第十話 精霊は人の話に関わらない
ファブリツィオは、宰相との話の後、チリーノにニコーラへ会談の件を知らせるよう指示を出した。
日程はこれから打診すると宰相は言っていたが、近いうちには決まるだろう。
「マリアンジェラ、君の両親に会いたいのだが」
ファブリツィオは気がかりだったことを話した。
マリアンジェラは成人を迎えているため、婚約の為の書類も両親の欄の記入は不要だった。マリアンジェラ自身も、婚約時は既に自立しているという感覚であったため、二人は各々の記入欄を埋めてすぐに王宮へ提出し受理されたが、両親に会わずに結婚までするのはと、ファブリツィオは気にしていた。
「そうですわね。結婚式までには一度会った方がいいですわね」
マリアンジェラは、顎に人差し指を当てて考えながら続きを話す。
「私の家族は、父母のみなのですが、結婚式に招待する人数としては少ないかしら」
「祖父母や従兄弟も、こちらへ来られるのであれば招待して大丈夫だよ。あとは親しい友人や、職人仲間も」
マリアンジェラの刺繍職人として一緒に働いていた者もほとんどは元貴族であるため、招待しても問題無いだろう。
「祖父母は旧ハーシュトレイ領にそのまま住んでいるわ。こちらまで来る体力があれば来ていただこうかしら。父は一人っ子なのよ。母にはお姉さんと弟さんがいるから、連絡してみるわ。お姉さんは結婚してオルガ国に、弟さんは未婚で旧ハーシュトレイで持っていた領地をそのまま領主として治めているの」
そこまで話して、マリアンジェラはある事を思いつく。
「祖父母も叔父も旧ハーシュトレイ領にいるのだから、例の会談の際には早目に行って会ってしまいましょう」
「ちょっと待って、例の会談は危ないからマリアはここにいた方がいいと思うんだ」
ファブリツィオが焦って止める。
「テオ、あなたに何かあったら、私どこで過ごせばいいのよ。私の親戚はエヴァーニ王国にはいないのよ?婚約者に先に逝かれて職人に戻るのも気まずいし、私の人生に責任を感じるなら何かある時は一緒にいるの。さすがに婚約の状態で子供を作っても、信用されるか分からないし、血縁関係を鑑定するのにはとても手間もお金も時間も掛かるじゃない」
容赦ないマリアンジェラの言葉だが、事実である。マリアンジェラは婚約者として、アグリアディ公爵家に既に迎えられているが、結婚はしていない。結婚前に子供が出来たとしても、夫がいないのであれば、子供共々家から出されるであろう。もちろん、生活には困らないようにするが、子供の将来を考えると、最善の手ではない。
マリアンジェラ自身も、元はと言えばハーシュトレイ王国から来た刺繍職人だ。次期公爵と婚約していた身としてまた刺繍職人に戻るのも、周りに気を遣うだろう。
ファブリツィオはしばらく考えたが、確かに公爵邸にいたとしても、リータ国からの侵攻があれば、どこも安全とは言えない。
「そうだな。一緒に行こう。マリアは僕が守るから安心して」
ファブリツィオの言葉に、チリーノが反応する。
「ファブリツィオ様の前に私がいますからね。ファブリツィオ様がマリアンジェラ様をお守りする時は私がやられた時ですから、縁起でもないことを言わないでください」
チリーノのせいで最近はかっこつけられないことが増えたなとファブリツィオは思う。
「ファブリツィオ様、ニコーラ達は旧ハーシュトレイ領内で落ち合うのが良いかと。現在、旧ハーシュトレイ領にいるようです。私達が早目に伺うことを伝えましたので、その日程に合わせて来ると」
王宮からも会談の日時が告知された。数日早くに到着予定のため、忙しく準備をしているところだ。
「そうしよう。チリーノ、ニコーラ達の滞在先はどうするか」
ファブリツィオ達は、マリアンジェラの母方祖父母の邸宅へ宿泊する予定だ。祖父母の護衛等も元々いる上に、アグリアディ家からも護衛の騎士を連れて行く予定であるため、宿屋よりもはるかに安全だろう。
「ニコーラから、旧王妃宮に宿泊するため、用意は不要であると」
ハーシュトレイ王宮の見取り図は既に確認済みだ。王妃宮は、王宮から渡り廊下一本で繋がった離宮だが。
「王妃宮は今、誰の管理下にある?」
王宮自体はエヴァーニ王国の歴史関係の部門が管理することになった。部門長の名前が出ていた筈だ。
