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竜皇女と婚約者  作者: 凍雅
11/22

竜皇女と婚約者 11

(残酷描写があります)

「なに、これ……」

 扉を開けると、薄暗い部屋の中に、多くの影が見えた。

 敷物が敷き詰められた床には、思い思いの姿――人間や獣身、もしくは半獣の姿の、恐らく女達がぼんやりと座り込み、または横になったりとしている。

 よく見れば、皆一様に、腹部が大きくなっている。身篭って妓楼から連れ出された女達が、集められている部屋なのだろう。

 魔薬漬けにして幽閉している時点で相当な虐待ではあるが、見たところ外傷のあるような者も無く、衛生面や気温にも問題が無い。一応、環境は整えているとでも、言いたいのか。

 私達が部屋に踏み込んできても、女達は振り返ることも無く、ただ虚ろな眼差しで、何処か此処ではない場所を見ているようだった。

「……」

 コハクが一人の女に歩み寄り、その反応を確かめて、眼を伏せる。

 声を掛けても、瞳の焦点は定まらず、薄っすらと、儚げな笑みを誰にともなく向ける。

 夢を見ているのだろうか。

 それでも、消え入りそうな微笑は、幸薄そうなものでしかない。

 壊れている。

 そう、表現してもいいだろう。

 血が通っているし、息もしている。動く事もできる。でもそれは、意思のない『人形』

 ただ、実験材料を産み出す為の存在。そしていずれは、その身も実験に使われるのだろう。


「……誰かが、世話をしている、ということですわよね?」

 香炉を探し出して、魔薬と媚薬の香を消し、症状の軽い者がいないか探しながら奥に歩いて行く。そのうちに、ヒスイも女達の待遇に思うところがあったらしい。

「そうでなければ、この状態を維持するのは難しいだろうな」

「どういうコトだよ」

「彼女たちの食事や、衣類、入浴などの雑用……それに、出産の手伝いをするものが必要だということでございますね」

 結局、会話ができそうな者を見つけられないまま、奥の扉へと進もうとした時。

「……ヒスイ、放せ」

 ターコイズが、部屋の隅を見つめ、低く呟いた。

 魔薬にも媚薬にも影響を受けていないことを、ターコイズの顔を見て確かめると、ヒスイは捕らえていた腕を解いた。

 歩み寄って行った先には、やはり、一人の女。

 見たところ、かなり産み月に近いらしい。

 自分に真っ直ぐに近づいてくる男に、小さく首を傾げたように見えた。

「反応、したわね」

 アルスがターコイズの後を追うのに、私たちも付いて行く。

 暖色系の薄灯りではっきりしないが、女の髪は銀にやや青みがあるようだった。肌は小麦色くらいか。その姿から察するに、ターコイズの同族か、近い種族なのだろう。

 生気が薄れ焦点が定まらない瞳で、それでも、目の前に屈みこんだ男を見ているらしい。

「ソヨ? ソヨだよな!? なんで……、なんで、こんなトコにいるんだよ!?」

 肩を強く揺さぶられ、彼女が僅かに顔をしかめる。

「ターコイズ。女性はもっと丁重に扱うのものですわよ」

 周囲の温度さえ下げるほど、冷えた声でヒスイがそう言って、ターコイズの手を止めさせた隙に、コハクが女の状態を確かめる。

「あくまでこの中では、でございますが、比較的意識が残っているようです」

 アルスは頷くと、私に振り返る。

「中和剤、使える?」

 私も屈みこみ、女の様子を伺う。

「いや、急に使っても却って毒になる。お前たちの魔力で、意識を引き出せるなら、その方がいいだろう」

「そう。ターコイズの知り合い? 同じ風狼よね?」

「え? あ、は、はい」

 アルスの問いかけに、ターコイズは少し冷静さを取り戻したようだった。

「同じ里で育った、妹、みたいなものです」

 女の頬に軽く手を添えて、いつもからは想像の付かない穏やかな眼差しで見つめる。

「お前、あいつと結婚したはずだろ? 何でこんなトコにいるんだよ? それに……」

 女の腹を見て、口ごもる。

 誰の子供か。

 聞ける訳が無い。此処にいる者が、どういう身の上なのかを知っているのだから。

「……風狼の里近くの魔物も、見つかってないんだったよな」

「ああ」


 魔物が魔薬中毒者であると判断した直後、アルスは各地の特務部や有力な眷属に、魔物の捕獲を命じた。

 結果、生きて捕らえられた者達が、重度の魔薬中毒者と証明された。

 しかし、その一方で、いまだ行方が掴めない者が何人もおり、ヒスイの故郷水蛇族や、風狼の里の魔物もその中に含まれている。

「アイツ、なのか」

 呻く。

 魔物になった者に心当たりがあるらしい。

「特三の関係者が多いような気がいたしますが……」

 コハクが呟く。

 確かに、ヒスイの甥や、未確認だがターコイズの知人以外にも、城詰でない特三の関係者が何人も魔薬に侵され、魔物となっている。

 しかし。

「一部を除いて偶然だろう。エセルやエデルと、ターコイズは面識がない」

 ターコイズが特三に入ったのは、四年程前の事だ。

「そうだけど、多くない?」

「人間との交流があって、それなりに能力が高い者。それが特務部の関係者である確率は、どのくらいある?」

「計算するまでもなく、かなり高いですわね」

 ヒスイが頷く。

 そう、コハクやアルスの疑問も尤もなのだが、根本的に分母が違うのだ。

「そういう事だ。ただし」

「水蛇については、恐らく意図的ですわね。魔薬の強力化も、私の身内を狙うための物でございましょうし」




 そのとき、奥へと続く扉が開いた。

 息を潜めて、身構える。

 現れたのは、三人の女。

