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水深ゼロメートル ~圧倒的不運な少年による史上最大の下剋上物語~   作者: 向来すだち
A 人は、運命を避けようとしてとった道で、しばしば運命にであう。
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A-08話 紀行

 その両方を横目で流し、俺は路地の角に目を向けた。


 


「隠れんぼほど楽しくない遊びはないだろう?出てこいよ」


 


 空き缶が蹴られて転がる――


 音を立て、空間を刀でかち割ったみたいな緊張が空気を通して流れる。


 そこにいたのは、河合と、そいつの肩を掴む狼谷であった。一切の隙もなし。逃げさぬ、気は抜かぬ、といった趣で狼谷が乾いた表情を浮かべていた。そして科学と宗教のように対照的に、河合の顔には恐怖がこびりついて離れなかった。


 


「ずいぶん手荒いことをしているのだな。鶴喰仁。気味が悪い」


「狼谷。こいつらは、俺にとって大切な獲物なんだよ。手ぇ出すんじゃねぇぞ」


「誰が手を出すか。勝手にやってろ……と言いたいところだが、貴様、まさかこの女にも手をかけるつもりじゃないだろうな」


「……おいてめぇ。まさかそいつを庇うつもりか?」


「今ここで僕が貴様を止めておかねば、誰も暴走する貴様を止められぬ。物事を正確に判断できぬほど僕は馬鹿でないのだよ」


 


 狼谷が横向きに腰に差していた小刀を抜いた。


 夜の風は肌に冷たく過ぎ行く。


 鶴喰は狼谷と相対時しながら、先ほど渡邉たちを殺って得た、異能ヴァルナの所得可能枠に入れる異能ヴァルナを選別していた。


 そして、爪で腕を引っ掻くと、そこから出た血を元に鋼鉄を錬金。そしてその鉄を刀へと姿を変貌させた。


 


「それが『錬金術師アルケミスト』か。


 噂通りの能力だな。


 金属に変化できる血は自分のモノのみのようだ。


 だが、貴様……


 なるほど。


 そういう理由わけか」


 


 そう言うと狼谷は小刀を鞘にしまった。


 


「あ?何勝手に納得してやがる」


「復活する場所に地球アースを選んだのが気にかかっていたが、その理由が分かっただけだ。ここに長居する気はないというのなら、僕が戦う必要はない」


「何?


 あぁ……


 そういえば噂ではてめぇの異能ヴァルナは『心理学者サイコロジスト』。能力は『()()()()()()()()()()()()』だったな。


 てめぇ勝手に俺の心読んでじゃねぇよ。胸糞わりぃ」


「腑抜けが。減るもんじゃなし。別に構わぬだろ。この女は好きにしろ。貴様がこいつを最後に地球アースで人を殺さぬというのなら、煮るなり焼くなりしても、僕は手を出さない」


 


 狼谷が河合を突き放し、鶴喰の元へやった。


 


「お、おい!お前私を守ってくれるんじゃなかったのかよ!」


 


 河合は力の入らない脚で必死にそう叫んでいた。


 


「僕は守るとは一言も言った覚えはない。


 第一、貴様。


 まさか僕のことを忘れたわけではあるまいな。


 河合亜香里」


「な、なんで私の名を……


 ……は!


 ま、まさか!!


 お前、あの時の、あの時私がいじめてた奴と一緒にいた、あいつか!!


 お前のせいだ!


 お前があいつに妙なこと唆すから私は訴えられたんだ!


 お前!


 絶対許さねぇぞ!」


「勝手にしろ。


 僕は君に許されなくとも良い。


 貴様のような小人の気に揺さぶられるほど僕は弱くないのだよ。


 僕は僕が守りたいと思ったものを守る。


 最初はなから僕は貴様には甘い闇に溺れてくたばっておけばいいと思っていたのだ。


 少なくともこれが僕が正確に判断した結果だということは変わらない」


 


 凍てつく眼差しが河合を差していた。


 それを見て鶴喰は奇妙な笑みを浮かべていた。


 


「なんだよ。狼谷の方が随分悪趣味じゃねぇか。掴みかけた光を失って底に突き落とされることほど辛いもんはねぇぜ。俺は、どちらでも構わないがな。さてと河合。そろそろ宴会の締めに入るとするか。せいぜい壊れるんじゃねぇぞ」


 


 河合の肩に鶴喰の血まみれの手が乗った。


 河合の全身全霊が身震いした。


 


「な、なぁ鶴喰…!