「王妃宮は、時代によって様々な使われ方をしており、増改築も繰り返し行われていたため、建物としての安全面が判断できるまでは元ハーシュトレイ王妃の管理下にあるそうで」
「は?王妃の管理下にしたところでだろう」
「それが、王妃自身が増改築を指示していたこともあるため、取り壊しや補強が必要な場合は、王妃の個人資産を元に行うとの申し出があったそうです。現在は一階部分の安全性は確認済みだとのことです」
「それで、未だに王妃の管理下にあるため、レーナ嬢が使用するには問題無いと。むしろ、王妃本人から直接許可を得てきたのだろうな」
チリーノが頷く。
「レーナ様のお体のことを考えても会談場所と近くに宿泊する方がいいと。それでも会談自体が危険である上に、そこと繋がっている場所への宿泊はいかがなものかとは伝えているのですが」
警告はしたが、ニコーラ達は首を縦に振らなかったのだろう。ニコーラのことだから、何か考えがあるのかもしれない。むしろ、ロレットを連れている可能性を考えると、勝手知ったる場所の方が良いのか。
「分かった。ニコーラ達のことは、彼等に任せよう。ニコーラが考えて行動する人物だということはチリーノもよく知っているだろう」
直接連絡が取れない今、お互いを信用して動くしかないのである。
「ファブリツィオ様、リータ国は辺境の復興については国の支援を打ち切られたそうです」
ニコーラは宰相から届いた書類を開け、中身を確認してファブリツィオに渡す。
「それに対して国民からは批判の声が上がるもこの声は大きいものではないと。辺境伯の領地は元々広くもなく、騎士達やその家族と生活に必要な店がある小規模の街しか保有していなかったため、被害は辺境伯領と、国中から派遣された騎士、リータ国保有の兵器に留まっていると」
リータ国内の民からすれば、中規模の災害に見舞われたくらいの感覚であるのかもしれない。確かに、魔獣の大量発生は災害に近いものかもしれない。しかし、自然災害は予測がほとんど出来ない上に、被害を抑える為に出来ることは、河川近くなら堤防を作ったり、山の麓であれば山の森林管理をしたりと、突発的な対策はあまり無い。対して魔獣は、戦略や戦術、騎士の数や練度と、その場での対応で被害の大きさも変わるものだ。国のほんの一部の被害で済んだことに対して、もっと考えても良いものだ。
ファブリツィオはため息と共に、窓の外を見る。ちょうど、この窓が辺境伯領の方角だ。
リータ国は同盟国の図書館。国民の識字率や学歴等も同盟国中で最も高い。知識があること、正しい答えを導き出すことには貪欲な国民性である。国民からの批判の声が大きくないとは言っても、人々は考えているはずだ。どんな規模の事が起こったのか、魔獣の殲滅の鍵となった出来事は、その対応は適切であったか。
「リータ国は国民へ向けて、ブラガーリャ辺境伯が当初予測していた被害状況まで復興の目処がたった。元々辺境伯が準備していたため、これ以上の支援は不要と判断されたと。辺境以外からの派遣された騎士への対応は国で行うとあるな。さて、これがどう転ぶか」
宰相から会談の調整が整ったといくつかの書類が届いた。ファブリツィオはニコーラと共に名簿を確認する。
リータ国から会談に来るのはリータ国王と、リータ国宰相、リータ国第一王子、リータ国騎士団長、ブラガーリャ辺境伯と次期辺境伯であるアレックス。
オルガ国からはオルガ国王太子、オルガ国第三王子、オルガ国宰相、バンデーラ公爵夫妻、オルガ国裁判官長。
エヴァーニ王国からは国王と第一王女、宰相、アグリアディ次期公爵夫妻。
そして、重要参考人として、レーナ・ピンツィとある。
「チリーノ、レーナ・ピンツィと書かれているように見えるんだが」
「婚姻受理の書類が一緒に来てますね」
確かに、良いタイミングでと、先に書類は作っていた。それが、レーナの辺境派遣で長引いたのだが。
「兄のことですから、レーナ様のことで口を出す権利を得たかったのでしょうね」
ニコーラは賢い。ファブリツィオが思うに、国の宰相になったとしても十分通用する位には。
その賢さをレーナの為に活用するには、夫婦になることが必要だったのだろう。
「ファブリツィオ様、念のためこちらの書類にサインをください」
