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竜皇女と婚約者  作者: 凍雅
6/22

竜皇女と婚約者 6

 会議の座についてもターコイズは意識を失ったままだが、椅子に座らせた状態で放置されていた。

 誰も、いつもと様子の異なるアルスの方が気になるらしい。

「メノウ、情報を」

「は、はい。ええと、妓楼の場所の情報が入ってきたのですが」

 アルスの指示に、メノウが各地の特務部から上がってきたらしい書類をめくりながら言い淀む。

 『妓楼』という言葉に反応して、アルスの周りの気温が低下したせいばかりでもなさそうだ。

「何か問題があるのか?」

「か、各地の特務部に改めて問い合わせた所、か、かなり、数があるんです。大陸のあちこちに」

 何?

「地図は?」

「い、今用意します」

 メノウがわたわたと壁に地図を広げ、コハクが何色かに色分けされたピンを手際よく刺していく。

「赤が眷属を売り物しているとの報告が有りました妓楼、青は先日取り締まった魔薬の販売先として特定できました場所です」

 確かに、大陸のあちこちに見事に散らばっている。

 赤と青が重なる、または隣接する点は意外と少ない。

 コハクは更に、黄色のピンを加えていく。

「各地の特務部から『未確認の眷属』又は『魔物』と思しきものの報告が有りました場所です」

 『魔物』

 眷属が理性を失い、他種族に無差別に危害を加えるようになった者、ないし魔力を持ち害のある生物をそう呼ぶ。

「すべて見事に散らばってるな」

 コクヨウが溜息を吐く。

 確かに、地図を見る限り、関連性は読みとりにくい。強いて言うならば、魔物の黄は魔薬の青か妓楼の赤か、いずれかに近い位置にあることが多い点か。

 各色のピンの並びの図案化、街道や河川の流れや一般的な物流との関連、地域の共通点。当てはめてみるが、どれもしっくり来ない。余計なものが多すぎるし、何か重要な物が欠けている。

 まだ意識不明のターコイズ以外、皆無言で地図を睨みつけた。




「本当に関連してるの、ってくらいバラバラね」

 アルスの声が冷たく響く。

「それにしても、これだけの数の事件を放置してたとはな」

 沈黙が途切れた事で、言葉を発しやすくなったのか、コクヨウが呻く。

「そうですわねぇ。眷属が関わる案件は、(わたくし)どもの担当ですのに」

 人外生物には人外生物を、という理屈でもないだろうが、眷属が絡む事件は基本的に特三の管轄になる。古代ほど力が強くないとはいえ、眷属の相手は人間の魔法術師では手に余る為だ。

「眷属を売る妓楼が、これほどにあるとは、思いもよりませんでした」

「まぁ、眷属とは言っても、かなり混血が進んで弱体化した娘達でしょうけれど。人にも眷属にもなりきれない、外見だけに特性を残すような弱い混血児は、このような所に売られるとも聞きますし。いずれにせよ、気分はよろしくありませんわねぇ」

 コハクの嫌悪感を隠し切れない呟きに、ヒスイが微かに眉をひそめて応え、溜息を吐く。

「メノウ、報告書の詳細を見せてくれ」

「は、はい」

 報告書をめくりながら、今回の事件に関係のなさそうなものを除いていく。

「本物の眷属でなくとも、髪の色の薄い娘に髪を染めさせて『眷属』として売る店はある」

 その他に、眷属らしい娘が一人二人紛れ込んでるだけだと思われるものは除いていいだろう。

「それは一体どういうことですか?」

「妓楼で珍重される眷属は、主に風と水の属性。人間にはない色彩があるからだ。目の色は変えられないが、風の属性の青い髪、水の属性の緑の髪は染めれば偽装することができる」

「……詳しいのね」

 アルスの声が突き刺さる。不機嫌さが増している。

 普段ならば、爆風として暴走する魔力は、今回ばかりは冷気を帯び、爆発させずに蓄積させている辺り、非常に性質が悪い。

 だが、言い訳ではないが、これは一般常識の範疇だ。


 アルスと私の間に流れるいつもと異なる空気を、心配二割好奇八割の視線で見ながら、ヒスイが地図に刺さった黄色いピンを一つ、爪弾いた。

「それにしても、これは解せませんわねぇ」

 場所は大陸の西域、湖沼と湿原が多い地帯。

「ああ、ヒスイの出身地ね」

 アルスが頷く。

 一応、話題を変えてくれた、ということになるだろうか。

「こんなに近いところに出ている魔物を放置しているなど、里の者たちは何をしておりますのかしら」

「里に近いところに魔物が出没した場合、どのような対処をするものなのでしょうか?」

 コハクが問いかける。

 確か、コハクは人間の間で育ったと言っていた。眷属の里の事は、わからないらしい。

「身内から出たなら即刻処分する。それ以外なら、その種族にもよるな。近隣の人間と懇意ならば、こういった異分子は排除するが、そうでなければ、領域を侵されない限りは放置することが多い」

