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竜皇女と婚約者  作者: 凍雅
22/22

竜皇女と婚約者 22

 春と秋、夏の紅い月と冬の蒼い月が入れ替わる夜がある。

 その前後は紫の日と呼ばれ、二つの月の力が満ちる、魔力を持つものにとっては、最も力が高まる時期。

 そして、眷属にとっては最も重要な儀式を行う夜でもある。

「覚悟は良いのだろうな」

 まだ不満があるのだろう、皇帝が確かめるように声を掛けてきた。

「今ならばまだ間に合うぞ」

「今更逃げませんよ」

 むっとした表情を見せる皇帝の前を通りすぎ、神殿の奥で待つアルスの元へ向かう。

 後宮の奥にある神殿は、名こそ『神殿』と付いているが、神像があるわけでもなんでもない。

 むしろテラスと言った方が近いだろうか。

 湖に張り出したその床には、世界の構造を図案化したとも言われる複雑な図形が、紅い石で描かれている。

 紅い月と、蒼い月。

 二つの光が交じり合った、紫の光が降り注ぐその中に、真紅のドレスをまとったアルスが待っていた。

 その傍には小さなテーブル。

 その上には、短刀と脚の高い杯が並ぶ。

 介添人はいない。

 この場にいるのは、私とアルスの二人きりだ。

「待たせたか」

「ううん。ちょうどいいくらい」

 中天に並ぼうとする月を見上げる。

「最後の確認になるけど」

 横に並ぶアルスが声を掛けてくる。

「後悔しない?」

 確かに『血の契約』は人を人外のものへと変える物。

 そして、契約者の命を竜に沿わせ、その死後をも縛る物。

 今後、後悔することが絶対にないとはいえないが。

「後悔させなければいい」

 答えて、時計を見る。

「そろそろか」

 アルスも月を見上げる。

「そうね、はじめましょうか」

 血の契約そのものは、誓約の言葉を交わし、互いの血を酌み交わすというものに過ぎない。

 血を酌み交わすなど、悪趣味極まりないと思っていたが、眷族にとって、血の遣り取りはそれだけで大きな意味を持つのだろう。

 契約が済めば、私も真っ当な人間とは言い難くなる。

 竜の血を受けた契約者が手にするものは、竜に準じた力。

 魔力を持つものならばその力は飛躍的に高まり、老化の遅い竜にあわせ長命となる。それだけでも相当なものだが、むしろそれ以上に重要なものは、記憶の伝承。

 竜の持つ、世界の記憶に触れることが出来るのだ。

 不完全な契約による『赤の記憶者』ではなく、自身の意思を残したまま、膨大な神の記憶に触れる。その点について、好奇心の方が強いことは否めない。

「覚悟はいい?」

 頷いて、手渡された刃物を構える。

 月の光を受ける刀身は銀。

 それを、手首に滑らせる。

 切れ味がよほどいいのか、痛みは少ない。

 実際に切った私より、アルスの方がよほど痛そうな顔をしているくらいだ。

 手首を杯にかざし、皮膚に浮き上がる紅い液体を垂らす。

 差し出してきた手に短刀を渡す。

 私と同じ様に、手首を切ると、その血を杯に受けさせる。

