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竜皇女と婚約者  作者: 凍雅
9/22

竜皇女と婚約者 9

(残酷描写があります)

「しっかし、うっとおしい森だな」

 枝に陽射しを遮られ、昼なお暗き森の小径を歩きながら、ターコイズがぼやく。

「まあ、確かに雰囲気のある森ですわねぇ」

「いくら暗くとも、もう少し清々しくてもいいはずですがね」

「気が淀んでおります。それに、小動物の気配も感じられません」

 セトンの森を中心にした調査を始めて数日後、周辺の都市の調査結果から確信を得て、私たちは森の奥にあるセトンの研究所であった施設を目指していた。

「面倒ね。焼き払っちゃいましょうか」

「むやみに破壊活動に及ぶのは止めろ」

 森を歩いているのは、久しぶりに魔技術師の服に袖を通した私。それに、それぞれに変形させた軍服を着たアルス、ターコイズ、ヒスイ、コクヨウ、コハク。メノウは各地との連絡役として、皇宮に残っている。

 特三でも特に能力の高い城詰めの者が、これだけまとまって行動することは珍しい。

 通常は現地の特務部に協力する形で一人か二人が派遣される事を思えば、どれだけこの事件を重く見ているかがわかる。

「魔素が不安定ね」

 アルスがぽつりと呟く。

「魔導器に影響する程度か?」

「不安定な物じゃないなら、平気じゃないの?」

 そう言って、視線をあからさまに逸らす。

 ちなみに、アルスの機嫌は、未だ直る気配がない。

「妾どもがわずかに不愉快に感じる程度ですので、よほど魔素に敏感な物でなければ問題は無いと思いますけれど」

 アルスの不機嫌が長引いているので、さすがのヒスイの視線も、心配四割好奇六割に変わってきている。

「ターコイズ。この道で間違い無いわね?」

「はい。妓楼の馬車につけた匂いに間違いありません」

 『妓楼』という単語に、アルスの機嫌が更に悪化する。

「じっ、事情が事情なんだから、仕方ないじゃないですかっ」

 ターコイズが慌てて取り繕おうとするが、その行為は概ね『墓穴を掘る』と表現される。

「楽しそうでしたね、潜入調査」

 コハクが穴に突き落とす。

「楽しんでたのはエロ学者だろ!?」

「やかましい」

 一喝して黙らせ、溜息を吐く。

 まったく、困ったものだ。



 

