Chapter:67 「しゃんしゃい!」
博希は鎧装着を終え、ファンフィーヌの居城前まで来ていた。
さっきから出流と五月に連絡を取っているものの、二人からは応答がない。
「入ってみるしかねぇか……! フォルシー!」
『はい、なんでございましょう』
「できたらよ、ここで待ってちゃくんねェか」
『え?』
「俺たち、ぜってー戻ってくるからさ」
博希は、五月や出流にいつもやるように、フォルシーの翼に、握り拳をちょん、と当てた。フォルシーは博希をふいっ、と見上げると、
『承知しました、お待ちしております』
そう、言った。博希はうん、とうなずいて、城の扉を重そうに押した。
「うあ」
城内に足を踏み入れたその瞬間、眩しさに顔をしかめる博希。
「――――あ――――、うーん」
やっと、光に目が慣れ、その目を開けた彼が見たものは――
「おあっ」
ただただ林立する無数の鏡だった。
「うわ、ミラーハウスみてェ……ここに出流も五月もいるんだよな……?」
博希は大声を張り上げてみた。
「出流――っ。五月――っ。どこだっ」
だが、返事はない。
「少し、歩いてみるしかねェか」
博希は鏡のある一面に手を当てると、ペタンペタンとつたいながら、歩き始めた。
「――来た、わね」
ファンフィーヌの手の中で、もう一つの砂時計が、ゆれる。
「! 今誰かしゃべったなっ。誰だっ」
「……ずいぶんな地獄耳だこと。私はパープルウォー総統、ファンフィーヌ! あなたもそこの二人のように、永遠に過去の中で生きなさい!!」
「そこの――二人?」
誰かが自分のブーツを引っ張る感触を、博希は覚えた。
「…………?」
そして、見た。
「げええええっ!!??」
博希は今からダンスでも始めそうな妙なポーズのまま硬直した。状況と常識が許すなら、間違いなく口から心臓ないしはそれとそれ以外のものまで飛び出していただろうというくらい、彼の驚きたるや凄まじいものがあった。
「……お前ら……?」
やっと紡ぎだせたのは、その言葉。
「お前、お前は……五月、だよな?」
「はぁい。さちゅきちゃんでしゅ」
「あ……お……おとしは、なんさいですかー」
「しゃんしゃい!」
博希が呆然としながら聞いたのは、愛くるしい瞳をもった、見ただけでそれと解る五月であったが、相手から胸を張って出された指は、三本だった。
「三歳……の、五月……じゃあ、こっちは……」
もう一人は――博希はなかなか、肯定的な言葉を紡ぎだすことができなかった。
「出流。出流か、お前?」
少なくとも五月と一緒にいたから【そう】だとわかったのであり――そこにいた【たぶん出流】であろう人物は、もみじのような手をにぎにぎさせて博希にすがろうとする、まだ一歳にも満たない乳児であった。
「あーぶ」
「どういうことだこりゃ!? 説明しろ、いるんだろ、ファンフィーヌ!」
しんと静まり返った鏡の林の中、その声は静かに響き渡る。
「簡単なことよ。私の【魔法】で、この二人が変わる以前の過去まで、時間を戻してあげただけ」
「時間を戻した……!? じゃあ出流や五月はこの後、変わっちまった――ってことかよ!?」
「察しのよいことね。あなたも同じように戻してあげるわ」
コトン――と、砂時計をひっくり返す音。その音は他のどんな話し声よりも鋭く響いた。途端に、周りの鏡が揺らぎだす。
「還りなさい。あなたの【過去】へ」
瞬間、突き上げるような衝撃が博希を襲う。
「ぐっ……!」
足を踏んばって、博希は倒れまいと抵抗した。彼の身体から、鎧が剥がれるように消え失せる――
「ホホホホホ! あなたはいくつの姿に戻るのかしら?」
だが――――
林立する鏡の中、博希は【そのまま】だった。
無論子どもといえば子どもだが、博希の姿は【ただ鎧が剥がれただけ】の、まったく変わらない姿だった。
「な、ぜ……!? ありえない、こんな……!」
姿の見えないファンフィーヌに、博希は叫び続ける。
「俺ァ自慢じゃねェが、ガキの頃から変わっちゃいねぇんだよっ。そのまま大きくなったんだっ」
だが、鎧が剥がれたということは、勇士になる直前の【過去】に戻ってしまったということだろう。このままでは完全に丸腰である。しかも幼児の五月と乳児の出流が一緒にいる。分は博希のほうが圧倒的に悪かった。
「くっ……けれど鎧装着できないならば、それはただの子ども! ――私の【魔法】が、ひとつだけだと思わないことね!」




