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竜皇女と婚約者  作者: 凍雅
20/22

竜皇女と婚約者 20

(残酷描写があります)

 気が付くと、元の洞窟に戻っていた。

 傍らには、アルスが私を支えるように立っており、その厳しい視線の先では、先程まで地面を覆っていた澱んだ水が干上がった跡、水際であった場所に、二人の男が倒れている。

 その身からは、合成獣の名残なのか、その二人が本来持っていないはずの魔力が目に見えるほどに立ち昇っていた。

「私は……、あきらめ、ない……!」

 己から湧き上がる魔力に身を焼きながら、エデルが起き上がろうとするが、身体は満足に動かない。

「私は出来損ないじゃない。私だって、力を得られるはずなのに……!」

 もう、私達のことも目に入っていないのだろう、うわ言のように呻き続けている。

 その姿に、魔力を向けようとしたアルスを止める。

「どうして? どうせもう……」

 助かる見込みはない。

 助ける理由もない。

 力を求めたものが、その結果、得た力によって自滅するのであれば、それは、法を持ち出すまでもなく、世界の摂理によって裁かれたといえるだろう。

 もう長くないのであれば、苦しみを長引かせないようにするのは、せめてもの慈悲とも言える。

 だが。

 苦しみを長引かせるか、断ち切ってやるか。

「それは、私の務めだ」

 どちらかを選択し、与える――裏切り者を裁き、相応の処分を下すのは、主である竜ではなく、「ジュロン」の宗主である私の務めのはずだ。


 二人に歩み寄る。

「クラウス」

 声を掛けてきたのは、仰向けに倒れたまま、沈黙していたエセルだった。

「何か、言い残すことはありますか?」

 その傍に立って見下ろす。

「尋ねたい事がある」

 口調は、ついさっきまで死闘を演じていたとは思えないほどに静かだった。

「聞きましょう」

「我々は、ヒトか、それとも、魔物か」

 眷属の両親を持ちながら、獣の姿も魔力も持ち得なかった者。それは、一体何者なのか。

「……私には、ヒトに、見えます」

 断言は出来ないが。

「あのような化物の核になっていても、か」

 それでも。

「魔力を持たない者は、眷属でも、魔物でもないでしょう」

「だからと言って、ヒトであるとも言えぬのだろうがな」

 薄っすらと笑みを浮かべるエセルに尋ねる。

「置き土産に、貴方達を産みだした貴族の名を伝える気はありませんか?」

「制裁でも下す気か」

「眷属を使った生体実験を行っているのならば、それなりの制裁を受けるべきです」

「そうかもしれぬな」

 しかし、私の問いに答える様子はない。

「答えるつもりは、ありませんか」

「答えたところで、どうにもなるまい。程度に多少の違いはあれ、似たような真似をしている貴族は、両手では足りぬからな」

 それはやはり。

「まぁ、自分で探すのだな」

 そう言う姿は、先輩の秘書官であった頃と変わらない。

「……思い残すことは、ありますか」

「己の正体がわからなかったことは、心残りだが、一時とはいえ人の頂点近く迄上りつめた。力も、敗れたとはいえ竜帝とやりあうだけのものは手に入れた。それ以上を望むのは、贅沢というものだろう」

