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宝石華の花言葉

リリエルは学年末テストで赤点を取ってしまう。

追試で合格しなければ留年決定。

合格するにはグラスフラワーを咲かせなければならないが……。





 魔力操作の授業で赤点を取った。


 試験の内容はグラスフラワー(ガラスの花)を種子から開花させること。

 グラスフラワーはとても脆い植物で、風が吹いただけで砕け散る。よって、洞窟など風がなく、外部からの刺激を受けない魔力に満ちた場所に生息している。

 それじゃあ入手も困難だろうと思われるが、そうでもない。すぐに砕ける花弁と異なり、種子はダイヤモンドのように硬いのだ。

 それを魔法で『開花』させ『固定』すれば、グラスフラワーはその美しさを永遠に損なわない『宝石華』として高値で売買されるようになる。

 グラスフラワーを開花させるには、一定の魔力を均一に流すとても繊細な魔力コントロールが必要だ。固定するとなると更なる技術が求められる。


 そんなもの一学校の一試験で扱うなと言いたい。たとえここが大陸の叡智を集結した魔術学院であろうとも、最終学年の年度末テストであろうとも。

 

 ……そう。年度末テストだ。年度末で赤点を取ったものの末路はご存知だろうか? 留年、または退学だ。

 

 救済措置はあるものの評価は本試験の八十パーセントであり、合格ラインは百点満点中六十点。赤点を取った人間に対しての追い討ちでしかない。

 宝石華職人になるわけでもあるまいに、そこまで正確な魔力コントロールなんて……


「いや、君の場合はグラスフラワーだからとかそんなレベルじゃないからね」


「心を読まないでください」


「読んでません」


 君、分かりやすすぎなんて言って、先生は笑った。

 笑われたのが不快で手に魔力を集めて魔方陣を展開すると大抵の奴は慌てふためいて逃げていくのに、先生はやれやれと肩を竦めて、さっと手を振った。すると集めていたはずの魔力が霧散して、魔方陣が掻き消える。

 思わず、舌打ちする。


「まったく君は。そうやってすぐに魔術で人を追い払おうとするんだから。君の魔力が甚大なのは誰もが知るところだし、攻撃魔術の威力だけなら国のトップに引けを取らないけれど、ほんと、コントロールって言葉を知らないよね。この間の試験もグラスフラワーを咲かせるどころか、種子を割るんだもん。世界一硬いって言われてるのに……種子のまま。他の子の試験用の種子も全部。木っ端微塵に。触りも、しないで。……くふっ。くふふ」

 

 笑ってやがる。抑えてはいるが隠せていない。身体を震わせ、目元を手で拭っている。


「わー!? 待って待って!! 今のは僕が悪かった! 笑ったのは謝る! だから、その魔方陣は収めて! 打っちゃダメなヤツ! 僕どころか学院が吹っ飛ぶからやめて!!」


 「一割は冗談です」


 「それほぼほぼ本気のやつー……ってこんな漫才してる場合じゃないでしょ。リリエル・ミュラーさん。君が他の科目でいくら優秀でも次の追試で合格できないと留年決定だからね。僕はその方が嬉しいけど、君は困るでしょ」


「…………別に」


「また冗談を言って。君を卒業させないと各国のお偉いさんに僕が怒られちゃうしね。さあ、時間もないし、魔力操作の訓練を始めようか」


 先生はどこか戯けた態度を引っ込めて、教師の顔をした。一気に距離が遠ざかる。さっきまでの気軽さなんてなかったみたいに。


「前の試験は通ったんだし、やればできるはずだ。もしかしたら前回から魔力量が更に多くなったのかもしれない。再度、計測して……」


「先生」


 静謐な瞳が私を映す。けれどそこに『私』はいない。私は彼の一生徒であり、優秀な魔術師の卵でしかない。別にそれで良かった。私にとっても先生は教師の内のひとりでしかなくて、卒業したら、会うこともなくなる人だ。


 私にとって先生がほんの少し特別だっただけで、ただそれだけの話。


 何も分からず路地裏で蹲っていた私を拾って面倒を見てくれた。その時は自分だって学生だったくせに学院に通えるよう便宜だって図ってくれた。名前を呼ばなくなったって、いつも気にかけてくれた。

