竜皇女と婚約者 11
(残酷描写があります)
「なに、これ……」
扉を開けると、薄暗い部屋の中に、多くの影が見えた。
敷物が敷き詰められた床には、思い思いの姿――人間や獣身、もしくは半獣の姿の、恐らく女達がぼんやりと座り込み、または横になったりとしている。
よく見れば、皆一様に、腹部が大きくなっている。身篭って妓楼から連れ出された女達が、集められている部屋なのだろう。
魔薬漬けにして幽閉している時点で相当な虐待ではあるが、見たところ外傷のあるような者も無く、衛生面や気温にも問題が無い。一応、環境は整えているとでも、言いたいのか。
私達が部屋に踏み込んできても、女達は振り返ることも無く、ただ虚ろな眼差しで、何処か此処ではない場所を見ているようだった。
「……」
コハクが一人の女に歩み寄り、その反応を確かめて、眼を伏せる。
声を掛けても、瞳の焦点は定まらず、薄っすらと、儚げな笑みを誰にともなく向ける。
夢を見ているのだろうか。
それでも、消え入りそうな微笑は、幸薄そうなものでしかない。
壊れている。
そう、表現してもいいだろう。
血が通っているし、息もしている。動く事もできる。でもそれは、意思のない『人形』
ただ、実験材料を産み出す為の存在。そしていずれは、その身も実験に使われるのだろう。
「……誰かが、世話をしている、ということですわよね?」
香炉を探し出して、魔薬と媚薬の香を消し、症状の軽い者がいないか探しながら奥に歩いて行く。そのうちに、ヒスイも女達の待遇に思うところがあったらしい。
「そうでなければ、この状態を維持するのは難しいだろうな」
「どういうコトだよ」
「彼女たちの食事や、衣類、入浴などの雑用……それに、出産の手伝いをするものが必要だということでございますね」
結局、会話ができそうな者を見つけられないまま、奥の扉へと進もうとした時。
「……ヒスイ、放せ」
ターコイズが、部屋の隅を見つめ、低く呟いた。
魔薬にも媚薬にも影響を受けていないことを、ターコイズの顔を見て確かめると、ヒスイは捕らえていた腕を解いた。
歩み寄って行った先には、やはり、一人の女。
見たところ、かなり産み月に近いらしい。
自分に真っ直ぐに近づいてくる男に、小さく首を傾げたように見えた。
「反応、したわね」
アルスがターコイズの後を追うのに、私たちも付いて行く。
暖色系の薄灯りではっきりしないが、女の髪は銀にやや青みがあるようだった。肌は小麦色くらいか。その姿から察するに、ターコイズの同族か、近い種族なのだろう。
生気が薄れ焦点が定まらない瞳で、それでも、目の前に屈みこんだ男を見ているらしい。
「ソヨ? ソヨだよな!? なんで……、なんで、こんなトコにいるんだよ!?」
肩を強く揺さぶられ、彼女が僅かに顔をしかめる。
「ターコイズ。女性はもっと丁重に扱うのものですわよ」
周囲の温度さえ下げるほど、冷えた声でヒスイがそう言って、ターコイズの手を止めさせた隙に、コハクが女の状態を確かめる。
「あくまでこの中では、でございますが、比較的意識が残っているようです」
アルスは頷くと、私に振り返る。
「中和剤、使える?」
私も屈みこみ、女の様子を伺う。
「いや、急に使っても却って毒になる。お前たちの魔力で、意識を引き出せるなら、その方がいいだろう」
「そう。ターコイズの知り合い? 同じ風狼よね?」
「え? あ、は、はい」
アルスの問いかけに、ターコイズは少し冷静さを取り戻したようだった。
「同じ里で育った、妹、みたいなものです」
女の頬に軽く手を添えて、いつもからは想像の付かない穏やかな眼差しで見つめる。
「お前、あいつと結婚したはずだろ? 何でこんなトコにいるんだよ? それに……」
女の腹を見て、口ごもる。
誰の子供か。
聞ける訳が無い。此処にいる者が、どういう身の上なのかを知っているのだから。
「……風狼の里近くの魔物も、見つかってないんだったよな」
「ああ」
魔物が魔薬中毒者であると判断した直後、アルスは各地の特務部や有力な眷属に、魔物の捕獲を命じた。
結果、生きて捕らえられた者達が、重度の魔薬中毒者と証明された。
しかし、その一方で、いまだ行方が掴めない者が何人もおり、ヒスイの故郷水蛇族や、風狼の里の魔物もその中に含まれている。
「アイツ、なのか」
呻く。
魔物になった者に心当たりがあるらしい。
「特三の関係者が多いような気がいたしますが……」
コハクが呟く。
確かに、ヒスイの甥や、未確認だがターコイズの知人以外にも、城詰でない特三の関係者が何人も魔薬に侵され、魔物となっている。
しかし。
「一部を除いて偶然だろう。エセルやエデルと、ターコイズは面識がない」
ターコイズが特三に入ったのは、四年程前の事だ。
「そうだけど、多くない?」
「人間との交流があって、それなりに能力が高い者。それが特務部の関係者である確率は、どのくらいある?」
「計算するまでもなく、かなり高いですわね」
ヒスイが頷く。
そう、コハクやアルスの疑問も尤もなのだが、根本的に分母が違うのだ。
「そういう事だ。ただし」
「水蛇については、恐らく意図的ですわね。魔薬の強力化も、私の身内を狙うための物でございましょうし」
そのとき、奥へと続く扉が開いた。
息を潜めて、身構える。
現れたのは、三人の女。
大きな鍋や、食器類、シーツらしきものを乗せた台車を、それぞれに押している。
