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竜皇女と婚約者  作者: 凍雅
16/22

竜皇女と婚約者 16

(残酷描写があります)

「今のは」

「鎮静剤です。普通の人間に使う数倍になりますが」 

 完全に意識が消えなかったのか、それとも夢なのか。

 他の感覚が閉ざされた中、聴覚だけが僅かに周囲の状況を伝えてくる。

 カチャリ。

 硬質の音が響く。

「まだ打つのか」

「心配性ですね。ついでです。香炉を消して下さい。どうやら、この方には、焚きしめた程度の媚薬では効かないらしい」

 全く、マイナールでどんな生活をしていたんでしょうねぇ、と、くつくつと笑う声。

「今度は何だ?」

 先ほどとは逆の首筋に、針が刺さった。

 液体が流れ込んでくる。

「媚薬です。効き始めが少し遅いのですが、目が覚めたときには、効果は十分出ているでしょう」

「頭脳は無事なのだろうな」

「ええ。これはちょっと特殊で、頭脳が明晰でも、体だけが媚薬に侵されるというものですよ」

 実際に使うのは初めてですから、どの程度効果が出るのか楽しみですね、と嬉しそうに付け加えるエデルに、溜息が答えた。

「しかし、皇女は上手く引っかかるか?」

「皇女の性格は、宰相候補だったエセル、貴方の方がよく知っているでしょう」

「皇女としてはかなり抜けているというか、いっそ頭が足りないかと思うこともあるが、軍人としての有能さは、五年前、たっぷりと味あわされただろう」

「……そうですね。皇女が十六歳、皇室の仮成人を迎えて、本格的に結婚相手を探し始めるのにあわせて、研究を本格化させた矢先、でしたからね」




 もう六年以上前、リュドラス魔技術学院の研究員だった私は、研究の関係で遺跡に立ち入る際に、監視員として同行した紅竜軍第三特務部第一小隊長アルス・ブラッドと出会った。

 その時の遺跡の探索で事件に関わり、その後もいずれは「リーザ・ジュロン」の銘を頂いて特務部付き研究所に入る予定であったので、協力を要請されれば力を貸した。

 実際、アルス・ブラッドは、優秀な軍人だった。

 個人的な身体能力、魔力が秀でている以上に、緊急時の決断力、部下の統率力は並外れたものだ。

 まぁ、世間とかなりずれた所も多かったが、世の中と折り合いを付ける気が欠片も無い様な研究者が身近に多かったので、それほど気にもならなかった。

 ある意味、そんな二面性のあるアルス・ブラッドという人間を、気に入っていたとも言える。

 「ジュロン」の銘を受ける事が決まった頃、ある事件を片付けた現場で。

 華やかな笑顔と真剣な瞳で告げられた一言が、どれだけ重いものだったのか。

 それを知ったのは、カルナー様から予想外の「リセル・ジュロン」の銘、それもいずれ「リセルスト」になることを約束されたものを、与えられた時だった。


 そして、ある事情から逃亡し、あっさりと捕らえられ、仕方なく秘書官として勤めながら、個人的に研究を続けていた時。

 魔技術師としての情報網に、妙なものが引っかかった。

 まさかと、思った。

 まさか、竜帝の膝元、皇都リュドラスで、眷属を魔薬付けにして売りに出している妓楼があるとは。

 ましてそれが「実験用の魔法生物の入手」を目的としているなど。

 「リセル」の立場と魔技術師の人脈を使って、調べれば調べるほど、疑惑は鮮明に、確信に変わっていく。

 魔技術師が関わっているのは間違いない。

 だが、何故それが、魔技術師の情報網でしか見つからない?

 魔法術・魔技術・魔法生物が絡む問題は、特務部が担当し、宰相まで報告が来る。

 特に魔技術絡みの物は、現役の魔技術師でもある私に意見が求められる事も多かった。

 何故、それが無い?

 考えれば、答えはおのずと知れる。

 特務部と、それに政務の方にも、協力者がいる、と。


 個人的に情報を集めた。

 魔技術師としても、宰相秘書官としても、看過出来る物ではない。

 そして、出てきた、目を背けたくなるような答えは。

 政務の先輩として尊敬していた。

 信頼の置ける学者だと思っていた。

 そして、その他にも、いくつもの見知った名前。

 

 何故、光射す場所で、その才能が開かれなかったのだろう。

 何故、認められなかったのだろう。

 何故、堕ちてしまったのだろう。


『俺の研究を認めてくれる所が見つかったんだ』

 そう、笑って学院を出て行った研究員。

『私の作品を買い取ってくれる相手が見つかったの。これから先の支援もしてくれるって!』

 嬉しそうに語っていた、先輩の研究者。

 彼らは、どこまでわかっていただろう。

 その相手が何者か。

 自分の研究が何に使われるのか。

 そして。

 彼らが利用されていることを、もしくは自ら身を闇に沈めようとしていることを知りながら、それを止められなかった。

 結局、私は無力なのだろう。

 それならせめてと、私が選んだ道は、特務部が動くよりも先に自分で証拠を掴むこと。

 出来ることなら、せめて利用されているだけの者は助けたかった。

 自ら沈んだ者を、更生できないかと思った。

 それも、策が尽きて来た時、「リセルスト」の銘を、内々にではあるが継承した。

 そして、決断した。


 「リセルスト」になったからには、「ジュロン」を名乗る者の、竜への裏切りは処罰しなければならない。

  