 数日前、魔薬や魔物と関係の深そうな妓楼に潜入し、捜査をする事が決まった。そこまではよかったが、誰が行くかが大きな問題になった。

「妻子がいますから。任務とは、いえ家庭を壊す訳にはいきませんっ」

 とコクヨウは断固拒否。

「ぼ、僕には、む、無理ですっ」

 メノウも逃亡。

「え、俺!?」

 結局白羽の矢はターコイズに。

 そして、魔薬の効果や待遇の差を見る為にも、眷属とは別に人間も行った方がいいだろうという事になったのだが。

「……」

 無言で私を睨みつける、アルスの視点が痛い。

 重苦しく冷たい空気が、特三の会議室を支配し、誰も何も言えない中。

「クラウス卿は、こちらかな?」

 訪ねて来たのは、多少回復した中毒者からの調書を持ってきたユーマ教授。

 眷属だけでなく、魔薬や中毒者にも詳しく、波風が立つ家庭も決まった相手も無いし、おまけに遊び慣れている。これ以上の適任がいるだろうか。

 私が彼の肩を叩いた事は、言うまでもない。




「ユーマ室長とは、引き出してきた情報量が違います」

 コハクが容赦なく追い打ちを掛ける。

「うっ」

 教授は、魔薬中毒で自我の有無さえ怪しい相手から巧みに情報を引き出した。どうやったのかはわからないが、この辺りは流石だ。

 内容は、遊女の入れ替わりが比較的激しいこと、身籠もった遊女はどこかへ連れ出されていることなど。

 更に、数日の内に妓楼から何処かへ移されそうな遊女がいることまで情報を引き出し、同行していたターコイズに、遊女を追跡できるように細工させた。

 実際、ターコイズがやったことは、遊女が連れ出されるのを見張り、乗り込んだ馬車に、人間には分からないが、狼の嗅覚でなら追跡できる程度の匂いをつけたことだけ。

 妓楼ではしっかりと遊んでいたらしい。

「経費では落とさないわよ」

「えぇっ!? そ、そんな……」

 とどめを刺すアルスの言葉に、「普段のトコの五倍はしたのに……」と小さくぼやいて、更に深く穴を堀り、アルスとコハクの冷たい視線に埋められて墓標まで立てられた。

 そして誰も助けない。

「助けろよ、お前ら……」

「お二人とも、己の身が可愛いのですわ」

 私とコクヨウは、僅かに顔を見合わせ、小さく頷いた。




「何か来る」

 アルスが足を止め、皆それぞれに身構える。

 私も懐に持った銃を確かめる。

 生臭い風が吹いた。

 コハクが動く。何時の間に剣を抜いたのか、金属質の音が響く。

 コクヨウに軽く制され、改めて周りを見ると、十匹程の奇妙な生物に囲まれていた。

 首筋まで茶色がかった緑の鱗に覆われ、顔は人に近いがより硬質そうな皮膚、見開いた無機質な目と、低い鼻、薄い唇。頭髪はあるが、眉は見あたらない。

「随分と硬い皮膚ですね」

 剣を納め、コハクが落ち着き払った声で言う。

「では、魔法ですわね」

 ヒスイが軽く腕を横に一閃。数匹の首が地面に転がる。しかし。

「……倒れねぇ!?」

 首を失ってもなお、その異形の者は襲い掛かってくる。

 頭の中で、この生物の特徴を、知りうる限りの眷属と照らし合わせていく。

「海人と……森魚の合成か?」

 海人はその名の通り海に棲む半魚の眷属、対し森魚は半魚でありながら土の属性を持ち、水辺の密林に棲む。

「では、炎を」

 コクヨウの手に火球が生まれ、手を放れると分裂していく。

「焼き尽くせ」

 低い呟きに応じるように火球は異形の者に襲い掛かり、そして、声にもならない呻き声を上げるそれらを、灰になるまで焼き尽くした。


 眷族の中でも、特三に選ばれるのは、アルスがその実力を認めた者だけだという事は、当然知っていた。

 構成員自体は各地に散らばっており、城詰の者はその中でも選り抜きの存在だという事も。

 しかし。予想以上の実力を見せ付けられ、感嘆の声すら上げられない。

 淡々と、異形の者を滅していく様は、当に神の「眷属」に相応しい姿なのだろう。

 否。

 彼らとて、軍人として表面上は冷静を保っているが、押し殺した怒りが、魔力として感じられる。

 同じ眷属達の命を弄ぶ魔技術師に、人間に、怒りを覚えない筈が無いのだ。


「全部、同じ姿だったわね」

 何事も無かったかの様に歩き出しながら、アルスが呟く。

「……合成した者を、複製したのだろう」

 確か、セトンの研究の中に、そんな文献があった。

「複製?」

「ああ。肉体の一部から、まったく同じ姿形の生物を作り出す技術があったらしい」

「作ってどうするんだ、そんなもん」

 ターコイズの言いようも尤もだ。

「始めは、不老不死を願った者が、老化する身体を捨てて、常に新しい身体に魂を移し変えていくために、研究したのだと言われている」

 私が気付くのは最後になるだろうが、一応周囲に気を配りながら歩く。

「しかし、肉体を複製する技術は完成したが、記憶を移し変える技術は実現できなかった。その代わり、肉体を複製する技術は、他の目的に使われるようになった」

「強力な兵士の、複製。それによる軍隊の組織、でございますね」

 古代帝国末期、竜の姿を失ったリュドラス皇帝や眷属が、圧倒的な魔力を持っていたにも拘わらず、人間の兵に翻弄されたのは、合成の技術によって眷属と掛け合わせ、複製技術で数を揃えた、使い捨ての兵士達によるところが大きいと言われる。

 人間の繁栄の歴史は、魔技術の進歩の歴史でもあり、同時に、眷属達との争いと和解の繰り返しでもあるのだ。

「通説では、複製された者は、幼児の姿の頃から普通に育てれば、普通に育つが、無理に成長を促進させれた場合、知能に大きな問題が出るとされる。作成者の命令を聞き分ける事ができても、自我は存在しないとも。それ以前に、合成した時点で、知性や自我は崩壊していると考えられているが」

「知性や理性が無かったら、その命をどう扱ってもいいっていうの?」

「意図的に魔物を生み出すことが、許される筈がない」

 分野が異なるとはいえ、魔技術師であり人間である私に言えるのは、それだけだ。

 実際に魔物が作り出されれば、その処分はアルス達の務め。誇りを踏みにじられた眷属を処分する時の心境など、想像もつかない。

「合成された者に関しては、楽にしてやるほかありません」

 異形達を焼き払った手を握りしめながら、コクヨウが静かに呟く。

「……そうね」

 アルスは頷き返した。




 そのまま無言で歩いて行くと、巨木に囲まれ蔦に埋もれた、石造りの建物が現れた。大きさは平民の家よりは少し大きい程度。学者の隠れ家としては、そう予想を外れた大きさではない。

 建物の周りは、草があちこちから生えているが石畳で、馬車の車輪の跡か、所々草が踏みにじられているのがわかる。

「ただの古い家じゃねーか」

「匂いは?」

 ターコイズはしばらく周囲を確かめ、建物の前で止まる。

「ここで途切れてるな。馬車の跡もこのへんで折り返してる」

 一見すると、蔦に覆われた建物には、入り口などは全て閉ざされているように見える。

 縮小して複写した地図を取り出す。入り口は……。

「ここ、蔦が浮いてるわよ」

「恐らく……」

 罠だ、と言い終えるより先に、アルスが蔦を引っ張った。

 上空から、幾つもの羽ばたきが聞こえてくる。

「……お前の辞書に『慎重』という言葉はないのか」

 見上げた先に、翼を広げた人型の生き物を確認し、疲労感を感じた。

「べつに。ただ、こういうのが出てくる仕掛けなら」

 今は何の飾りもない左手を、姿がはっきりと見えるほどに近づいた、異形の者に向ける。鳥の様な翼に、獣の様に長い体毛に覆われた体から、これも合成されたものなのだ

ろうと推測できた。

「わざとかかって、全部、始末した方が、いい」

 冷たさを感じるほどに静かな言葉と共に、アルスの手から赤い魔力の固まりが放たれ、異形を包み込む。そして、空中に留まったまま、異形の者達はその姿を崩し、消えていった。

 確かに、魔物に限りなく近い異形の者を放置することは出来ない。

 だが。

「相手に逃げる時間を与えることになる」

「……わかったわ」

 異論がありそうだったが、事情は理解したらしい。

「それで、入り口は?」

「此処だ」

 蔦を掻き分けて、出てきた仕掛けを動かすと、壁の一部が地面に沈み、地下への階段が現れた。

「地上の建物は飾りに過ぎない。研究所の本体は五層で、しかも迷路状になった地下だ」

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