Chapter:66 「時よ――遡れ」
宿屋を出てすぐに、五月が出流に提案した。
「イーくん、フォルシーを呼ぼうよっ。フォルシーに連れて行ってもらうんだっ」
五月は胸から下げた笛を、思い切り吹いた。すぐに、遠くから黒いものが飛んで来る。それが段々大きくなって――
『お待たせしました。……おや、もうお一方は?』
ちょいと首をかしげるフォルシー。五月はもう羽毛に顔をうずめている。出流はフォルシーに飛び乗りながら、言った。
「ファンフィーヌの【呪】にかけられました。彼女の居城へ急いでください!」
翼がバサリと舞った。二人は少しばかり強い風を全身に浴びながら、鎧装着した。
『あれが、ファンフィーヌの城です』
「あ、そうだ。あのね、フォルシー、ヒロくんの所についててあげてくれる? ヒロくんが目を覚ますかもしれないし」
『承知しました』
フォルシーは言って、バサリと飛び立って行った。その背中を見送り、二人は扉を勢いよく開ける。
――扉の向こうは真っ暗だった。五月が少し、おびえて、出流の腕をつかむ。
「大丈夫です」
出流が五月の肩をぽんぽんと叩いて安心させたが、自身も、あまり平静ではいられなかった。その心に喝を入れるように、彼は、叫ぶ。
「いるんでしょう、ファンフィーヌ! 僕らが来ることは解っていたはずです!!」
冷たい回廊の中、その一面の暗闇に、わずかな光が、チカリ、と、瞬いた。
「そう大声で怒鳴らなくても、私は、ここにいるわ」
奇妙なエコーのかかった声。しかし、当然、その姿は見えない。
「姿を見せない卑怯な人が、僕は大嫌いなんですよ。もしそのままで戦われるつもりなら、絶対に容赦しませんからそのつもりで!!」
それだけを言い切って、出流は暗闇の中、弓を構えた。
「明かりをつけてもつけなくても、あなたたちに得にはならないわよ」
ビカッ!
明るくなったのだと二人が理解するのに、しばらくは時間がかかった。明かりのあまりの強烈さに、瞬間、視力を奪われたのである。
「……っ、……」
やがて目がその明るさに慣れてくると、彼らは改めて、そこを見回した。
「これは……!」
「これ、鏡? 鏡だよねえ、ぼくが映ってるよ」
回廊の中には、縦横無尽に鏡が林立していた。頭の上で、静かに語りかけるような声がする。
「その鏡を見てごらんなさい。あなたが、見えるでしょう?」
「何を言ってらっしゃるんです。当然のことじゃないですか」
「ふうん。それは本当に――あなた?」
「当然で――、――!?」
「時よ――遡れ。――トゥアイルディーズ」
くすり、という笑い声とともに、その声が聞こえた。鏡の中に映っていたのは、
「――イーくん……これ……」
出流たち二人には違いなかった。しかしその姿は、それぞれの記憶の底に残っているか残っていないかくらいの、幼少の頃のものだった。
「ファンフィーヌっ、あなた――何をしたんです!」
出流と五月のずいぶん上から二人を見つめるファンフィーヌの手の中で、紫色の砂の入った砂時計が、くるり――と、ひっくり返された。
「この鏡は変わることのなかったあの時を封じ込めた鏡。あなたたちも【変わることのない過去】の中で、永遠の夢を見なさい!」
下から突き上げるような激しい衝撃に飲み込まれる二人。それっきり、彼らの意識は、飛んだ。
ひっくり返された砂時計を、ファンフィーヌは静かに目の前に置いた。
村の宿屋で眠り続ける博希のエンブレムの輝きが、ますます強くなってきていた。その様子を見守るルピーダだったが、彼女は次の瞬間、とんでもないものを見ることになる。
「――――!?」
シュウシュウという音とともに、博希をくるんでいた繭が、熱を含んで溶けていくかのように、消滅していったのである!
「ば、バカな、ワシの魔法が解け……!?」
「んあ――――」
博希はすぐ目を覚ました。一番に目に入ったのは当然ながらルピーダだった。
「あんた誰?」
「ぬ、ワシは、……」
「あれ? 出流と五月はどこだ?」
その時、フォルシーが部屋の中に入ってきた。
『勇士様!』
「おっ、フォルシー。どうした?」
『勇士様お二方が、ファンフィーヌのもとへ行かれました!』
「あぁ!? そっか、じゃ、俺も行くわ」
ルピーダが、なんとかくちばしを挟んだ。
「待てい、おぬし、身体は……!」
「あ? 寝てたら楽ンなったよっ! フォルシー! 乗っけろっ!!」
『はいっ!!』
あっという間に一人と一羽は高い空の向こうに飛んでいき、見えなくなった。
「急げ、フォルシー!!」




