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コメディ系短編小説

29歳、ヤケクソになる

作者: 有嶋俊成

  ーーとある誕生日前の女の話…なのだが…



 部屋でくつろいでいたサリ(29)の携帯電話に友人から着信が入る。

「もしもし?」

 髪を耳にかけ、携帯を耳にあてた途端、鬼気迫る声が聞こえてきた。

「あ! もしもしサリ⁉ 今ちょっとそっち行っても良い⁉」

「は?え? どうしたの?」

「お願い! そっち行かせて!」

「あ、わかった。おいで。」

 声からして何か重篤的なことが起こったのだと思ったサリは急遽、家に友人を招くことにした。

 ー十分後

「いらっしゃ、うおぉっ!」

 サリが玄関ドアを開けると友人のサヤ(29)が身を押し込むようにして中に入ってきた。

「サリ! 急に押しかけてごめん! でも、これは本当に重大なことなの!」

 サリの肩を掴み真剣なまなざしを向けるサヤ。

「わかった、わかった。とりあえずこっち来て座んな。」

 サリはサヤを落ち着かせ、リビングへと促した。嫌な予感がしているサリは玄関の鍵とチェーンを手早く閉めた。

「で、どうしたのか、ゆっくり言ってごらん。」

 ローテーブルを挟んで向かい合うサリとサヤ。

「サリ…私、私は…」俯いていた顔を上げるサヤ。「明日、誕生日だよ⁉」

「は?」

 思考が停止するサリ。

「私、明日誕生日なんだってぇ~。」

「知ってるよ。」ようやく口が動いたサリ。「ちゃんとプレゼントも用意してたよ? というか会う約束してたよね?」

 確かに明日はサヤの誕生日だ。サヤの親友のサリはもちろん覚えている。毎年、誕生日プレゼントも渡しているので忘れることはない。

「まさかサヤ、そのことだけ言いに来たの?」

「違うよ、私、今いくつ?」

「29?」

「そうだよ! 私、今日で20代が終わるのよ?」

「はー。」サリは思った。さっきまでの嫌な予感と覚悟はいったいなんだったんだと。「確かに明日で30歳だね。」

「ダメ! 30歳って言わないで!」

 両耳を塞ぐサヤ。

「もう、どうしたの? 別に寿命が尽きるわけじゃないし。」

 呆れよりも安心が勝ったサリの顔からはつい、笑みがこぼれる。

「サリ、サリの誕生日はいつ?」

 今度は真剣な顔を向けてくるサヤ。

「え? 来週。」

「じゃ、サリももうすぐ20代が終わる!」

「当たり前だよ。同い年じゃん。

「サリは、それで良いの?」

「いいよ。フッ別に。」

「よく考えて!」

「考えなくてもヘヘヘ、何を深クッ、考えるの? ンクッ」

 笑いが止まらないサリ。

「もう! なんで笑ってられるのよ!」

「サヤ、そんなの気にしてどうするの? 十年前にも10代の終わりを経験したでしょ? その時は『自分たちは自由だ!』って盛り上がったの、覚えてないの?」

「もちろん、覚えてる。あの時はあらゆるものが解禁されて嬉しかった。でも、」上を向くサヤ。「10代が十年以上前になるんだよ?」

 サヤのその言葉にどこか引き込まれるサリ。

「そして、40代が誕生日の次の日には十年を切るんだよ? 九年と三六四日!」

「そ、そんなの…どうだって…」

 サヤの言っていることをバカバカしいと思いたいサリ。

「今の小学校低学年くらいまでの子から見ると、私たち、親世代とも言えるんだよ?」

 サヤの問いかけに徐々に追い込まれていくサリ。

「やめて…やめて…」

「私たち、今、恋人いないよね?」

「れ、恋愛なんてい、いくつになっても出来るでしょ?」

「ミサ、アイ、マキ、ハル…みんなここ数年でゴールインしました。」

「あぁぁぁぁぁ!もうやめてぇ!」

 サリは頭を抱えて絶叫した。


「なんだ⁉」

 突然、壁の奥から聞こえてきた「やめてぇ!」の声に驚いた富永。

「なになになに?」

 富永は恐る恐る壁に耳を近づけた。


「これでわかったでしょう! 私の感じているこの焦燥感を!」

「充分わかった!」いつのまにかサヤに同調したサリ。「ということは、私は来週までに結果を出さなきゃいけないってことね。」

「待って! 私はあと…」腕時計を見るサヤ。「五時間!」

「ヤバいヤバいヤバいヤバイ…」

 サリはサヤのことを心の底から心配したことは今までに何度もあるが、今回のは底が今までで一番深く感じる。

「どうしよう、サリ。」

「とりあえず一番近しい男の子に電話しな!」

「一番近しい男の子? 弟?」

「親族でどうすんのよ! 赤の他人の男の子で一番近しい男の子!」

 サリにそう急かされ、携帯電話を取り出すサヤ。

「この人は無理、この人は違う、こいつとは縁切った…」

 連絡先の画面をスクロールしていくサヤ。

「もう! グズグズしないで誰かしらに掛けなよ!」

「あーっ! この子! この子なら近いかも!」

「よし電話!」

 サリの言葉を合図にするようにサヤが通話を始める。

「あっ、もしもし? シュウくん? うん、サヤさんだよ。あの突然で申し訳ないけど、今から会える? あっ、無理? うーん、あと五時間以内に会えない? さすがに無理? わかった、ごめん、じゃあね。」