 それが、ある程度溜まった所で、互いに杯を手にした。

「竜帝の血を、汝に与える」

 同時に、アルスの手を取り、まだ血が止らない傷口同士を重ねる。

「我、クラウス・リセルスト・ジュロンの血を、竜帝に捧げる」

 杯を傾ける。

 口腔に金属質の味が広がり、体中の細胞が拒絶反応を示す。

 それでも。

 気力で持ちこたえ、嚥下する。

「……竜の、血を、受け……この身は、その僕に。これより先の、生の、すべて、を、共に」

 歪む視界の中、今にも泣き出しそうな顔のアルスが見えた。

「世界の柱なる二つの月の下、誓う」

 傷口を重ねた手を、月にかざす。

「彼の血を我がものに、我が血を彼のものに。彼の命を我が命に沿わせ、この後の生、その死の後も、共に在ることを」

 強い眩暈をこらえながら、誓約の言葉を聴く。

 麻酔なしに内臓をいじるような手術をされたならば、こんな感じになるだろうか。

 膝が崩れるのを、支えられた。

「大丈夫?」

 また泣きそうな顔をしている。

 しかし、大丈夫だと答えられる状況ではない。

「契約は」

「成立したから大丈夫」

 何がどう変わったのか実感が持てないが、そう言うからには信じる他ない。

「……そう、か」

 虚勢すら張れる状況ではなく。

 口にした竜の血に宿る魔力が、体内で荒れ狂い、身体の組成すら変えられそうな苦しみに。

「―――」

 アルスの肩に頭を預け、掠れる喉で一言呟くと、意識は暗転した。




 深く沈んだ意識の中。

 気が付けば、どこかの書庫にいた。天井も床も壁も見えない空間の中、左右に巨大な書棚が並び、その中に私は浮かんでいた。

 前も後ろも遥か先まで書棚が並び、書棚の上下も左右も、限界が見えない。

 これが――。

「竜の記憶、なのか?」

 手近な本を手に取る。

 開けば、目に文字が入るよりも、意識に飛び込んでくる記憶、知識。

 一度に飛び込んで来るその知識の多さが、処理速度を越え頭痛を招く。

 本を書棚に戻し、息を吐く。

 これは確かに、準備無しに触れれば、自我を失うのも無理はない。

 書棚が並ぶ様が見えるのは、私の「知」に対する印象の問題なのだろう。

 アルスならば、きっと、このような空間に遊ぶことすら拒否しそうだ。

 しかし、何故私はこの空間でたゆたっているのだろう。

 きっと、何かを知らなければならないはずだ。

 書棚の間を縦横無尽に彷徨う。

 途中、目に付いた本を抜き出しては手に取るが、状況に変化はない。

 ただ、数冊かの本の姿をした記憶の集合体に触れることで、知識を取り込む感覚は少し身に付いた。

 そしてやがて、深紅の背表紙の本に目が惹かれた。

 それを手に取ると、膨大な知識が流れ込むのと同時に。

 書棚が遠のき、無限の空間の中、意識は、別な場所へと誘われた。




 目が醒めると、そこには見慣れた天井があり。

 それと同時に、すぐ傍に何かの存在を感じた。

 ベッドに寝ていて、これほどの至近距離に他人の存在を感じるということは……!