チリーノが、冊子のようにされた、少し厚みのある書類を差し出す。
「側近解除の書類か。必要無いな」
ファブリツィオはチリーノの意図を察した。ピンツィ家は側近として契約しているアグリアディ家の庇護下にある。レーナがピンツィ家に入ったということで、もちろんレーナもアグリアディ家の庇護下にあるのだ。チリーノは、ピンツィ家が何かの責任や罰を受けることとなった場合に、アグリアディ家との繋がりを切っていたということにすれば、アグリアディ家まで責任を追求されることは無いと保険をかけたいのだろう。
「しかし、ニコーラ達に何かあった場合に公爵家への影響を軽くするためには必要です。あなたは次期公爵です。領民のことを考え、切り捨てる必要もあるでしょう」
チリーノは食い下がってきたが、ファブリツィオは首を横に振る。
「ハーシュトレイ王国から来た領民も、私の大切な領民だ。レーナ嬢も北の砦に所属している。お前達を切り捨てることは、ハーシュトレイ王国出身の者を皆切り捨てるのと同じだ。それくらい、領民達も分かっているから大丈夫だ」
そこまで言うと、チリーノはありがとうございますと言って書類を下げた。そして、話を会談の件へと切り替える。
「オルガ国は恐らく、第三者としての意見を求められると踏んで、裁判官長を連れてくると。国王が来ないのは、単に隣接するリータ国への警戒と、国としての大きな決定は行わないという意思表示でもあるだろう」
チリーノも同じように考察していたようだ。
「オルガ国は同盟国以外にも多くの国との取引があるので、王族はニ年間の騎士団へ従事することが義務付けられていると聞きます。今回の件で騎士団の者を連れてこないのも、王太子と第三王子が騎士団の経験があるからでしょうか」
「そうだな。それと、第二王子は国防に残っているということだろう。騎士団と王宮が密接な関係だと、騎士団長が王弟であることも多い。それに、エミディオ達もいるからな。不必要に国の要人を出したくなかったが、他国は国王が出てくるから仕方なく王太子を出したのだろう」
ファブリツィオは、宰相からの手紙を読む。
エヴァーニ王国からは、オルガ国王が来ることや、元王女であるレーナが関わっていることからも、国王が行くのは仕方ないと。そして、王太子は廃嫡となったため、まだ幼い第二王子が王太子になる予定だが、他に王子がいないため、国王と共に行動させるのは危険と考え、今回は王女を同行させるとある。
王女は謁見の際にも良い印象を受けた。ゆくゆくは、弟を支える良い王女となるだろう。
国王については悪い言い方をすれば、臆病な印象がある。しかし、王太子の件といい、問題が出た際の対応については、納得できるものであった。宰相の手紙にも、国王陛下に良い印象は少ないかもしれないが、この国が王国であり続けてきたのはこの王族あってのことだと納得することもあるから、どうか頼りにしてほしいと書かれている。
「ファブリツィオ様、リータ国は騎士団長が来るようですが、どう思われますか」
「そうだな。騎士が関わることとして国の騎士を束ねる騎士団長をということだろう。そして、騎士団長がここに来る以上、他国へ騎士団を向かわせることはないと、そう思わせているようにも取れるな」
チリーノも同じ意見だったようで、頷いている。
「リーノ、用意はできているな?」
「もちろんです。滞りなく、全ての準備は完了しています」
ファブリツィオ達は夜中に出立した。国々の要人が揃う会談だ。それも争いの火種が燻っている。なるべく目立たずに行動していくため、紋章を隠し夜間に馬車を走らせるよう宰相からの指示である。
「お待ちしておりました。ようこそ、そしておかえりなさいませ、マリアンジェラお嬢様」
マリアンジェラの祖父母の邸宅へ着くと、品の良い執事の出迎えを受けた。
マリアンジェラは祖父母と久しぶりの再会を喜んだ。
ファブリツィオは祖父母と、領主をしているという叔父へ挨拶を済ませ、マリアンジェラ達の邪魔にならないように、少し離れたところでチリーノと会談に向けての情報を整理したりと静かに準備を進める。
しばらくして、来客を知らせるベルが鳴り、執事がやや慌てた様子で部屋に入る。
「マリアンジェラお嬢様、レーナ王女殿下が」