部屋の中ほどまで進むと、無言のまま、スープの様な物を取り分け、やはり黙々と配膳していく。
目の前に食事が出されれば食欲というものが蘇るのか、女たちも、与えられた物を大人しく口に運んでいる。
「押さえた方がよろしいでしょうか?」
「食事を配り終わるあたりまで、待ちたいけど……」
「時間が惜しい」
アルスの迷いを両断する。
「うー、お腹空くのは切ないと思うんだけど、仕方ないわね。コハク、足止め。ターコイズ、声を抑えて」
「かしこまりました」「はっ」
コハクが敷物の隙間に覗く石畳に手を触れる。
と、三人の足元の床が波立ち、敷物を突き破って伸びた物が、足を固めた。
悲鳴が上がり、食器が床に派手に転がる。
いや、そのはずだが、その悲鳴も音も何故か聞こえない。これが、ターコイズの操る風の力のか。
突然の事に、混乱に陥っている三人に近づく。
見慣れない人間の姿に、一層怯えたようだ。
「人間?」
どうやら、三人とも人間であるらしい。
それならば、香として焚いた程度の魔薬に侵されることなく、眷属達の世話ができるのも頷ける。
「言葉はわかるな?」
三人の内一人が、身を竦めながらも小さく頷く。
聴覚と、判断力はあるらしい。
「お前達に危害を加える気は無い。ただ、いくつか聞きたいことがある。声は出せるか?」
「……ああ」
掠れた、上擦った声が返ってきた。魔薬と媚薬を焚いていた香炉は消したので、媚薬の影響も少ないはずだが、常習している場合はその限りではない。
「この部屋の他に、同じように妊婦達を置いている部屋はあるか?」
「……もう一部屋」
受け答えも、しっかりしている。他の二人は怯えるばかりで話にならないが。
「お前達の様に、世話をしている者は何人くらいいる?」
「十人、くらい」
さて、此処からが本題だ。
「ここには、男は何人いる?」
「……」
沈黙。
黙秘するつもりらしい。それならば。
「此処から出たくはないのか?」
再びの沈黙。それから小さく呟く
「出たところで……」
「帰る所などない、か」
女は顔を逸らして、唇を噛んで俯いている。
「わかってるんじゃないか」
と小さく肯定した。
「だが、もう直ぐに此処は無くなる。私達に協力するか、今の主に付いて行くか、それは自由だ。コハク、足を放してやれ」
「よろしいのですか?」
「問題無い」
訳の分からない束縛から解放されて、三人は床にへたり込む。
二人は魔薬の影響があるのか反応が鈍いが、先ほどから話している一人は、気丈にも、足が立たない状況だと言うのに、睨んでくる。
「アンタ達、見た所、軍人の端くれみたいだけど」
ヒスイとターコイズの、生地自体は高級ながら改造が著しい軍服に、身分を推し量る様な視線を向けると、明らかに魔技術師であるとわかる私と、着崩しのないコハクとアルスに向き直る。
「ここの女たちがなんなのか、わかってるのかい?」
「妓楼で売りに出されていた、眷属のはずだが」
私の答えに、女は少し驚いた様子だった。
「じゃ、なんでここにいるのかも、わかってるんだね?」
「狂った学者が下らない事を考えたらしい、とは把握している」
「学者なんて、みんな狂ってるもんじゃないか」
吐き捨てるように言う。
魔薬にも媚薬にも耐性のある様子から、エセルかエデルの情婦かと思ったのだが、そうでもなさそうだ。よく見れば、まだ若い。少女とはもう呼べないが、まだ十代だろう。
そして、値踏みするように一同を見渡した後、明らかに最も格上とわかるアルスに向かって言った。
「で、アンタたちは何しに来たのさ」
蓮葉な口調に不快感を見せるコハクを軽く制し、アルスは女に向き合う。
「目的は二つ。拉致された眷属の保護と、狂った学者の処分」
「……」
「もちろん、他に此処に監禁されている人がいるなら、種族を問わずに保護するけれど」
「……保護ったって、どうせ別の場所に連れてって押し込めるだけじゃないか。ここで飼い殺しにされてるのと、何が違うのさ」
立ち上がって、睨みつけてくる女と対照的に、軍人としてのアルスは、冷静さを失わない。
「さっきも言ってたけど、ここはもうすぐ無くなる。飼い主を失って、そのまま死んでいくのも、私たちに助けを求めるのも自由。だけど」
アルスは周囲を見渡した。
「自分で選ぶだけの判断力が無いのなら、私の権限で保護する」
きっぱりとした物言いに、アルスがかなりの地位にあると、考えが至ったのだろう。
「さっき『種族を問わない』っていったよね?」
「ええ」
「あの……化け物じみたのは、どうするのさ?」
僅かに、間があった。
「あれは魔物。他の種を害するだけの存在なら、処分するしかない」
「ふん、割り切ったもんだね」
「今は、軍人だから」
非難めいた嘲笑は、アルスの静かな一言に掻き消される。女はしばらく沈黙した後、言った。
「赤ん坊たちは、どうなるんだい?」
「生まれてみないと、わからない。そのときの母親の状態や子供の能力にもよるから」
「てことは、殺さないんだね?」
また、一瞬だけ、間があった。
「魔物でないなら」
「……そうかい」
女は、安堵と悔しさの入り混じった声で言うと、一つ深呼吸をして、真っ直ぐにアルスを見た。
「アンタ達、強いかい?」
「ええ」
迷いもなく、自信に満ちたアルスの言葉。
「わかった、アンタ達につく」
女は、迷いを断ち切るように頷いた。




