Chapter:98 「これ以上喧嘩させとけないわ」
「要するに、」
話を聞き終わった茜が、天井を見ながら、言った。
「異世界とこことが妙につながってて、ああいう変な人たちが行き来してるのね。それを退治するのがお兄ちゃんたちの仕事」
この妹は本当に賢くできている。
理解力の速い茜の納得した様子で、博希たちはほっと息をついた。
「うちの冷蔵庫が壊れたのも変な人のせいなんじゃん。お父さんにもお母さんにも、これ以上喧嘩させとけないわ」
冷蔵庫の業者は明日には来るとのことだった。
それなら、両親の仲をそう心配することはないかもしれない――博希はそう思って、出流に向いた。
「どうする? 出流、五月。明日にでも、行くか?」
「まさかコスポルーダへ行く気ですか? 博希サン」
「ヒロくん、まだ身体、痛いんでしょう?」
「いくら丈夫だからって、あなた敵の攻撃をナメてますね。もう一度気を失うためにコスポルーダに行くようなものですよ」
夏休みの特別講義が始まるのはまだ少し後だ。
もう一日休んでもバチは当たらない――出流はそう、博希を説得した。
博希はしぶしぶと了解して、帰るふたりを見送るのだった。
夢を見た。
何もない、広い、真っ白な世界。
たたずむ一筋の黒い影が人物であると解るのに、
博希は時間がかかった。
「お前は……誰、だ!?」
相手は黙っている。振り返りもせず、自分の方をちらと見る。
博希は硬直した。
ルビーのように真っ赤な瞳が――
笑っている? それとも自分をにらみつけている……?
その瞳に、彼はのまれそうだった。
「誰なんだ、お前はっ!?」
答える代わりに、ふわりと、黒いものが揺れた――
「翼……」
真っ黒い翼。その中に、キラリと、光るものがある。
翼にからんだ透明な布――のような――
瞳の赤い輝きと揃いの赤い髪が、わずかになびいた。
博希の背中にぞくり、と悪寒が走った。
その時初めて気がついた。もう一人――誰か、いる……
赤い瞳の人物に抱かれる身体は力なく、手はだらりと垂れていた。
長い黒髪がふわふわと揺れていた。
その顔に博希は、見覚えが、あった。
「リオール? じゃない……! ……沙織!!」
見慣れたセーラー服が風になびいた。
「お前、沙織に何をしたあぁ!」
博希の絶叫。だが赤い瞳はにやあ、と笑うだけで、答えない。
「沙織っ、目を覚ませ! 沙織、沙織っ!!」
本当は走っていって、人物を殴りつけてでも沙織を救いたい。
が、博希の足は、動かなかった。まるでそこにはりついたように。
「沙織――――ッ!!」
はっ。
布団の中で、目が開いた。
カーテンは閉ざされていた。光が少しも見えないところをみると、時計はここから確認できないがまだ夜中なのだろう。
「……沙織……」
博希はつぶやいて、さっきの夢を反芻していた。
赤い瞳に赤い髪。黒い翼。
自分が気を失っている間に現れたというレドルアビデにそっくりじゃないか――出流の話を思い出し、博希は唇を噛みしめて、腕の中の沙織を思い出していた。
あれはただの夢か?
暗い部屋の中、博希は布団の中で「くう」とうめいた。
時計が静かに時を刻んでいた。




