パリスの審判
水が乏しくとてもではないが野菜や果実を栽培するには不向きな土地でリンゴ農家をやっている男がいると知った。カラカラの土地で作ったにしてはとても美味しく人々はなぜなのか噂をしている。気になった僕はいても立っていられずそのリンゴ農家に来ていた。みなさんはどうやって栽培していると考えるだろうか。重労働をしてどこから水を引いてきているのか、便利な農薬を完成させたのか。答えはいずれもノーだ。僕の視線の先にいるリンゴ農家と思われる人は何やらブツブツ言いながらリンゴらしきものを作っている。もちろん自分も食べたことがあるのであれがりんごだと分かっているが。一抹の不安を抱えながらも男に話しかけた。
「どうやって作っているんですか?」
疑問がそのまま口から出てしまった。初対面でもその方法を教えてもらうためたくさんのシチュエーションをしたというのに。
「魔法だよ。見てのとおりね。物珍しいかい?」
余裕のあるように見せかけてはいるがりんごを魔法で作るというものはとても大変らしい。汗で服の色が変わってしまっている。
「僕にもできますか?」
「あぁもちろん。科学の力を借りてりんごを栽培するのと魔法でりんごを生成するのなんか大差ないさ。」
いや、大差あるだろとつっこみたくもなったが飲み込み自分も見様見真似で真似してみる。するとあら不思議。りんごが完成…なんてことは起こらなかった。できたのは空気のキャンバスに赤の絵の具を垂らしたかのようなもの、良く言っても目を瞑って描いた絵ぐらいが妥当だろうか。
「それはね、君のりんごのイメージさ。君はりんごの鮮やかな赤に囚われ何であるか分かってない。いいかい。りんごというものはエネルギー 61キロカロリー、たんぱく質 0.2g脂質 0.3g、炭水化物 16.2g、灰分 0.2g、カリウム 120mg、含んでいる。そして神話では禁断の果実としてっとこれは知っているようだね。とにかくそういうことさ。」
男はそういったきり魔法について語ることはなくいそいそと農業に勤しんだ。そういうことか。それならりんごは作れなくてもあれならできる。
何年たっても忘れない。抱きしめたときの温もりや、照れ屋な癖にたまに爆弾発言をして僕の心臓をいじめてくる所とか。心臓についた最後の君の証は僕を過去に絡めとって離してくれることは無かった。だからこそできた。彼女を本気で愛してた僕だからこそ魔法で彼女を蘇せられることができたんだ。
「私だけを愛して。」
りんごのように頬を赤らめた君。きっとたくさんの勇気があっただろう。僕にとってそれはアーメンや聖歌よりも清く、僕が有神論支持者であったのならば断定するだろう。彼女は世界一美しい女神だと。
「私だけを愛して。」
データから辿り寄せたのだろうか。完璧にできた彼女もどきのセリフは呪言のようにのしかかり、僕という枠はぼやけていくように感じる。まるで空気のキャンバスに溶けていくように。とりあえず出来損ないのりんごでもあげておけば良いものか。