「まぁ、あれは、クラウスの情報網によるところも大きいが。さすがはマイナールの学者王子。よくあれほど見事に見つけ出して潰してくれたものだ」

 エセルが苦々しく呟く。

「全くです。魔薬を合成できる技術師や、裏社会とのつなぎ役を新しく探すのには苦労しましたよ。それでも、ぎりぎりでセトンの研究所の資料を見つけられたのは幸いでしたが」

 聞こえていますか?

 意識こそ遠いが、それでも、間近でエデルの声がした。

「血筋も、地位も、環境も、才能も、全てに恵まれた貴方にはわからないでしょう。私達の想いは」

 また、その言葉を聞くのか。

 こうやって、何度、この言葉を聴くのだろう。



 

「さて、お見えの様ですね」

 確かに、外されずに残った魔導器が、限界値を振り切った魔力の存在を知らせている。

 だが、地響きや破壊音が聞こえない所から判断すると、変化はしていないらしい。

 なんだ。自分で抑えられるじゃないか。

 尤も、こんな場所で変化すれば、間違いなく遺跡が崩壊する。

 眷属達はともかく、人間は無事では済まない。そして私も人間でしかない。その程度の理性はあるのだろう。

「「皇女殿下にはご機嫌麗しう」」

 確かに二つの筈の声が、見事に一つに重なって響く。

『クラウスに何をしたの?』

 アルスの声は、隣室からなのだろう。

 強い魔力と共に、直接頭に響いてくる。

 それが、先程から警戒を促してくる魔導器と相まって、煩い事極まりない。

 それは二人も似たようなものだったのか、微かに、別な、恐らく魔導器だろう無機質な魔力が動いた。

「そのように叫ばれなくとも、音声は通りますよ」

『答えなさい。クラウスに何をしたのか』

 魔導器を通して聞こえるのは、少しくぐもっているが、凛とした響きを持った声。

 軍人よりも、むしろ皇女としてのもの。

 だが、単独で、このような場所まで乗り込んでくるなど、王のとる行動ではない。

「薬で眠って頂きました。通常量の数倍を使っておりますので、このまま永遠にお休みになるかもしれませんが」

『眷属達への振る舞いといい、自分達の行いがどういった意味を持つのか、わかっているのでしょうね?』

「人倫にもとるとでも、神に逆らう行いだとも、好きに呼ばれるが良い」

 無表情な声はエセル。

「ですが、状況を理解されていないのは、皇女殿下、貴方の方では?」

 髪を捕まれて顔を上げさせられるが、何の抵抗も出来ない。

「貴女の選んだ相手は、私達の手中にある。この意味が、おわかりですね?」

 場違いな程、にこやかに言葉を紡ぐのはエデル。

『竜を敵に回して、無事に済むと思うの?』

「さて、どうでしょうか」

 そして、鎖骨あたりに、三度目の針の感覚。

『何を!』

 アルスの声が急に遠くなる。

 全身の細胞がその薬品を拒絶する。

 間違いなく、毒薬だ。しかも相当に、強……い。

 自覚は出来ないが、傍目にも変化が有ったのだろう。

『クラウス!』

 アルスの声に焦りが混じる。

「いかにクラウス卿でも、これは効くと思いますよ。さて、どうなさいますか」

『……開けなさい』

 お前は、莫迦か……。

「解毒剤は此処にありますが」

『信用すると思うの?』

「それもそうですね。ですが、こちらの部屋の方が、殿下には厳しいと思いますが?」

 僅かな沈黙。

『……私を誰だと思っているの』

「先祖返りの竜帝だったな。出来損ないの」

 アルスが歯噛みするのが、聞こえるかのようだった。

 確かに、アルスの力は、他の眷属達を遥かに凌駕する。それでも、神としての本来の竜帝の力には及ばない。

 感情の暴走で変化してしまうことが、その最たる証だ。

『……とにかく、開けなさい』

「では、ごゆっくり。私達は隣室に参りますので」

 二人の気配が遠のき、入ってきたのとは違う扉から消えた。

 そして、正面の硝子張りの壁の端の扉が開き、駆け寄ってくる足音。

「クラウス!」

 



