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竜皇女と婚約者  作者: 凍雅
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竜皇女と婚約者 5

「昨晩は随分と激しかったようだな」

 朝議を終えて執務室に戻ると、カルナー様が楽しげに仰った。

「……ええ。まぁ」

 言葉を濁す。

 昨晩、帝都上空を竜が飛び回っていたことは周知であり、今日に限って、私の顔がぼやけて見えることを不審に思う者も多いだろう。

 リュドラスに戻ってからは、別に顔を隠す必要は無い。

 しかしどうにも、給仕の女官が粗相をしたり、掃除中の女官が手を止めていたりと、何かと問題が起こるようなので、アルスへの対策や護身用の意味も兼ねて、視線を逸らす効果と魔法力の感知ができるイヤカフスだけをしていた。前髪もあまり顔にかからない様にしているので、これならば、多少印象は薄まるが顔は一応見えているはずだ。

 しかし今日は、魔技術師の時のように前髪を顔にかかるように落とし、細い管状の飾り――魔導器をつけている。

 恐らく、碧緑の宰相服を着ていなければ、皆、話しかけるまで私が誰かなど気にも掛けない事だろう。

「それに、大分男前になったものだな」

「……」

 私の小細工も、この方の前では無力らしい。

 カルナー様が執務中に掛けている眼鏡は、魔法術を見破る魔導器。書類に仕込まれた魔法術や、肉眼では見えないように魔法術で書かれた暗号を読みとる為の物。魔導器での目眩しなど簡単に見破れるだろう。

「まぁ、姫相手にそれだけで済んでいるのなら、不幸中の幸いと言えるかもしれぬが……一体何をした?」

 何を、と問われても私も困るのだが。

「……放置していた古い報告書を、今更に読み返したようで、改めて、過去についての追求が」

 まだひりひりと痛む、くっきりと手形の付いた左頬を押さえる。

 すると、カルナー様は何故か楽しげに言った。

「やはり、まだ他にも後ろ暗いことがまだあったのか」

「ありません」

 信用がないのか、それとも単に面白がられているのか。

「……ただ、情報の売買に使った店が悪かったようで」

 社会の暗部とのつなぎに使う場所は、やはり後ろ暗い場所になる。

 言ってしまえば、妓楼やそれに準じるような店が多い。

「まぁそれでは、そちらの買い物はしていないと言い張っても通じるまいなぁ」

 笑いと同情が入り混じった非常に複雑な顔と、哀れむような視線を向けないで欲しい。

「それで、あちらに行き難くて、こちらにいるのか?」

 図星だった。

「朝議は義務です。あちらは、現地の特務部からの連絡待ちですので、こちらに関連のありそうな報告が上がっていないかと」

 建前を述べて、私の席に積まれた書類を見る。

 ……普段よりも格段に増えている気がするのは、気のせいか?

 この調子でいくと、半月も特務部に関わっていたら、確実に机が書類に埋まってしまうだろう。

 つまり、あちらに係わっていても己の立場は忘れるな、という事か。

 保冷剤を包んだ布で頬を押さえて、深く溜息を吐く。

 とにかく急ぎの政務をさっさと片付け、他人に回せる物は任せ、当面私の所に来る書類がある程度限定されるように根回しを済ませると、気が進まないが特三の詰め所へ向かうことにした。




「いらっしゃいませ。クラウス様」

 婉然と微笑んで出迎えたヒスイが、私の顔を見た瞬間口元を押さえて笑いを堪えた。

「ヒスイ? ど、どうしたんですか?」

 ヒスイの様子にこちらを向いたメノウも、私の顔を見て絶句する。

 あぁ、眷属達にはまやかしなど効かないか。多少顔がぼやけはするらしいが、この頬の痕ははっきり見えるのだろう。

 そういえば、朝議の席でも皇帝がやけに嬉しそうだった。

 意味がないので、髪につけている魔導器を外す。

「私の顔はどうでもいい。アルスは?」

「中庭の方に」

 笑いをこらえながら扉を開けていくヒスイに、仕方がなく付いて行く。

 中庭では、コハクとターコイズが揉めていた。

 いや、どうやらただの組み手らしい。異様な殺気は漂っているが。

 ターコイズの手が、コハクの胸元を掠める。明らかに狙っている手つきだ。

 それを察したのか、コハクの鋭い蹴りがターコイズの喉元へ。紙一重で避けて後退したが、それまでの運動と、この攻撃への緊張か、肩で息をしている。

「い、今の入ったらマジ死ぬぞ!?」

「死ねばよろしいのですと、何度も申し上げております。魔法でも剣でも爪でも牙でも、お望みのものをどうぞ」

「半殺しで止めとけって言われてるだろ!?」

 半殺しにされるのは構わないのか?