 悪かったから、


 私が全部悪かったからさ、


 謝るからさ、


 ゆ、許してくれよ!


 いいだろ?


 そ、そうだ。


 金ならやるって、


 なんなら体も……やるからさ!


 ゆ、許してくれないか?!」


 


「てめぇはあの時。


 


 俺をいたぶろうとした時。


 


 そんなことで許したのか?」


 


「ひっ」


 


 恐怖。


 文字通りの恐怖。


 純度100%の恐怖。


 見たことも想像したこともない恐怖が、河合を襲った。


 


「やめろおおおおお!」


 


 心に、絶望が走った。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


『経験値が許容値を突破しました。鶴喰様のレベルが4から5に上がります――』


 


 


 静寂さの中で、ただアナウンスが脳内で反響していた。


 


 


「さてと、そろそろ俺もここを出るか」


 


 


 見ると、神谷が壁に寄りかかっていた。その目が、妙に心気臭かった。


 


 


「おい、貴様」


 


 


 無愛想な口調で狼谷が口を動かした。


 


 


「なんだよ。狼谷」


 


 


「一つ忠告しておこう」


 


 


「あ?」


 


 


「いいからよく聞け。


 


 


 僕たちは選抜が終わったとき、


 


 


 異能ヴァルナを現世に持ち込むことを選んだ」


 


 


「あぁ。それがどうした」


 


 


「だが、選抜を勝ち抜いて現世に復活した他のやつらは、おそらくほぼ全員が『魔力最大値の増大』を選んだ」


 


 


「レベルは現世のを引き継ぐからだろ?俺たちはレベルなんて概念経験したことなかったが、他の世界の奴らにとってはレベルなんて常識。俺たちがレベル1で復活する横で、奴らはレベル50、60の世界で復活する。レベルアップごとに異能ヴァルナが獲得できるなら、既にレベルが高いあいつらにとって異能ヴァルナは獲得しにくい」


 


 


「そうだ。


 


 


 そして、


 


 


 あの選抜は第5選抜まであったが、


 


 


 あれは生存者が定員の10名と同じになったから止まったのであって、


 


 


 決して()()()()()()()()()()


 


 


 これが何を意味するか分かるか?


 


 


 きっと……


 


 


 いや、確実に、


 


 


 


 


 


 


 


 


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 


 


 


 


 


「……実際に得られるかは分かんねぇんだろ。


 


 


 てめぇがそう考える理由はその異能ヴァルナか?」


 


 


 


 


「いや、勘だ。


 


 


 少なくとも僕が彼らの立場に立てば、


 


 


 実際に得られるのか得られぬのかは分からぬとも、


 


 


 異能ヴァルナ持ちを殺すことに価値があると考える」


 


 


 


 


「なんだ?


 


 


 ただの勘かよ」


 


 


 


「『この干渉は掟により阻害されています』


 


 


 それが、普段"神の間"で神に対し異能ヴァルナを使った時の反応だ。


 


 


 だが、あの時。


 


 


 神と生存者、計22人が集まった時、


 


 


 あの"神の間"にはおかしなプロテクトがかかっていた。


 


 


 僕が異能ヴァルナ心理学者サイコロジスト』を神や生存者に使おうとすると、


 


 


 そこにはある別の"干渉"が働いた。


 


 


『現在、あなたの干渉は神の権限により部分的に有効となっています』とな」


 


 


「結局何が言いたい?狼谷」


 


 


「そこで僕が覗くことができた思考は、


 


 


 二つ。


 


 


 一つが各生存者の復活先。


 


 


 そしてもう一つが、貴様の運についてだ」


 


 


「俺の運…?」


 


 


「結論から言えば、


 


 


 貴様の……


 


 


 "超幸運"というやつは、もう作動しない」


 


 


 鶴喰の眉がぴくりと動いた。


 


 


「鶴喰、貴様はどうやらその"超幸運"というのに助けられてここまで生き残ったようだが、


 


 


 それももうおしまいだ。


 


 


 ()()()()()()()()()、そうそうとくたばらんことだな」


 


 


「……なぜてめぇがそれを俺に教える?