 

 それだけで、十分だった。

 

 十分だったはずだったのに、卒業を目前にして分からなくなった。


 だから、最後に一度だけ。


 先生に向かって両手を広げる。まだ、子供と呼べる年齢だったあの頃みたいに。けれど、あの頃よりもずっと視線が近い。近づいたはずなのに遠のいた距離を埋めたくて、私は彼に手を伸ばした。

 先生は教師の顔から、私を見つけたトマス・アレイの顔に戻った。変な生き物を見つけたみたいにぽかんとして、あの時とは違って頬を徐々に赤く染めていく。


「手を繋いでくれませんか?」


「え?」


「……魔力操作を初めに教わる時、手を繋いで魔力を流します。どの程度流せばいいのか、先生が」


「あ、あぁああ~っ!! そういうことね! りょうかい、了解! うん。いいよ! …………え?手?でも、それは小さい子が魔力の使い方を感覚で覚えるための」


「その感覚を教えて欲しいんです。それで、分かると思います」


「……まあ、君だしね。ほら」


 長く節くれだった手が私の手に軽く触れる。握るというよりも手のひらを合わせて、私の手こそがグラスフラワーであるかのようにそっと。

 

 僅かな体温と共に先生の魔力が流れ込んでくる。涙が出るほど暖かくて、優しい魔力だ。

 

 この暖かさと優しさにどれだけ救われたことか。たとえ先生にとって、トマスにとっての私が生徒のひとりになろうとも、トマスはずっと私にとっての特別だ。

 いくら関係が変わったって、離れ離れになったって、それでも私は。


「……ありがとうございます。グラスフラワーの種子を出してもらえますか」


「え!? もういいの? 練習用に使えるのは一つだけだ。他のもので魔力を流す練習をした方が」


「大丈夫です」


「……分かった」


 トマスはポケットから小さな巾着袋を取り出した。この袋は特殊な素材で出来ていて、魔力を一切通さない。グラスフラワーの種子は普通の花と同じように植えて自然に魔力が満ちるのを待つか、直接触れて魔力を流さない限り、開花することもなければ、割れることもないのだが、試験でやらかした私を鑑みて念には念を入れたのだろう。

 私の手に転がり出てきたのは、小指の先程の大きさの茶色い種子だ。知らなければ、この種子から宝石のように美しい花が咲くとは誰も思わない。


 それでも。どんな花が咲くか知らずとも、育てた人がいる。根気よく丁寧に。花が咲くまでたくさんの手間ひまをかけて慈しみ、どんな風に花開こうとも誇らしく思うのだろう。


 トマスからもらったものを返すように。穏やかに、幸福を(さざなみ)に溶かすように、ゆっくりと満たしていく。


 種子が淡く光を放つ。それは徐々に光を増し、手のひらの上で形が変化していく。発芽し、茎を伸ばしながら葉を茂らせ、茎の先端が大きく膨らんでいく。硬く閉じていた蕾はふっと綻び、七彩を帯びた透明な花びらが幾重にも重なり合い大輪の花を咲かせる。


 「…………これは」

 トマスが目を見開く。信じられないものを見たというように。そこにあるのは純粋な驚きで、いつだって私の悪戯心をうずかせる。


 「あげます」


 「……え?」


 「私からの気持ちです」


 「…………え? え!?」


 「留年はしないのでご心配なく。補習はこれで終わりですよね。私は寮に帰ります。では」


 ぺこりと頭を下げて、さっさと踵を返す。後ろから壊れたおもちゃのように「え? え?」と聞こえてくるが私の知ったことではない。


 グラスフラワーは魔術で『固定』しなければ、花を咲かせたとしても一瞬で砕け散る。故に花言葉は「幻想」「儚い夢」「一時の幸福」など、刹那的な言葉ばかりだ。


 それに対し、人の想いによって花を咲かせ、人が望む限り美しく輝き続ける宝石華の花言葉は






 ーー永遠の愛をささげます


 

 

 

 

 





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