Chapter:85 「落ち着けよっ、ディル!」
強制労働に参加させられてからすでにもう何日も経っていたが、三人はこつこつと作業を続けていた。
そんなある日――博希たちの作業場が騒がしくなった。誰かが倒れたのだ。
「大丈夫かっ!?」
「いかん、顔が真っ青だ!」
博希たちも急いで駆け寄る。
「これで何人目、だろうな」
ディルがつぶやく。あたりの空気はいっぺんに黒くなった。
その時、男がやってきた。五月に目をつけていた、あの男だ。
「散れ!」
「そんな言い方あるかよ!?」
博希が反発する。
「作業の邪魔になるだけだ。さっさとどこかに連れて行け」
「そんな、この方は病人ですよ!? 早く手当てをしなければ――」
病人は数人の手で、そそくさと運ばれていった。
「……無事ならいいんだが」
ディルのつぶやき。出流は体を固くし、五月は立ち尽くしていた。
博希は男をにらみつけ、ただ、黙っていた。
彼は無言で、去っていった。博希は腹立たしい思いを感じながら、つぶやいた。
「なんてヤツだ……」
が、次の瞬間、
「…………?!」
博希の瞳が素早く動く。ディルの瞳が憎しみを帯びた――それは普通には語れないほどの――鋭い光を宿らせて、男を見ていた。
博希の側にいた五月も、その瞳に気がついた。彼の服の裾を、くん、と引っ張る。
「ああ」
小さくそう言うと、博希は五月と出流と一か所に固まった。
「ディルのあの目は尋常じゃねぇぜ。なんでコスポルーダ人があんな目ェするんだ」
「なんだか、……怖い目だったよ……あの、ぼくのこと連れて行こうとした人を、ものすごく憎んでる……そんな目」
「ディル本人に聞いてみるしかないでしょうね。……もしも彼が、まったく稀有な例のコスポルーダ人なら……」
「なら?」
「僕らは考え方を変えなければならないかもしれません。コスポルーダは、変わりつつあるのかもしれない――」
出流はかつん、と、ツルハシを岩に当てた。
「あいつが素直に話すかね?」
「話させなければなんの進展もしませんよ……ディルは僕らとこんなにもはっきりと接触をもった唯一の村民です。聞き出せるのは今ディルしかいません。――彼みたいによくしゃべる人、ちょっとつつけばすぐ聞き出せるはずです」
うん。三人は握り拳をちょん、と合わせて、その日の仕事を終えた。
だが、博希がディルに話しかけるチャンスを見いだせないまま、迎えたある日の夕食の時間だった。
「――――執政官を殺す」
博希は瞬間、スープのスプーンをカチャーンと落とした。ディルの瞳には完全なる本気が入っていた。
「ヒロキ、お前だから話すんだぜ」
出流と五月は博希たちの方を伺いながら――無論ディルには気づかれないように――遠くで夕食をとっていた。
「し、……や、……殺す? ……お前……」
「ちゃんとしゃべれよ」
「落ち着けよっ、ディル!」
「お前が落ち着け」
「違う、なんで、そんないきなり!?」
「……いきなりじゃない。ずっと、考えてた。俺は、あいつを、殺す」
「……! ……せめて、何でそんな物騒なこと考え出したのか聞かせろ」
「…………」
ディルはしばし、眉間にシワを寄せた。
「兄貴と思え――じゃなかったのかよ。俺を信用してるから、そんな重大なこと、聞かせてくれたんじゃないのかよ。俺のことはやっぱ他人なのか。信用しちゃいないのか」
博希の口調がやや荒々しいものに変わる。
「……いや、悪かった。話す」
そうして外に出て行った博希とディルは、そのへんに誰もいないのを確認したのち、物陰に隠れた。
「で?」
「……最初の日にサツキを連れていこうとした、ガタイのいいの、いたろう?」
「ああ、この前病人をぞんざいにした……」
すでにその会話の途中で、出流と五月は二人のすぐそばにいた。
「……あれが、この村の執政官だ」
「なにい!?」
「しっ!――聞こえるっ!」
陰にいる出流も自分の驚きをようやく飲み込んで、五月の口を押さえる。
「……ったくどこの村も執政官は似たり寄ったり……」
「なにか言ったか?」
「あ、いや、なんでもない――それで? それだけじゃ殺すって理由にはならないだろう?」
「俺は、あいつを、心底憎んでる。――考えたくもねぇ、同じ血が流れてるなんて……!」
「……同じ血ねえ。……あ? ……、……同じ血ぃぃぃぃ!?」
同じ血。それはもしかして、その言葉の意味するところといえば、……!
「そう――俺は執政官の一人息子さ」




