竜皇女と婚約者 10
(残酷描写があります)
「これはこれは。大層なお出迎えですこと」
ヒスイの言葉に、闇がざわりと蠢く。
見えていないのは……私だけか。
気配から、かなりの数の何かがいるのは分かるが、襲ってくる気配はない。此処にいる顔ぶれを考えれば、本能的に格の差を察して、襲い掛かる事もできないのかもしれない。
「灯りは点けても平気か?」
「平気だけど……倒れないでね」
アルスが、やや困惑を含んだ声で答えた。
……何がいるというのだ?
「壁に灯りの様な物があるのですが、燭台でもありませんし、魔導器でしょうか」
「ああ、確かこの辺りに起動装置があるはずだが」
服の中に持っていた小瓶を取り出し、軽く振ると、中の液体が光を放ち、手元をぼんやりと照らしだす。
「何、それ」
「発光物質の出来損ないだ」
瓶の中には複数の液体の混合物が入っていて、撹拌することで反応を起こし、発光する。ただし、すぐに消えてしまうので、一定の間隔以内で溶液を混ぜなければならず、片手が塞がるのが欠点だ。
今立っている、部屋の入り口近辺の壁を探る。
起動装置らしき物は見つかったが、動かしても反応がない。どうやら壊れているらしい。
確か、見取り図には『雷』と書いてあった。
「ターコイズ、これに軽く雷を当ててくれ」
「軽く、って簡単に言うけどな、調節難しいんだぜ?」
愚痴を零しながらも、指先から小さな稲妻が走る。そして、壁に並んだ照明が次々と点り、広い回廊を照らし出す。
そこには。
「……っ!」
「倒れないでね?」
「あ、ああ……」
視線を逸らす。
何の合成なのか考えるのも放棄した。
元が爬虫類なのだけは確かだ。下半身が蛇な者や、全身が鱗に覆われた上に尻尾まで……。
思い出すな。
見るな。
意識を強く持て!
「これって、クラウスへの嫌がらせ?」
「……そんな気もするな」
と言う事は、この先もこの手合いがぞろぞろ出てくるのだろうか。気が滅入ってきた。
異形たちは、本能的に格の差を感じるのか、身構えてはいるのものの、仕掛けあぐねているようだ。
しばし、私を除く五人と、部屋を埋めるほどの異形が睨みあっている。
やがて、コクヨウが口を開いた。
「これも全て合成なのですか……」
「恐らく」
悪いが、確認する事が出来ない。
コクヨウが、一歩進み出る。異形たちが、僅かに身じろぐ。
「混血は、確かに問題があるのかもしれない。まして、個人の意思に反して作らせた子供など」
朱色の魔力が立ち上る。
「だが、生まれてくる子供には、何の責も無い! まして、こんな扱いをされる謂われなど!!」
朱色の炎は一層濃くコクヨウを包んで膨張し、その色が薄れると。
その場には赤みが強い茶の、巨大な影。声と呼べない咆哮と共にほとばしった炎は、異形の群の中を突き抜け、真っ直ぐに道が開けた。
「あーあ、切れちまった」
「子煩悩ですものねぇ」
「何を暢気な事を言っているのですか」
コハクの呟きに頷きかけ。
「早く先に参りましょう」
待て。
「そうね」
いいのか、それで。
アルスは自分よりも一回り以上大きな熊を見上げる。
「ここは任せるわ。終わったら、外部で待機してる特一に連絡。進入の指揮を取って追いかけてきて」
『御意』
アルスの命令に、淡々とした口調で答えると、熊は次々と異形を文字通り滅していく。
「さ、行きましょう」
所々に仕掛けられた罠や、異形の待ち伏せをかわしながら、曲がりくねった回廊を進み、階段を降りると、微かに何か香りがした。
甘ったるい、意識に靄がかかっていくような。
……覚えがあるな。思い出したくもないが。
「魔薬ね。みんな大丈夫? 特にクラウス」
「中和剤を飲んでいる。それに、香として焚いた場合は、人間には影響が少ないらしい。むしろ、そこの狼を縛り上げておけ」
「そうですわねぇ」
ヒスイがターコイズの腕に、自分の腕を絡める。
一見軽く捕まえているようだが、ターコイズがもがいてもびくともしない。
「ターコイズも、一応中和剤飲んだわよね?」
魔薬に対する耐性は、魔力の高さにほぼ比例する。
