現は少ないだろう。その間に辺境の復興を済ませなければならないことからも、速やかに選定して向かわせるべきと考えている。そうだな、北の砦で実家に爵位があり、小隊長以上であれば尚良し。他国で過ごしていく訳だからな、人柄はどこに行っても馴染めそうな、むしろあまり思慮深さはいらないくらいの」
「ウルバノ殿か」
レーナが呟く。
「彼くらいしか。彼かー、そうか。ウルバノが辺境伯」
想像できるような、そうでないような。チリーノが、ハッとしてぽんと手を叩く。
「ウルバノ殿の息子がいますよ。ウルバノ殿のような人の良さもありましたね。小隊長ですよ。今二十歳ですね」
そうだ、息子がいた。ウルバノ自身の実家は子爵家だ。ギリギリ、いけるか心配だが。
「ウルバノと、その息子とはとりあえず面談してみる方向でいこう。他にも、両親の実家まで遡って候補になる者を探しておいてくれ」
「テオ、何だかあっという間でしたわね」
「そうだな。まさか、国同士の衝突にここまで関わることになるなんて思ってもなかった」
アグリアディ公爵家に向かう馬車で、二人はやっと一息つく。
「レーナ様達はまだ残るのですね」
「ああ、レーナ嬢やエミディオは元王族でもあるからな。今回の立会人として、まだすることがある。そこには巻き込まれずに済んで安心している」
エヴァーニ王国国王は、レーナやエミディオと気安く話していた。王国、というものは建国から現在まで国王の一族が変わっていないことを表している。長い歴史を見ても、ハーシュトレイ王国は他国から侵略に遭ってはいるものの、エヴァーニ王国が侵略を図ったことは一度もない。
もしかしたら、エヴァーニ王国とハーシュトレイ王国の王族達は何かしらの繋がりがあるのかもしれない。
色々考え過ぎることが癖になっているなと、ファブリツィオは想像を止めた。
隣ではマリアンジェラがうとうとしている。その頭をそっと自分の肩に寄せる。
「ウルバノ・メコーニ!!愚息のダニエレと共に馳せ参じました!!」
相変わらず元気だ。部屋にいた精霊が驚いて窓から外に逃げて行った。
「ダニエレ・メコーニと申します。北の砦以来ですね」
ウルバノの息子のダニエレは、父に比べると爽やかな印象だ。そういえば、レーナが最初に討伐した魔獣の解体を教えていたのは彼だった。
「ダニエレは、どこまでの教育を受けている?」
さっそく、ファブリツィオはウルバノの息子であるダニエレに確認していく。
「一応、貴族学園には通いました。実家は北の砦麓の街なので、貴族とのお付き合い、社交は学園時代しか経験がありません」
「そうか。騎士であるから、立ち方歩き方に問題はなさそうだが。食事や会談の際のマナーや夜会等でのマナーは全くか」
ダニエレは少し考えてから話し始める。
「食事と夜会のマナーは一通りは学園入学前に父の実家で学ばせていただきましたが、最低限のものかと。会談等は想定しておりませんでしたので、全くですね」
ファブリツィオはしばらく考える。ダニエレ以外の騎士で子爵家以上のルーツを持つ者が一応は数名いたが、貴族学園に通っていなかったり、マナー等は一切学んでいなかったりと、適任が見当たらなかった。
ツテのある貴族家からとも考えたが、魔獣の討伐が前提となると、やはり北の砦からしか選択肢が無かった。
「テオ、彼をどうにか短期間でそれなりにするしかないんじゃないのかしら」
マリアンジェラの提案に、側にいたチリーノも頷いている。
「国王陛下とエミディオは、まるで辺境伯となれる人物がいるかのような口ぶりだった」
ファブリツィオが引っ掛かっていることを話す。すでに目星をつけている人がいて、それを出せというような雰囲気だった。
「最初はレーナ嬢のことかと思った。しかし、アレックス次期辺境伯が国王となるならば、辺境にその妹とは、関係が近すぎるのではと。それこそハーシュトレイ王国の王族による乗っ取りと思われ、リータ国内が落ち着かないだろう。だから、北の砦内の騎士からと思ったのだが、果たしてダニエレのことを彼らが把握していたのだろうか」
チリーノも思案顔だ。ウルバノ親子はとても居心地が悪そうにしている。
「ダニエレは、この国の国王陛下やオルガ国の王族と接点はあったのかしら?」