 答えたのはコクヨウ。

 人の社会で長く生活しているが、純血の火熊族で出身は眷属の里のはずだ。

「妾の種族は特に縄張り意識が強いので、これほど近くに魔物を放置するはずがないのですが……。メノウ、ここは新種の報告ですの? それとも魔物?」

「は、はい、えっと、魔物、ですね」

 メノウが書類を抜き出して、ヒスイに渡す。それに目を通すうちに、暗緑色の魔力が立ち上がるのが私の目にも見えた。魔導器が、強力な魔法力を感知し警戒を促している。

 ガタンッ。

 いつもおっとりと構えているヒスイには珍しく、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がる。

 その勢いに押されたのか、意識のないターコイズも椅子から転がり落ちていたが、誰も拾おうとはしない。

「申し訳ありません。少々、里と連絡を取って参ります」

 口元に牙を覗かせ、開いた襟元に鱗を光らせてそう言うと、中庭に向かう物とは別の扉の中へ消えていく。

 確か、地方の特務部との通信設備がある部屋だと思ったが。

「特務部以外とも通信ができるのか?」

「あ、相手に、そ、相応の設備があれば、可能です」

「そうか」




 ふと、床で何かが蠢く気配がして目を向ける。

「……ってー……」

 あぁ、やっと起きたのか。

 目を覚ましたターコイズが、のそのそと起き上がる。

「あー、一応話は聞こえてたぜ。体は動かなかったけど」

「……相変わらず頑丈だな」

「愛だ、愛!」

 コクヨウの呆れた声に意味不明の答えを返すと、ターコイズは一本の黄色いピンの近くを指した。

「俺の村じゃないけど、この辺に同族の里がある」

「お前と同族だと、風狼か」

 欠けていたのはこれか。だが、それでもまだ何かが足りない。

「他に、知っている眷属の里は?」

「え、ええと、少し離れてますが」

「構わない。とりあえず知っている限りあげろ」

 メノウ、ターコイズ、コクヨウの示す場所に白いピンを刺していく。

 数箇所、眷属の里の白と魔物の黄、もしくは魔薬の青が近い場所がある。

「これらの里の共通点は?」

 三人に問いかけるが、答えはない、その代わり。

「愚か者が! なんたる不始末かや!」

 聞こえてきたのは、かなり厚いはずのドアを通しても聞こえる、ヒスイの怒鳴り声。

「早急に捕獲し、処分せぬか! その程度の事ができずして、何が王か! 恥を知りや!」

「……な、なんだ?」

 伝わってくる強い魔力に、ターコイズが蒼ざめ、他の三人も緊張した面持ちで、扉を見つめている。

 ヒスイの魔力は特三の中でも屈指。

 現在大陸にいる眷属の中でも、相当に上位の能力者だという。

「珍しいわね。どうしたのかしら」

 動じていないのは、更に桁違いの魔力を持つアルスくらいだ。

 ただでさえ不機嫌なアルスに反応し続けている魔導器が、ヒスイの魔力にも警戒を促し続けていて煩いので、イヤカフスに手を伸ばすと魔法力感知の機能を無効にする。この場にいる限り、こうでもしなければ、考え事にも集中できなさそうだ。


 通信室から出てきたヒスイは、固い表情で真っ直ぐにアルスに向かうと、床に膝を付き、頭を垂れる。

「申し訳ございません。一族より、魔物を出しました」

「何?」

 アルスが険しい顔でヒスイを見る。

「魔物は、一族で始末いたします。ですが、魔物を出しましたことは事実。一族一同、いかなるお咎めも覚悟しております」

 一族から魔物を出す。それは純血の眷属にとって、この上ない不名誉であり、大陸の守護者であり主である竜帝への、最悪の裏切りでもある。

「今まで処分できていなかった、ということは、強いの?」

「妾の、甥にあたります」

「ということは、水蛇族の王族?」

「はい。王子になります」

 ヒスイは水蛇族の王族だったのか。それで、特三の中でも他とは格が違うわけだ。

「そう。あなたの力、必要そう?」

「いえ、里の者達に処分させます。例え子殺しになろうとも、身内から出た魔物の処分は王の努めです。その程度の事ができないようでは、一族はまとめられません」

「もしも、必要そうだったら、遠慮なく行きなさいね」

「恐れ入ります」

 ヒスイがもう一度深く頭を下げる。

 隣接するヒスイの里の白と、魔物の黄。少し離れたその地方の中心都市には魔薬の青ともう一つの黄。

「……その、魔物と化した男は、人間の街によく出ていたのか?」

「ええ。髪の色を変えて、街に遊びに出ることが多かったそうですわ。魔物と化したのも、人の街での事のようです。どうやら、人間を何人も手にかけたようですわ」

「すると、この二つは同じだな」

 一方のピンを抜く。

 地図に新たに加わった白いピンを見て、ヒスイはしばし首を傾げた。

「これは、眷属の里ですの?」

「ああ。他に付け足すものはあるか?」

 ヒスイの示す場所に、更に白いピンを足す。

「眷属の里に近い場所で魔物が出ておりますわね」

「……確認した方がいいわね。同じような事情かも知れないから」

 アルスの言葉に、メノウが確認の必要そうな里を書き出していく。

「この里に、何か共通点はあるか?」

 ヒスイはそれぞれの種族の名をぶつぶつと呟きながら、しばらく考え込む。

「強いて言うならば、どれも、純血にこだわりの強い一族ですわね。今でも、比較的強い力を持っております。ただ、人間との交流は、表立ってはほとんど無いと思いますわ。もちろん、魔物になった愚か者の様に、人間の街まで出歩く者はおりますでしょうけれど」

「そうか」

 あと、確認したい事は……。

 不機嫌なアルスの視線を感じる。

 ……此処では聞けないな。

「コクヨウ、ターコイズ、メノウ。少し聞きたい事がある、ちょっと来てくれ」

 席を立って、隣接する控え室へ促す。

「……ここじゃ話せないような事なの?」

 アルスが不機嫌に呟く。

「……少し、憚ることがある」

とにかく三人を隣室に連れ出した。

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