Chapter:93 「三度は言わぬ」
「――命令だという、おつもりですか……」
長い髪が、風にふうわりと揺れた。
「ああ。これは命令だ」
「それならば別の者にご命令なさればよいこと。――なぜ、私に」
白磁の肌をもつ影は、その問いには答えなかった。
「……では質問をかえます、私は……本当に【リオール】ですか」
「どういう意味かな」
影は唇の端をゆがめて、にやあ、と、笑った。
「先日私は、ある流れで、【伝説の勇士】と接触をもちました。その際、彼の名を、私は口走ったのです。知りもしない名前を」
「……名前をな。……」
「なぜ、私が、知るはずのない【伝説の勇士】の名前を知っているのです。私は本当は【リオール】ではないのでは――」
「いや、お前は【リオール】だ」
言い切った。それはとても早かった。即答だったといってもいい。
「ですがレドルアビデ様、」
「リオール!」
影――レドルアビデの鋭い声が飛ぶ。
「……はい」
「いいか、三度は言わぬ。アイルッシュ攻撃を命ずる」
「それは壊滅のご命令ですか」
瞳がギラリと妙な色を放った。『黙れ』というサインであることを、リオールは読み取った。
「俺はお前を最高の幹部だと思っている。俺の期待を裏切るようなマネはせぬと――信じているがな」
「…………」
リオールは黙って頭を垂れ、部屋を出て行った。
「今一度【細工】しておくべきか」
しばし考えに浸るレドルアビデ。そこに、ばさり――と音がして、長いマフラーの青年が部屋に入ってきた。
「――レドルアビデ様」
「デストダか。久しいな、今まで何をしていた」
「……ご命令どおりに“砂”捜しを」
「……そうだったな。見つかったのか」
「それが――皆目、見つかりませぬ。何者かが持ち去ったと考えるのが妥当かと――」
「あんなもの、持ち去っても何の役にも立つまい? ――俺以外には」
「……あなた様を陥れる目的があるとするなら……」
「陥れる?」
「“砂”はあなた様の――いえ、あなた様ご自身とも――」
「……【読心】か? 久しいが……まさか忘れた訳ではあるまいな!?」
デストダは身を固くした。しまった。忘れた訳ではなかったが、つい。
しかしレドルアビデの叱責はそこまでで、ひとつ息をついた彼は、ぼそりとつぶやいた。
「……ではお前の考えも汲むことにする……何者かが持ち去った可能性も考えて捜せ」
それっきり、レドルアビデはデストダの方を見なかった。デストダは会釈ひとつ残して、退室した。
窓からデストダの飛び立つ背中を見つつ、レドルアビデはつぶやいた……。
「事は一刻を争う……あるいはデストダ、お前にとってはその方がよいのかもしれぬがな……?」
三人はアイルッシュに帰ってきた。
「いま、お昼の十二時ごろですが……」
どうします? 出流は博希と五月にそう聞いた。
「このままおうちに帰らない? ぼくはそっちのがいいと思うの」
「……ん……ああ……」
博希はどうにも煮え切らない返事をする。
いま、家に戻っても、たぶん喧嘩は継続しているだろう。
どうにかしなくてはならないが――その糸口がつかめない。
「帰ろうか……」
空を仰ぎ、博希は息をついてそう言った。
出流と五月は、その横顔を心配そうに見つめるのだった。
“ほころび”は、街の片隅にひっそりと生まれた。
「ここが、アイルッシュ……」
不思議だ。
初めて来るはずのこの世界に、
私はなぜこんなに懐かしさを感じる。
やわらかい風が吹いていた。
「この風を、」
私は――知っている。
そんな気がする。
「いや――まさか、」
そんなはずはない。
これは多分、幻想。
リオールは自らの大剣を握りしめ、地を蹴った。
ド――――――ン!
家に帰りかけていた博希たちは、その音でハッとした。
「なんだっ!?」
「爆発音……!?」
五月が、こわいっ、と言いながら出流の服をつかむ。
音は街のほうから聞こえた。
「――リテアルフィではないはずですが……ではまた別の総統が……?」
「全然関係ないって可能性もあるけどな」
行ってみるしかない。三人は握りこぶしをちょんと合わせて、走り出した。




