相合い傘
風紀委員長とお子ちゃまの話。
暑い。空にぎらぎらと輝く太陽がうなじを焦がす。
頬を伝う汗を体操服の袖で拭って、生き生きと生えた雑草に憎悪の篭った眼差しを向けた。
鬱陶しい梅雨が明けたと思ったら、三十五度を越える猛暑日の連続。
ほんとだったらクーラーの効いた部屋でアイスを食べてるか、友達とプールに行ってたはずなのに。
学校は夏休み。にも関わらず環境美化委員なんかに入っちゃったせいで、わざわざ学校に来て草むしりしないといけない。
除草剤撒くか業者に頼めばいいのにとか思っちゃいけない。思ったら、今やってるこの作業の理不尽さに泣きたくなってしまうから。
これが学生の宿命だと思えば、草むしりだって……。
「おい! 長谷川! サボってないでさっさとやれ!」
「痛って……!?ちょ、何するんですか委員長!」
頭に衝撃を受けて振り返ると、鬼のような形相をした環境美化委員長が立っていた。
「お前がちゃんとやらないからだ。お前のそれは草むしりじゃなくて、葉っぱを千切ってるだけだ! そんなんじゃ一生終わらないだろ。今日はこの区画が終わるまで帰れないからな!」
「だからって頭を殴らなくたっていいじゃないですか。これ以上馬鹿になったらどうしてくれるんすか」
「大丈夫だ。お前の頭はこれ以上馬鹿にはならない。……ふう、お前に怒鳴ったら余計汗をかいた。水道で顔を洗ってくるから、真面目にやっておけよ」
「へいへい」
おざなりな返事が気に障ったのか、ぎろりとひと睨みして委員長は、水道場へと向かった。
委員長は大体あんな感じだが、普段より増し増しで厳しい。手と口が同時に出るのは珍しかった。やっぱり委員長も暑さが堪えるらしい。
そうだ。全部暑さが悪いんだ。
草むしりが捗らないのも、委員長の機嫌が悪いのも。
いいことを思いついた。
眼鏡の奥の瞳が驚くのを想像して、にやりと笑うと委員長の後を追った。
水道場に委員長はいたけれど、もうひとり。日傘を差した女生徒が立っていた。
思わず、さっと物陰に隠れてしまう。
美化委員の生徒ではない。美化委員は草むしりのために体操服だけど、彼女は制服姿だ。
何やら楽しそうに話してる。
さっきまで不機嫌そうにしていたくせに、相手が美人だからってでれでれしちゃって。
その光景を見てるとなんとなくもやもやして、ふたりにばれないように移動した。委員長たちがいるのとは反対側にあるホースのついた蛇口を捻る。
「……長谷川? お前またさぼって、……って、なにやってんだ!!?」
目敏い委員長がこっちを見た。でも、もう遅い。きゅっと絞ったホースの口を委員長たちに向ける。
「きゃ!? 冷たい!!ちょっとなんなのよ!? やめなさい!!」
「おいっ、やめっ!?……ぶっ」
委員長の眼鏡を狙い撃ち、ついで女生徒の顔面に狙いを定める。勢い良く吹き出た水の滴は虹を描き出し、気化熱でほんの少し涼しくなった空気に胸がスカッとする。
「ちょっと、あんた!!何すんのよ!?」
「化粧が落ちて悲惨な事になってますよ。早く直した方がいいんじゃないですか?」
山姥のような顔で怒る女生徒にそう言うと奇声を上げながら走り去って行った。
委員長は何も言わずに突っ立っている。眼鏡は濡れて表情は見えないけれど、水浴びもして暑さもマシになったに違いない。
女生徒が叫んだ時に落とした日傘を拾う。
「相合い傘でもしませんか?そしたらもっと涼しいですよ」
あんなに暑くて、だるかったけど、今はなんだか楽しい。
委員長と相合い傘をしたらもっと楽しい気がする。
そう、思ったんだけど、委員長から特大のゲンコツを落とされるのはこの一秒後。