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竜皇女と婚約者  作者: 凍雅
13/22

竜皇女と婚約者 13

(残酷表現があります)

「人間を盾にしなければ、妾と向き合うことすら出来ぬとは、嘆かわしいことよのぅ」

 ヒスイの声が、周囲を凍えさせる程冷たく響く。

 部屋の中央には上等な絨毯が敷かれ、低い長椅子やクッション、酒瓶や杯、皿などが散乱していた。

 その奥に、色素の薄い男が、女を四人侍らせ、横には青銀の髪に褐色の肌の男を従えて立っているのが、薄明かりに照らされて見える。

 他の男達は、半獣化した戦闘体勢で構えているらしい。

「盾にする? 闖入者から守っているのですよ」

 色素の薄い、水蛇族と思われる男が、うっすらと笑う。

 女達は、魔薬と媚薬に侵されているのだろう、緊迫したこの状況にもかかわらず、何の反応もない。

「ほう。人形遊びが楽しいか。ファールはまだまだ子供よのぅ」

 ヒスイがゆったりと歩み出す。

 他に動く者の無い中で、空気の凍り付く音が聞こえそうだった。

「じゃが、子供と言えど、己が何を犯したかはわかっておろう?」

「強い者が弱い者を支配する、それが自然の摂理。我ら眷属が、矮小な人間をどうしようと勝手ではありませんか」

 ファールと言うらしい男は、一人の女の首に手を掛けた。

 ヒスイの歩みが止まる。

「まぁ、人間如きに膝を屈した伯母君には、わかるはずもありませんか」

 それを見て笑みを浮かべ、そして、その手に力を加えていく。

 女が苦しげに顔を歪めた。

「妾は、竜に仕えただけのこと」

 ヒスイは再び足を進める。

「それ以上進まれますと、この女の首が折れますよ」

 楽しげに言う男に返されたのは、冷淡な一言。

「それが、どうかしたかや?」

「な!?」

 男の方が、一瞬怯んだ。

「その様な者の命など、どうなろうと知ったことではないわ。お主、妾がそのような事を気に病むとでも、思うたか?」

 ヒスイが、真っ直ぐに男を見据えている。

「西の地の水を司る水蛇ラケの誇りを失い、人間如きが作り出した薬に溺れ、一時とはいえ正気を失い魔物と化したこと、償う覚悟はあろうな?」

 男は舌打ちすると、首を絞めていた女を放り投げる。

「私は、竜を超える力をも手にした! 竜などに従う必要などない! この大陸のすべては、我が前に屈するのだ!」

 



「ハリク」

 ターコイズは、同じ配色の男に向き合った。

「テメェ、ソヨに何しやがった!?」

「売った」

 簡潔すぎる答えに、ターコイズの方が固まった。

「な……に……?」

「売ったんだよ。そのくらいの役にしか立たないからな」

「『絶対に幸せにする』ってほざいてたのはどこの誰だよ!?」

 ハリクと呼ばれた男は、面倒くさそうに言った。

「ああ、そんなことを言ったことも、あったかも知れないな」

「テ、テメェ!」

「あの女は、俺の為なら何でもするって言った。だから、俺が力を得るために、使った。それだけだ」

「力を得るため、だと?」

 ターコイズの体から青白い魔力が立ち上る。腕も青銀の毛に覆われ、半獣の姿に変わる。

 眷属は、人の姿のままでは、その能力を生かせない。しかし、獣の姿では思考も獣に近くなるため、魔法力に劣りより頭脳戦には弱くなる。それぞれの獣の種の特徴と、二足歩行で道具を扱え、人間の知性と理性という利点を共に生かせる半獣半人の姿は、眷属の戦闘体勢。それだけ、ターコイズが本気になっていると言うことだ。

「リュドラスのイヌ、か」

「なに?」

「竜の姿を失った奴らに、尻尾を振るのは楽しいか? テン」

「姿を失った? お前、この状況でなにを?」

 私の数歩前にはアルスが、コハクを従えて、静かに成り行きを見守っている。

 ファールという蛇族の男にしろ、ハリクと呼ばれた風狼にしろ、その存在に気が付かない筈がない。

 私の背後で倒れている者達も気付いていたのだ。おそらく、それよりも格上であろうこの二人が気付かないと言うのは、いくらアルスが魔力を抑えていて、ヒスイやターコイズが殺気を剥き出しにしていてもおかしいだろう。




