Chapter:65 「聞きたいか? 知りたいか? 真実を」
「…………」
「あなたは博希サンが死ぬのを遅らせた上で、ファンフィーヌと刺し違えるつもりではありませんか」
ルピーダは薄く笑った。
「おぬしらが【伝説】としての義務を語るなら……ワシがこの村を守るのも、義務よ」
やはり、という顔で、出流はルピーダを見た。
「おぬしら、おかしいとは思わなんだか」
「何を?」
「この村よ。娘ばかりではなかったかの」
言われて出流はこの村に入ってからのことを思い浮かべる。道行く村民たち。宿の従業員。言われてみれば、歳をとった人間はこの村で見かけていない。
「なぜ、です」
それだけ聞くのが精一杯であった。
「あなたが若いままの姿なのも――同じ理由なんですね?」
ルピーダは静かにうなずいた。
「ワシらにも【呪】がかけられている。卑怯よな、ワシらは自分たちが生きるために、男たちを手にかけた」
ルピーダは窓から外を見た。
「生きるために」
「他に道を捜すこともせず。ただ、ファンフィーヌの命令だけを忠実に聞いた結果よ」
「もしかして【呪】をかけたのは、ファンフィーヌですか」
「聞きたいか? 知りたいか? 真実を」
出流は少しだけ、躊躇した。それから、ルピーダの瞳をのぞきこんだ。
――哀しい瞳ですね。
彼はその言葉を飲み込んで、その代わりに、別の言葉を捜した。
「聞くことが――知ることが、僕たちの、使命です」
ルピーダの瞳が、出流と五月を見た。
「そうか…………」
ルピーダは少しだけ、うつむいて、ぽつり、ぽつりと、話し始めた。
もともとファンフィーヌはレドルアビデの寵愛を受けていたという。
だが、この世界にマスカレッタがいたことで、ふたりの関係が狂う。
レドルアビデはファンフィーヌを捨て、ファンフィーヌは以来、男を憎むようになった。
「憎しみだけが――彼女の心を支配したといっていいかもしれぬ」
「それでもレドルアビデはファンフィーヌを部下とし続けたんですね」
「ファンフィーヌはその辛さも悲しみもすべて過去のものとして封じ込めた。そして、自分だけでなく――――」
その魔法で、この村の時をも止めたのだという。
「ワシらの外見上の時は止まったが――声を聞いて解ろう? 中身の時は確実に動いておる。外と中が食い違うことで、変調により逝んだ者も少なくはないわ」
「男の人をヒトバシラにしていたのは、なんで?」
「男を捧げねばファンフィーヌが【呪】を更に強めると言うでな……だがもう限界じゃ。先程呼び出しもあったが……もう素直に従うのはごめんじゃ。今更とは思うが」
五月は少しだけ息をのんだ。出流は少々うつむき加減になって、髪をかき上げた。
「……五月サン」
「ぼくも言おうと思ってたんだよね」
二人はうなずき合うと、ルピーダに言った。
「ファンフィーヌの城に行ってきます。彼女の心に介入する権利は僕らにはありませんが、この村を混沌から引き上げる義務はあるはずです」
「こやつはどうするつもりじゃ」
「博希サンのことは――ルピーダ、あなたが見ていてくれませんか。もしも博希サンが目を覚ましたら、僕らはファンフィーヌの所へ行ったと――そう、伝えて下さい」
「……承知した」
「頼みましたよ、それから――」
「解っとるよ。おぬしらが戻ってくるまで、そうそう死ねんわい!」
出流はそれだけ聞くと、すいっ――とうなずいて、五月を伴って飛び出していった。
風がわずかに流れていた。
ファンフィーヌは、自らの首につけてある、首輪をなでた。そこにはめ込んである、紫色に輝く水晶から、血の高まりが聞こえてくるようだった。
髪飾りを解く。ばさり、という音と共に、美しい髪の毛が、肩までほどけた。ファンフィーヌはその髪をなでながら、椅子に座って、窓から外を眺めた。
彼女が椅子から立ち上がるとともに、マントが、風になびいた。彼女の瞳から、一筋の涙がこぼれた。
「涙は、」
ついっと、流れていく涙を、ファンフィーヌは拭くことなく、風に流した。
「これっきりにするわ」
それは悲しみの涙ではなかった。ある一つの、強い意志が――その涙にはあった。
私のプライドは、
もう、置いてきた。
そうして彼女は砂時計を手にした。砂時計の中、紫色の砂が、ざっと流れた。




