Chapter:68 「俺は……負けねェ……」
水面はいつものように、静かにたゆたっていた。
支配者は、そばに控えていた影に、語りかけるように言った。
「――勇士どもに手助けをしてやれ。カタは早めにつけた方がよかろう」
「あなたがどうされたいのか――私には解りかねます」
「お前が知る必要はない」
「……承知。急ぎ、勇士たちのもとへ飛びまする」
「すぐ、戻ってこい。重要な使命が残っているからな、リオール」
「は」
死んだようだがわずかな生気の見え隠れする瞳が、静かにうなずいた。
その会話を聞いていたもうひとつの影が、慌てたように飛び出す。
「レドルアビデ様! 本当によろしいので!? 自分は今度こそ、あやつら、倒されるものと……」
「倒される? つまらぬことを言う」
牙が鈍く光った。奇妙な微笑みがもれる……
「デストダ、オレンジファイへ飛べ。リテアルフィを呼ぶのだ」
「リテアルフィ様を……!?」
「これで勇士たちがどう出るかな……行け!」
影はいつの間にかいなくなった。黒い翼をゆらしながら、支配者はたゆたう水面を再度見つめ、やがて、その画面を消した。
「所詮はコマよ、ファンフィーヌ……」
カタン――――――
砂時計のひっくり返る音が、博希の耳にもう一度届いた。
「なんだこりゃ……」
鏡に映る、ファンフィーヌ。それは博希の知らない、過去の彼女の姿だった。
「……こんなもん、俺に見せて、どうしようっていうんだよ!」
「私が自ら封じ込めた【過去】の苦しみを――そのまま、あなたに思い知らせてあげるわ!」
「なにっ、……うぐあああああっ!?」
博希はその場でのたうち回った。肺の中……? それとも、心臓……? 胸の辺りが……焼けるように……熱い…!!
「これが、お前の、苦しみ、なのか……?」
「私がどれだけ苦しんだか――私がどれだけ、辛かったか! その胸の焼けるような痛みが教えてくれるわ、そして、あなたたちは苦しんで死ぬの……!」
「……!? じゃあ、五月たちも……死ぬ、のか……」
「それが、私の、【呪】。ウォーレイドにはびこる【呪】と、一緒……」
そう言って、ファンフィーヌはホホホホ、と笑った。しかしどこか悲しそうな笑いのように、博希には感じられた。
「……っぐ、う……」
「おいーちゃん。おいーちゃあん」
「ぶう、あうぶ……んむ」
倒れてのたうち回る博希の頬や髪を、五月と出流が撫でた。博希はそのかわいらしい手で癒されるような気がしたが、苦しさは一向に治まらなかった。
「……出流……、五……月……」
お前らはいつでも、俺をそうして暖めてくれる。
だから俺は――きっとそのままでいられた――
「俺は……負けねェ……」
「おいーちゃあん」
「あぶ、ぶう……」
五月と出流を守りながら、博希は這いずった。
こんなところで倒れるわけにはいかない、と思ってはいるが、【過去】に戻っている今、鎧装着のキーワードも思い出せず、逆転の一手も見いだせないまま、彼は袋小路に陥っていた。
そのときだった。澄んだつぶやきが鏡の林に響き渡った。
「…………ジ」
「あ?」
「レジェンドプロテクター・チェンジ……唱えろ、【伝説の勇士】。お前が忘れた、その言葉を。現在に、戻れ」
「【伝説の勇士】……?」
博希は上を見た。微妙な影が、彼の頭上に現れて消えた。
ファンフィーヌが警戒して、無礼な不法侵入者に叫びかける。
「誰!? あなたも私の【魔法】の餌食になりたいというわけね……!」
「それだけは勘弁させてもらう」
くすり、と、笑み。
現在に戻れ――その言葉の意味するところを、【過去】の博希ははかりかねた。
だが、ささやく言葉から、彼はなんらかの、不思議な力を感じていた。
「早く唱えろ! 【伝説の勇士】!」
「れ……レジェンドプロテクター・チェンジ!」
瞬間だった。左手の甲が、周りの鏡よりもまぶしく輝いた。
「おおおあっ」
体が――震える!
「役目は、終わった」
リオールは微笑みを残し、そのまま、去った。




