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竜皇女と婚約者  作者: 凍雅
8/22

竜皇女と婚約者 8

 紅竜軍。

 それは、皇族自らが率いる、対魔法術・魔技術に特化した軍。

 皇宮の警備にあたる親衛部と、特殊能力を持つものを集め、対魔法・魔技術専門警察機構として大陸全土に展開する特務部の二つに大きく分けられる。それに軍属として、軍医や事務官、各分野の魔技術師・魔法術師も組み込まれている。

 私が向かったのは、特務部付魔技術研究所。魔薬の成分分析をしたのも此処だ。

 各分野の室長室、その扉の一つを叩く。

「どうぞ」

 いつもと変わらない、穏やかな声に出迎えられた。

「おや、クラウス。久しぶりだね」

「ええ。戻って来た挨拶をして以来ですね」

 特務部付魔技術研究所魔法生物学室長。

 知性的で穏やかな風貌、それに貴族的な品格。五〇を越え初老の域に入っても尚、むしろ年齢による深みも増して、幅広い年齢層の女官達に妙な人気がある。本人も独身貴族を気取っているので、まんざらでもないらしい。

「殿下のお相手というのも、なかなか楽しそうだね」

 秘書がいるはずだが、今は席を外しているのか、自ら茶を淹れながら笑う。

 明らかに、昨夜の事を指しているのだろう。

「……まぁ、退屈する暇は無さそうですね」

「退屈は人生の敵だ。退屈しない人生というのは、いいものだよ」

 目の前に置かれた優美なカップの中には、見慣れない色の正体不明の液体。

 不審の眼差しを向けると、柔らかな笑みを返してくる。

「ハーブティーだよ。疲れがとれる」

 この笑顔に、何度騙されたことか。

「そう言って、色々と盛ってくれましたよね」

 睡眠薬やら、媚薬やら。

「根に持つね」

「あれだけの被害に遭えば」

 棘を含めた言葉にも、笑顔を崩す様子はない。

「それは本当に、ただのハーブティーだよ。今の君に一服盛るほど、命知らずじゃないからね」

 だが、娯楽の為には命も懸ける一族だ。信用ならない。

 とりあえず口元に運び、香りを確かめる。特に異常は見られない。

 ほんの少量を口に含む。

「……ユーマ教授」

「疲れがとれるだろう?」

「脱力すると言いませんか?」

 確かに、普通のハーブティーだ。

 ……塩さえ入っていなければ。

 深く溜息を吐く。

 これさえなければ、学者としても、人としても尊敬できるのだが。

「君は堅すぎるんだよ。もう少し人生を楽しんでいい。折角、あの一族に生まれたというのに」

 そう笑って、別のティーカップを持ってくる。こちらには、仕掛けはないらしい。


 ユーマ・リーザ・ジュロン。生まれ持った名はユーマ・デ・セラ・マイン。

 マイナールの先王の子で、私の父の異母弟にあたる。学問の道に進み、今はマイナールを出てリュドラスに仕官し、リュドラス魔技術学院の教授も勤め、魔法生物学においては権威でもある。

「それで、わざわざこんな所まで来るというのは、どんな用件かな?」

 今の立場から言えば、私が彼を呼び出すのが筋。それを曲げて自ら足を運んでいる以上、内密の用である事は察しているだろう。

 だから私も、簡潔に用件だけを述べる。

「セトンの森と研究所の地図を借りに」

 沈黙。

「……断る、と言ったら?」

「リセルストの権限で、リーザから徴収する」

 穏やかな笑顔を維持したまま、それでも眉が微かに動く。

「拒否権は無いという事ですね?」

「ええ」

 ユーマ教授は軽く瞼を閉じて、しばし考えを巡らせたらしい。

「お伺いしたい点があります」

 立場は、甥と叔父から、ジュロンの次期宗主と一員にすり替わる。

「どうぞ」

 促す。

「何の為に、誰がどのように使うのか、お聞かせ願いたい」

「第三特務部扱いの事件捜査の為に。指示するのは私になる」

 再び沈黙。

「……わかりました」

 教授は立ち上がると、机の中から、過剰に装飾的な装丁の大判の本を取り出す。そして表紙と背の装飾を捜査すると、表紙が二枚に割れ、間に挟まれた紙が出てきた。

「念の為お伺いしますが」

「何か?」

「協力する以上、お咎めなしですね?」

 食えない笑みを浮かべて、地図をちらつかせてくる。

 無論、二〇年前、皇家直領内にあるセトンの森に忍び込んだ事、では無いだろう。

 地図を受け取り、あらためる。これなら十分使えるな。

 そして、教授の言葉の意味を考える。

 ……ああ。

「火遊びのツケは、自分で払って下さい」

「関知しない、と理解してよろしいか?」

「いちいち構う気もありません」

 特三ではないが、眷属の女官と修羅場があったらしい。しかし、そんなものにいちいち構っていられる程暇ではない、というよりむしろ関わりたくもない。

「まぁ、アルスが何かするようでしたら、一応止めはしますが」

 結果までは、責任を取りかねる。

 火遊びに見せかけて、こっそりと生体実験をしているのは間違いないからだ。

 相手の同意をどの程度得ているかが、問題になる点だ。「何をされてもいい」と言う女は多くても、その「何」の中に生体実験を想定している女は、普通いない。

「程々にしておいて下さい」

「まぁ、心掛けよう」

 ……行動を改める気は欠片もないな、これは。

 



