CAR LOVE LETTER 「Necessary」
車と人が織り成すストーリー。車は工業製品だけれども、ただの機械ではない。
貴方も、そんな感覚を持ったことはありませんか?
そんな感覚を「CAR LOVE LETTER」と呼び、短編で綴りたいと思います。
<Theme:HONDA INTEGRA Type R(DC2)>
よし、誰も居ないな。
俺はいつもの様に、こっそりと車を駐車場に滑り込ませる。
こっそりって言ったって、こんなうるさいマフラー付けてて良く言うよな、俺も。
俺の車はインテグラType R。ホンダのスポーツクーペなのさ。
中坊の頃に好きになって、免許取ったら絶対乗ると決めていた。
大学に入ってバイトして金貯めてさ、やっとの思いで念願叶ったんだけど、今はこの車の事は連れには内緒にする必要があるんだ。
それと言うのも、あの子の為。あの子ってのは、ほら、文学部のあの子さ。
すげーかわいくて、髪も綺麗でスタイルも良くてさ、芸能人で言ったら月九のあのヒロインの子に似てる感じだな。
一年の頃の学祭で、ミスキャンパスに選ばれたとか、芸能事務所からも声がかかってるとか、とにかく学内でも目立つ存在だった。
友達になりたかったんだけど、俺は工学部で、あの子は文学部。接点なんか全く無いんだけど、実はひとつだけあったんだ。
高校の時の同級生のあいつ。あいつとあの子は同じ学科でさ、あいつのツテを使って、俺の学科の奴らとあの子含めたあいつの学科の女の子達と合コンすることになったんだ。
あいつって言っても、女なんだけどね。
背が低くて、髪も短くて、ついでに気も短くて、まぁかわいい感じなんだけど、あんまり女を感じないんだよな。高校の時からそんな感じだったからなぁ。おっぱいは結構でっかいんだけどさ。
そのあいつの手引きの合コンで、俺達工学部連中と、あの子とあいつの文学部女子達は意気投合してさ、仲良しグループみたいになったんだ。
バーベキューしたり、京都に遊びに行ったり、冬にはスキーに行ったりさ、みんなでいろいろ遊んでいたんだけど、いつも車を出すのはエスティマのヤツと、キューブのあんにゃろうだった。
俺がインテグラを買う前に、あの子と車の話になったんだ。どんな車が好き?って言う様な、他愛も無い話さ。
その話のしょっぱなで、「スポーツカーは嫌!」と出鼻をくじかれてしまったんだ。俺は、「スポーツカーなんて良いよな!」って切り出そうとしてたんだから。
俺はどうしてもインテグラが欲しかったし、でもあの子に車オタクとか思われたくないし、悩んだ結果、俺はインテグラの存在をひたすら隠す事にしたんだ。
車だけじゃない、髪型とかファッションとかも、なるべくあの子に受けそうな感じにしたいと思っていた。でも女の子の、とりわけあの子の趣味とか分からないから、俺はちょくちょくあいつにアドバイスもらって、女の子の思考を学んだんだ。結構あいつ、親身になって相談乗ってくれてさ、ホント助かるんだよ。
その甲斐あってかさ、少しずつだけど、あの子との距離がだんだん近くなって来たんだ。
そのうち、二人でどこか行こうか、なんて話もしてる。
今日はキューブのあんにゃろうの部屋でみんなで集まって飲もうって話になった。俺はバイトだから、終わってから行く事にしたんだ。
バイトに出勤するために、学校の駐車場のインテグラに乗ろうとする俺。そこに何と、偶然あいつが通りかかる。
「何なにこの車!すごいじゃ〜ん!買ったの?」目をキラキラさせながらあいつが詰め寄ってくる。
「あ、う〜ん、ま・・・まあね。」あっちゃ〜・・・。ハイテンションなあいつに対し、かなりへこむ俺。
「ラッキー!ねぇ、これからバイトなんだ。駅まで乗せてって!」
しゃーねーなー。乗れよ。俺はあいつを乗せて、学校の駐車場をそそくさと後にする。だって他の誰かにも見付かったらまずいからさ。
助手席のあいつは終始ご満悦な様子。くそー、初めて助手席に乗せた女の子が、あの子じゃなくてあいつとは・・・。
なあ、絶対誰にも言うなよ!