「わかったわ。通してあげて」
執事が玄関の方に向かう。使用人達もバタバタと忙しそうに動き始める。
「マリア、レーナ嬢達のことは伝えていなかったのか?」
「おじいちゃま達には伝えていたわ。だけど、あまり口外しない方がいいと思って、使用人達には黙ってもらっていたの。ここにはハーシュトレイの者しかいないでしょう?元王女殿下が来るって分かったら大事だもの」
確かに、孫とその婚約者が来るのと、自国の王女が来るのでは対応が変わるだろう。案内する部屋に家具に、提供する茶や菓子等も気を遣うだろうから、それは仕入先にどんな来客があるか知らせて回るのと同じことになる。
「久しぶりだな、マリア」
ニコーラにエスコートされ、レーナが入室する。使用人達は部屋の隅で跪き、顔を下げる。
「レーナ様、足が動かなくなったと聞きました」
「この通り、義足を用意してもらった。まだ慣れないから走れないし、歩き方も調整しながらだ」
レーナとマリアンジェラが再会を喜ぶ中、ニコーラはファブリツィオの側に来る。
「ファブリツィオ様、勝手に婚姻の書類を通させていただき申し訳ありません。チリーノから、側近解除の書類は書かれなかったと聞きました。お気遣いいただき感謝申し上げます」
「ニコもリーノも万が一を考えたのだろう。しかし、万が一にはならないように準備をしてきた筈だと信用しているからな」
「私もそうならないように尽力していますよ」
チリーノがすかさず間に入る。
「ファブリツィオ様、リーノ。得られる範囲ですが、情報を持ってきました。やはりリータ国は騎士団を国境近くに潜ませています。エヴァーニ王国にも、オルガ国にもです」
ファブリツィオはやはりか、と言って考えを巡らせる。
「宰相殿もそれを予測して国境近くにこちらも騎士団を置いてはいる。オルガ国にもエヴァーニ王国から情報を流し、同じ対応をしている。問題はこの旧ハーシュトレイ領だ」
「ええ、ここは三つの国で分け合ってはいますが、元は一つの国ですから、国境があるものの曖昧でもあります。要人の警備のためという名目で、会談の日は騎士を多く配置していますが、侵攻のメインとなると対応できません。傭兵団もできる限り引き入れはしましたが、どうなるか」
「ニコ、傭兵団?」
聞き慣れない単語にファブリツィオは思わず反応する。
「騎士団が足りなくなった時等に、即戦力になる者を雇うということを他国ではしているようです。隠密行動に長けた者や、狭い場所での戦闘に長けた者等もいます。その時に必要な人材を貸してくれるのです。その傭兵団を一つ買い取っています」
「買い取った?それは、どこに?」
「街中にいますよ。この辺りのハーシュトレイ王国の元騎士や、騎士を引退した者を集めて出来た傭兵団ですので。例えば、普段は魚屋で依頼があれば傭兵だそうです」
「そうか、ならば地の利もある。突発的な侵攻は混乱させることが可能だな」
ファブリツィオは一安心する。
そしてふと、ニコーラに思い出したことを聞く。
「ニコ、お前達は王妃宮を使うと聞いたが、本当に大丈夫なんだな?」
「はい。むしろ、隠し通路や部屋、緊急時の反撃まで可能なトンデモ物件だそうなので、会談中に何かが発生した場合は全員で王妃宮に行きましょう。おそらくですが、そうなる確率が高いかと」
そしてニコーラ達は王妃宮へ向かった。去り際に、ニコーラは一言告げた。
「ロレットは里へ返してきました」
ファブリツィオも分かったとだけ言い、ニコーラ達を見送った。レーナはまだ歩き慣れないようだが、日常生活に大きな問題はないらしい。
「エーリオやエリサも久しぶりに会いましたが元気そうで良かったわ」
マリアンジェラは、長旅をしている彼等を心配していたが、安心したようだ。
そして、会談の日を迎えた。
エヴァーニ王国の一行と共に、旧ハーシュトレイ王宮にて事前の打ち合わせを行う。国王は終始落ち着かない様子で、全員が国王を心配する。
「父上、会談中はしっかりなさってくださいね。くれぐれも、くれぐれも、余計なことは言わないように」
王女が力強く国王に釘を刺す。
余計なことなんて、言った後にならないと分からないんだもん、なんて子供のような言い訳は全員聞かなかったことにした。