 


 


 さっきまで俺に刃物を向けていたてめぇが、なぜ俺に教える?


 


 


 てめぇに何かメリットがあるのか?」


 


 


「僕は、神からの"干渉"によって貴様のその情報を知った。


 


 


 どの神なのかは分からぬが、


 


 


 誰かが、貴様にこのことを伝えろと暗示していると僕は受け取った」


 


 


「そうか。


 


 


 だとしたらその神は杞憂だったな」


 


 


「……全くだ。


 


 


 今貴様が所持できる異能ヴァルナは5つ。


 


 


 そして貴様が選択した異能ヴァルナは、


 


編集者エディター


錬金術師アルケミスト


翻訳者トランスレーター


旅行者トラベラー


 そして、


俳優アクター


 


 だな。


 


 


 僕も貴様に教えるなど癪だったのだ。


 


 


 やはり貴様には教えぬべきだったか……」


 


 


「所詮てめぇは子供のお使いだったてことだな。


 


 


 もうお前の話は終わったか?


 


 


 俺はこんな世界アースからは一刻も早く出ていきてぇ気分なんだ」


 


 


 狼谷は、あぁ勝手にしろ、とひとつ頷いだ。


 


 


「じゃあてめぇとも別れだ。


 


 


 てめぇは俺の心配してたが、


 


 


 俺はてめぇの死の方が近ぇ気がするぜ。


 


 


 せいぜい生に這いつくばっておけ」


 


 


「御託だな」


 


 


 鶴喰はポケットからお金を取り出し、それをばら撒いた。諭吉の顔が大量に舞っている。


 


 


異能ヴァルナ


 


 


旅行者トラベラー


 


 


 使用――」


 


 


 わずか1時間たらず。


 


 この僅かな間を過ごして、鶴喰は故郷から離れた。


 


 だが、


 この時、


 地球アースには、


 鶴喰を含めて、


 3()()の復活者がいたことを、


 彼はまだ知らない。











 *** ??? ***

 



 すみれ色の髪が、ふわふわと風に泳がされている。


 


 その風が山に音を立てさせた。


 


 木の葉が舞う。


 


 虫食いの跡が見えた。


 


 


「ねぇ?こっちであってるの?」


 


「うん。絶対光ったんだもん」


 


 


 女の子同士だろうか。


 


 可愛らしい声が聞こえてきた。


 


 仰向けに倒れている彼は、最終チェックと称して自らの異能ヴァルナ取得枠を確認していた。


 


 名:()()()


 本名:鶴喰仁(17才)


 残りの異能ヴァルナ取得可能枠:0


 異能ヴァルナ取得枠:5


(一度取得すると取り外すことはできません)


 ・『編集者エディター


 能力:指定した物質を自由に動かせる力


 ・『錬金術師アルケミスト


 能力:血液から金属を生み出せる


 ・『翻訳者トランスレーター


 能力:異なる言語を用いる他者と会話すると、その言語を習得できる


 ・『旅行者トラベラー


 能力:お金を犠牲にし異世界へと転移することができる


 ・『俳優アクター


 能力:()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()


 


「イメージしろ……鶴喰仁は心の奥底にしまえ。


 今から俺は『アース』。


 記憶を失った、一人の少年へと、生まれ変われ…!」


 


 髪の毛はすみれ色。


 顔の骨格、体の体格、全てが別物へと変わっていた。


 


「あっ。誰かいる……!」


 


 女の子二人が、俺に駆け寄って顔を覗き込んだ。


 一人は俺と同じぐらいの歳……


 


 


 


 


 


 


(あれ?


 俺って


 今


 何才だっけ?


 というか……


 ここは?)


 


 


 


 


 俺は……


 


 


 


 


 


 誰だ?


 


 


 


 


 


 鶴喰は、いや少年は、その時初めて異世界へと生まれ落ちた。

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