「いいじゃん別に。スポーツカー乗ってたってさ。」髪の毛先を指で撫でながら、あいつは何で?という顔をする。
いーの。とにかくみんなには内緒だからな!
「ふ〜ん、あ、そっか。」何かを感付いた様な表情で、あいつはまた髪の毛先を指で撫でる。
あいつを駅に降ろす。するとあいつは「じゃね、ありがと。またよろしくね!」とウィンクを飛ばしてきた。
うっせー!バス乗れバス!
バイトの後に、キューブのあんにゃろうの部屋に行く。
俺よりも先に、あいつはあんにゃろうの部屋でみんなと飲み始めていた。
俺があの子の隣に座ると、あいつの意地悪い視線を感じる。
完っ全にバレたな。すごい弱味を握られた感じだ。
しかしそれからも、あいつはインテグラの事を誰かに喋ったりはしなかったし、服の趣味とか、お洒落なカフェを教えてくれたりとかさ、更に協力的になってくれた。
その上、インテグラの事をみんなに打ち明けたら?とも言ってくれた。
「しょうがないじゃん。好きなんだからさ。」と。
俺としても打ち明けたかったんだけど、ここまで隠して来たし、何だか気が引けたんだ。
それから少しして、俺達の仲間のバランスが少し崩れて来たんだ。
エスティマのヤツと仲間内の女の子が付き合い始めてさ。まぁ前からそんな雰囲気あったけどな。
後、キューブのあんにゃろうが故郷に帰る事になっちゃって、いつも車を出してくれてた奴らが居なくなって、何となく俺達のまとまりがなくなって来たんだ。
その分、俺とあの子の距離はまた少し接近した感じだった。
次の週末に、日帰りだけど、あの子と温泉に行く事になった。もちろん、電車とバスでね。インテグラの事が喉まで出かかったんだけど、「スポーツカーは嫌!」というあの子の顔が思い浮かんで、やっぱり飲み込んだ。
温泉の日帰り旅行の当日は、俺は三時間も前から服を選んだり、髪型を整えたり、まるで女の子みたいに準備していた。
その時、あいつから電話がかかって来たんだ。朝早くから珍しい。
「もしもし。どした?」
「ごめんね。今日、時間ある?」小さく消えちゃいそうな声が電話の向こうから聞こえる。
「あー、いや、今日は・・・。」と俺が口ごもっているとあいつは「あ、そっか。ごめん。何でもない。」と、ぶつっと電話を切った。
何なんだよ。俺はあいつにかけ直す。
「おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため、かかりません。」
んな訳無いじゃん。今かかって来たんだぞ。あいつ、電源切りやがったな。
何か、すごい調子悪そうだったな。大丈夫かな。
俺は出かける準備をしながらも、あいつの事で頭がいっぱいだった。
・・・やっぱり、あの子には申し訳無いけど、ちょっと今日はキャンセルさせてもらおう。お互い友達だし、わかってくれる筈だ。俺はあの子に電話をかけた。
「ごめん、あいつがどうも体調崩したらしいんだ。悪いけど、今日の約束はまたにさせてもらえないかな。埋め合わせ、するからさ!」
と俺が言うとあの子は、
「埋め合わせ?何か勘違いしてない?あたし、君とはそういう関係じゃないけど。」
と電話を切った。
何だよ?!今の!ムッカー!!