「ところで、先日保護した者達の様子はどうですか?」

 魔薬の摘発の際、保護した中毒者は、彼の管理下に置かれている。

 特務部付魔法生物学研究員は、眷属にとっての医者でもあるからだ。

「手を焼いてるよ。クスリが切れて魔物になる寸前だ」

 溜息を吐く。

「中和剤は試作段階に入っているが、既に精神を侵されている者はどうにも。一、二回使った程度の者なら戻せるかも知れないが」

「魔薬の人間への影響は?」

「使い方によるね。魔法生物にしか効果が出ないようにも出来るし、人間をショック死させることも出来る。非常に巧妙なクスリだよ」

 机の上にあった書類を渡してくる。

 中毒者の治療経過報告だが、あまり成果は上がっていないようだ。

「成分を見たけど……彼ら、かな。後ろにいるのは」

 口調に苦い物があるのは、エデルが自分の元部下であり、弟子でもあったからだろう。

「私もそう考えています」

「そうか。他に、私に出来る事は?」

「エデルの論文が有れば、読みたいのですが」

「わかった」

 書棚の冊子を取り出す教授の背中に、もう一言。

「あと『セトン研究録』を。他にも、魔法生物の属性合成に関わるような文献が有れば」

 教授は手を止め、背を向けたまま答えた。

「それは、学院に申請を出すべきじゃないかな?」

「許可を待つ時間が惜しいので。複写をお持ちでしょう?」

「やれやれ。そういう所は母親似だね」

 苦笑して、冊子や書籍を数冊抜き出し、私の前に積み上げていく。

「エデルの論文。『研究録』それと、同じ著者の別の文献。こちら二つは、出来れば此処から持ち出さないでもらいたいが」

 確かに、私としても、特三の詰め所や何時アルスが来るかわからない自室で、これを読むのは憚られる。

「しばらく場所をお借りします」

「私は『患者』の様子を見てくるから、好きなようにしていいよ。必要なら書棚の物は使ってくれ。報告書が来たら、先に見てくれて構わない。じき戻るから、質問が有れば後で聞くよ」

 時計を見てそう言うと、教授は部屋を出て行った。

 アルスの竜化を押さえる研究の為に魔法生物学はある程度学んだが、専門外であることに変わりはない。文献を読むには、少し時間がかかるかも知れないな。




 『セトン研究録』は抜粋しか読んだことがなかったので、全容を読むのは初めてだ。

 予想はしていたが、研究録にせよ属性合成に関する文献にせよ、あまり気分の良いものでは無い。

 コハクは、何処で、何故、こんなものを読んだのだろうか。

 エデルの論文は、セトンの研究を後年編集した文献、こちらも禁書ではあるが知名度が高いものを元に、セトンの研究内容を確認していくものだった。

 その過程で、医療行為を逸脱しかけている点が散見できる。よく、問題にならなかったものだ。

 そして、これらの研究が最終的に行き着く先は。


 『竜』


 通常の眷属は、火地風水の四元素のいずれか一つと、陰陽どちらか又は中立の傾向を持つ。

 例えば、地虎のコハクは地の陽、水蛇のヒスイは水の陰、風狼のターコイズは風の陽、といった具合だ。

 しかし、その長である竜は、突出している属性があるとしても、全ての属性を持ち、陰陽のどちらでもありどちらでもない。

 眷属を掛け合わせて、属性を合成させるのは、全ての属性を持つ竜に匹敵する存在を生み出そうという、神の創造を目指すもの。


「新種の魔法生物を、どう思われますか?」

 しばらく前から部屋に戻っていた教授に問いかける。

「人の手が加わった物だろうね」

 急に話しかけられても、動揺の欠片もなく、あっさりとした言葉が返って来た。

「報告書を見る限り、成体のようです。以前の事件からは五年。それ以前から用意されていたものだと?」

 教授は少し言葉を選びながら、答えた。

「新種については、目撃証言だけしかない」

「ええ」

「体格は成体と同程度だが、知能の程度が分からない」

 知能?

「もっとも、合成されたのならば、そもそも知性や理性が有るかさえ疑問だ」

 確かに、先程読んだ資料では、合成した魔法生物は全て、乳幼児期で死んでいるか、成体まで生きながらえても魔物と化している。魔物になっている、と記述されると言う事は、理性や知性があると認識されなかったという事。

「成長を促進させることが出来るとして」

 仮定として話はしているが、これは確信。

「新生児を成体……人間で言うなら十代の半ばくらいまで成長させるのに、最短でどのくらいかかりますか?」

「成長が早い種ならば、一年、といった処かな」

 妊娠期間を約一年として、最短でも二年前から動いていたことになるか。

「エデルの目的はともかく、エセルは何を考えているやらな……」

 教授が溜息混じりに呟く。

「わかりませんか?」

 私にしてみれば、エセルの目的の方が予想しやすいのだが。

「何故今更、こんな事をする必要がある?」

「むしろ、今だから、と言った方が適切かもしれません」

「今だから?」

「私がアルスと婚約はしても、まだ結婚はしていないから、ですね」

「まさか!?」

 ようやく思い至ったらしい教授に頷く。

「ならば、君が前線に立つのは危険ではないのか?」

 そうかもしれない。

 だが。

「私はリセルストです。裏切り者を処分するのは、私でなければなりません」

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