Chapter:78 「手を貸したのは誰だ?」
“ほころび”をくぐった瞬間、博希はふいに、考えた。
いったいこの“ほころび”は、どこにつながっているのだろう。唱えたのが自分だから、やっぱり、温室だろうか。それとも、呼ぶ場所がいつもと違うから、もっと別の場所だろうか。……帰れないくらい遠いトコだったらヤだよな、博希はそんなことを考えたが、結論にたどり着くより先に、足が元の世界についた。
「あ」
そこは校門の目の前だった。あながち場所的に外れではなかったようである。
雨がシトシト降っている……それほどひどくないから傘はいらないだろう。――その時、
「松井か? そこでなにやってる」
背後から声がした。博希が慌てて振り向くと、それは安土宮だった。
「別に。アドこそどこからのお帰りだ」
「……所用があって街の方へな」
「なにがショヨーだカッコつけやがって。……まァいいや、じゃな」
多分そこで博希がそのことについて突きつめていたなら、もう少しコトは別の方向に進んでいたかもしれないが、今の博希にそのことがわかる訳もない。博希は軽い気持ちで安土宮に手を振った。
博希の姿が見えなくなってから、学校の中に入りつつ、安土宮はハッとした。
「……回復が早い……手を貸したのは誰だ? …………」
博希は街へ急いだ。
まだ出流がいるはずである、リオールは博希が眠っていたのが三日だと言ったから、一時間も経っていないはずだ。
「博希サン……」
ビルの屋上、まだぐったりともたれていた出流は、博希にゆさゆさと動かされて目を覚ました。
「出流、大丈夫か?」
「ええ、なんとか……博希サンは?」
「それがな、向こうでどうも気絶しちまったみてェで。――リオールが、助けてくれたんだ」
「リオール? あの、リオールがですか」
「うん。……」
博希はそれだけ言って、リオールが記憶を失っていること、そして自分の名を呼んだ――ような気がする――ことは、出流に言わずにおいた。
なぜこの時そのことを黙っていたのか、博希は自分でもわからなかった。
ごまかすように、彼は別の話題を捜す。
「街の暑さも元に戻ったみてェだな」
「五月サンはどうしたでしょうね」
「公園に行ってみようぜ、まだ横になってっかもしんねぇ」
ふたりは五月を横たわらせた公園に向かった。
そこには――――
「茜! お前なんでここに?」
博希の妹の茜が、五月の側に座っていた。
「お兄ちゃん捜してたら、五月兄ちゃんがここに居たから――動けないって言うし、様子見てたの」
「そっか、サンキューな……お前は大丈夫だったか?」
「ん、ちょっと暑かったけど、いまは雨だしね」
そう言って茜は少し笑った。
だがすぐに居住まいを正すと、博希をまっすぐ見る。
「それより、大変なの、お兄ちゃん! お父さんとお母さんが大喧嘩してる!」
「はぁああぁ!?」
出流は素早く五月の肩を支えた。
「博希サンは茜サンと一緒に行ってあげてください。五月サンへの説明は、僕からします」
「お、おう!」
普段仲の良い夫婦だけに、大喧嘩とはただごとではない。
博希は茜と一緒に、小雨の降る街の中を走って家へ向かうのだった。
白磁の城の中、影は二本伸びていた。
「……【伝説の勇士】を?」
「そう。リオール……あの女は何者だい?」
「何者……か。それを聞いて、どうする」
「ボクたちの味方か、敵か。それをはっきりさせておきたいだけ」
「【味方】、だ。ただし俺の魔力が続く限り……だが」
「なるほどね、まだあなたの方が【完全】じゃないワケだ。――ヘタをすれば彼女は【敵】にも転ぶ」
「そういう解釈でいい」
二つの影は身体を少し震わせて、笑った。
「……それと……ちょっと前、アイルッシュに来てた?」
「――いや、俺はずっとここにいたが」
「……そ。アイルッシュに、あなたにそっくりな感じを持つ人間がいたものだからさ」
長い影はなにも答えなかった。
ただ返ってきたのは、くくう……っという、低い笑みだけだった。




