A-01話 第一選抜
ブザーが鳴った。重く、重く。
「まもなく、第一選抜を開始します……繰り返します。ただいまより、第一選抜を開始します。第一選抜の内容は市街地における一対一の戦闘。相手を先に殺害した者が第二選抜へと通過します……繰り返します――」
「おっ、もう来たね。じゃあ僕は待たせてる人のとこへ早く行かなきゃいけないから、ここでおさらばするとするよ」
神が俺の表情を覗き込んで言った。その目には不気味な影が満ちていて、全てを見通す千里眼を彷彿とさせた。
「あれ?なんだ君、急に表情が変わったね。これは思ってたより期待できるかもしれないな……」
「急に変わったのは俺だけじゃねぇだろ。急に声のトーン下げやがって。少年とは思えねぇ表情してるぜ?それは獲物をいたぶる時の狩人の目だ」
「ははっ。口調まで変わって……キャラ付け??強がり??恐怖でおかしくなっちゃった??……いや、むしろそっちが本性で今までが仮面?でもまぁ。よく知ってるね、狩人の目なんて」
さっきとは打って変わって粘りけのある低い神の声が轟いた。
「そりゃあ生前何度も見た顔だからな。お前、五年前に神になったとか言ってたが……人間の歳で五年前っつたらそん時五才ぐらいだろ?お前、ほんとは何年生きてんだ?」
神の声は地声が高い。だから俺の低い声は神の低い声よりも低く鳴る。
「それは秘密さ――」
されど神はそのもっと低い声で返してくる。重力が増したように感じる、あの恐怖の象徴の声だ。
「秘密?そりゃあ要するに少なくとも人間の普通の歳じゃねぇってことで良いんだよな?」
しっかりと足を伸ばして立って言った。もう俺はあの重力に屈しねぇ。
「……僕は、もう二度と会うことのない予定の人の名前は、すぐに忘れちゃうんだ。君の名前、なんだっけ?」
「鶴喰仁」
「そうか。鶴喰君……覚えておこう。じゃ、我々を楽しませてくれるような試合、期待してるよ――」
言い終わると同時に、神は真っ黒な空間を新たに創り出し、その中に吸い込まれるみたいに消えていった。これは空間魔法とか言う類なのだろうか。
突如、目の前に映像が浮かび上がる。何もない場所に映し出されたそれは数字の10だった。その文字が、粒子になって分解されて、9に再構成される。
「カウントダウン!?」
まさかもう始まるのか!?まだ俺は異能試してねぇぞ…!
そんな思いとは裏早に、数字は確実に減っていく。
…5…4…3…2…1
試してねぇが、やるしかねぇ…!いいぜ?理不尽に対して俺はもう諦めねぇぞ。
自分の周りに白く光る線が現れる。それはぐるぐると俺を囲うように高速で回り始めた。足元を見れば魔法陣が描かれている。
「これは…!いわゆる転移か!?」
逆流の川を渡っていく。
そんな感覚が俺を襲う。
これが魔法……!
弾き飛ばされるように市街地に飛ばされた。
争奪戦の内容はタイマンだったはず!敵はどこに!?
鷹みたいな目で辺りを見渡すと、そこにはヒビの入った建物が辺りを埋めつくしていた。
敵は……いない…?
タイマンといっても遭遇戦なのか……
というかこの建物……市街地と聞いてたが、これじゃ廃墟だな。荒廃した都市って方が正しい。
そこらじゅうに立ち並ぶビルは、てっぺんをえぐられたように破壊されていた。風はひどく乾き、雲は灰が降るように曇り、遥か先の空には巨大な雷雲も立ち込めていた。
慎重に、慎重に。
地面はゴミや瓦礫が転がっていて、歩くたびに音が鳴る。もしかしたら敵にその音を聞かれるかも分からねぇ。一旦は安全そうな場所を探してそこに籠るか。異能ってのも試してねぇしな。
「よしっ。ここにするか」
三分ほど歩くと、ある建物を見つけた。
道を見通せる建物。
されど、決して高すぎない建物。
この建物に篭る。
まず、俺は魔法を知ら無さ過ぎる。先に見つかって先制攻撃されたら瞬間詰む可能性もある。何としてもまず俺が先に敵を見つけなきゃいけねぇ。だから、『道を見通せる』ような建物だ。
すると、当然高い建物でなければならない。けど、もし高い建物を魔法で崩壊させられたりしたらそれも詰む。だから『決して高すぎない建物』。さほど高くなければ俺の異能でどうにかなるかもしれねぇ。
そういうわけで、まずはここの最上階を目指す。そこで俺の異能を試す!
建物に入ると、一階の廊下の奥に階段とエレベーターが見えた。どうやらこんな荒廃都市でも電気は通ってるらしく、ボタンを押せばエレベーターのドアが開いた。もちろん急に止まったりしたら困るので階段を登っていく。
俺の異能……正直言って、
微妙だ。
強いのか弱いのかはっきりしねぇ。
以前なら『異能ガチャに幸運ブーストはつかなかったの!?』って諦めただろうが……俺はもう諦めねぇ。今俺にある情報でこの状況を出し抜いて見せる!
今俺にある情報……それを考えれば、実はこの異能は強くなくてもいい。
神は『地球人は絶対無理だ』って言った。争奪戦に勝てねぇって言った。その理由は『魔法が使えない』からだ。
もし、ランダムに来る異能が魔法を上回る力なら、地球人にも勝ち目はある。だが、神は絶対無理って言ったんだ。
ならば本当にランダムに来る異能だけでは勝ち目はないんだろう。
でもな、神は『殺した相手の異能は奪うことが出来る』とも言った。
この第一選抜の運が良ければ試合に勝てる。
そしたら相手の異能を奪うことでさらに強くなれる。
"超幸運"といっても、瞬間的な幸運だけじゃだめだ。理想は、選抜を勝ち抜くまで。長期的な幸運の方がメリットがたけぇ。
だから、この異能は強くなくてもいい。
敵が弱ければいい。
まずはこの試合に勝てれば良い。
となると……"超幸運"が存在するかは敵の姿で分かるはずだ。
神は俺以外にもこの争奪戦に地球人が居るみてぇに喋ってた。
もし俺に約束された幸運があるなら、この第一選抜の敵は……
俺と同じ最弱の地球人!
つまり、この試合の敵が地球人であれば俺に約束された幸運が付いてると証明できる!
そうなりゃ定員じゅ――
そこに見えた存在が一気に俺の思想を吹っ飛ばした。
人影!?
不意に落ちた雷。激しい音とともに窓から差し込む、雷の青白い光。その瞬間、敵の影が炭みたいに切り取られていた。
まじかよ!?
いや……考えりゃ当たり前か。こんな好立地な建物だ。考えることは皆同じだ。
足音をたたせなかったのが幸いしたな……まだ俺に気づいてねぇ。
これは敵が地球人か確かめるチャンス!
俺は階段の陰からぬっと顔を出した。
無駄にだだっ広い空間の窓際。
そこにいたのは、一人の男の姿。
身長は約170cm。
太い、腕と左足。それに反する異様な、細い右足。
そして、尖った耳――
これは……いわゆるエルフか!?
地球人じゃねぇ!
ははっ!それじゃぁガチで"超幸運"なんかないってか!
いや……まて?
あの姿……ほんとに普通のエルフか?
もしかしてあれは……
体が震えた。
悪魔的とも言える自信の笑みが、顔を支配した。
あぁ。なるほど。
この勝負、俺の勝ちだ。