A-03話 狼煙
鶴喰は最上階で悠々とエルフを見下していた。そして、その右手はエルフに向けられていた。
(あれは魔法の合図!やはりもう無属性魔法の発動条件が整ったのか!?)
間抜けにも鶴喰の手のひらに舞い降りてしまったエルフである。そこで踊った先に待つのが、強力な魔法を打ち込まれての人生二度目の死だということは、エルフにとって当然の思考であった。窓にも細工がしてあるのか、全ての窓はコンクリートで固められたように塞がれている。つまり逃げ場がない。袋の鼠となったエルフに、右手を向けられたのならば、それは脅迫の合図なのである。
「おい、そこの耳が長いお前。もうお前に勝ち目は――」
だがその脅迫を前に、エルフが鶴喰の話を強気に遮った。
「知っている」
――と。
その時、エルフの思考には、これまでの鶴喰の行動の謎。これを紐解く一つの答えが見えていた。
全く自信はない。
だが自分から言わなければ、
……言わなければ、
死ぬのは自分だと、全細胞が警鐘を鳴らすのである。
「わ、私は……お前が何をしようとしているのか、もう全て知っている。そうだな……お前の言葉を借りるなら、私はお前の全てが解った」
「……全てが解った……か」
「あぁ。まずはお前の異能」
「……」
「お前の異能は、『会話した相手の思考を読む』だな」
「っ!!」
汗が、滴った。
当然エルフが鶴喰の全てを知る由はない。
だが鶴喰の驚く表情を見て、そのハッタリに真実味が帯びてくるのを、エルフはひしひしと感じていた。
彼は今、鶴喰に余裕を見せようと笑っている。
「お前の作戦はこうだろ?
まず、この建物の全ての床をくり抜く。
音もなく、私に気づかれないようにな。
次に、私に魔法を使わせる。
これはお前の無属性魔法の発動条件を満たすためだ。
おそらく、即死性の何か……詳しいことは分からんが、今お前が右手を私に向けているのが魔法を撃つという何よりの証だな。
そして、それを可能にしたのがお前の異能。
私の魔力反動計でお前が魔法をかけていないのは分かった。
つまり異能を使ってたわけだ。
巧みに私に頭使わせて、その思考を読んで攻撃をかわし続け、タイミングを見て最上階の床を私の自爆で崩した。他の階の床がくり抜かれたおかげで最上階の床も耐久性が落ち、私が魔法を弱めても床は崩れたってわけだ。
こうして私が落ちたところを狙って魔法を撃つ予定だったんだろう?
今私に話しかけたのは、私の世界の魔法について詳しく聞くためか?」
「……べらべらとよく喋るな」
「どうせ思考は読まれてんだ。喋ったって同じだろ?」
鶴喰は裸を見られた時のような怪訝な顔を浮かべた。
「……だが、俺の作戦を暴いたところでお前はどうするんだ?俺の優位は変わらねぇだろ。建物に穴でも開けて逃げるつもりか?窓は出れねぇように細工してあるぜ?」
「馬鹿言え。穴を開けた瞬間この建物は崩れ落ちるだろう。瓦礫の下敷きで終いだ」
「あぁそうだ。お前にはもう選択肢はないってわけだ。分かったか?さっさとくたばれ」
「おいおい。さっきよりも焦ってるな?
思考を読んでるんだもんな。
私のしたい事、分かってるんだろ?
要は、私が、考えるよりも前に動けば、お前の異能は機能しなくなる。
何も、異能はお前だけのものじゃねぇ。私も持っている。
さらに、こうして……
身体強化魔法をかけてしまえば、お前を殺すのに意識は要らねぇ。
散々お前のペースに飲まれたが……助かったぜ。
お前が私を落としたおかげで色々吹っ切れた。
次は私の出番だ」
「お前、馬鹿か?その足で……俺を殺れると思っているのか?」
勢いづいていたエルフが、身震いした。
「まぁ……知ってるよな」
エルフが答える。
歪。
エルフの右足は歪だった。
左足と比べても、胴体と比べても……その足の細そさが極まるばかりだった。
鶴喰は、ボロボロの戦闘機を追撃するかのように続ける。
「全く使い物にならないお前の右足で、この距離を詰められると思っているのか?」
幾度もの衝撃で、ビルの屋根から、小さな、小さな、コンクリートの破片が、ばらばらと、落ちている。
その破片が抜けた間から、わずかな光が、淡く、色素が抜けたみたいに、鶴喰を照らしていた。
(そうだ。
確かに私の足は使い物にならないし、この距離は長い。
約20m。
考えるより前に動くってことは、魔法を新たに唱える暇はない。
だが、私なら行ける!!)
反り立つ壁を前にして、エルフはその原点を、想う。
(無理難題、そう思ったらこの言葉を思い出せ――)
その過去を。エルフがこうも、目の前の壁に立ち向き合えたのは、その過去を、思い出していたからだった。
脳内スクリーンに投影されたフィルムが巻き戻っていくのを感じた。
あの日、私が右足と妹を同時に失った日。
盗賊から身を守ってくれたのは、どこからともなく現れた、大きい、大きい……
影だった。
大人になってみれば、その背中はさほど大きくなかったのかもしれない。
だが、その勇者みたいな背中が、私の脳裏から何年も離れなかった。
その背中が、その男が、こう言った。
『ある偉人は放った。
成功とは99%の努力と1%の才能である、と。
残酷だとは思わないか?
99%の努力も、1%の才能無しには成功には成りえないのだ。
だがお前にはその才能がある。
誰もが望み、誰もが恨むその才能があるのだ。
お前に壁を乗り越える勇気があるのなら、
今後、
耐え難い苦しみも、
海のように冷たい悲しみも、
悪魔のような甘い誘惑も、
お前に全て降りかかってこよう。
いいか?
そんな時にはお前の原点に戻れ』
夕暮れの空には、いくつもの気球が天へ登っていた。
夕暮れの空に、彼の背中が映えていた。
そんな、
夕暮れの空が、眩しかった。
「確かに私は前世で足を失った!
だが、私にはやらねばならない事がある!
奪われた妹の為!
私は生き返ってみせる!
それが私の原点だ!!」
エルフは、恐怖とも喜びとも分からない感情を露わにした。
エルフの持つ最強の身体強化魔法。
雷神ノ後光。
そして……
彼の異能――…
『錬金術師』。
それは、血液を金属に変える力。
(鶴喰が異能で私の注意を引いたというのなら、私はさらにその上をいく!)
エルフの反撃の狼煙が上がった瞬間であった。