 大きな鍋や、食器類、シーツらしきものを乗せた台車を、それぞれに押している。

 部屋の中ほどまで進むと、無言のまま、スープの様な物を取り分け、やはり黙々と配膳していく。

 目の前に食事が出されれば食欲というものが蘇るのか、女たちも、与えられた物を大人しく口に運んでいる。

「押さえた方がよろしいでしょうか?」

「食事を配り終わるあたりまで、待ちたいけど……」

「時間が惜しい」

 アルスの迷いを両断する。

「うー、お腹空くのは切ないと思うんだけど、仕方ないわね。コハク、足止め。ターコイズ、声を抑えて」

「かしこまりました」「はっ」

 コハクが敷物の隙間に覗く石畳に手を触れる。

 と、三人の足元の床が波立ち、敷物を突き破って伸びた物が、足を固めた。

 悲鳴が上がり、食器が床に派手に転がる。

 いや、そのはずだが、その悲鳴も音も何故か聞こえない。これが、ターコイズの操る風の力のか。

 突然の事に、混乱に陥っている三人に近づく。

 見慣れない人間の姿に、一層怯えたようだ。

「人間?」

 どうやら、三人とも人間であるらしい。

 それならば、香として焚いた程度の魔薬に侵されることなく、眷属達の世話ができるのも頷ける。

「言葉はわかるな?」

 三人の内一人が、身を竦めながらも小さく頷く。

 聴覚と、判断力はあるらしい。

「お前達に危害を加える気は無い。ただ、いくつか聞きたいことがある。声は出せるか?」

「……ああ」

 掠れた、上擦った声が返ってきた。魔薬と媚薬を焚いていた香炉は消したので、媚薬の影響も少ないはずだが、常習している場合はその限りではない。

「この部屋の他に、同じように妊婦達を置いている部屋はあるか?」

「……もう一部屋」

 受け答えも、しっかりしている。他の二人は怯えるばかりで話にならないが。

「お前達の様に、世話をしている者は何人くらいいる?」

「十人、くらい」

 さて、此処からが本題だ。

「ここには、男は何人いる?」

「……」

 沈黙。

 黙秘するつもりらしい。それならば。

「此処から出たくはないのか?」

 再びの沈黙。それから小さく呟く

「出たところで……」

「帰る所などない、か」

 女は顔を逸らして、唇を噛んで俯いている。

「わかってるんじゃないか」

 と小さく肯定した。

「だが、もう直ぐに此処は無くなる。私達に協力するか、今の主に付いて行くか、それは自由だ。コハク、足を放してやれ」

「よろしいのですか?」

「問題無い」

 訳の分からない束縛から解放されて、三人は床にへたり込む。

 二人は魔薬の影響があるのか反応が鈍いが、先ほどから話している一人は、気丈にも、足が立たない状況だと言うのに、睨んでくる。


「アンタ達、見た所、軍人の端くれみたいだけど」

 ヒスイとターコイズの、生地自体は高級ながら改造が著しい軍服に、身分を推し量る様な視線を向けると、明らかに魔技術師であるとわかる私と、着崩しのないコハクとアルスに向き直る。

「ここの女たちがなんなのか、わかってるのかい?」

「妓楼で売りに出されていた、眷属のはずだが」

 私の答えに、女は少し驚いた様子だった。

「じゃ、なんでここにいるのかも、わかってるんだね?」

「狂った学者が下らない事を考えたらしい、とは把握している」

「学者なんて、みんな狂ってるもんじゃないか」

 吐き捨てるように言う。

 魔薬にも媚薬にも耐性のある様子から、エセルかエデルの情婦かと思ったのだが、そうでもなさそうだ。よく見れば、まだ若い。少女とはもう呼べないが、まだ十代だろう。

 そして、値踏みするように一同を見渡した後、明らかに最も格上とわかるアルスに向かって言った。

「で、アンタたちは何しに来たのさ」

 蓮葉な口調に不快感を見せるコハクを軽く制し、アルスは女に向き合う。

「目的は二つ。拉致された眷属の保護と、狂った学者の処分」

「……」

「もちろん、他に此処に監禁されている人がいるなら、種族を問わずに保護するけれど」

「……保護ったって、どうせ別の場所に連れてって押し込めるだけじゃないか。ここで飼い殺しにされてるのと、何が違うのさ」

 立ち上がって、睨みつけてくる女と対照的に、軍人としてのアルスは、冷静さを失わない。

「さっきも言ってたけど、ここはもうすぐ無くなる。飼い主を失って、そのまま死んでいくのも、私たちに助けを求めるのも自由。だけど」

 アルスは周囲を見渡した。

「自分で選ぶだけの判断力が無いのなら、私の権限で保護する」

 きっぱりとした物言いに、アルスがかなりの地位にあると、考えが至ったのだろう。

「さっき『種族を問わない』っていったよね?」

「ええ」

「あの……化け物じみたのは、どうするのさ?」

 僅かに、間があった。

「あれは魔物。他の種を害するだけの存在なら、処分するしかない」

「ふん、割り切ったもんだね」

「今は、軍人だから」

 非難めいた嘲笑は、アルスの静かな一言に掻き消される。女はしばらく沈黙した後、言った。

「赤ん坊たちは、どうなるんだい?」

「生まれてみないと、わからない。そのときの母親の状態や子供の能力にもよるから」

「てことは、殺さないんだね?」

 また、一瞬だけ、間があった。

「魔物でないなら」

「……そうかい」

 女は、安堵と悔しさの入り混じった声で言うと、一つ深呼吸をして、真っ直ぐにアルスを見た。

「アンタ達、強いかい?」

「ええ」

 迷いもなく、自信に満ちたアルスの言葉。

「わかった、アンタ達につく」

女は、迷いを断ち切るように頷いた。

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