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君がいない世界なら

勇者と魔王の終わりのお話。


勇者が死んだ。


その訃報は瞬く間に国中を巡り、ヴァレインの耳にも飛び込んだ。

足元が崩れ落ちるような錯覚に陥る。世界が湾曲し、感覚のない痛みが胸の内を圧迫した。


彼が死んだ。


勇者はヴァレインにとって唯一の希望であり、絶望の全てだった。

太陽を宿したその金の髪も、天を戴いたような蒼穹の瞳も、憎いはずなのに、愛しくて愛しくて堪らなかった。


だから、決めていた。

最期の時は自らで手を下そうと。


なのに、なのに、勇者が死んだ。

ヴァレインの預かり知らぬところで。

一体なぜ?誰が?


彼は世界の希望でもあったはずなのに、なぜ誰も彼を守らなかったのか。

ヴァレインの瞳から流れるはずのない雫がこぼれ落ちた。

真っ黒なそれは地面を濡らし、波紋のように闇が広がっていく。


もういっそ。




「このまま世界が終わればいいのに」




彼がいないのなら、世界が存在する意味などない。

光が闇の中に灯るように、闇もまた光がなければ存在し得ないのだから。







勇者の死に歓喜に沸いていた大広間は、一転して恐怖が支配した。

波紋のように広がっていた闇は、触れたものを飲み込み、より大きく、より深くなっていく。

勇者の死は皮肉にも殺戮と快楽を好み、人間を嬉々としていたぶってきた魔族たちの命を屠る。


「おやめください、陛下!」


臣下の懇願も。


「お前のような軟弱者が王になった事が間違いだったのだ……!!」


配下の罵りも。


「全部、消えてしまえ」


ヴァレインには届かない。


「魔王さん」


広がり続ける闇の中にぽつりと光が灯った。

その声は静かにけれど確実にヴァレインの耳に届いた。


次の瞬間、時が止まったように空間が静まり返る。


「…………勇者。お前死んだのではなかったのか」


勇者と呼ばれた青年はのんびりとヴァレインの元へ歩いてくる。ここが魔王城でも、行く先が玉座に座る魔王の元でもなく、街の路端で偶然見つけた友人であるかのように。


「そうみたいだな。勇者やめるって仲間に言ったら、ふざけんなって殴られて崖の上から突き落とされた。んで、うちの国の王様に勇者は魔族にやられて死にましたって報告したらしい。酷いよな、あいつら。崖から突き落とすだけならまだしもご丁寧に魔封じの腕輪まで着けるんだぜ。普通の人間だったらマジで死んでるっつの」


ただの世間話のように、青年はあっけらかんと話す。


けれど、ヴァレインにとって話の内容はどうでも良かった。


「……お前、生きているのか?」


「おかげさまで、この通りピンピンしてるよ。腐っても元勇者だし」


「勇者とは本人の一存で決められるものではないだろう」


勇者とは生まれた時から勇者になるべくして育てられた人間の事だ。

誰にも負けない剛腕と、人の域を超えた無尽蔵の魔力、英知に達する明晰な頭脳。

それらの力に()()()()ただひとりが勇者となって魔王を倒す。


何代にも渡って、魔王と勇者はそうやって対立してきた。


「だって俺、魔王さんを殺したくないし」


「…………は?」


「俺が勇者だと、魔王さんを殺さなくちゃいけない。それが目的だし、勇者の存在意義だから。俺もそれが正解なんだってずっと思ってきた。なのに、魔王さんってば、人間の街でめっちゃおいしそうにスイーツなんて食ってるんだもん」


「な!?私はちゃんと変装して、目立たないようにしていた!ばれるはずがない!」


「いやいや。ケーキ屋であんな禍々しいオーラ放ってたら嫌でも目立つって」


ヴァレインは気づかなかった。青年は玉座のある段の下で喋っていたはずだ。なのに、今はすぐ目の前に青年の顔があった。


「お前、何を」


「俺はあんたを殺したくない。勇者が魔王を殺すのが世界の決まりなら、俺は勇者なんてやめてやるし、あんたを魔王の玉座から引きずり下ろしてやる」


青年は黒い筋が残るヴァレインの頬を自らの手で拭った。

黒で塗り固められた魔王城の大広間の中でそこだけ陽が照っているように、光を纏った青年。こんなに近くにいても同じ世界にいても決して交わる事のない存在。


「…………無理だ」


「無理じゃない」


「…………勇者(お前)魔王()を倒さないければお前たちの願う世界は」


「あんたは俺のいない世界を壊そうとしたんだろ?俺も同じだ」


「同じ?」


「あんたがいない世界なんて俺はいらない。あんたを殺さなくちゃいけない世界なんて俺が壊してやる」


青年はヴァレインの手を取った。ヴァレインは拒もうとした。けれど、出来なかった。

ヴァレインも望みは同じだったから。


魔王としての宿命を負ったのはヴァレインも同じだった。望む望まないに関わらず、魔王として生まれ、勇者に殺される運命。


なのに、勇者と、勇者が彼だったから、望んでしまった。



ーー彼と、ただ共に生きたいと


「どうせ、世界が終わるなら、俺はあんたと一緒がいい。だから、あんたの名前を教えて。魔王じゃないあんたの名前を」


「私は、私の名はーーヴァレイン」


「ヴァレイン」


勇者は笑った。なんのしがらみもない少年のように。

繋いだ手を握り返す。それは決意であり、諦念だった。


「お前の名は?」


「俺はジーク。ただのジークだ」


ヴァレインはジークと声に出したつもりだった。唇が震えてうまく紡げない。

けれど、ジークが太陽のように笑うから。

この先何度も呼ぶ事になるその名を大事に大事に胸の中にしまった。





















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