マリアンジェラがふとダニエレに向かってそんな質問を投げかけた。
「そんなことはないだろう。そんな繋がりがあれば王宮騎士になっているだろうに」
ファブリツィオはすぐに否定する。学園にいた時に王族と繋がりがあって、騎士を目指していたのであれば王宮の騎士になるに決まっている。
「知り合いかと言われたら知り合いですが、大した仲ではないですよ」
「ほら、大した仲ではないって」
え?ファブリツィオはダニエレの顔を見る。何とでもないような顔をしているダニエレ。
「は!?お前今なんつった!?知り合い!?どっちの!?」
いや、もしかしたら本人が知り合いと思っているだけではと考える。
「学園時代というか、三年前ですね。こっちの貴族学園を見学しにオルガ国の王子達が来たじゃないですか。それをこの国の当時の王太子殿下が案内していたのですが」
チリーノは何かを思い出したようで、ハッと顔を上げる。
「学園内での模擬戦にオルガ国の賊が紛れ込んだ事件か!」
「そうです。その時に今のオルガ国の王太子殿下を守って差し上げました。近くにいただけなんですけどね。腰が抜けて立てなくなっていたので馬車まで運んだのですが、何やら根に持たれたみたいで未だに匿名で手紙を送ってきていますね」
ファブリツィオもその事件を思い出した。オルガ国の護衛に紛れていた賊が、学園内で騎士を希望する者達の模擬戦の最中に、オルガ国の王子達へ切りかかったと。幸い、騎士を希望する者達がすぐに気付いたことで、王子達は怪我をすることもなく、その場で賊も捕らえることができたと。
「ああー、お礼に置物もらったやつだな」
ウルバノも思い出したようで、そんなことを言っている。
「お礼に置物?だが、特に誰かに報奨を与えたとか、誰かが活躍したとかいう話は聞いていないが」
学園内の騎士を志す者達によって阻止された、お粗末な賊の犯行だったと。しかもオルガ国内から護衛に加わっていたという、手の込んだ結果がこれかと思うようなものだった。
「賊の人数も大したものではありませんが、内容を細かく出そうとしたら、オルガ国の王子が腰を抜かした挙げ句にお姫様抱っこで馬車に運ばれたことや、エヴァーニ王国も、当時の王太子は狙われてもいなかったのに腰を抜かして泣いていたことなど、どちらもみっともなかったので大したことではなかったようにしたのではないでしょうか。あ、これは箝口令が出ていたことなので絶対に誰にも言わないでください」
「何でお姫様抱っこで運んだんだ」
ファブリツィオは引きながら思わず口調も崩れる。
「引きずる訳にも、その場に転がしておく訳にもいかないではありませんか。そもそもこちらは授業中だったのですよ。邪魔だったので運んだまでです。誰が信用できるかもよく分からなかったので、馬車まで運ぶしかありませんでした」
ダニエレは、きっと根は真面目なのだろう。授業中に賊が入ってきたので退治した、その辺で座っている者も授業の邪魔になるので出してやったと。
ファブリツィオは遠い目をする。
「ダニエレ、その後の匿名の手紙というものはどのような内容ですか」
チリーノは既に冷静さを取り戻している。優秀な側近で何よりだ。
「気持ち悪い内容ですよ。側にいてほしいとか、忘れられないとか。あと、一緒に住まないかというものも」
ファブリツィオは思わずマリアンジェラの方を見る。どっちだ。どっちの意味だ。
「それはオルガ国からのスカウトと思っておきましょうか。それと、お礼の置物とは、どちらから?そしてどのような?」
チリーノが話を片付ける。
「置物は話を聞いたらしいうちの国王陛下から実家の子爵家に内密にってな。ひょうたんの形のでかい置物で、邪魔だったから北の砦の鍛錬場に置いている」
国王陛下からの贈り物を鍛錬場に。ファブリツィオは頭が痛くなってきた。触れた覚えがあるのだ。
「あれ、魔獣に見立てた的だと思って模擬刀で打ち付けてしまったな」
「置物にしてもよく分からないから、皆そう使っている。むしろ、そう使うものかと思っている」
ウルバノは全く気にしていないが、内密に国王陛下からの贈り物など、家宝にしていい。
「ひょうたんには、手に負えない重さ、という意味があって、親がやんちゃな子供の服なんかに刺繍するのよ」
