Chapter:86 「俺の目も曇ったな!」
「お前、じゃあ、自分の親父を、……なぜ!?」
「ヒロキ。お前、ああいうのが親父だったらどう思う」
「え……どうって、」
「村人を苦しめて、たくさんの女に手ェかけて、あまつさえ男にまで手ェ出そうとする親父を、お前、どう思う」
「……そ、それ……は」
「俺も、待ってた。【伝説の勇士】を。だけどいつまで待ったって来やしないし、日を追うごとに親父が憎たらしくて仕方なくなるばかりで――」
「だからって殺すのかよ、お前、親だぞ、あれでも――あ、いや、あれってのは悪いか、ああ、とにかく、自分の親をそう簡単に殺せるか!?」
「殺せる」
瞳にいやな光がよぎる。
「親父さえ死ねば――この村はまた平和になるんだ。俺がもう二度と不幸にはしない。【伝説の勇士】だって、そうするはずさ」
出流が五月を押さえていた手を放して飛び出す前に、博希の何かが、切れた。
「しないね」
穏やかだが怒りが過分に含まれた口調。出流は再び身を隠した。
「……イーくん、ヒロくん……怖い……」
「しっ」
「お前があいつらのことをどれだけ知ってんのか俺は知らない。だがな、俺が知ってるだけでも、少なくともあいつらは執政官を殺したことはない!」
確かにない。出流と五月はうんうんとうなずいた。
「ふん、生温いな」
「なに……!?」
「じゃあ聞く! ヒロキ、お前は親父を憎んだことはないのか!?」
「……え……」
博希の脳裏に、ちょうど今現在の、家での出来事がフラッシュバックした。夫婦喧嘩で茜を心配させ、家を混乱させているのは両親、特に父親だし、なにもそこまでという怒りは生まれたかもしれない。だがさすがに憎んだり、殺したいとまで思ったことはない。
だいたい今回の件、もとはと言えばリテアルフィが引き起こしたことなのである。父親を憎むのはお門違いというものだ。
「俺は殺したいくらい父ちゃんを憎んだことなんてない、もしそんなことがあってもいつか必ず許せるって思ってる! ……お前は許せないのかもしれない、でもその原因っての、考えたことはあるのかよ?! ディル、お前の父ちゃんはずっとああだったのか。違うだろ!?」
「……そうだ。前はあんなじゃなかった。……でも、」
「でも!?」
「もう、止められない。せめてもう少し早く、お前たちに出会えていればよかった」
ディルはそう言うなり、立ち上がって、走り出した。
「ディルっ!」
急いであとを追おうとする博希の肩に、出流が手を置く。
「博希サン、――腹は括りましたね?」
「とっくに括ってら」
「行こう? ディル、なにするか解らないよ」
三人はディルのあとを追った。
ドアはノックもされずに叩き壊された。
「……来たな、ディル。俺の息子」
「てめェなんぞに息子呼ばわりされるとヘドが出るぜ!」
「実の父親に向かってなんという口の聞き方だ。……お前が俺に勝てると思っているのか」
「……思ってるさ……てめェは俺の力が怖かったからここに入れたんだろう!? それも無理やりにこじつけてな! それで死にさえすればいいとでも思ったんだろうが甘かったな、俺ァ人一倍丈夫にできてんだよ!」
「ふん。……お前だけが俺の後継者たる者だと思っていたが、俺の目も曇ったな!」
ぶいん、と、丸太ん棒のような腕が、ディルに伸ばされる。
その風圧は腕をよけたディルの髪をなびかせるほどだった。
「後継者だ? 気色の悪い! 誰がてめェなんかの跡を継ぐかよ!」
「ならばおとなしく――死ね!」
「死ぬのはそっちだ! 俺がてめェを殺してやる!!」




