Chapter:46 「むつかしいね」
例によって博希は読めもしない新聞を広げ、五月は出流のそばで記帳を見ている。
その時五月は、自分の目の前に立っている、娘の表情が奇妙であることに気がついた。何か、泣きたそうな、笑いたそうな、不思議な表情。
「……?」
部屋は階段を上ってすぐだった。三人は荷物を下ろして、ベッドに横になった。
「ふあー、久しぶりのコスポルーダだな!」
「なんかさ、ここ来ると、修学旅行って感じするよね」
「僕たちだけの、ですか」
三人は顔を見合わせて、笑った。その時、ドアをノックする音がした。
「はい」
「――あの、お茶を――」
娘が盆を持って入ってくるが、手が震えている。そのしぐさを見てやっと、出流もこの娘の様子に気がついた。何かは解らないが、何かに動揺している。
娘は、思わず、盆を取り落としてしまった。器が、ガチャーン! と、音を立てて割れる。
「大丈夫か!?」
「だっ、大丈夫ですっ。も、申し訳ありません、すぐに、」
多分音を聞きつけてだろう、婦人が飛んできた。
「まあまあこの子ったら、お客様の前でとんだ粗相を。申し訳ありませんね、すぐ片づけますから」
「いいえ、どうか叱らないであげてください」
出流はひらひらと手をふって言った。婦人が持ってきたかわりのコップを受けとりながら、少しだけ考えて、宿屋についたら聞くつもりだったことを切り出してみた。
「あの、この村には男の方は……?」
婦人は、少しだけ、顔を強張らせた。
「すみません、まずいことを聞きましたか」
出流が慌てるが、婦人は、言った。
「……しょっぴかれたんですよ」
「しょっぴかれた……?」
「この村の執政官様は、この都市の総統スイフルセント様に直接お仕えしてらっしゃいます。執政官様とスイフルセント様へのご奉公という名目で、この村の男たちはみんな連れて行かれてしまった。……でも実質的には、多分もう帰っちゃこない、でたらめにしょっぴかれて、そのまんま死刑にあったようなもんですよッ」
三人はそれを黙って聞いていた。それはいささか――今までの【神隠し】とか【神の怒り】とかそういうものとは少し違う、むしろかなりダイレクトな方法ではないか――
「ではあなたの……」
「亭主も連れてかれちまいましたよ。今どこでどうしているやらね」
「何で連れ戻しに行こうとしないの」
出流は、ああ、五月サン、あなたの質問は――と言いかけて、やめた。婦人からの返事は想像ができるものであるだけに、ここで止めても仕方ないような気がした。
「連れ戻すことなんか考えたこともないねえ、執政官様や総統様には逆らえないからね」
「じゃあそのまま……?」
「そうさね」
それで話は終わってしまった。婦人は三人にお茶だけ残して、階段を下りていってしまった。ギシギシという音を立てながら。
「むつかしいね」
五月は、コップを持ったまま、つぶやいた。
「今回は厄介ですよ、【神様】のせいじゃあないですからね。はっきり執政官とスイフルセントのせいだって割れてますからね」
「家族連れてかれたら、どう考えても、悲しいと思うんだけど。たとえばぼくのママなんて、パパがいなくなったら、何するか解んないよ」
「……まあ、俺ン家も、父ちゃんやじっちゃんいなくなったら、つぶれちまうなあ」
「……うちは……まあ、とりあえずは大変なことになるでしょうねえ」
普通だったら、きっと、取り戻しに行こうとしてると思うよ、――五月はそう言った。
「そこが、」
出流が、ポットから新しく三人のコップに茶を注ぐ。
「スカフィードが言ってたことじゃあないですかね。【戦う】ことを知らないっていう」
「……ああ」
じゃあ、かえって平和でも困るんだねえ。五月はぼんやりとした面持ちで、そうつぶやいた。