この女三人は、格が違いすぎて、この程度の魔薬など効かないと言っているが。
竜であるアルスはともかく、純血種の王族であるヒスイでも、甥が魔薬中毒になっている。コハクも確かに魔力は高いが、混血のはずだ。本当に大丈夫なのだろうか。
「魔薬に関しては、中和剤を信用するしかありませんけれど、この香り、媚薬がまじっておりますわ。確か、マイナール上流貴族の秘薬だったと」
「マイナールの?」
アルスの視線が痛い。
「私には効かない」
「なんで?」
聞くな。
耐性がついただけだ。
「これも、クラウス様への嫌がらせの一環ですかしらねぇ」
……ちょっと待て。
「何故知っている」
ヒスイは婉然と、含みのある微笑を浮かべた。
「マイナールは、大好きな国ですわ」
気にはなったが、此処で深くは追求するのは止めて置いた方が良いと悟り、話を打ち切った。
とりあえず、あの国でこの蛇女に遭わなくて、本当に、良かった。それだけは、きっと確かだ。
「媚薬の中和剤の様な物は、ございませんでしょうか?」
今まで黙って様子を見ていたコハクが、尋ねてきた。
「コ、コハク……。お前だけだよ、助けてくれ……」
「流石に、任務中に同僚を殺す訳には参りません。外道な行為の代償の死に、殉職などという名誉を与えるなど、もっての他です」
「助けてくれよぉ……」
この状況でターコイズが媚薬に呑まれれば、被害に遭うのは間違いなくコハク。危惧するのも尤もだが。
「中和剤は無い。今此処に持っていないのではなく、そもそも存在していない」
訓練すれば耐性はつくのだが。
「眷属にどの程度の効果があるのかは、わからないが」
「それなりに、と申せますか。地と風には効果が薄いようですので、あまり心配はいらないと思いますわ」
ヒスイ、なぜそんな考察ができているのだ……。
進む内に香りが強くなって来た。
「此処か」
香は、見るからに頑丈そうな扉の隙間から漏れている。
「開くわけ、ないわよねぇ」
アルスが扉に手を掛けて呟く。
魔導帝国の遺跡ならば、アルスが触れただけで大抵の扉は開くが、此処は魔技術師の遺跡。恐らく魔法術では開けられない。
鍵穴は見あたらない。仕掛けを隠せそうな装飾の類は、扉にも壁にも無い。
面白い。久しぶりに骨のある仕掛けに会って、魔技術師の血が騒ぐ。
「ぶち破った方が早くねぇか?」
「魔法術は反射する素材の様ですね」
「いや、蹴破ればいいじゃねーか」
「中には恐らく身重の女性がいます。暴力は避けるべきでしょう」
「クラウスとの、この扱いの差は何なんだよ……」
「人徳の差です」「頭の差?」「お顔の造形の差ですわね」
女三人の勝手な言い種に、ターコイズはがっくりとうなだれ、低く呻いた。
「……殺してやりてぇ」
「他人に恨みつらみをぶつける前に、自らの日頃の行いを正すんだな」
扉から少し離れた壁に見つけた仕掛けを解いていく。
古代魔導帝国末期以降の政治的な暗黒期。魔法術と魔法生物にとっての衰退期であり、人間と魔技術においては隆盛期であった時代によく見られる仕組みだ。この遺跡の建造年代を考慮すると、広まった物とは初期段階で分かれて独自の発展をしたものだろう。この型がその後受け継がれていないという事は……。
「帰ってきなさい、ね?」
思索の淵に沈み掛けた所で、殺気を含んだ声に引き戻された。
「まどーきおたく」
……返す言葉が無い。
手が止まっていなかったのが、せめてもの救いか。
そういえば、遺跡に入った辺りから、アルスとまともに会話が成立している。この際、内容については問わない事にするが。
事件の現場でまで意地を張るのは止めたのか、それとも、頭が軍人に切り替わっているので協力者として存在を認めているのか。
いい加減、この事件が終ったら、本気で機嫌をとらなければいけないだろうな。
そんなことをつらつらと考えながらも、手を動かしていく。
さて。
これで、解除できたはずだ。
扉に向き直り、力を込めて押すと、隙間が広がるに従って、魔薬と媚薬の香りが濃厚になっていった。