「私は、神としてこの世界に君臨するのだ!」

「あの男は竜を超えているそうだ。それなら、俺だってあいつを倒して、神の領域に入れる!」

 二人の声が重なる。と、同時に背後で何か気配がした。

「クラウス!」

 反射的に、万が一の為と触れていた銃を取り出し、振り向き様、引き金を引く。

 乾いた音が響く。

 前方で重いものが倒れる音。

 と、同時に背後で何か鈍い音がかすかにした気がした。

「操ったわね」

 いつの間にか、両脇にアルスとコハクが立っていた。

 数歩先には、先ほどヒスイに倒された男の一人が、倒れている。

 一瞬でも遅れれば、危険だったろう。

「反射神経よくなったわね」

「……お蔭様でな」

 昔から何かと揉め事に巻き込まれる事が多かったこともあるが、王子の教養として最低限の護身術くらいは身に着けていた。

 しかし、アルスをはじめ特三と関わるようになってからは、揉め事の危険度が急激に上がったために、反射神経をはじめとする危機回避能力は、出会った六年前に比べれば格段に上がっているだろう。

 一応気に掛けてくれてはいるが、巻き込まれると、本当に命に関わる。

 むしろ、今まで無事なのが不思議に思えるくらいだ。

「息はあるようですね。操られて動いただけのようです」

 コハクが男の襟を掴んで放り投げ、遠ざける。

 腕力に関する疑問は、この際持たないことにしておこう。

「警戒を怠りました。申し訳ありません」

「構わない」

 恐縮するコハクにそう言って、奥の部屋を見る。

 すると、蛇族の男は攻撃をヒスイに止められたのか、両腕を背後で押さえつけられている。一方、狼たちはというと、ターコイズが相手を殴り倒していた。

「かような姑息な手を使わねば、妾にも手を出せぬ臆病者が、竜を超えたなどと、戯言を」

 ヒスイは男を押さえつけながら、盛大に溜息をついている。

「俺にあっさり殴られる程度で、何が神だよ。え? 自分の嫁を売り飛ばして、手に入れた力ってのはそんなもんかよ!?」

 ターコイズは相手の襟首を掴むと、強く揺さぶっていた。

「……で、あの二人は、何で『竜を超える』にこだわってるのかしらね」

 先程よりも背後に気を配りながら、アルスが呟く。

「あの二人の能力は?」

「水蛇の王族らしい方は、眷属全体から見たらかなりの能力者ね。特三なら城詰にできるくらいではあるけど、ヒスイより全然下。ターコイズが相手してる方は、ターコイズより少し下。地方配備くらいね」

「それでも、あの言動か」

 そうなると。

「一見、まともに見えていたが、あれは相当だな」

 魔薬の作用は、気分の高揚、多幸感、幻覚、幻聴、破壊衝動、一時的な身体能力の向上など様々だが、常習者の特徴として、偏執的な行動、自分自身を本来よりも有能なものだと、己に不可能はないと考える誇大妄想、万能感とも呼ばれるものがある。

