竜皇女と婚約者 7
「アルス様、すげー不機嫌だぜ? つーか、その顔。昨日何やったんだ?」
扉を閉めた途端、ターコイズもあの場では言い出し難かったのだろう疑問をぶつけてきた。
「私の顔はどうでもいい。とにかく、お前たちに聞きたい事がある」
「は、はい。なんでしょう?」
あの三人、ヒスイはともかく、特に今のアルスの前では聞けない質問。
「眷属達は、人間の街に女を買いに行くのか?」
三人は、一瞬沈黙した。
「……直球ですね」
コクヨウが渋い顔で呟いた。
「婉曲的に聞いても仕方がないだろう。理解力の無い奴もいるのだし」
「俺かよ」
「え、ええと、確かにそれは、あちらでは、話せません、ねぇ……」
メノウが、隣室を気にしながら、溜息交じりに言った。
魔導器の機能は無効にしたし、私は魔法力を感じ取れないのだが、扉を通しても、アルスの不機嫌な魔力、むしろ殺気に近いものを感じる。早めに切り上げたい。
「答えは。別に、お前たちの個人的な話を聞いている訳ではない。一般論だ」
「行きますね。里の中では何かと目がありますから」
「ま、純血にこだわる奴らも、女が里を出るのには無茶苦茶うるさいけど、男がふらっと遊びに行くくらいなら、別にうるさく言わないからな」
「そ、そうですね。と、特に、閉鎖的な里、の、血気盛んなものほど、ち、近くの都市まで、行くことが多い、ようです」
そうか。それなら。
「それは当然、眷属だという事を隠して行く訳か」
「普通はそうですね。いくら遊女でも、好んで眷属の相手をする事はあまりありません」
「なら、もう一つ聞く。そういう輩は、もし、眷属を優遇するような妓楼が有ったら、通うと思うか?」
また、微妙な沈黙が降りた。
「お前、すげーえげつない事聞くな……。さすがマイナ……」
「それは関係ない」
ターコイズの言葉を、「力」を込めた言葉で遮る。
眷属相手にどの程度効くかは、よくわからないが、固まったところを見ると、ターコイズ程度が相手ならそれなりに効くらしい。
「……まぁ、その、優遇の内容にもよりますが、通うでしょうな。おそらく」
「え、ええ。よ、よほど他に執着が無いなら、じょ、条件のいいところに、通うかと……」
多少、言いにくそうにするコクヨウやメノウに対し、解凍したターコイズはあっさりと言った。
「ま、どうしてもって女がいるわけじゃなく、誰でもいいんなら、優遇してくれるとこに行くんじゃねーか? 普通」
眷属でも、やはり男は男か。半分獣なだけ、余計と正直かも知れないな。
「とりあえず、半分は繋がった。もういい」
ある程度の結論を得て、三人に部屋に戻るように促した。
しかし。
「……俺、これ開けるの嫌だぞ」
戸口にいたターコイズが、扉から離れる。
「……さ、殺気が、伝わってきます……」
……。
私が開けるしかないか。
扉を開けると、鋭い視線が突き刺さった。約一名、同情的な視線も有ったが。
「で。こそこそ話して何かわかったの?」
段々とアルスの機嫌が降下していくのが、ひしひしと感じられる。
どこかで爆発して早めに発散して欲しいと、初めて暴走を願いたくなった。
「魔物は、恐らく魔薬中毒ではないかと思う」
「魔薬?」
「魔物化した男は、時折人間の街に出ていたと言っていただろう」
地図を示す。
「この里から近い都市はここ。都市には青。そして都市の近くと、里の近くに黄色。これは同一人物だろう。他も恐らく同じだ」
正しくは『里から最も近い、色街がある都市』だが、それは伏せるとして。
「人間の街で魔薬に溺れた、という事ですか」
コクヨウが確認してくる。
「それが可能性が高い。そうでなければ、同時にこれだけの魔物が発生するのは異常だ」
「で、では、各地の『魔物』の情報を、か、確認する必要がありますね」
メノウが魔物に関する書類を、分類していく。
「五年前には、そのような事はありませんでしたわよね?」