すげーお高くとまってさ。前からワガママで性格悪いなぁと思う事もあったけど、ここまでとはな。
俺は迷う事無く、インテグラの鍵を掴んで部屋を飛び出した。
向かうは、あいつのアパートだ。
あいつの部屋はカーテンが閉まってて、居るのか居ないのか分からなかった。寝てるんだろうか?俺はあいつの部屋の呼び鈴をリンリン鳴らす。
程なく、真っ青なしかめっ面のあいつが出てくる。
「何で?何でここに居るの?」蚊の鳴く様な声で、あいつは辛そうにそう言った。おいおい!大丈夫かよ?
「着替えろ。病院行くぞ。」
「いいよ。寝てれば治るから・・・。」
「いいから、早く!」
しばらくして、ジャージを羽織ってふらふらとあいつが出てくる。
症状を聞くと、吐気がして腹痛が酷いらしい。何科に行けばいいんだ?内科?外科?産婦人科?
とにかく俺は、街のでっかい病院へインテグラをぶっ飛ばした。こういう時は、インテグラの様なスポーツカーの運動性能が役に立つ!
「ねぇ、何でここに居るの?だって今日は・・・。」とまたあいつは聞いて来る。
俺はあいつの頭をくしゃくしゃと撫でて「いいから、休んでろ。」と話をはぐらかした。
病院での診察の結果は、何と軽い食あたりだと言う事だ。
おいおーい。何を食ってんだ、何を!
薬をもらって帰る頃には、あいつの顔にも少し赤味がさしてきた。よかった、回復してきたんだな。
帰りのインテグラで、あいつはまたこう言ってきた。
「今日はありがと。助かったよ。でも、どうして来てくれたの・・・?」
俺はそれに質問で反す。
「お前こそ。何で俺に電話してきたんだよ?」
するとあいつは少しの沈黙のあと、インテグラのマフラーの音にかき消されそうな小さな声で、ぼそっとこう言ったんだ。
「しょうがないじゃん。好きなんだからさ。」
それを言って、小さいあいつは助手席で更に小さくなった。
「あたしの質問に答えてない。」というふくれっ面の小さいあいつに俺は、「しょうがないじゃん。好きなんだからさ。」と笑って答えた。
その日から、あいつは「あいつ」じゃなくて、「彼女」になった。
俺にとって必要なのは、モデルみたいな高飛車な子じゃなく、いつも俺のそばにいて、俺にアドバイスをくれて、俺を頼ってくれて、そして俺の事を理解してくれる、彼女なんだ。
もうインテグラを隠す必要は無い。だって、好きなんだからさ。
結局俺達の仲間は空中分解してしまった。でもまぁ、それでよかったのかも知れないよ。
しばらくして、俺と彼女が学食で昼を食ってると、あの子がやってきた。
「そう言えばさ、あの時の埋め合わせ、してもらってないよね。」
挑戦的な視線を彼女にぶつけ、相変わらず派手な格好で、あの子は俺に詰め寄って来た。
不安気な彼女をよそに、俺は冷静に彼女の手を握り、あの子に言ってやった。
「埋め合わせ?何か勘違いしてないか?俺、君とはそういう関係じゃないけど?」
あの子は綺麗な顔を真っ赤にして、俺達のテーブルを蹴飛ばして行ってしまった。眉間にシワを寄せてさ。おいおーい、美人が台無しだぜ。
どうやらあの子、俺以外にも何人かの男と遊んでたらしいな。
分からん事もない。だってあんなに美人なんだもんな。
でも、その男達も結局はあの子に愛想を尽かしちゃったみたいだ、ってのを誰かから聞いた。
分からん事もないな。
今日も彼女を助手席に乗せ、俺はインテグラを走らせる。
「この車、乗り心地悪いしマフラーうるさいよ。」と彼女は文句を言う。
「しょうがないじゃん。好きなんだからさ!」
俺はアクセルをぐっと踏み込む。インテグラType Rは、更に甲高い咆哮を上げ、大学の駐車場をあとにした。
本作はCAR LOVE LETTER「Forgotten word」、「Voiceless regret」の姉妹作品です。そちらもご覧いただければ、よりいっそうお楽しみいただけると存じます。