 視線を、自分の半身にちらと向ける。

「あちらは、思い残すことが、まだありそうだが」

 残る力を振り絞って、這い動こうとする姿は、確かに、強い執着があればだろう。

「どうせ処分するのだろうが、鏡像である我々は、片方を狙っても無駄だ。エデルの言い分も聞いてやるといい」

 既に、死期を悟った言葉。鏡像であるというならば、何故これほどまでの差が出来るのだろうか。


 私は、数歩離れたエデルに歩み寄った。

「まだ……、まだ、私は死ねない……!」

 消え行こうとする己の身体に鞭打ち、生に、力にしがみつこうとし続けている。

「まだ、しがみつく気なのか?」

 声を掛けると、やっと気が付いたように私に目を向けた。

「何故ですか」

 その口が紡ぐのは怨嗟の言葉。

「何故、私達には、力が受け継がれなかったのですか。何故、捨てられなければならなかったのですか!?」

 その問いに対する答えを、私は持たない。

 表面上、受け入れ諦めた様子でも、エデルは捨てられたことが、ずっと心に残っていたのだろう。

 だからこそ、生物学を学び、眷属や竜の研究へ進んだのだろうか。

「学問で認められ、それでも満足はできなかったのか?」

 答えはない。

 リュドラス魔技術学院を優秀な成績で卒業し、当時の師であったユーマ教授の研究室に入り、そのつながりもあって、特務部付きの研究所に入った。

 それだけでも、かなり稀有な能力といえる。

 しかしそれは、エデルにとって、納得のいくものではなかったのだろうか。

「力があったとしても、それで可能な事と、やって良いことには違いがある」

「神の行いにも、それは、間違っていると、いえるの、ですか?」

 興奮しすぎたのか、それとも、実際に最期の刻が近づいているのか、急に勢いが失せ、言葉の間に咳き込むようになった。

 その咳にも、赤いものが混じる。

「それを指摘するのは、その隣に立つ者の務めだろう」

「私は、神を超え……何の、否定もされない身を、望んで……」

 まともに話すことすら、もう出来ないというのに。

 その執着は、一体何処から来るものなのだろうか。


「もう、長くはないことはわかっていると思うが」

 服の中に持った銃を取り出す。

「魔素はまだ濃いのか?」

 問いはアルスへ。

「元が消滅したから、濃くはないわね」

「魔導器への影響は」

「よほど敏感なものでなければ、特に影響は無いと思うけど」

 答えを確認し、弾を新しく込める。

「人でありたいと思うか、それとも、人間であることを否定したいか」

 この問いは、二人に向けて。

「私は、人間などでは……!」

「……私は、人間でありたいと思うよ」

 答えを確認し、もう一つの銃を取り出す。

「最期の言葉があるなら聞こう」

 両手に、それぞれ銃を構える。

「最期の言葉など……!」

「もう諦めろ、エデル」

 静止する声は、エセル。それに歯噛みするエデルを横目に、言葉を続ける。

「強いものがあれば、それを超えたいと願うのも、目の前に謎があれば、それを解き明かしたいと思うのも、人として当然のことだろう」

 それは、否定しない。

「しかし、いかに君であっても、政務の片手間で解き明かせるものではないだろう。だからせめて、後世の者たちの為にも、竜という存在を残すのだな」

 皮肉げに笑うが、それは、彼なりの、寿ぎの言葉なのだろうか。

「……言い残すこと、など、ありません」

 もう話す気力さえないのかエデルは横たわったまま、荒い息を継いでいる。

「わかった」

 銃の引き金に手を掛ける。

「エセル・リセル・ジュロン。エデル・リーザ・ジュロン。ジュロンの名を得ながら、竜を裏切り、眷族を魔物に貶めた罪人。その罪は、万死に値する」

 断罪の言葉を紡ぐ。

「我、クラウス・リセルスト・ジュロンの名に置いて、裁きを」

 二つの銃声がこだまする。

 エセルには、金属弾を。エデルには、魔法弾を。

 二つの銃弾が、確実に二人の息を止めたのを確認する。

 死体となった二人に、改めて、二つの魔法弾を放ち、炎でその身を包む。


 それを見届けて、振り返ると、アルスが複雑な面持ちで立っていた。

 いつの間にか、軍服姿に戻っている。

「どうした」

「貴方がやらなくてもいいのに」

「これは、私の務めだと言っただろう」

「だけど、人じゃないって言い張るなら、私の管轄だわ」

 確かに、人外生物はアルスの管轄ではあるが。

「銃弾に込めてあるのは、お前の魔力だ」

「……いつの間にそんなもの作ったの」

 竜化を抑える魔導器で吸収した魔力の流用なのだが、あまり詳しく説明する必要もないだろう。

「ジュロンの一員となることは、その能力を認められたことに他ならない。だから、ジュロンとして、リセルストの手で死なせてやりたかった。人間ではない者としても、竜帝の魔力によって死を与えられるのならば、手を下した者が違っても、まだましだろう」

「そうだろうけど……」

 まだ不満が残っているらしいアルスを促す。

「二人の処分は終わった。帰るぞ」

「……うん」




 途中、遺跡の中で魔物の処分に当たっていたコハクとヒスイ、コクヨウとターコイズと合流し、外に出ると、もう白々と夜が明けてきていた。

 そこで気が緩んだのか。

「クラウス!?」

 急に酷い眩暈に襲われた。

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