Chapter:63 「この者は、明日には生きておらぬわ」
「……!」
出流は博希の首筋を触ってみた。あまりの熱さにすぐに手を引っ込めると、恐る恐る近づいてきた宿の女性に「恐れ入りますが、お医者様をお呼びいただけますか」と頼み、五月と二人で博希を引きずるようにして部屋に戻った。
「しばらく待っていればお医者様が来ますからね、……うんしょっ」
ベッドに博希を寝かせる。
「熱があんのか、俺?」
「まさか熱を出したのが初めてって訳ではないでしょう?」
「そりゃな、だけど、そういえば昨日からなんかだるかったし、旅の疲れが出たかなあ……」
「出るなら真っ先に僕か五月サンだとばかり思っていましたが……博希サンがいつもとかなり違うマジメさになったときは熱のあるときなんですね」
「何で」
「さっきそうでしたよ。おかしいと思ってたらいきなり倒れるんですから」
「すまん」
博希は赤っぽい顔で素直に謝った。
「とにかく、その病気を治すのが先ですね、それまではどうあがいてもこの村を出ることはできません。鎧装着も、ひょっとしたらずいぶん先のことになるかも――」
「――――」
博希の顔色が少し、変わった。
「どうしました!?」
「寒、――い」
「ヒロくん!」
出流は焦った。熱があって寒気がする。この症状は明らかに、自分たちの世界でいう風邪のように思われた。が、この世界で一体どういう診断が下されるのかについては、全く解らない。彼はとにかく、三人分のコートをハンガーから下ろすと、博希の眠る布団にまとめてかけた。
胸のモヤモヤを取り去ることができない。もしかしたらそう気にすることではないのかもしれない。一晩寝たら、きっと、元に戻るだろう、……。
いけませんね。
僕ともあろう者が、動揺している。
目の前で博希が倒れるのは初めてだったために、出流の動揺はいつになく激しかった。道に落ちているものを食べても食中毒にはならない博希である。小学校がインフルエンザで休校になったとき、あまりの嬉しさに、五月も出流も寝込む中公園で爆竹を鳴らした博希である。そんな彼が熱を出して倒れるとはとても穏やかではなかった。
――しばらくして、階下がにぎやかになる。
「もしかしてお医者さんかな」
「多分そうでしょう。失礼のないようにお迎えしていらっしゃい」
「はあい」
五月はとたとたと階段を下っていった。
「早く早く」
「待てい。そのように急ぐな、患者はどこじゃ」
五月が医者の手を引いて博希の元まで連れていく。
「早く診てあげて。すっごく苦しそうなの」
出流は五月に引き連れられていく医者に、軽い会釈をもってしか挨拶ができなかった。この声。この口調。どう聞いても、老婆のもの。だが。
「何をつったっておる? ワシが【若い】のが、そんなに奇妙か」
読まれた、と思って、出流は体を硬くした。目の前の医者は、その口調や声に反して、異様に若かった。見かけからいうとスカフィードと同じくらいか、それよりもっと……。
「いえ、その、……」
「よい。そのことについては後で話そう。……厄介なことになったのオ……」
そのつぶやきを、五月と出流が聞き逃すはずがない。
「ヤッカイなことって、どういうこと?」
「何が厄介なんです!? まさか、結構、重大な病気だった――なんて、なしですよ!?」
医者は苦しそうにうめきながら目を閉じている博希の額に、手のひらをかざす。
「我が名においてこの者に命ずる――スルゥピア」
「!」
博希の身体が、たちまち繭のようなもので覆われていく。
「あなたっ、一体……何をしたんです!?」
「ヒロくんがあ、ヒロくんがおカイコさんになっちゃったあ」
あまりにいきなりのことで混乱し詰め寄る出流と、訳の解らない解釈で突然に泣きじゃくり始める五月を目の前にして、医者は椅子に座って二人の方に向いた。
「これが今ワシにできる最善の策よ。……こうでもしなければこの者は、明日には生きておらぬわ」
「え!?」
「どういうこと? ヒロくん、おカイコさんのまま、死んじゃうの?」
「ちょっと違いますよ五月サン。でも、博希サンの命が危ないということは事実のようですね。――説明してもらいましょうか、全部」
出流の冷たい口調とその凍るようなまなざしに、医者は不思議な笑みを唇に浮かべた。
「よかろう。二人とも落ち着いて座るがよい」




