Chapter:33 「あったかい」
「ちょっ、向こうにいたのは二週間だろ! 何で今日が水曜日なんだ!?」
そして出流が自分の時計を確認して、もう一つの大事に気がついた。
「通信機がない!?」
「あ――っ! エンブレム消えてる!?」
「何――ッ!?」
三人は教室の中で慌てふためいた。出流がしばらく頭を抱えて、そしてようやっと、冷静になれた。
「落ち着いて考えましょう。僕らは今日、コスポルーダに行った。で、二週間、旅をして、帰ってきた。そうしたら、まだ、今日でした。今、時間を見ましたが、僕らが温室に入ったときから、四時間程しか経っていません。ということは――」
「ということは?」
「向こうとこちらで、かなり時間の隔たりがあるということです。こちらの二時間が、向こうでの一週間から十日ほどだと考えたほうがいいのでしょう。そして」
出流は続けた。
「通信機や、エンブレムが消えている件、こればっかりはどうすることもできません」
「どうするんだよ、いくら【声】の魔法を使っても、エンブレムなきゃあ鎧装着もできないだろっ!?」
「そんなこと僕に言われても解りませんよ! 今日のところは帰りましょう、いまのところは目に見えた異常もないようですし――」
そのとき――教室に誰かが入ってきた。
「お前ら、まだいたのか!? 何やってるんだ」
担任の安土宮が立っている。聞かれたか? ――と、出流は少しだけ、警戒した。
「えっ……あの」
「まあいい、早く帰れよ」
アドこそなんでこんなタイミングで入ってきやがるんだ――博希はすんでの所で、そうつぶやくところだったが、出流が先に察して指で「シー」とやったため、言わずにすんだ。
「はい、さようなら。すみませんでした」
出流が頭を下げる。五月と博希もそれに倣った。
「おう、じゃあな」
安土宮は――走って帰る三人の背中を見つめて、何か考えるようなしぐさをすると、その場から立ち去った。
二週間ぶりの帰還とはいえ、当日の夕方である。三人はいつもやるように、それぞれの家へ向かう道で別れることになった。
「んじゃ、また明日なー。いっそがしいいっそがしい」
先に博希が走り出す。帰ったらきっと配達が待っているのだろう。
「五月サン」
「うん?」
「――大丈夫ですか?」
出流は別れる直前の五月に聞いた。異世界での二週間でいろいろありすぎて、ただでさえ細い五月の神経が限界なのではとおもんぱかったのだった。
「……だいじょぶだいじょぶ。また明日ね、イーくん」
その柔らかい笑顔が、出流にはどうにも引っかかって、彼はしばらく、そこに立ち尽くしていた。
五月の家は二世帯住宅である。家の外についている階段で二階まで上がると、五月はドアを開けた。
「ただいま」
母親がすぐ出てきた。
「五月、きょうはちょっと遅かったのね。心配したのよ」
父親があとから玄関に姿を見せ、ゆっくりと笑う。
「お帰り、五月。お疲れさま」
「うん。……」
「さあさあ五月、ご飯にしましょっ」
だが五月は、かぶりを振った。
「欲しくないの」
「え……!?」
「いらない。ぼく、もう、寝るね?」
これを聞いて前後不覚になるほど焦ったのはいささか過保護気味の母親である。
「どうしたの!? 熱でもあるの!? 風邪ひいたの!?」
「ううん」
父親が、それ以上わめきそうな母親を抑えた。
「落ち着きなさい。五月が食べたくないと言うなら、休ませてあげよう。靴を脱いで」
「うん」
五月は靴を脱いで、そろえた。
「もし、何か食べたくなったら、いつでもキッチンにくるといい」
「……じゃあ、スープだけ、もらう」
「そうか。それなら後で、部屋に持っていくよ」
「うん」
五月は部屋へ向かった。父親は五月の背中を見つめると、台所へ行って、コンソメスープを温め始めた。
五月は部屋に入ってベッドに横たわると、ポケットから小ビンを出した。ぎゅっと握って、目を閉じる。五月の思惑とは反対に、すうっ、と、涙が流れてきた。
「………………」
小ビンの中には、親指の先くらいの砂が入っていた。小ビンをゆらゆらと揺らすと、砂もそれに合わせて踊った。
――――どうして?
五月のため息は、ふっと生まれて消えた。
ヒロくんと、イーくんだったら、こんな時、どうするのかな。
五月がごろんと、寝返りを打ったとき、父親がコンソメスープを持ってきた。
「具合はどう」
「うん」
悪くないよ――五月はそう言って、カップを受けとった。
「ゆっくりね」
父親は穏やかな笑顔で、ドアをぱたんと閉める。彼が出ていってから、五月はスープを一口飲んだ。
「あったかい」
ぽたっと、涙がこぼれた。




