Chapter:36 「五月だけ出ないなんてコトあるかよっ?」
それまで急いで走っていた博希と出流は足を止めた。
「エンブレムが、出ないって、五月サン――それは――」
「どういうことだよ!? 見せてみろっ」
博希が半ば乱暴に、五月の両手をとる。手の甲と、手のひらと、代わる代わるひっくり返して見てみるが、エンブレムは、生まれていなかった。
「だって、俺たちにはこんなにはっきり出てきたんだぜ!? 五月だけ出ないなんてコトあるかよっ?」
出流がふいに、考えるしぐさをした。
五月は下を向いている。自分だけエンブレムの出てこないことが不安なのか、それとも――
「五月サン」
出流は五月の肩をぽん、と叩いた。
「お家に、お帰りなさい」
「イーくん……」
「出流!? 何言ってんだ!?」
「エンブレムが出ない以上、五月サンは、【伝説の勇士】ではなく、ただの高校生です。今、スイフルセントと戦うことはできません、よね?」
「うん」
五月は少しのためらいがあったものの、はっきりと、そう返事した。
「……解りました。お家に帰って、待っててください。僕たちがきっと、なんとかします」
「…………」
何かを言いかけて、五月はやめた。その前に出流が、
「ただし、」
と、発言したせいもあった。
「エンブレムがもし、出てくるようなことがあったら、僕らのところに来てください。待ってますから」
いつもの微笑とともに、出流は博希の背中を叩いた。
「行きますよっ!」
「解ってるっ!」
二人は再び、走り出した。それはこれまでのスピードの比ではなかった。その勢いに乗って、二人は、一気に地面を蹴った。
「レジェンドプロテクター・チェンジ!」
「勇猛邁進・鎧冑変化!!」
鎧装着と共に、二人は、屋根から屋根へ跳び移っていった。
五月はそんな二人の背中を見つめたままだった。ふわっと、涙が出た。そして、家へ向かって、走り出した――。
情けなさと、悲しさと、とにかく色々のことが、心の中で混じりあって、五月は走りながら泣いた。
五月は家に帰るなり、部屋に駆け込んだ。部屋のドアに鍵をかけて、ベッドにごろんと寝転ぶと、黙って、涙をはらはらと流した。
ごめんね、ヒロくん、イーくん。
ぼく――どうしていいか、解らない――
あの時。
ぼくは、一瞬だけ、許せない、って、思った。
イーくんが、傷つけられて。
気がついたら、体が動いてた。
そしてぼくの武器が――ヴォルシガを……
ヴォルシガは、ぼくを――恨んでるんだろうな――
あの目――忘れられない。
怖かった。ううん、今も、怖い。
目の前で。一滴も血が流れないで。
ヴォルシガは、砂に、なっちゃった――
五月は引き出しの中から、小ビンを出した。五月はベッドの上、小ビンを抱えて丸くなった。
夢中だった。
ひと握りの砂を――ヴォルシガの砂を、
ぼくは握りしめてた。
ぼくの瞳の中に、
真っ白な砂が、映ったとき、
思わず手にとってた。
なんでだろう――――
屋根から屋根へ飛び移り、スイフルセントを探しながら、博希はふと、出流に話しかける。
「……よぉ、出流、五月のこと、どう思う」
「……グリーンライを、もっと言うならヴォルシガの城を出た時から、五月サンの様子はおかしかったんですよ」
出流は博希を見ないようにして、かみしめるように言った。
「え……?」
「……多分――戦えないんです――」
「戦えない?」
「自分の一撃でヴォルシガが砂になってしまったことに、軽いトラウマを持っている、のではないかとね――鎧装着すらできないほど、に」
「だってそれは!」
「ええ、村はああしなければ助けられませんでした。でも、人一倍感受性の強い五月サンのことです。ヴォルシガを砂にした、ストレートに言うなら殺した――という概念が頭を離れないのでしょう。五月サンにそのつもりがなくてもね」
「…………」
「僕らが今何を言っても、五月サンのエンブレムは浮き上がってはきません。五月サンが戦おうと思わなければ、たぶん無駄です」
「じゃ永久にエンブレムが浮き上がってこないってことも?」
「有り得ます。ですが、僕は、五月サンを、信じていますよ」




