Chapter:64 「ヒロくんのおカイコさんがね」
老婆の声を持つ、見た目の若いその医者は、出流と五月を交互に見ながら言った。
「おぬしら、この村の人間ではないな」
「……ええ、僕らはこの世界を旅している者です」
それを聞いて、医者は納得したようにうなずいた。
「ワシの名はルピーダ。ここ、ウォーレイドの医者じゃ。そして、――執政官でもある」
「!!」
出流はほんの一瞬、絶句して、それから、椅子から勢いよく立ち上がった。
「あなたが?! ……あなたがこの村の――執政官様ですか!?」
自分で執政官だと名乗った時のルピーダの瞳には、わずかな悪意も浮かんでいなかった。今までの執政官とはどこかが――何かが違う。二人はそう感じた。
「執政官にもいい人がいるんだね?」
「いい人? いいものかね、ワシが。……」
出流はその言葉を聞いて、立ち上がった体勢のまま、ルピーダに聞いた。
「では――あなたが、【人柱】に、少なからず関与していると考えて構いませんね?」
「耳の早いことじゃの。もう知っておるのか……ならば話は早かろう」
ルピーダの顔が少しだけ、曇った。端的に言ってしまおう――ルピーダはそう言って、繭に覆われた博希を横目でちらりと見やった。
「あやつは【呪】に魅入られてしまった。間違いなく今度の【人柱】になる」
「ええっ!?」
今度は五月が立ち上がった。
「なんでヒロくんがヒトバシラになっちゃうの? ねえ、なんで!?」
五月はルピーダにくってかかった。出流がそれを必死に止める。
「五月サン、落ち着いてください! ルピーダさん、……もしかして、この村で人柱になった方々はみんな同じ症状が?」
「ルピーダ、でよいわい。……その通りじゃ」
「博希サンの身体を繭で覆ったのはなぜです。【人柱】にするためですか」
出流の言葉を聞いて、ルピーダは大きくかぶりを振った。
「もうこれ以上、人柱を増やしたくないだけじゃ」
「……? じゃあ、ルピーダは、ヒロくんを助けてくれたの?」
どれだけ【呪】に対抗できるかは解らんが、とルピーダは言った。
「ただ少なくとも、死ぬのを遅らせることはできる」
「……まさか、これまでに【人柱】にしてきた男性たちへの、罪滅ぼしというわけではないでしょうね」
皮肉めいたその出流の言葉に、ルピーダはもっとかぶりを振る。
「ワシにはもう時間がない。その前に――ケジメをつけておきたいだけじゃ」
「時間がないって、どうして?」
五月は無邪気にそう聞いた。だがルピーダは二人のほうに目を向けなかった。
「こやつはなんとか【人柱】から逃れさせる。それでよかろう」
もちろん五月と出流にとってはそれでいいはずがない。博希が元気なら同じことを言ったろう。出流が何かを言いかけたその時――五月の視界の中に、不思議な光が滑り込んだ。
「あっ」
「どうしました、五月サン?」
「あのね、ヒロくんのおカイコさんがね、――熱うっ」
そのまま、左手を押さえてうずくまる。
「五月サン? ……どうしたんですか? ……あちッ!?」
出流も、思わず、左手を押さえる。
エンブレムが――熱い!
出流は博希の眠るベッドを見た。繭に覆われたまま、中の見えなかったはずのそこに、博希が見えた。博希の手の甲が、輝いている。
「博希、サン、……」
博希の意識はないらしく、眠り続けているが、今、彼に意識があったなら、手の甲を熱がっているはずである。出流や五月の手の甲の光り方とは比にならないほど、博希の光り方は異常だった。
「あの光は!?」
ルピーダが驚かないはずがない。
「気のせいか? あやつの顔色が――良くなっておる――」
ルピーダのその発言で、出流は確信が持てないまでも仮定的な答えだけは出たような気がした。頭の中で整理しながら、五月に言う。
「五月サン。きっと、博希サンのエンブレムが、博希サンを守っているんですよ。――僕らのエンブレムは、それを、助けているんです」
「じゃあ、ヒロくんは助かるの? ヒトバシラにならなくてすむの」
「多分、そうでしょうね」
ルピーダは博希のそばまで駆け寄った。焦燥の色が隠せない。
「なぜじゃ……!? いくらなんでも、ワシの魔法が、そう早く効くわけはないし、この光……!」
出流はルピーダの背中を見た。
「ここまできて、隠すわけにもいかないでしょうね」
その言葉に、ルピーダは、出流を見た。彼は静かに、手の甲を隠していた布を取った。
「そのエンブレムは、……おぬしらまさか、……」
「その、まさかです、ルピーダ。僕らは【伝説の勇士】。だから、この村を救う義務があります」