マリアンジェラの言うように、手に負えない親子が目の前にいる。国王陛下も意味を知って贈ったのだろう。
「ファブリツィオ様、何はともあれ、恐らくダニエレを国王陛下と王太子殿下はご指名と考えて良いでしょう」
「そうだな。とにかく、アレックス次期辺境伯が国王となる情報が開示されたら、すぐに動かなければならない。急ぎ、ダニエレにはマナー等を一通り見直してもらう。母上にその辺りの手配を頼むとするか」
ファブリツィオの中でひとつ、大きな山を越えることができた。
「テオ、家庭教師などを頼むのかしら?それなら、私もこの国特有のマナーなどあるかもしれないから、学び直したいわ」
「そうか。ほとんど問題ないとは思うが、せっかくの機会だ。そうしてもらおう」
マリアンジェラが健気にファブリツィオのために勉強する姿を見て、ファブリツィオはいつもこそばゆい気持ちになる。ふと、マリアンジェラと目が合った。
「マリアに何度も恋をしている」
マリアンジェラは恥ずかしそうに小声で私も、と言う。
チリーノとダニエレは見ていない、聞いていないふり、ウルバノは若いとは羨ましい!と大声で言い、息子に背中を叩かれている。
「リーノ、ダニエレはどうだろうか」
マナーの勉強が始まり数日、ファブリツィオはウルバノの影がチラつくせいで不安しかない進捗をチリーノに尋ねる。
「細かいところの指導はされていますが、概ねはクリアという評価のようです。ただ、政治関係の会談等の想定はやはり難しいようで」
ファブリツィオは眉間に指を当てる。リータ国の辺境は面積や人口は大きなものではないにしても、国の要所である。他家との繋がりや牽制、領地経営。
ファブリツィオはダニエレが北の砦に来た三年前の資料を見る。
ダニエレは父であるウルバノに憧れて騎士になった。そのため、貴族学園に在籍中も政治経済等の授業は選択していなかったという。
「誰か、公爵家の者を侍従として付けるか、他家でもいいな」
幸い、優秀な次男や三男という者はいる。ファブリツィオは何人かを思い浮かべる。兄をよく支えている貴族の同級生や、公爵家と繋がりのある家。
「ファブリツィオ様、実は、ダニエレ本人から連れて行きたい者がいると」
「そうなのか。同級生か何かだろうか。ダニエレ自身の伝手で良い人材がいれば、それが一番ではあるだろう。誰だ?」
「それが、クリス・ユリアーノという、公爵領内の手続所にいる王宮文官だそうです」
手続所というのは、王宮から離れた土地にある、王宮に出す書類や申請書を書いて出す場所だ。平民の婚姻や出生の書類等、王国が把握する書類は意外と多い。
「クリス・ユリアーノ?ちょっと待て。それって」
「そうです。例の、王弟殿下の」
素行が悪く、保養地で暮らす王弟殿下。妻との間にいる子の他に、使用人との間に子供が二人いることが、二年ほど前に公表された。二人共、王族の籍から外れる手続きを行ったということだったが、そのうちの一人が、その時既に王宮文官の試験に合格し、公爵領の手続所への配属が決定していた。
公爵家へ、一応そういう者が来るからという報せはあったが、特に問題を起こす可能性も少なく、王宮から影も付けているとのことだったので、配慮も不要と、正に知らされるだけ知らされた人物だった。
「そうか。同級生だからな。しかし、王宮が良いと言えばだろう。オルガ国の王太子殿下も絡んでいる話だろうし」
ファブリツィオはダニエレと付いていく者についての相談を手紙にして、宰相へ送ったが、宰相からはオルガ国からもダニエレと補佐としてクリスがいることも問題ないと言われているとのことだ。
オルガ国から辺境が落ち着くまでは第二王子を定期的に派遣させるとのことだったので、ダニエレへの補佐としてクリスと、もう一人オルガ国からも出すつもりかもしれない。
そうすれば、リータ国の要所である辺境をエヴァーニ王国とオルガ国の両国が抑えた形になる。
「ということで、一件落着と思って良いだろうか」
ファブリツィオは、ダニエレをリータ国へ向かわせる手配を整え、一息ついた。
来客が見えたらしく、チリーノが一度部屋を出る。
「ファブリツィオ様、宝石商がお見えです」




