竜皇女と婚約者 19
(残酷描写があります)
「……鏡像」
溶けあって一人となったエセルとエデルに向かって、アルスが呟く。
「「その通り」」
二人の声が、完全に重なる。
「どうして? 魔力なんて、欠片も持っていないのに?」
『鏡像』
名前だけは聞いたことがある。
眷属の中でも、双子で生まれた者ののごく一部だけが持ちえた魔法術、むしろ現象であると。
いずれか一方に危険が迫ると、もう一方に実体を移し、残りを幻影に姿を変えるものだと。
それに対処するには、双方に同時に致命傷を与えるしかない。
アルスの術の規模を思えば、それもそう難しくはないことだが。
「この能力を、もっと早くにわかっていたなら、あの方々も、我々を捨てなかったのでしょうね」
あの方々?
「お前達、一体何者なの?」
人間が持ちえるはずのない能力を目の当たりにし、アルスも警戒感を強める。
「何者なのか。それは、我々にもわからない」
二人は重なったり、分裂したりと、その姿をゆらめかせる。
「疑問に思ったことはないのか。何故、平民――むしろ出生不明である私が、皇女の婚約者として有力視されたのか。貴族共が異を唱えなかったのは何故か」
「思ったわよ。あれだけ、魔力の高い人間を選べってうるさかったのに、どうして、魔力の欠片もない人間を推したのか。でも、クラウスにはいまだにすごく反対してるんだから、裏で何か取引でもしてたんでしょうね」
「ええ。竜を超えたい者は、私達だけではないのですよ。そのために、竜を実験に使えるならば、と皆賛同してくださいましたよ」
では、この施設を初めとする諸々の資金の出所は――。
「貴族達が、お前達の後ろに?」
「ああ。もともと我々は、ある貴族の研究所で生まれた。合成実験の、失敗作として」
淡々と語るのは、エセルの方なのだろう。
「火蜥蜴の男と水蜥蜴の女を掛け合わせたそうだ。奇跡的に受胎し、そして、更に奇跡と呼べる確率を潜り抜けて、生きたまま、産まれてきた。それも双子として」
「……うそ。いくら種が同じでも、属性が正反対ななのに」
それが、どれほど限りなく零に近い確率であるのかは、私にもわかる。
「しかし。いざ、子供が生まれてみるとそれは、魔力を欠片も持たない、人間だった。否。人間と呼んでいいのかさえ、わからん」
自嘲して、続けた。
「失敗作だとわかり、すぐさま捨てられた。殺さなかったのは、それだけの手間をかける必要もないと思ったからなのだろう。それでも、運よく生き延び、それぞれに学問に活路を見出した」
どういった術を使っているのか。
一人に重なったエセルとエデルは、濁った水面に僅かな波紋を残しながら、奥へと歩いていく。
「専門課程にいる頃、かつて我々を捨てた貴族が声を掛けてきた。まさか、己が捨てた失敗作だとは思わず、単純に研究者として眼をつけたらしい」
貴族は、ほとんどが魔法術師。中には眷属との血の交わりによって魔力を維持する家系もある。
皇帝が竜の姿を失い、純血を護ってきた眷族に並ぶ程度まで弱体化する中、竜を越えようと研究を進める者がいるという噂は聞いている。
しかし、アルスの誕生で、竜の格の違いは明らかになったはずだった。
それでも、否、それだからこそ。
何とかしてアルスに近づき、その力の源を探ろうとする者は多い。
「それで、その貴族に指示されて特務部と官僚に?」
「いや、その貴族の事は、踏み台に過ぎない。我々は元から、竜を研究する為にジュロンの名を得るつもりだったからな」
はっきりと。
迷いもなくそういい切ると、振り返った。
「何故なのだろうな」
その問いかけは、誰にでもなく。
「何百年も昔に絶えた力が、表出するものがいる」
それは、先祖返りであるアルス。
「双方の親の持つ素質を、周囲が期待する通りに受け継ぐものがいる」
それは、小国ながら政治の名門でもあり、優れた魔技術師も多く排出するマイナール王家の父と、魔技術の名門の母を持つ私か。
「その一方で、受け継げるはずだったものさえ、受け継げないものがいる」
母が眷属であれば、通常、その子供も眷属となる。両親のいずれかが魔力を持っていれば、子供にもかなりの確率で受け継がれる。
「私は、その疑問を解きたかったのだ。その答えが、竜の持つ神の知識の中にあるのではないかと」
影が分かれた。
「私は、その理不尽を正したかったのですよ。生まれ持ったものが違っていようと、そこから先の努力で、超えられるものだと」
理不尽か。
確かに理不尽であるのかも知れない。
しかし。
「……人の気も知らないで」
アルスがぽつりと呟く。
そう、あまりに強すぎる力は、それもまた、重い負担となる。
力を持てなかった故の怒りと、力を持ってしまったが故の嘆きと。
それは恐らく、わかりあえることはないのだろう。
「自分が、実験で生まれながら、同じような身の上のものを作ることに躊躇いはないのか?」
実験に用いられ、安易に捨てられることの悲劇は、身を以って知っているだろうに。
「それこそ、思い違いというものだ」
私の疑問はあっさりと否定された。
「自分自身が実験動物として生まれ、そう扱われてきました。他のものを同様に扱うことも当然と思いこそしますが、何処に躊躇う理由があるのですか?」
エデルはそういって、水の中を覗き込んだ。
「折角です。お見せしましょう。私達の研究の成果を」
澱んだ水面が蠢き、その中から、何かが姿を現そうとしている。
あの液体は、体を溶かすのではなかったのか?