確かに、ヒスイの言うように、五年前は妓楼に集めた眷族の女を魔薬漬けにしただけだった。
「眷属の子供を手に入れたいのなら、男を魔薬漬けにしても仕方が無いぜ? 母親が眷属なら子供も眷属だけど、父親が眷属でも母親が人間だったら、ちょっと魔力が高い程度の人間にしかならないだろ?」
「もしも、意図的に異種混血させようとしたなら? 両方を魔薬漬けにした方が都合がいい」
「……どうして、そんなろくでもないこと考え付くかしらね」
アルスがぼそりと呟く。
これは、相手の思考を踏まえた上での推測だ。私が好き好んで考えた訳ではない。
コハクが何かを言いかけて、迷っているような様子をしているのが気になったが、できれば話したくないというのが伝わってきたので、あえて聞かずに話をずらす。
「それに、これは『挑発』だと言っただろう」
「確かに、これだけ魔物が現れれば、その対応に追われますわね。城詰め以外にも特三はおりますけれど、それほど人数がいるわけではありませんもの」
「姿を見せながら、その距離を掴ませない。他に対応しなければならない事件を多発させて、自分の足跡を消しながら次の行動への布石を打つ。古典的な手法だな」
地図を睨む。
魔薬の販売経路と、眷属たちが魔薬に溺れたであろう都市、眷属を売りに出している妓楼。魔物以外、未確認の新種の魔法生物が報告された場所のピンを緑に変える。
まだ、何かが足りない。
五年前の事件に係わった場所に、黒のピンを刺していく。
……見えた。
「此処だ」
地図の一点に、金のピンを打つ。
魔薬の製造販売経路、魔薬の材料の仕入れの経路、眷属を魔薬漬けにして魔物化させた都市、眷属を集めた妓楼、そして、合成させたと考えられる新種の魔法生物。それらを監視でき、なおかつそれだけの研究ができる地点。
「……ここ、なにもないわよ? 遺跡も無いはずだし、研究所を作るにはちょっと面倒だと思うんだけど」
地図上は、街道から少し離れた森の中。特に建物がある印も無い。
「この森の名前を知っているか?」
アルスは地図を覗き込む。
「何も書いてないわよ?」
「一般には知られていない。お前が持つ、竜の血の記憶にも入ってないかもしれないな」
だが、私の記憶が正しければ。
「魔法生物学を学んだ魔技術師でも、ほんの一握りの者しか知らないだろうが、此処は『セトンの森』と呼ばれる事がある」
「セトン?」
アルスが眉を寄せて考え込む。記憶を検索しているらしい。
「……『セトン研究録』のセトンのことでございますか?」
コハクの言葉に、驚いた。
『セトン研究録』は、リュドラス皇家が竜の姿を失った時代、魔法生物学者セトンが記した魔法生物の生態の研究書だ。竜帝が力を失って、眷属たちも急速に弱体化していく魔法生物達の混乱期に乗じて、過酷な生体実験を多数行っている。当然、現在では禁書。リュドラス魔技術学院の最奥の禁書書庫に厳重に封じられてる。
「読んだ事があるのか?」
「……はい」
禁書の中でも、絶対的に数が無い古文書だ。それに、内容から言っても、眷族が読んで好意を持つものではない。一体何処で、と聞きたかったが、沈痛な表情にそれ以上問う事は躊躇われた。
「……えーっと、六〇〇年くらい前の最悪な魔技術師。眷属の生体実験とか、散々やった変態」
アルスの方は、やっと検索結果が出たらしい。検索結果の出力の問題で、間違ってはいないのだが、なんだその表現は。
「セトンの研究所があった場所だ。研究所が遺跡として残っている。二〇年ほど前に調査した人間がいるが、かなり大規模で、状態は六〇〇年前のものとは思えないほど良かったらしい」
「ふぅん。そこを乗っ取って使ってるんじゃないか、ってことね?」
「そうなるな」
もう一度地図を示す。
「この森を中心に、この街道沿い、それに、特にこの二つの街の妓楼を洗いなおしてくれ。何か出てくるはずだ」