Chapter:70 「博希サンがそう思うなら」
フォルシーの背中に乗りながら、三人は情報を補い合った。
「結局、ファンフィーヌは過去に縛られていたんですね」
「だけど、俺にはどうしても解らねぇ。捨てられたのに――なのにファンフィーヌは、レドルアビデを愛して――」
「……ああ……」
出流はいつの間にかフォルシーの羽毛にくるまれて眠ってしまった五月を少し見やると、フーッ……と、大きな息を吐いて、言った。
「封印したつもりでも、彼女にとっては、捨てられなく、忘れることのできない【過去】であったということでしょう。あるいは――」
「あるいは?」
「自分がレドルアビデを愛している、その事実のみが、彼女にとって支えだったのかもしれません」
「……」
博希は風の中で目を閉じた。
紫色の、やわらかい雨が降り出した。
フォルシーがルピーダの村に着いたのは、もう夕方近かった。
「おぬしら!」
ルピーダが早足で歩み寄る。声相応に老いている、という印象を、出流はやっと受けることができた。
「【呪】が、解けたんですね……ああ、博希サン。こちらがルピーダです」
「あ、何か俺、助けてもらったらしいな。ありがとよ」
「なに構わぬわ。それより、……ファンフィーヌはどうした」
出流は少しだけ、躊躇したが、言った。
「自ら、ライフクリスタルを割り砕いた……そうです……」
「――自ら」
ルピーダは空を見上げた。
哀しい女……だった……のう。
博希はルピーダのそんなつぶやきを、聞いた。身体が、震えた。
「これから、どうするつもりじゃ」
「……ああ。次の都市へ、向かいます。もう、この都市に僕らがいる理由は……ないのですから。あとは、ルピーダ、あなたの仕事です。どうか、この村を、平和な村に」
「解っておるよ。おぬしらには感謝の言葉しかない。――ただ、この村を出て行くのなら、もう一度、あやつの体を診察させてはくれぬか」
「博希サンのですか」
「それが医者としての役目よ」
二人は、個室で向かい合って座った。
「俺の体をマユでおっかぶせたんだってな」
「……だが、おぬしを救ったのは、ワシではない」
「どういう意味だよ?」
ルピーダは博希の腹と背中を、そのシワの浮かぶ手でなでながら、言った。
「おぬしの【勇士のエンブレム】が救ったのだ。あの二人のエンブレムも、おぬしのエンブレムに呼応しておったよ――」
「ほー、エンブレムがね」
「……ふむ、本当にもう異常はないようじゃの。気をつけて行くがよいわ」
「そっか。サンキューな」
博希はシャツを下ろしてしまうと、ルピーダに笑顔を見せた。
「おぬしらの力は未知数じゃ。何しろ、このワシの魔法を上回った能力は初めて見たわい。――その力、誰かに狙われてもおかしくはない。ことに、レドルアビデにのう」
「! ……レドルアビデがなんで」
「奴の力も完全ではないと聞く。気をつけることじゃの」
「……ああ」
個室を出た博希は、なんともねぇってさ、と、出流と五月に伝えた。それを聞いて二人ともホッとする。
「あ、そうだ。ルピーダ。この女の子――知らねぇか?」
博希がルピーダに沙織の写真を見せた。
「捜し人か? 見ぬ顔だのう……」
「そうか……」
「すまぬの」
「あんたが謝るこたぁねェよ。ここで見つからないなら、次で捜すさ」
博希はそう言って、また、笑った。
「世話んなったな」
「いや。災難だったのう」
「いいえ。……だけれど本当に、どうか、ルピーダ」
「解っておるよ。ワシの目の黒いうちは、この都市を潰しはせぬわ」
「おねがいね? でないとね、ヒロくんとイーくんがまた女の子にならなくっちゃいけないから」
「五月サン!」
四人は笑いながら、別れた。
「あのさ」
「何です」
博希がなにか深刻な顔で出流に話しかけた。歩きだしてしばらくのことである。
「……俺、熱でうなされてるときに……沙織の声……聞いた気がするんだ」
「沙織サンの?」
博希は空を見た。
「それだけじゃなくってさ。沙織が、俺の力になってくれたような気がする」
「力に」
「あれは、夢……だったのかな? それとも」
出流も空を見た。雨は上がっていた。青かった。
「さあ」
そう言って、彼は、ニッコリ笑った。
「博希サンがそう思うなら、そうなんじゃないんですか」
「そっか。そうだよな」
三人は、次の都市に向かうのだった。