その中で、動くものとは、一体……。
「クラウス下がって!」
急に緊迫したアルスの声に、慌てて身を引く。
濁った水飛沫を避け、現れたものを見上げる。
何だ、これは――。
それは、見たことも無い、醜悪な生き物。
様々な獣の一部分を切り取り、巨大化し、張り合わせたような。
『この中に溶け込んだ者達の残滓ですよ』
声は、その生き物の中から。
「どこまでっ」
アルスが魔力を放つ。
「命をもてあそべば気が済むのっ!」
魔力が生き物の体を穿つ。
それでも、その部分は、他の部分の増殖によって直ぐに補われる。
しかし、魔力による衝撃で、壁面が崩れたのか、頭上から小石が落ちてきた。
見上げると、天井は凹凸が激しく、崩れ落ちてくれば、その衝撃は人間を押し潰すには十分だろう。
合成された獣が吼える。
それは、澱んだ水を操り、アルスを襲い。
「無駄だと言って……!」
さらに、別な獣の咆哮は、洞窟全体を揺らし、落ちてくる小石は数と大きさを増してきた。
「洞窟が崩れる!」
二人は、このまま崩れ落ちるのも構いはしないのだろう。
それならば、それを防げるのは、この場にはアルスしかいない。
「え?」
ここでやっと、洞窟の様子に気づいたらしい。
慌てて天井を見上げた。
その隙に、いくつもの獣が吼え、鋭い風が空を裂き、炎が踊りかかる。
「ああ、もう! うっとおしい!」
それらさえあっさりと打ち消すと、アルスは上着に手を掛け、脱ぎ捨てた。
その身を包む魔力が、一気に膨れ上がる。
だが此処は、広さとしては竜が動くことも可能でも、壁面や天井は、アルスと合成獣の魔法術を受けて無事でいられるほど強くはない。
「だから、崩れると……!」
私の言葉が届くはずもなく、視界は深紅の魔力に埋め尽くされた。
眩しさに眼がくらみ、視界が戻ると、そこは一面の闇だった。
「闇」という表現は当たらないのかも知れない。
先の見えない、空間感覚さえも失わせる漆黒の世界。
それでも、自分の手足ははっきりと見え、そして、離れた場所に合成獣と、真紅の竜の姿があった。
異空間。
これまで何度も目にしてきたが、その中に踏み込んだのは初めてだった。
足元に地面の感触はなく、上下の感覚もやや曖昧だが、気の持ちようで何とかなるらしい。
戦う者達からかなり離れているのは、安全を考えた措置なのか、それとも予想外に巻き込まれた為なのか。今はそれを確かめることは出来ない。
空間の制限がなくなったのは、双方にとって都合が良かったらしく、眼下では、通常目にすることが出来ないほどの激しい魔法術の応酬が繰り広げられている。
竜に匹敵するものの条件が、火地風水それに陰陽、全ての属性と傾向を持ち合わせることであるならば、あの合成獣はそれを満たしたことになるのだろうか。
幾多もの眷属を、どうやって継ぎ合わせたものなのか。一つの属性を浴びせ、他の属性の部分が消滅しても、それを吸収して増殖する部分がある。
そのまま、その姿は膨張を続け、洞窟の中では竜となったアルスの半分にも満たない大きさであったものが、今では竜の大きさを超えるまでになっている。
しかし、増殖を続ける中、その姿は醜悪さを増していた。
苦手意識は未だに消えないが、爬虫類の中で唯一耐性の出来てきた竜の姿とは、似ても似つかない。
これが、神に追いついた姿なのだろうか。
『そろそろ気が済んだかしらね』
滅多に目にすることはないだろう、自分よりも大きなものを前にしても、アルスには動揺の欠片もなく。
『全ての属性を持っただけで、神になれると思った?』
真紅の翼をはためかせ、距離をとる。
『でも、いい加減わかったでしょう。超えられない壁があるのだと』
その言葉を否定するように、狂ったようにいくつもの獣の頭が吼える。
『お前たちは、神を超えたかったのかもしれないけど』
離れた私にまで余波が届くほどの魔法術の嵐をその身に受けても、その姿は揺るぎもしない。
アルスのかけた守護があったからこそ直接の被害は防げたが、余波程度であるにも関わらず、衝撃でかなりの距離を吹き飛ばされた。
洞窟の中であれば、確実に岩肌に激突している。
『もしも神を超えられたとしても』
竜は、姿勢を正して合成獣に向き合う。
『神になることは、出来ない』
その身体に、真紅の魔力が立ち上り。
『神との力の差、その身で味わいながら消えなさい』
膨れ上がった魔力は、そのまま合成獣を包み、その身体をそれぞれに切り離していく。
切り離されたものは、それぞれに紅い魔力に包まれ、消滅していく。
むしろ昇華と呼ぶべきか。猛り狂った獣達は、皆一様に穏やかな表情になって消えていく。
それが、ただ滅するだけ、傷つけるだけではない、神の力なのだろう。
獣が一匹、また一匹と消えて行き、巨大だった姿は徐々に縮小していく。
それが、人とさほど変わらない姿になるのを確かめ、アルスが人間の姿に戻る。
それと同時に空間が歪み。
「くっ……」
自分の存在が揺るがされるような、肉体にも、精神にも、響く衝撃。
何か違和感を感じたのか、アルスが振り向き。
「え……!?」
驚いた声を上げた所を見ると、やはり、巻き込まれたらしい。
「どうして!?」
宙を飛ぶように駆け寄って来て、腕をとられると、感覚が戻った。
「何でいるの!?」
私が聞きたい。
「巻き込まれたのだろうな」
「あ……」
何をうろたえているのかはっきりとはわからないが、恐らく、魔力のない人間が紛れ込んでいい空間ではないのだろう。
「ごめんなさい、すぐ、戻るから」
そして、また、意識は紅に染まった。




