Chapter:43 「私は、それが常識だと思ってきたからだ」
スカフィードは、自分の家の中に、“ほころび”が生まれたのを感じとった。以前、自分が“ほころび”を創出させた一室に急ぐ。
「博希! 五月! 出流! 来たのか」
三人が、今度はわりと上手に着地して、笑っていた。
「二年ぶりだな、元気にしてたか?」
「俺たちにとっちゃあ四日ぶりだけど、久しぶり、でいいのかな」
「何、たったの四日?」
「アイルッシュは、コスポルーダとの時間の隔たりが、激しいんですよ」
「ほう、なるほど。あ、何か食べるか? 朝食がまだでな」
「おや、ちょうど朝なんですね」
三人はテーブルについた。五月が鍋をかき回すスカフィードの背中を見ながら、言った。
「二年経ったのに、ちっとも歳取ったように見えないね、スカフィード」
「この世界の民はゆっくり歳を取る。平均寿命は一万五千歳くらいだ」
「じゃいまスカフィードは何歳なの?」
「私は今、四千五百五十歳だよ。博希たちはこちらの世界からすると、三千歳くらいだな」
「フーン、不思議な世界だなあ」
博希と五月はスープを飲み干してしまった。出流はまだ、カップを回して、うねうねとスープを揺らしている。
「どうした、出流?」
出流は考え深そうに、首をかしげる。ずっと、聞きたかったこと。今聞くしかない、そうは思うが――聞きにくい。
「何か――聞きたいことがあるなら、聞いてもいいんだぞ」
「いいんですか、本当に?」
出流はぐっと、カップを握る手に力をこめた。
「では、お聞きします。僕らはイエローサンダまで旅をしてきて、いくつかの村でお世話になりました。どの村も、相当にタチの悪い執政官が治めている、可愛そうな村でした」
「だろうな」
「僕が引っかかったのはそこです」
「……どういうこと、かな」
「村の人は感づいているんです、執政官が悪いし、諸悪の根源は他ならぬ都市総統であるということに。でも、泣き寝入りで済ましてしまう。僕たちが戦っているのも、傍観するだけです」
「あの時もそうだったなあ、そういえば」
博希がぼんやり空中に目をやって言う。グリーンライ二つめの村――そう、五月がさらわれたときのことを言っているのだ。
「なぜですか。僕らは、アイルッシュに帰って、スイフルセントと戦いましたが、余計なほど、僕ら以外の人たちがスイフルセントに対して立ち向かっていました」
「ラジオ、にぎやかだったもんねぇ」
「――アイルッシュとコスポルーダで、あまりに差が激しすぎると僕は思いました。なぜ、コスポルーダの人々は、自分たちで何とかして、執政官や総統に立ち向かおうとしないのですか? その気になれば圧力があろうと、立ち上がる人がいてもいいはずです。なのに、なぜです?」
博希と五月は呆気にとられて出流を見ていた。自分たちが些細な疑問としてしか持っていなかった事に、ここまで出流がこだわっていたとは思わなかったのである。
スカフィードは出流の真剣な瞳を見つめて……天井を見て、それから、息をふうっとついて、言った。
「解らぬ」
「……解らない? ……」
出流は首をかしげた。同時に、眉にぐっとシワを寄せる。
「あなたこの世界の人でしょう? 解らないとはどういうことです!?」
「私は、それが常識だと思ってきたからだ」
「……常識」
「私は君たちに、『戦ってくれ』と言ったが、それも、私の中ではどういうことなのか、本当ははっきり解っていない」
「え……?」
「コスポルーダ人は――もちろん、私も含めて、だが――【戦う】という言葉に、ひどく、不慣れなのだよ」
「不慣れ? どういうことです?」
「言い換えれば、【戦う】という言葉を、使ったことがない。私たちにとって、それは、要らぬもの、だからだ」
「要らないって……だって、……」
出流は当惑した。自分たちの世界では、【戦う】という言葉は善きにつけ悪しきにつけ、日常茶飯事のように使われている。それが、この世界には、ない?
「コスポルーダは平和だ。誰も傷つけない、誰にも傷つけられない」
「それっていいことなんじゃないの?」
無邪気に聞く五月の頭を、出流はくしゃっとなでた。
「そう、思いますか、五月サンは?」
「……うーん」
出流に聞かれて、五月はちょっとだけ困った顔をした。そう聞かれると、返事に困るなあ。そういう表情だった。
「コスポルーダの民は、自分の身を守る術は逃げること、ただそれだけしかないと思っている。無論私もそう思っていた。だから、待っていたのだ、自分たちを救ってくれる【伝説の勇士】が現れるのをね」
【戦う】ことが解らない世界に攻めてきた支配者……
それを倒しに行く自分たち……
誰も傷つけない、誰にも傷つけられない、……。
出流はとてつもなく複雑な感情を抱えて、スープを飲み干した。




