Chapter:57 「あーあ……」
逃げた博希たちは、橋の下の小屋にこもった。
「とりあえず脱出には成功したな」
「ただ、このまま、ここにいるわけにもいかないでしょう」
「もう逃げたのバレちゃってるかもだしね」
「せめてなんとか隣村まで行けませんかね……ここよりマシかどうかは解りませんが」
三人はうーんとうなって天井を見つめた。
「俺わりといい考えがあるんだけど」
「……博希サンの『いい考え』は良かった試しがありません」
「言う前からずいぶんなこと言ってくれるじゃねぇか」
「僕は女装なんて嫌ですからね」
「! ……」
小屋の隅でいじけて座る博希を見ながら、五月は言った。
「でも、そうしないと、ここから出られないよね」
「それはそうなんですが……」
女装などという未知の体験、すぐに決断するにははばかられた。しかし五月の言うとおり、男性であるだけで逮捕される現状ではそうするしかない。
出流は今まで自分が離さなかった財布を出した。スカフィードから預かった、大切な旅費。
「五月サン。これで、女性服と、お化粧の道具を買ってきてください」
「うん。解った!」
五月は財布をつかむと、そのまま、駆け出していった。
デストダから「勇士たちが脱走した」という知らせを受けたファンフィーヌは、執政官が報告にあがるより先に彼女の屋敷へ足を踏み入れた。
「生け贄が逃げたそうね」
「ははっ……申し訳ありません」
ファンフィーヌは冷たい瞳を執政官に向けた。
「で、それは彼らが自分で? それとも、誰かが故意に?」
「……後者、かと。見張り官が何者かに殴り倒されたという報告が上がっております」
「ふうん。……じゃあ、誰が……【伝説の勇士】はいまだ三人のはず……」
「奴ら……【伝説の勇士】で!?」
「ええ。だからなおさら、捕まえなくてはね。厳戒体制をひきなさい! 逃がしては駄目よ。その代わりどんなことをやっても構わないわ、もちろん、殺してもね」
「はっ……!」
執政官の屋敷から出たファンフィーヌは、大きな木に声をかけた。
「いるんでしょう、デストダ?」
「はっ」
姿を消したまま、返事だけをする。
「勇士どもを捜しなさい。執政官に手を貸すのです」
「承知……」
ざ、と、影が動いた。
五月が買ってきた服と化粧道具を目の前にして、出流は大きなため息をついた。
「ずいぶんと品数が多いようですが」
「カツラはヒロくんがいるかなって思ったの。お化粧、ちゃんとしないとバレるかもだし、いろいろ揃えちゃった」
さっそく着替え始めて謎にテンションの高い博希を見ながら、出流は仕方ありませんねと五月の頭を撫でた。
悪戦苦闘しながら着替えを終え、三人はそれぞれ、鏡を見ながら黙々と化粧を始めた。
数分後、まず博希が「できたーっ」とおたけびを上げる。念のため彼の顔を見た出流は、瞬間、絶句した。
「ヒッ……」
なにをどうすればそんな化粧になるのか。出流は五月に、絶対博希のほうを見るなと厳命するのだった。
支度ができたが、一緒にいれば、バレてしまうかもしれない――という出流の提案で、三人は、村の門を目指してそれぞれバラバラに出ることにした。……博希の化粧が、どうやっても直せなかったせいも、ある。
これを空から見ていたのがデストダである。
「奴らだ! ご丁寧にも女装などしおって……再逮捕させてやる! 覚悟しろよ……」
五月に続いて、出流までが、村の中に溶け込むのに成功した。三人を捜す女戦士たちがうようよといたが、幸いにも、気づかれていないようだった。
だが――
「ここに脱獄者がいるぞおおおお!! そっちにも一人!」
「!!」
そんな叫びが聞こえ、女戦士たちが一斉に出流と五月を取り囲む。出流は慌てて振り返った。一体、誰が!? ――その時背中にぶつかった、布をまとった男が、ニヤリと笑った。
「! あなたは……」
それがデストダである、ということが出流には知れた。彼は人知れず歯噛みする。
「久しぶりだな、【伝説の勇士】。……おっ……そこにもいるぞ!」
多分博希の姿を認めてのことだろう、デストダは本当に嬉しそうに、叫んだ。かなり無防備に近づいてくる博希。デストダはそれを、まともに、見た。
「ウッ!!??」
デストダは絶句したまま、泡をふいて倒れた。
「あーあ……」
出流が誰に言うともなく声をあげる。
鎧装着する前に、三人は女戦士たちに拘束されてしまった。
「な、何するんだよ!? 俺は女だぞ!!」
村の中、さっぱり説得力がない叫びを、博希はひたすらに上げていた。




