Chapter:69 「……嘘つきね……」
博希が鎧装着した瞬間、周りの鏡が、音を立てて、割れた。
「おわあ!?」
博希は本気で驚きながらも、五月と出流に鏡のかけらが当たらないようにかばう。
二階部分にファンフィーヌはいた。博希を見下ろす形で、彼女はただただうろたえていた。
「――お前が、ファンフィーヌか」
「そんな……鎧装着した!? 私の魔法が勝手に解けるわけが――」
瞬間、ファンフィーヌの頭の中を、一つの予感がかすめた。彼女は自分の手の中にあった博希の砂時計を、見た。
「――――!」
博希の砂時計の中にあった砂は、黒ずんでいた。五月と出流の砂時計の色とは、明らかに異質なものだった。彼らの砂時計の色は、鮮やかな紫色だというのに――
ウォーレイドの村人たち。五月。出流。そして博希――量産しすぎた砂時計が、ファンフィーヌの魔力を弱めたことは明白であった。
「……魔法も……無限ではなかったということ……」
「――なんだって?」
「ならば私は……最初から捨て駒だったのね……」
博希はそのつぶやきを聞き逃さなかった。
「お前……今なんて言った!?」
だが彼がファンフィーヌに駆け寄ってその言葉の意味について問いただす前に、彼女は、首輪を自ら外し、それを床に叩きつけて、割り砕いた――――
「ファン…………!!」
博希は絶句した。首輪にはライフクリスタルが埋め込んであるはず!
ゆるやかに、二階から身体を投げるファンフィーヌ。
博希は走った。さらさらと砂を舞わせながら、彼女の身体が落ちていく。
彼の腕の中に、四肢を失ったファンフィーヌの身体がおさまった。
「……触れないで……」
「え……?」
「男に触れられたくはないの――」
彼女の【過去】を、鏡を通してわずかながらでも見た博希は、思わず手を放す。指の間からさらさらと砂がこぼれた。
「バカだわね、私……あの方に捨てられてからも、部下として仕えて――」
「……何のために……」
博希の口から、やっと、その言葉だけが出た。
「あの方が私よりも愛している、【エヴィーアの花】の、生け贄のため……」
「…………!」
「あの花は人を肥料にしなくては生きられないものね――――」
いままでの村で【居なくなった】人々のゆくさきを、博希はそれで思い知った。
後ろで、わずかにむずかる声がする。博希が慌てて振り返ると、それは、現在に戻りつつある、出流と五月だった。
「……私も、変わらないって思えたら……良かったのにね……」
そう言ってファンフィーヌは柔らかく笑った。博希は何かを言いかけて、やめた。
「ね……こんなになっても……まだ、あの方のこと……愛してるって言ったら……笑う……?」
「………………」
博希は泣きたいような、困ったような、どうしたらいいのか解らない、そんな微妙な表情になったが、迷いはなかった。
「笑わない……よ」
ざらっ。
「……嘘つきね……」
ファンフィーヌはまた、柔らかく――笑った。
そして、彼女は、完全に、砂になった。
「…………」
博希はそれっきり、黙って、何も言わなくなった。
「――――博希サン」
【現在】に戻った出流と五月が、博希の後ろに立っていた。
「……こんな終わり方しかなかったのかよ……」
「え……」
「……【変わる】ってのは、そんなにいけないことかよ。俺も、出流たちも、同じじゃないか。ちっとも違わないじゃないか……」
博希は座ったままだった。五月が、ファンフィーヌの砂に、少しだけ、手をふれて、言った。
「あったかいね」
博希の肩が、震えた。出流は五月の肩に手を置き、うなだれる博希を見た。
その時――城が、小刻みに震えだした。三人はそれで、この城がほどなく崩れてしまうのを悟った。だが、博希は、首を垂れたまま、動かなかった。
「博希サン、行かなくては――」
「…………ああ」
答えのみがぼんやりと返ってきた。
「ヒロくん」
がらり、と、壁の崩れる音。
「博希サンっ! このままだと瓦礫の下敷きになりますよ!!」
それでも彼は立ち上がらなかった。出流は少し、舌打ちすると、博希を無理やり立たせて、引きずった。
「五月サン、フォルシーを呼んで下さい!」
五月の目の前に天井が落ちてくる。だが五月は、落ちてきた天井を紙一重でかわし、思い切り、笛を吹いた!
『勇士様!』
城の入り口で待っていたフォルシーが来るのは、早かった。三人の、特に博希の様子にやや首をかしげながらも、フォルシーは三人を乗せて、城から緊急脱出を果たした。