 電話を切るサヤ。

「もう! なんでもっと押し切らないのよ!」

 頭を掻くサリ。

「仕方ないでしょ。相手、高校生なんだから。」

「なんで未成年に掛けるのよ! というかなんで高校生の電話番号持ってるの?」

「職場にアルバイトで来てる子なの。」

「まあまあ、とりあえず次!」


「あと五時間しかない…? まさか余命?」

 富永は隣から聞こえてくる緊迫した声を頼りに隣の部屋で起きている出来事に想像を巡らせていた。

「待てよ? 余命なら親族である弟は呼ぶべきだろ? なんでバイト先の子に掛けたんだ? というか余命五時間なんて聞いたことないぞ?」


「ねぇサリ、私できれば好きな男の人に言われたい言葉があるの。」

 連絡先の画面をスクロールしながら話すサヤ。

「言われたい言葉?」

「うん。でもどうやったら言ってくれるんだろう?」

「もうはっきり『言ってください!』って頼むしかないよ。」

「それは嫌!」

「どうして⁉」

「ロマンが無い!」

「ロマンとか言ってる暇ないでしょ!」

「でも!」

「じゃぁ、それらしい質問する!」

「はーい!」サヤは携帯を耳に当てる。「あ、もしもし? 今話せる? 実はちょっと今、大変なことになてて、あ、そんな大したことじゃないんだ。むしろ小さいというか、日常生活を送っていればたまにあることなんだけど、その…その蓋が開かないの。そうそうそう! 本当にそんな大したことじゃないの。で、それでどうしたらいいかな~って。え? 熱湯に蓋を浸す? あ~聞いたことある。でもね熱湯は怖くて。え? ペンチで蓋の表面を壊す? いや~ケガしたらコワーイ。だから…応援してもらってもいいかな? うん本当に簡単に。『頑張って』以外で。なんか助けてもらえそ~って思えるような。あああ~なんかちが…あ、切る? わかったごめんありがとう。じゃあね!」

 電話を切るサヤ。

「なんて言われたの?」

「『回して回して回しまくれ!』だって。」

「本当はなんて言われたかったの?」

「『僕があけてあげようか?』って言われたかったー!」

「コウくん、女心わかれ!」

「どうしよう、こうしてる合間にも刻々と“30歳”が迫ってる~!」


「“あの人”が迫ってる⁉」

 富永にはそう聞こえたようだ。


 サリは壁に掛けられたアナログ時計を見る。秒針は混乱する二人など気にすることなく淡々と進んでいく。

「サリ、こうなったら相手がいなくても良い。」

 サヤは携帯をしまう。

「は? じゃ、どうするの?」

「その人形貸してくれる?」

 サヤはサリのベッドの上に置かれている熊の人形を指差す。

「この人形をどうすんの?」

 サリはサヤに人形を手渡す。

「この子を赤ちゃんに見立てて、親子ごっこよ!」

「待って待って待って待って!」サリはサヤから人形を取り上げる。「サヤ、なんかぶっ飛んできてない? それ、絶対に20代のうちじゃなきゃダメ?」

「こうしてる合間にも“青春”は過ぎ去って、“おばさん”が近づいてるの!」

 そう言うとサヤはサリから人形を奪い取った。


「“おばさん”が近づいてる?」

 富永は徐々に隣の様子に戦慄していた。

「ヤバい人に追われてるのかな? でもそれがおばさんってどういうことだ?」

 想像を巡らせていく富永。

「おばさんなら、ある程度は立ち向かえるか?」

 富永は自分自身に決断を迫っていた。


「サヤ…」

 サリはもう自分にはどうにもできないと悟った。

「ああ、どうしよう、名前は、“コウ”でいいや。コウく~ん。」

「サヤ~目覚ませ~」

「サリは…旦那役!」

「は⁉ それなら私だってサヤのポジションやりたいよ!」

 人形を奪い合うようにあやすサリとサヤ。

 ーピンポーン

 その時、部屋の呼び鈴が鳴った。取り憑いていたものが抜け出ていったように静止する二人。

「大丈夫ですか! なんかあったんですか!」

 玄関からは外からドアを叩く音が聞こえている。

「行ってくる。」

 我に返ったサリは玄関へと向かう。

「どうしたんですか? なんかとてつもなく緊迫した様子でしたけど?」

 サリが玄関を開けると、隣に住む富永が驚いた顔をしていた。

「いえ、大したことはありません。ただ、二人で盛り上がり過ぎちゃって。」

「それじゃ、襲われたりするわけじゃないんですね。」

「はい。お騒がせしてすみません。」

「なら良かったです。」

 富永は安堵の笑顔を浮かべた。

 その様子をリビングから眺めていたサヤは、はっとしたように玄関へと向かう。

「それじゃ。」

「待って!」

 富永が去ろうとするのをサヤが制止した。

「ちょっと、サヤ?」

 突然出てきたサヤに驚くサリ。

「お兄さんて、いくつですか?」

「は?」

「サヤ、私の近所の人だから。」

「今は私も近所の人!」

 サヤとサリのやり取りを見ていた富永は、どこか面白おかしく感じたのか笑い始めた。

「ンフフ、お二人とも仲良いんですね。」

「「へ?」」

 富永の笑顔を見た二人は彼の顔を凝視する。

「なんですか?」

 二人分の視線に気圧される富永。

「サリ、私いっていい?」

「ダメ、私もいきたい。」

 にらみ合うサリとサヤ。

「二人とも怖いですよ。」富永が行こうとすると、両腕を二人に掴まれる。「ちょっと! 何するんですか!」

「残り四時間半で決着つけるわよ。」

 サリが低い声で言う。

「私が先よ!」

 サヤが男を家に引き入れる。

「えー! 何! 待って! ヤダー!」

 富永の悲鳴はサリの部屋の中へと吸い込まれていった。



  ーー終わり

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