「……ユーマから預かってきたけど、効くのかしらね、コレ」

 そんな呟きの後、唇に柔らかい物が重なり、液体が流し込まれた。しかし、注射に比べれば回りは遅く、多少苦痛は緩和されたが、既に回った薬物を消すには至らない。

「クラウス、聞こえる?」

 聞こえているが、体を動かすことも、声を発することも、瞼を開くことも出来ない。

『今、起こして差し上げますよ』

 他に通路があったのか、硝子の向こうからエデルの声が魔導器を通じて響く。そして。

「――っ!!」

 繋がれた両手両足から、電流が送り込まれた。

「……くっ……」

 心臓が止まっても、おかしくない程の衝撃だったと、思う。

 意識は一瞬強制的に引き戻されたが、すぐに暗転しそうになる。

 そのまま、闇の中に落ちようとした時。

 受け止めることさえ出来ないほどの強い魔力に、イヤカフスが砕け散った。

 同時に、両手両足の戒めも粉砕し、飛び散る破片がぶつかって、痛覚の存在を示している。

 それでも体に力は入らず。

 重力に従って崩れる私の体を何かが支えた。

 鼻腔をかすめる、よく知っている香り。

「大丈夫?」

 荒い呼吸でも、確かに息の有ることを確かめられたからなのか、安堵したような吐息を感じた。

 その中に、今まで見たことの無い疲労の色が伺える。

『まさか、この部屋の中で魔法術を使えるなんて』

『腐っても竜だということか』

 驚きと好奇心に満ちた声と、苦々しい声。

『しかし、さすがに苦しそうですね』

 罠に掛かった獲物をいたぶるような気持ちなのだろうか。

「……うるさいわね」

 呟く声には、確かに覇気が無い。




 竜は全ての者の王である。

 それ故に、基本的には、王として行動する。

 先程の、魔薬中毒になった眷属や、魔物と化した者たちへの対応は、まさに竜――王としてのものだと言える。

 しかし、例外がある。

 竜が、何よりも、それこそ、己の命や誇りよりも、世界よりも、優先するものが唯一つだけある。

 それは、己の配偶者。

 それが、竜にとって至上の存在。そして、竜にとっての物事の判断基準。 

 人間よりも遥かに長い生の中、竜は唯独りの相手しか愛せないのだと言う。

 一途と言えば、聞こえがいいかもしれない。

 しかし、現実を考えれば、それは酷く不器用な生き方。

 配偶者が望むなら、大陸を滅ぼすことさえも厭わないと言われる。

 それほど、相手にのめり込む。

 実際今も、アルスは竜を捕らえる為の檻に自ら飛び込んできている。

 確かに、私の行動が軽率だったことは否定できない。

 しかし、皇太子として、国を負う者として、全ての生き物の長として、己の責任の重さがわかっていれば、私一人の命など見捨てなければならないものを。 

 それでよく、神代から今まで、血を伝えてこられたものだ。

 全く、竜というのは。

 本当に、馬鹿が付くほど真っ直ぐすぎる。

 だから、私は――。




「クラウス?」

 解毒剤が少しずつ効いてくる。

 魔導器が壊れてしまい感知できないが、恐らく、アルスが治癒系の魔法術を使っているのであろうことも、想像が付く。

 目を開けると、薄明かりの中、心配そうに覗き込んでくるアルスの瞳。

 それよりも、視線はいつもより赤みを帯びた唇に、吸い寄せられる。

 薄っすらとにじんでいる物は、血。

「え? ちょっと、クラ……うっ!?」

 唇に伝わる、暖かく柔らかい感触。

 舌に広がる、金属系の味。

 同時に、毒薬の時とはまた違う、全身の拒絶反応。

「だめっ! 血が……!」

 竜の血は、人間にとっては、死を招きかねないほどの劇薬。

 そんなことはわかっている。

 それでも。

 動かせるようになった腕で、アルスを抱き寄せる。

「ちょ、ちょっ! ちょっとクラウス!?」

 慌てたアルスの声に、魔導器を通した楽しげな声が答える。

『さすがのユーマ室長の薬も、媚薬までは消せなかったようですね』

「び、媚薬!?」

『ええ、ですから、貴女の選択肢は二つに一つ』

『クラウスを殺すか、殺さない為に「契約」を行うか』

「……」

 アルスが、僅かに怯えを含んだ眼で見つめてくる。

 自分がどんな表情で応えているのかさえ、今ではわからない。

『貴女の身を守る為に、彼を殺すことはできないでしょう? 彼は貴女が選んだ唯一の相手ですから』

『だが「契約」無しに受け入れれば、それはクラウスを死に至らしめることになる』

「……なんて……ことを……」

 アルスは再び唇を噛み締めそうになり、慌てて口元を押さえた。

「……クラウス」

 目元に薄っすらと浮かんだ涙を唇で、拭う。

 感覚の戻ってきた指で、金色の波を払い、きっちりと留められた軍服の襟元を崩していく。

「契約……するしかないの? でも、それじゃ……」

 戸惑ってはいながらも、抵抗は見せない。

「――」 

 アルスの耳元に囁きかけ、その白い首筋に、私は唇を寄せた。

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