 そう言い合いながらも、動きが止まらないのは見事だが。

 不機嫌な表情のまま、二人の手合わせを見ていたアルスが、ぽつりと呟いた。

「……殺してもいいかも」

「へっ!?」「え?」

 愕然としたターコイズが動きを止め、逆にコハクは慣性に従い、鳩尾に膝を入れ、身体に染み付いた流れなのか、崩れ掛けた体の背後に回ると首筋に手刀を決め、相手を完全に落としていた。

「……コハク。やりすぎだ」

 コクヨウが呟く。

「申し訳ありません。寸止めを忘れました」

 地面に伸びた男は放置し、ヒスイ含め三人がアルスに駆け寄る。

「アルス様。一体?」

 コクヨウの戸惑いを余所に、アルスは憮然と呟いた。

「コハクが殺したくなる程嫌なことしたんなら、仕方がないでしょ」

「ええ、まぁ、そうなのですが……」

 当のコハクも困惑している。

 無理も無い。本来、アルスは命を奪うことには神経質なほどなのだ。


「アルス」

 声を掛けると、半眼でこちらを睨み、ぷいと顔を背けた。

 今更のように怒って人を張り飛ばした上に、指輪を投げ捨てて変化して暴れてもまだ足りないかお前は。

 異様な雰囲気にコハクとコクヨウが私を見、驚愕の眼差しと、なんともいえない複雑な表情とを向けてくる。

 だから、私の顔はどうでもいいと言うのに。

 頭の中で優先順位を並べる。

 アルスの機嫌を直すのが最優先だが、これはかなり難しいらしい。頭を軍人に切り替えさせれば、多少は理性が戻るだろうか。

「事件について、何か新しい情報は?」

 アルスは不機嫌なまま、それでも顔を上げた。

「入ってるわ。コクヨウ、ターコイズを拾って来て。会議にするわ」

「はっ」

「コハク、会議の準備。ヒスイ、ターコイズの治療お願い」

「かしこまりました」「わかりました」

 それぞれに指示を出す姿はいつもと変わらないが、私に振り返った視線は刺々しい。

「私に会ってからは、何もないって言ったのにっ!」

 言い捨ててさっさと歩き出す後姿に、掛ける言葉が上手く見つからなかった。




 そのままアルスの後を追う事もできず、地面に伸びたまま放置された男を見下ろす。

「……いつもこんなに険悪なのか?」

「ええ」

 ヒスイは治癒の術を掛けながら、あっさりと頷いた。水の属性であるヒスイは、戦闘能力も高いが、治癒系の術も得意とする。

「一体何が?」

 多少からかわれたくらいで、あのコハクが切れ掛かるとは思えない。思いたくない、といった方が正しいか。

「狼が子猫ちゃんを食べようとしたら、実は虎で返り討ちに遭った、といったところですわねぇ」

 裾を軽く払って立ち上がったヒスイから、ある程度予想の範囲ではある回答が返ってきた。

 ……確かにターコイズは救いようがない女好きの上に、真面目で堅い女を落とす事に妙に情熱を注いでいる。

 しかし、実際の年齢はともかく、コハクの外見はせいぜい十四、五。

 一般には十六歳が成人とみなされるが、犯罪の一歩手前だ。

「しかし、懲りない奴だ。何回目だ?」

 コクヨウが深く溜息を吐いて、まだ意識を失ったままの男を軽々と担ぎ上げる。

「さぁ。十回を越えてからは、数えていませんわねぇ」

 日常なのか。

 ヒスイのおっとりとした言葉に頭痛を感じた。

「ところで、そのお顔はいかがなさいまして?」

「気にするな」

「気になりますわ。素敵なお顔が台無しですもの」

 うふふふ、と、何処まで事情を知っているのか、含み笑いを漏らす。

 だから、この蛇女は性が合わないというのだ。

 陰鬱な気分になりながら、これ以上待たせると余計不機嫌になるであろうアルスの元へと重い足を引きずった。

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