 報告書には、意図的に調節して使用させていけば、知性を残したまま狂わせることができるとあった。

「……もう、だめそう?」

「かなり意図的に使われたのだろう。正直、見込みは無いに等しい」

「そう」

 意外なほどあっさりと頷くと、アルスは奥の二組に視線を向けた。




「お前だから、お前だから、ソヨを任せたんだぞ!? クラウの里で、人間と関わらずに生きるんじゃなかったのかよ!?」

「お前なんかにわかるもんか……」

 ターコイズに殴られながら、ハリクは呻く様に言った。

「何でだ」

「あ?」

「何で『血』を守ってきた俺よりも、お前の方が強いんだ」

「知るか、そんなもん」

 ハリクはターコイズに掴みかかった。

「ソヨだってそうだ! 何で、混ざり者のくせにあんなに力があるんだよ!」

「……待て。ソヨが?」

 心底驚いたような様子で、ターコイズが聞き返す。

「上手く隠してたけどな」

 隠していたことが気に入らないのか、自分よりも能力が高いことが赦し難いのか、ハリクは、口元を歪めた。

「ソヨが強いなら、子供も強くなるだろ。なんの問題があるんだよ」

「だから、お前にはわからないんだろう? 純血なのに、混ざり者に負ける悔しさが! 里の者に、混ざり者にも劣る長だと蔑まれる屈辱が!」

「……だから『売った』のか?」

 低く、問いただす。

「力が欲しかった。力を手に入れる為なら、なんでもした」

 それほどの、力への執着と、渇望はどこから来るのだろう。

「薬を手に入れる為に、ソヨを売った、というか、貸した。すぐに使えなくなったけどな。いい金になったさ。これだけの力を手に入れられるくらいにはな」

「なるほどな。でも」

 頷いて、ターコイズは拳を相手の腹に叩き込んだ。

「理解はできねえし、許すつもりもねぇ。それに、お前の力は所詮借り物で、こうやって俺に殴られる程度でしかない」 

 襟首を掴みなおす。

「一つだけ、はっきりさせておく」

 低く、有無を言わせぬ声で、問い質した。 

「あの子供の父親は」

「……」

 返答は沈黙。

「答えろ!」

 拳がもう一度、腹に叩き込まれる。

「……俺だ。売りに出してすぐにわかったから、客じゃない」

「それだけわかりゃ、十分だ。お前の処分は、ソヨが正気に戻ったら任せる。それまでは、死にたがっても死なせねぇ!」

 ターコイズは、狼に姿を変えると、ハルクの喉笛に喰らい付いた。




「のぅ、ファール」

 子供をあやすかのように、穏やかにヒスイが問いただす。

「なにゆえ、それほどまでに力を欲する? 西の地の要、水蛇の王子に生まれ、これだけの力を授けられながら、何が不満だというのじゃ?」

「一族の誇りを貶めたのは、伯母君、貴女の方だ」

 ファールは背後に回ったヒスイを、振り返って睨みつける。

「王位を捨てて、竜とはいえ人間に身を落とした者達に膝を屈するなど、一族の者がどれ程の屈辱を味わったか、貴女にわかるのですか!?」

「お主は……竜帝を前にして、その格の違いにも気付けぬ程、侵されておるのか……」 

 哀れみを含んだ、それでも冷徹な光を放つ瞳で、自分の甥を見つめる。

「改心する気は無い、か」

「そんな必要などありません」

「妾に簡単に押さえつけられ、身動きも取れぬ身で、それでも何も感じ取れぬのか」

 細く、長い溜息を吐く。

「西の地の要、水蛇ラケの王子ファール」

 ヒスイの声に、研ぎ澄まされた刃物の様な鋭さが混じる。

「先の女王、ラケ・レステ・ロウカンの名において、甘美なる死よりも、……冷酷なる生を、与える」

 そして、口元に覗いた鋭い牙を、ファールの首筋に突き立てた。




 二人の喉が動く。

「どういう、ことだ?」

 口腔が乾いて、声が掠れるのがわかる。

「ヒスイが、人の精気を吸うことは知っていたが、吸血するなど、聞いたことが無いぞ」

「そうでしょうね。普通やらないもの」

 アルスは、気が抜けるほどあっさりと答えてきた。   

「血は、魔力。だから、それを吸い取るのは、相手の魔力を吸い取ること。吸い取られた方は、しばらく廃人になるわね」

 語る声は、本当にアルスなのかと疑いたくなるほどに無機質だった。

「……しばらく?」

「魔力が回復するまで。仮死状態、って言えるかしらね。眷属は、力を失うことを恐れるし、弱った姿を見せる事、生き恥をさらす事は、最も嫌うこと。だから、これは、死刑以上に厳しい罰」

 魔力を失って、床に崩れる緑の髪の男を横たえると、ヒスイは口元の血を手の甲で軽く拭う。

 それを確認したように、アルスが部屋の中に足を踏み入れる。

 半獣となり、肌に僅かに鱗の浮き出たヒスイと、狼の姿のターコイズが、その前に跪き、頭を垂れる。

「ご苦労」

「はい」「はっ」

 アルスが私を振り向く。

「この先の地図は?」

「途中までは、大体予想できる」

 答えると、頷き返し、二人の部下に向かう。

「ここは任せるわ。全員、動きを封じなさい。一応、人間は保護しておいて」

「かしこまりました」「はい」

「奥に行きましょうか」

 早足に歩き出したアルスを、私とコハクが追いかけた。  

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