 慌てて身を起すと、そこには。

 淡い灯りを受けても豪奢に輝く金の波があり、その持ち主はといえば、いたって平和そうな顔で眠っている。

 ……驚かせるな。

 急に起き上がったことと、契約の後遺症、更に現在の状況に頭痛を感じていると、状況に異変を感じたのか、侵入者――アルスは軽く身じろぎした。

「……あれ?」

 寝ぼけ眼でぼけーと私を見ると、数回瞬きを繰り返し、やっと事情を理解したのか。

「クラウス!」

 声を上げて抱きついてきた。

「大丈夫? 痛いとことかない?」

 お前の行動に頭が痛い。

「特に異常はない。それより、何故ここで寝ている?」

「眠くなったから?」

 何故そんなことを聞くのかと言いたげに首を傾げる。

 聞き方が悪かったらしい。

「何故私の隣で寝ていると聞いている」

「なんかすごくうなされてたし、契約の後ちゃんと無事か確かめたかったし、ヒスイに勧められたし」

「乗せられるな」

 納得した。ヒスイの入れ知恵か。

 こんな現場を見たら、皇帝がこめかみに血管を浮かせそうだが、それ以上に生温い目で薄く笑いそうな面々に思い当たり、自然、溜息がこぼれる。

「まだどこか悪い?」

「いや」

 先々を思って頭が重いだけだ。

「……んー、やっぱりダメかしら」

 しばし、じっと私を見ると、アルスはそんな事を呟いた。

「何が」

「ん? やっぱり、魔力ないんだなって」

 ああ。

「その様だな」

 最後の本は、契約の内容に関するものだったらしく、契約を交わした結果、自分がどう変化したのか大まかに把握できている。

「まあ、僅かな魔力を持ったところで意味はないからな」

「もしかして、契約の結果、ちゃんとわかってるの?」

 驚くアルスに疑問を感じながら頷く。

「目覚める前に、その知識に触れてきたが?」

「うそっ、もう竜の記憶使いこなせるのっ!?」

「驚くことなのか?」

「驚くわよ。身体の組成の変更は数日で急に起こるけど、それにうなされ終わってからも目覚めないのって、受け継いだ記憶をまだ扱えないからなのよ。普通はあわせて一月近く寝込むらしいし、あの母様だって十日くらいかかったって言ってたのに、クラウス寝てたのたったの三日よ? まだ身体の変化だって落ち着いてないはずなのに」

 いやむしろ。

「三日、経っているのか」

「うん、今は夜だから、ちょうど丸三日間かな」

「その間、ここにいたのか?」

「いたわよ?」

 それがどうしたのかと、ごく当たり前の様に言うが、それは、そう簡単に出来ることではない。

 もし目覚めなければ、十日でも、一月でも、ずっとそうしていたというのだろうか。

 まったく、一途というか単純というか。

「気分が悪くないなら、何か飲む?」

 ベッドを降りていくアルスを視線で追うと、室内には勝手に様々なものが持ち込まれており、一応長期戦の構えはしていたらしいことが伺える。

「何か軽いもの持ってこさせてもいいし、お茶くらいなら、道具はあるわよ。お湯は沸かせるし」

 自分で淹れるとは言わないところがアルスらしい。

「そうだな」

 立ち上がると少し眩暈がするが、眠り続けていたせいか、水分が欲しい。

 テーブルに並べられたものを見ると、茶器や時間を置いても食べられる軽い食事の他に、何を考えたのか、酒瓶や、怪しげな薬剤の入った小瓶が並んでいる。

「これは?」

 アルス自身は酒好きだが、一人では飲まない。怪しげな薬剤にいたっては、何を考えているのか手に取るようにわかって、頭痛が酷くなる。

「薬草とかが入った、元気が出るお酒だって。そっちの薬も元気が出るからって言ってたけど」

 『元気』の意味が微妙に異なっているようだが、気が付いてないならそれでいいだろう。

 祝福されているのか、単に遊ばれているのかわからない。

 アルスが魔法術で沸かした湯で薬草茶を入れ、一息つく。

「みんなに知らせてきてもいいけど、どうする?」

 時計を見ると深夜だ。何も叩き起こして知らせることもない。

「朝でいいだろう。もう少し休む」

「うん」

 と、うなずいて、アルスはじーとこちらを見る。

「どうした」

 答えはなく、ただ見つめる視線を強くしてくる。

「……好きにしろ」

「うん」

 満面の笑みを浮かべてくるアルスを拒絶できるわけもなく。

 こちらの事情や、周囲の者達の思惑も全く意に介していない様子に、もう少し状況を読めと言いたくなった。




 朝になって、皆の前に出れば。

「おめでとうございます。これで解禁ですわね。うふふふ」

 だとか。

「これで君も立派に人外だね」

 などという、からかわれているのか何なのかわからない祝いの言葉を受け。

「ふん、結局魔力は身に付かずか」

「思ったよりも回復が早いようだな。早速、仕事に復帰してもらおうか」

 やはりいつもと変わらぬ人がいて。

 竜の血を受けて何が変わったかといえば、世界の見え方は多少変わったが、それほどに劇的な変化でもなく。

 それでも、副宰相の就任や、婚礼に向けて徐々に変わり行く日常を受け入れていった。

 未来に全く不安がないわけではない。

 いかに竜の記憶、世界の知識に触れることが出来ても、未来を予知する力はない。

 それでも。

「また仕事ばっかりになってるー。時間空けてー、たまにはお茶しよ?」

「たまにというのは三日に一回のことなのか?」

 このおおよそ神らしさの欠片も見せないが、この神の一人と共に在れば、人生が多少長くなったところで、退屈する暇などないだろう。

 それで、今は満足だ。



これにて完結です。ありがとうございました。

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